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28.マジカル・ラムジュート換水法

 飛び出した空はどこまでも澄んでいて美しかった。


 この世界の空も、宇宙から見たらは球状をしているのかな?

 空の青と宇宙の黒のコントラストが弧を描き、まりで太陽を宝石とした指輪のよう。


 自然落下のふわっとした感覚。奈落へ落ちていく恐怖と空を飛ぶ楽しさが相まってぼくらのテンションが上がっていく。


「綺麗だな」


 写真投稿系のSNSに投稿したなら、1万くらい「いいね」をもらえそうなのにね。惜しい。


「精霊の庭の空よりも綺麗なんよ?」


 ウィルベルがぼくの言葉に首をかしげる。あー。そういやそういう設定だっけ。


「ウィルベルはさ、ぼくが実は異世界の人間だったって言ったら信じる?」


「異世界?」


 きょとーんとした感じ。

 信じる信じない以前に、異世界という単語の意味から説明する必要がありそうである。そりゃそうだよね。


一旦(いったん)この話は終わり! いそげ、ウィルベル!」


 だったら、いまはとにかく、落ちたガキンチョ女王を救助するのが先である。


「わかっとるんよ!」


 考えなしで飛び出したけど、ぼくらは一瞬でその深刻さに気付いていた。


 ヒッチハイクしてたときは高度を保って滑空していたから気づかなかったけど、空の底に近づけば近づくほどに奈落に引きずり込まれるような重力を感じる。


 ある程度の深さまで落ちてしまえば、『滑空』スキル程度じゃ浮き上がることはできないだろう。


「シャアアアアアア!」


 バサバサと風で服をはためかせ落下するぼくらの後ろを追いかけてくるのは七星(しちせい)サーディン。


 ――すぅーっと。


 ぼくとウィルベルは水に潜るときのように、大きく深呼吸した。


 風の流れを見て、サーディンたちを見て、そして落下中のガキンチョ女王を見る。もっとも効率的なルートを一瞬で計算し、


「いくんよっ!」


「おうともさ!」


 ウィルベルの気合の入った言葉と同時に真下に向けて『滑空』発動!


 さらにマグロが速度を出すときのように、背びれを背中のスリット上のスペースに格納し、腹ビレや尾ビレもピタリと体にくっつける。


「いやっふぅぅぅ!」


 さらにスキルの効力によって空気抵抗のなくなったぼくらは、サーディンたちを引き離し奈落の底へと加速する。


 不思議だな。ヒッチハイクをしてたとき――時速60キロメートルで巡航していたときは見えなかったんだけど、いまは大空嘯(だいくうしょう)を暴れまわる風の流れがはっきりと見える。


 なんでだろ? それどころか、どんどん頭がスッキリしてくる感じがする。


 ぼくが背ビレや胸ビレを使って細かい調整をして、ウィルベルが大きな流れを乗りこなす。


 そんな役割分担で、恐ろしくも美しい空を泳ぐようにして自在に風に乗り、駆け抜ける。


 サーディンたちはそんなぼくらの動きについてこれない。それどころか、乱気流に煽られて互いにぶつかったりしてる。


 ざまぁ! サーディンざまぁ! クロマグロ様は小魚どもとは格が違うんです!


 ウィルベルがサーフィンをするように、ぼくの上に立ち上がり、落下中のガキンチョ女王の襟首ををキャッチ! そのまま、抱え込む。


「大丈夫?」


 ウィルベルが尋ねると、ガキンチョ女王はぎゅっとつむっていた目を恐る恐る開いた。


「む、余は助かったのか?」


「うん。怖くないかんね。おねーさんに任せとくんよ」


 言って、ベルメシオラの頭をナデナデ。


「ええい。ナデナデでするでない! 余は栄光あるアズヴァルト王国の女王、ベルメシオラ・ラ・セーラ・アズヴァルトであるぞ!」


「むむ。そういうこと言う子には、もっとナデナデしてやるんよ!」


「ぎゃー! 熱い! やめよ! 余の額をシュッシュとするでない!」


 ほんとにやめたげて! 摩擦熱でベルメシオラの額から煙が出てきてるんですけど!


 ――まったく。


 ウィルベルってば、こんなときでもマイペースなんだから。

 そのおかげでガキンチョ女王――ベルメシオラの緊張はほどけたみたいなんだけど。


 でも、本番はここからだ!


「おい! そんなことより、うしろから来ておるぞ!」


 ベルメシオラが、ぼくらの後方を見て、顔を青ざめさせる。


 空中でキャッチした際にスピードダウンしたせいで、だいぶ距離を詰められちゃったみたい。


「わかっとる! 落ちんように、しっかりと捕まっとるんよ!」


 今度はさっきまでよりも難易度が高い。

 速度が乗り切らないせいで、サーディンの突撃を避けながら、しかも降下ではなくて上昇していかなきゃいけない。


 これ以上速度を落としてしまえば浮力を失って、空の重力につかまって奈落に落ちていくだろう。


 いまのぼくらにとっては、ここが帰還(ポイント・オブ・)限界点(ノー・リターン)

 ウィルベルは少女に心配させまいとほほ笑んでいるけれど、ぼくたちがいるのはその死地なのである。


「ふっ!」


 サーディンの攻撃を避ける! 避ける!


 さっきまでみたいにただ避ければいいってもんじゃない。速度を落とさないように、ドリルのように螺旋にぐるんぐるんと回転しながら、乱気流に乗るようにして加速!


