25."この程度"
「びゃあああ!!!」
七星サーディンに追いかけまさわされて、ぼくらはデッキ全体を使いながら一生懸命逃げ回っていた。
って言っても、サーディンたちは地球のイワシと違って小回りが効かないようで、頑丈そうなテーブルなんかを障害物を使いさえすれば簡単に避けることができる。
鳥類っぽく振る舞っていても、所詮は魚類。知性の欠片もない能無しの連中なのである。
「その言葉、ぜんぶ自分に返ってきとるんよ!?」
「マグロはDHAが豊富だからセーフ!!!」
「なんよ、その謎理論!? うひゃあ! また来たっ!」
にしても、しつこすぎぃ!
まったくこれだから小魚は困る。もっと太平洋のように広い心をもつべきではなかろうか!?
「とりあえず、いったんあそこのシャワールームでやり過ごそう!」
ぼくが指さしたのは、プールの向こう側にある密閉式のシャワールーム。
強化ガラスっぽい素材で頑丈そうだし、あそこならすぐに壊されるってこともないだろう。
「オッケーなんよ!」
ウィルベルは2つ返事でシャワールームに避難しようとドアを開けて、
「あ」
たまたまだったのか、それとも待ち伏せだったのか。
シャワールームのなか。シャワーホースの影に真っ赤に光ったサーディンが一体待ち構えていた。
「やばっ!?」
ウィルベルが慌てて体をひねる。
が、それよりも早く、
「シャアアア!!!」
「あぐっ!」
サーディンの口先がウィルベルの肩に突き立った。
衝撃で2メートルほど吹っ飛ぶウィルベル。
貫通する前にサーディンの胴体を掴み取ったらしく、穴は空いてないけど、結構な深手。
あの速度の突進を掴みとるとか、ウィルベルさんってばほんとゴリラ並の反射神経である。でも、
「バカ、ウィルベル! 足を止めたら――」
そーっと振り返ると、そこには体を真っ赤に明滅させるサーディンの群れ。
「あ、これ死んだかも」
「シャアアア!」
サーディンたちが凝縮された魔力を一斉に解き放つ。その数約100!
ええい。こうなったら、防御力Bのぼくのボディでなんとか急所だけでも! と、覚悟を決めたときだった。
「炎の壁!」
声と同時にぶわっとぼくらを包み込むように炎の渦が巻き起こった。
「なにこれ、熱い! 熱い! ……あれ? 熱くない?」
「やれやれ。この程度の魚にすら苦戦するだなんて、お前らほんとにレヴェンチカの受験生か?」
肩をすくめ、呆れるように言ったのは、手に真っ赤に燃えるトカゲの精霊を乗せたエリオ君。
(あれはサラマンダー。カーバンクルよりも上位の精霊なんよ)
この炎の壁はエリオ君の魔法であるらしい。
「シャアアアア……」
サーディンのたちは炎に驚いたのか、いったん距離をとって、警戒するようにぐるぐるとぼくらを中心に回りだす。
炎の壁のなかにいるぼくたちには全然熱が伝わってこないけど、外からすると熱いらしい。まさに魔法。不思議パワーである。
というか、そうじゃなくて!
「ずるい! 実は攻撃してもよかったの!?」
地面には、炎の壁に巻き込まれて美味しい焼き魚になってしまわれた七星サーディンが数尾。
試しにぱくっと食いつくと、地球と同じマイワシな味。
「うーん、デリシャス! こいつぁ止まらないや!」
3秒ルール? 関係ないね! だってぼくマグロだもん! ぱくっぱくっ!
ぼくがモシャモシャと焼きサーディンを食べるのを見て、エリオ君が再び大袈裟に肩をすくめる。
「はあ? オレはこう見えても大公閣下の跡継ぎ様だぞ? いざとなればこの程度握りつぶせるさ。……まあ、ペナルティなしとはいかないが」
それってペナルティを恐れないで助けてくれたってこと?
エリオ君ってば、なんていい人なんだろう!
