22.空から降ってきた少女(&ツナ)
今回はサブキャラ視点です。
豪華客船グランカティオ号は、世界最高峰の浮遊有船として名高い。
通称『女神の目』。
女神マシロの所有する船は、情報収集や技術支援、あるいは災害対策に常に全世界を回遊しているためそのように呼称される。
このグランカティオ号は、そのなかでも情報収集に特化した船で、各国のVIPをもてなすための設備が整っているのだった。
その威容は、各国の王都すらも凌ぐほどの豪奢さを誇り、港に停泊すれば治外法権&絶対不可侵。
各島を統治する王族ですら望めば乗れるというものではなく、庶民が乗ったならばそれだけで島を駆け巡るニュースになるほどの代物だ。
美しき船舶は女神真白の名の通り、どこまでも純白。
上部構造物は、大国の城ですらこれほどまでに立派ではなかろうと呆れるほどに立派だ。
その内部には小さいながらも綺麗な庭園まで備え、船内すらどこか清涼な空気が流れているようにすら感じる。
実際、チャペルやショッピングモール、ルームサービスまであるのだから、ここで1か月も暮らせば大都市すら不便に思えてくるだろう。
向かう先は学園都市レヴェンチカ。現在の乗客数は2000人。
なかには、これから始まる学園都市レヴェンチカのセレクションの視察や、受験に挑む者も多数乗船している。
エリオ・マルールコーニもそのうちの一人。
黄金の国と呼ばれるギャルバリー出身。親は大公閣下様である。
「ふっ、太陽がまぶしいぜ」
エリオはサングラスをかけて、オープンデッキに備え付けられたプールの横、デッキチェアで日光浴をしてくつろいでいた。
親のコネで戦士ギルドのAクラスに所属しているが、今回、国の推薦枠でレヴェンチカのセレクションを受けることになったのだ。
船内にいる受験生は他に200人ほど。みな、一生懸命にイメージトレーニングや、基礎動作の復習をしているが……
「めんどくせー……」
エリオはぼやいた。
ぶっちゃけて言ってしまうと、エリオにとってレヴェンチカのセレクションなんていうのはあくまで箔をつけるためのものなのだ。
同世代のトップクラスの連中を、世界中の500の国家から約2000人をかき集めて実施されるのがレヴェンチカのセレクション。
内訳は、各国政府の推薦で3名、および各国の教会からの推薦で1名。
他にもレヴェンチカの教師が特別に推薦状を出すこともあるが、数が少ないのでカウント外。
ほとんどの場合はどこかの国際大会優勝者や、成績優秀者が選ばれる。
例えば、この船に乗船している者で言うと、剣の王国ディオルトの第二王子リーセル。
ディオルトは数十か国が参加するソレイユ経済同盟の盟主であり、武術大会も複数の国家で競われている。
リーセルという男は、そこで年上に混ざってなお圧倒的な強さで優勝をもぎとっている正真正銘のバケモノだ。
エリオの祖国も同盟に加入しているため、同じ大会に参加したことがあるが、その際はトーナメント運がよくて8位入賞だった。
ちなみに、ディオルト国内で万年2位と揶揄されてるやつにぼっこぼこにされた。
レヴェンチカのセレクションとは、そういうレベルの連中がしのぎを削りあってなお、合格者できない狭き門なのである。
そんなわけで、エリオがセレクションに合格できるかと問われれば、笑顔でこう答える。
無理。
こう見えても、エリオは訓練は欠かさずこなしているし、身分の上下に関係なく聞くべきことは聞く。
勉学だって、大公の跡を継ぐべく真面目に努力している。
精霊だって”当たり”を引いた。
炎の精霊サラマンダー。いまはプールの横にいるので具現化させてはいないが、15歳時点で呼び出せる精霊としては最高峰と呼ばれる存在だ。
以上のことをもって、単純に優秀さで比較するなら、同世代の上位1パーセントにいる自負はある。
そんなエリオですら笑顔で「無理」と断言できてしまうのが、レヴェンチカのセレクションなのである。
――ぁぁぁああああ
「まったく、どいつもこいつも必死になりやがって」
エリオは己の分というものを知っている。
祖国ではいくつかの大会で結果を残しているが、それはたまたま絶対強者のいない谷間の世代に生まれたために、栄光に恵まれただけだ。
逆に言うと、国の同世代の連中が不甲斐ないということでもあるが。
エリオのほかにオープンデッキでくつろいでいる者はいない。
現在、大空嘯を通過中であるため、オープンデッキのうえには乱気流が渦巻いているからだ。
誰かがいると「あの大公閣下の息子さん、練習もせずにくつろいでいらっしゃるわ。やーねー」みたいな陰口が叩かれるので、都合がいいといえばいいのだが……さすがに誰もいないとは思わなかった。
オープンデッキの上を吹く乱気流が疎ましくもあり、好ましくもあり。
「あーあー。まったく。せっかくグランカティオに乗船したのに、なんで部屋のなかで大人しくしてなきゃならんのかね? カジノで遊ぶくらい、いいじゃん」
ギャルバリーの大公程度の身分であれば一生に一度乗船できれば幸運と言っていいだろう。なのに、訓練オンリーで生活するとか……バカなの? アホなの? というのがエリオの正直な気持ちだった。
ちらっとプールを見る。
プールの水は大きく波打っており、泳ぐには適さない。というか溺れるだろう。
――ぁぁぁぁああああ
はぁ、っとため息をつく。
本来であればセレクションというのは、大公閣下の世継ぎが出張るようなものではないのだが、同世代で相応しい者がいなかったので仕方ない。
ある意味、これは国家間の主導権争いのひとつなのだ。わが国にはこれだけ有望な人間がいるぞ、という自慢大会とでも言うべきか。
(ぶっちゃけ悪趣味すぎるよな……)
無駄に順位もつけられるため、受験者が低い成績を残そうものなら国内のゴシップ誌に【我が国の最近の若い世代はクズ】みたいなことを記事にされるのだ。
ここで無様をさらそうものなら、国中から指さして笑われることになるのである。気が重い。
いまでこそ箔付けのために戦士ギルドに参加しているが、将来的に政治的な文官になるエリオにとっては、このようなことはむしろ面倒事なのである。
むしろ他の連中に参加権をなすりつけて恩を売っておきたかったくらいなのだ。
(レヴェンチカでも、勇者候補生のための学部ではなく、その他の学部であれば話は別なんだけどな……)
――ぁぁぁぁああああ
「それにしてもなんの音だ? さっきからやかまし――」
エリオが上を見た瞬間、
「あっぶなーーーーーい! どいてーーーー!!!」
ばっしゃーーーん!
オープンデッキにある、波打つプールに何かが飛び込んだ。
【マグロ豆知識】
マグロの泳ぎ方をマグロ型といいます。
(この分類はあまり日本では馴染みがありませんが)魚類の泳ぎ方は分類は大きく5つの要素に分類されており、このうちの『からだのくねらせ方』という項目にマグロ型があります。
体の前の方はあまり動かさず、尾ビレだけが振り子状に動くものをマグロ型と呼び、クロマグロはもちろんサバやサメの泳ぎ方もマグロ型に分類されます。
詳しくは↓のリンクのマグロ豆知識から!