「あばばばばば!!!」


「くぉぉぉぉぉっ!!!」


 強烈なGがかかり、視界がブラックアウトしそうになる。その間も、赤く光ったサーディンたちの攻撃は止まらない。


 前から後ろから。横から上から。

 100匹からのサーディンとの追いかけっこはアクロバティック。まるでサーカスのように複雑に絡み合いながら飛翔する。


「お、おい! 大丈夫なのか。これは!?」


 あまりの状況の悪さにベルメシオラが叫ぶけど、


「大丈夫なんよ! ぜんぜんよゆー!」


 ぼくらはぜんぜん焦ってなかった。それどころか、サムズアップしてベルメシオラに微笑む余裕すらあった。


 なんでかって?


 マグロっていうのは泳ぐこと酸素を取り込むラムジュート換水法って方法で呼吸をしている。


 いまのぼくの速度は時速100キロメートル。地球のマグロなんてぶっちぎりのハイスピードだ。


 水じゃなくて空気を取り込んでるから、厳密には実際の地球のマグロとはぜんぜん違う呼吸方法だとは思うんだけど。


 さっき気づいたことがある。ぼくらは風を読んでいたって思ってたんだけど、実際には空気中に含まれる魔力を見ていたんだ。


 つまり――


「ミカ! 風を!」


「おうともさ! まかせといて!」


 ばふぅっと風を受けた。


 高速、高圧になった空気を取り込み、そこに含まれる魔力だけを体内に蓄積、いらない空気と、取り込んだ魔力の一部を推進剤にして加速!


「いやぁぁっふううう!」


 その名の通り、ジェット推進のように急激に速度を上げたぼくらはサーディンを振り切って空を走る。


 さらに、速度をあげたことによって体内に送られる空気の量が増えて、さらなる魔力を体内に吸収し圧縮。


 いらない空気と取り込んだ魔力を使用してさらに速度を上げると、もっと強い風が体内に運び込まれ、さらなる魔力が――


 いま、ぼくの体内にはどれだけの魔力が蓄積されてるんだろう? クラーケンのときも多少は感じていたんだけど、いまはそれ以上だ。


 額にある魔法宝石(ルーン・ジェム)に熱い何かが溜まっていくのを感じる。さっきのエリオ君とは比較にならないほどの圧倒的なパワー!


 っていうか、なにこの無限パワーアップみたいなやつ。チートじゃね?


 よし。これをマジカルラムジュート換水法と名付けよう。吸い込んでるのは水じゃないけど。


「ミカ、すごい! すごい!」


「わははー! もっと褒めて! ぼくは褒められて成長する精霊なんだ!」


 速度は現在、時速160キロメートル。本来であればヘルメットなしでは息ができない速度。

 でもぼくたちは二人してゴキゲンに笑っていた。空を飛ぶのって気持ちいい!


 七星サーディンたちを遥か後方に置き去りにして、ぼくたちはただ空を駆け抜ける。


「あばば! イワシざまぁ! あばば!」


 やっぱりクロマグロこそがナンバーワン!


 よーし! 高度は充分。サーディンも振り切った。あとは浮遊有船に戻るだけ。


 一時はどうなるかと思ったけど、終わりよければすべてよしってやつだ。ふひひ。女王様助けたし、ご褒美なんかもあっちゃったりして!?


 と、ぼくがふひひな妄想に浸っていると、


「お、おい……貴様ら、下を」


 ベルメシオラが引きつった顔でウィルベルの袖を引っ張った。


「下? ……なんだろう? 黒い……影?」


 ベルメシオラが指し示したのは、ぼくらが設定した帰還限界点のさらに下にある雲海。


 そこに巨大な黒い影が見えた。いや、何かが雲海を抜けて上がってきてるんだ。その何者かは、だんだんと大きくなってきて……


「ヴォオオオオオ」


 ばくぅっ!!


 雲のなかからいきなり出てきた口が、空気を震わせながら、ぼくらの後ろを追跡してきていた七星サーディンの群れを一網打尽に飲み込んだ。


「あああああああああ!! 保護動物だから傷つけないようにしてたのにぃぃぃぃっ!?!?」


 なんてこったい!

 ぼくらの必死の努力は水の泡(ウォーターバブル)! 理不尽すぎる! いったいこの口って何なの!?


「なんかよくわかんないけど、さばいてあら汁にしてやんぞ、このやろう!!」


「そんなこと言っておる場合か!」


「ヴォオオオオオオ!!!」


 ぼくの罵倒に怒ったわけではないんだろうけど、その影は雲海を抜けて全身を現した。その正体は、


「ど、ドラゴンっ!?」


 ファンタジー世界の王道モンスター。巨大なドラゴンだった。

【マグロ豆知識】

魚が口とエラ蓋を開けたまま泳いで、エラを通り抜ける海水で呼吸する仕組みを『ラム換水かんすい(Ram ventilation)』といいます。


また、サメやマグロなど速度の速い魚のラム換水を、特に『ラムジュート換水法(Ram-jet ventilation)』と呼ぶことがあります。


さて、このラムジュート換水法という名称ですが、ラムジェットエンジンの『空気の取り入れ方』から来ています。


・ラムジェットエンジン

ラム(圧)⇒空気抵抗の力を利用したラム圧で酸素を取り込み、

ジェット⇒燃料を噴射して燃焼した排気の反動による推進力を得る

つまり、本来は推進力を得るとこまでがラムジェットです。


【ラム】で【ジェット】な換水法ではなくて、【ラムジェット(エンジン)のような】換水法であることに注意してください。


ちなみに、作中では主人公が推進力を得ていましたが、あくまでもファンタジー世界の演出です。

実際のマグロはラムジェット換水法で推進力を得ているわけではありません。


詳細は↓のマグロ豆知識から!

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