「ならば! お礼にぼくのお腹の大トロをプレゼントフォーユー!」
「ぜっっったいにいらねえっ!」
「ガーンだな。よし、ならば代わりにウィルベルを嫁にやってもいいぞ」
「だから、いらねえっつってんだろ!!」
「くそっ! どさくさに紛れてウィルベルを玉の輿に乗せようという計画が……」
「……ミカって手のひら返すのすっごい早いよね」
「残念っ! マグロにお手々はありません! はーまったく、田舎者はそんなことも知らないから困る――あいたぁっ!」
ウィルベルに向けて「ぷーっ! くすくす」って笑ってたら頭にゲンコツを落とされた。正しいことを言ったはずなのに……。解せぬ。
ともあれ、危機は脱したらしい。
安心したぼくらがコントをしていると、エリオくんがアクビをしながらポツリとこぼす。
「まあ、都合がいいからな」
「? なんの都合がいいの?」
試験前にみんなにアピールできるからってこと? って思ったんだけど、エリオ君は肩をすくめた。
「ここで魔力を使いすぎたってことにすれば、セレクションを不合格になる言い訳も立つってもんだろ?」
その言葉に、ぼくもウィルベルも首を傾げる。
「エリオ君は合格が目的じゃないんよ?」
「そうだよ。なんだお前たちは合格する気だったのか?」
「レヴェンチカって、誰もが受験したい夢の学園って話だったんじゃないの?」
「オレの将来は大公閣下だぜ? 他にやるべきことがあんだよ。
たまたま同世代の連中が不甲斐なかったせいでお鉢が回ってきただけでな」
なんてエリートなお言葉なんだろう! ぼくも一回くらい言ってみたい。
ぼくがマグロになったのはお皿が回ってきただけさ(回転寿司的な意味で)。
「って言っても、合格できる気もしないけどな。分不相応なもんに駆り出されて迷惑してんだよ、こっちは。
そのザマを見る限り、お前も似たようなもんだろ?」
「……」
ぐぬぬ。言い返したいけど、”そのザマ”を見せたのは事実なので言い返せない。
ぼくらが黙ったのを見て、エリオ君はため息をついた。
「そのなかで大人しくしとけ。この炎の壁はやつらの縄張りから抜ける程度の時間は保つからよ」
はえー。レヴェンチカってすごいんだな。
ぼくは思わず感心してしまった。
だってさ。エリオ君は、ウィルベルの故郷で「すごい」って褒められていたルセルちゃんよりもずっと強いんだと思う。
でも、そんなにすごいエリオ君ですら、合格するの無理って言い切る場所がレヴェンチカ。たぶんいまのぼくらには分不相応な場所。
――でも、
「そっか」
あーもう。そんな言い方するもんだから、ウィルベルさんってばちょっとやる気になってきちゃった。
(でも、それはミカも一緒なんよ?)
(まーね)
人と精霊は一心同体っていうけど、負けず嫌いはぼくもウィルベルも一緒であるらしい。
「エリオ君。やったら……ううん。やからこそ、それはできんのよ」
だから、ぼくたちは一歩踏み出した。
炎の壁は内側からなら壊すのは簡単なようで、炎の巻き上がる魔力の芯を押さえてやると、風に溶けるようにしてかき消える。
何にやる気になってきちゃったって?
「おい、なにやってんだお前」
「エリオ君の言うとおり、いまのうちらはエリオ君よりずっと弱い。やから――」
炎の壁が消えたとたんに、様子を見るようにして周りをぐるぐるとまわっていたサーディンたちの胴体が赤く魔力を帯び始める。
ウィルベルはふーっと細く息を吐いた。さっきまでのワチャワチャした感じじゃなくて、頭のなかにある一本の剣を尖らせていくような感じ。
――ぼくたちは勘違いしてた。
ぼくたちには特別な才能があって、レヴェンチカのセレクションに参加さえすれば何かが起こるんじゃないかって。
でも、そうじゃなかった。
ぼくたちは受験者の中でも未熟で、このままじゃ補欠にすらひっかかりやしない。
「ありがとう、エリオ君。でも、うちは落ちるためにレヴェンチカのセレクションを受けに来たわけやないんよ」
だから、ぼくたちはここで成長しなきゃいけない。
だってぼくたちよりも強くて、世の中に詳しいエリオ君が、「この程度もできないのに」と言ったから。
ぼくたちは少なくともここで、”この程度”のことはこなせるようにならないといけないのだ。
「ふぅぅぅぅ……」
ウィルベルが集中するように息を吐くと、不思議なことに、さっきよりもサーディンたちの動きが見えてきたような気がした。
でも、ぜんぜん足りない。
「ふぅぅぅぅ……」
ぼくもウィルベルに倣って、息を細く吐いた。
ウィルベルとシンクロするように、深く、細く。
――思い出せ。クラーケンと戦ったときのことを。
ウィルベルと思考を共有したように感じたあのときの感覚を。
「うん。いける」
ウィルベルの瞳が、赤身のような深い真紅に輝きだした。
【マグロじゃない豆知識】
2005年ごろに、マイワシが絶滅危機! と叫ばれていたのはご存じでしょうか。
マイワシの漁獲量のピークは1988年の450万t/年。
ですが、2005年には3万t/年(桁間違いじゃないですよ?)となっていました。
(ちなみに2017年の漁獲量は約41万t)
現代では【ぶっちゃけ、まだ理由は明確になってないませんが】レジームシフト(気候ジャンプ)とかいうやつで漁獲量が変わるらしい。ということが分かっています。
気候ジャンプってなんかかっこいい響きですよね。気候じゃーんぷっ!
続きは↓のリンクの豆知識で!
※当作品は昔の時事問題も取り入れる真面目な作品を目指しております。