26.雨粒を全部避けようとする人っているよね
今回はエリオ視点です。
(こいつはバカか?)
エリオが少女を見たときの第一印象はこうだ。
マグロをぶん回す野蛮な田舎者。服だってぼろい貧乏人。まともに魔法も使えない。
こんな娘がセレクションに呼ばれるだなんて、レヴェンチカのレベルも落ちたのものだと思ったものだ。
――さっきまでは。
「はぁっ! はぁっ!」
荒い息遣い。ひたすらに七星サーディンたちの猛攻をしのでいる少女――ウィルベルのものだ。
目の前の少女が、サーディンの群れに挑み始めて、どれくらいの時間が経っただろうか。
サーディンたちの攻撃の軌道は直線的ではある。が、それを補って余りある数と連携は、まるで暴風雨のように激しい。
「な、なんだこいつ……」
目の前の光景は、なんと言えばいいのだろう……。
雨の日に「傘をさせ」と言ったら「ぜんぶ避けていくから大丈夫」と言われた。そんな感じである。
避ける。凌ぐ。攻撃の軌道を誘導する。サーディンの群れをコントロールしているような錯覚すら覚える。
エリオが「この程度もできないのか」と言ったのは、炎の壁のように、魔法でサーディンたちの攻撃を完封してしまえばいいという意味であって、こんな光景を想像していたわけではない。
「はぁっ! はぁっ! ははっ!」
真っ赤に輝くその瞳。
瞳孔は開き、尋常ではない集中力が発揮されているのがわかる。鬼気迫る表情とはまさにこのことだ。
……もしかしてこの少女は、気が狂っているのではないか。
鬼気迫る表情ではあるが、楽しそうに笑っているようでもあった。
ごくりとつばを飲み込むと、その音の大きさに驚いてしまう。
それはつまり、この異常な光景に目を奪われていたということだ。それこそ他の何も目に入らないほどに。
「やあ、エリオ。すごい光景だな。……これは?」
呆然としているエリオに声をかけてきたのは、金髪碧眼のさらさらヘアーな爽やかイケメンだった。
正装の金縁のされた真っ白な衣装に身を包んでおり、まさに理想の王子様といったいでたちの少年。
彼こそが、今回のセレクションの大本命、ディオルトの第二王子リーセル・A・ソーラ・ディオルト。
「リーセル、どうしてここに?」
「ちょっと息抜きに散歩をね。さっきまでは真面目に剣の型の確認をしてたんだけど、さすがに飽きてしまったんだ」
ははっと誤魔化すような笑うが、そんな表情ですら絵になる。
これで鬼のように強いと言うのだから、嫉妬するなというほうが難しい。
無視したいところだが、同盟国の大公の嫡男であるエリオとは面識があるため、この船に乗船してからというもの、何かにつけて話しかけてくるのだ。うざい。
「どこぞのバカが大空嘯を単独飛行して、サーディンの縄張りに突っ込んだんだよ」
「大空嘯を? それはまた命知らずな……」
呆れながらも、リーセルの目は少女の踊りにも似た戦闘に釘付けだった。
いや、リーセルだけではない。いつのまにかデッキには複数の見物人が押し寄せていた。
そのなかには大国のギルドの責任者や、大貴族のような超VIPの姿も見える。
(おいおい、大丈夫かよ)
それはつまり、デッキの上が手狭になり、ウィルベルの移動できる範囲が狭くなるということだ。
――だというのに、
「まるで踊っているようだ」
リーセルがほぅっとため息をつく。
エリオの心配は無用の長物であったらしい。むしろ、少女の動きはデッキが手狭になってからが本番だった。
ダンスのステップを踏むように、その場で手を使い足を使い、ときには精霊から手を離し、100からなるサーディンたちの攻撃を捌いていく。
もはや、生半可な者では動きを追うことすらできないだろう。
「オレらと同じ、セレクションの受験生だとよ」
「それは……すごいな」
「? お前が驚くほどのことじゃないだろ?」
確かにウィルベルの身体能力は目を見張るものがある。
だが、かつて武術大会で見たリーセルの動きのほうがはるかに上の領域にある。比べるのがおこがましいほどに。
しかし、リーセルは「いや、驚くさ」と首を横に振った。
「レヴェンチカの受験生ってことは彼女はぼくらと同じく、精霊を召喚してから、長くても1年程度ってことだろう?
それで、あそこまで精霊と意思を同調させることができるなんて……。すごい才能だ。嫉妬すら感じるよ」
「精霊?」
「ほら、あの精霊の目を見るんだ」
言われて、エリオはマグロの目を見た。つぶらな瞳。何を考えてるかわからない魚類独特の目だ。
……いや、言われてみるとすごい勢いで2つの目がいろんな方向をバラバラに見ている?
「ほら、また後ろからの攻撃を見切っている。あれは精霊が見ている光景と意志が共有されているからだ。よほど深く繋がっていないとできない芸当だな」
「って言っても、同じことできるだろう? リーセル、お前なら」
「サーディンから身を守れって言われれば、それ自体は難しくはないよ。でも、あれを真似しろと言われると……ちょっと自信がないかな?」
「ちょっとはあるのかよ。お前も充分に天才だよ」
ウィルベルがサーディンの口先をつまんで、方向を変える。
その先には別のサーディンがいて、ぶつかりそうになる。群れの連携が一瞬ほころぶ。
その間にウィルベルは魔法のチャージを終えていた別のサーディンを挑発するように攻撃をうながして、予想通り突進してきた個体をヨシヨシと撫でるように進行方向を反らす。
「……2日目だそうだ」
「?」
「あいつ、あの精霊を召喚して2日目なんだと」
精霊の儀は全ての島共通で、15歳になる年の4月から実施される。と言っても同時に行われるわけではない。
というのも、精霊の儀をおこなえる司祭は、ひとつの島にほんのわずかしか在籍していないからだ。
辺境の島であれば、たった1人ということもあり得る。
なので、辺境の島の、さらに田舎ともなると、精霊の儀が行われるのが翌年の2月か3月になるということもあるらしい。
都市伝説だと思っていたが、ウィルベルの自己申告を信じるのであれば真実なのだろう。
リーセルが目を丸くして驚愕をあらわにする。
「……精霊を召喚して2日だって? あれが?」
リーセルもエリオもそれぞれの国の王都に居住しているため、15歳になる年の4月の一番初めに精霊の儀をとりおこなっている。
エリオたちだけではない。
セレクションを受ける受験生たちは、多少の前後はすれど、漏れなく年度の初めに精霊の儀をおこなっているはずだ。
そして、3月に実施されるセレクションまでに、できるだけ精霊のレベルを上げておく。
言ってしまえば、それが15歳という年齢における【強い】ということなのだ。なのに、
「あいつには……一体、何が見えているんだ?」
目の前の少女には、そんな当たり前の【強さ】をどこかに置いてけぼりにしたような……そんなデタラメさを感じるのだ。
――浮遊有船がサーディンの縄張りを過ぎ去るまで、あと10分。
【マグロじゃない豆知識】
魚群探知機で最も映りやすい魚はイワシ。
というのも魚群探知機の仕組みは超音波で空気を反射しているらしく、単体というよりは群れに対して探査をおこなうからです。
なので”魚群”探知機なんですね。
特にイワシの魚群などのように超音波を反射しやすく、群れで泳ぐ魚は最も濃い色である『赤』で表示されます。
続きは↓リンクのマグロ豆知識補足で!