20.マグロ・フライ(★)
――次の日。
「おおおぉ……。ほんとに空を飛んでる!」
ぼくらは空の上の人になっていた。とは言っても、ぼくがスキルで飛んでいるわけじゃないけれど。
乗っているのは大型の浮遊有船。
舷側に備えられたオールのような複数の羽が、トンボみたく上下に動いて前に進む光景を見ると、「ほんとにこの世界ってファンタジーなんだなー」って改めて思ってしまう。
行き先は、学園があるっていうレヴェンチカではなくて、ミーミルとかいう島だ。
この世界の空は大きく2つに分けて呼称される。
浮遊島の風力圏内である比較的おだやかな『内空』と、びゅーびゅーと不規則に強い風が吹く『外空』。
そして、台風のような風が吹き荒れる外空を飛べるのは大きな浮遊有船のみ。
ちなみにこのクラスの船になると、船員には最低でもAクラス以上の魔力補正が求められるらしい。この世界の魔力補正格差ってすごいね。
前甲板の両舷には大きな大砲が1門ずつ据えられており、これで空の海賊こと空賊や、クラーケンのような魔獣と戦うんだって。
モデラートの港から出港して約1時間。
元いた島は豆粒のように小さくなって、ぼくらのいる甲板の上は、外洋の波のように荒々しい風がビュービューと吹いていた。
「ウィルベル、ほんとにそれで行く気なの?」
ばたばたと風に髪を弄ばれながら、不安そうに問うたのは縦巻きツインドリルことルセルちゃん。
同じ浮遊有船に乗り合わせたのは、精霊の儀を無事に終えて、たまたま家族旅行に出かけるところだったかららしい。
この船に乗るために、ウィルベルのいままでの蓄えを全額使い果たしたって考えると、そうそう気軽に他の島に旅行に行けるものでもないのかな?
「わたくしがお父様に援助をお願いしてもいいのよ?」
「ありがとう。ルセルちゃん。でも……」
ウィルベルが言葉を切ってルセルちゃんを抱きしめる。
ルセルちゃんの申し出はありがたい。でも、色々調べたけど、乗り換えてレヴェンチカを目指すっていう方法はなかったんだ。
「死ぬかもしれないのに、あなたたちは恐ろしくないの?」
言われて、ぼくは甲板の縁から下を見た。
落ちて這い上がってこれる者などいないっていう、おっかない空が広がっている。
ウィルベルはルセルちゃんの体を離すと、軽く笑った。
「正直に言うと、めっちゃ怖いんよ」
「だったら――」
「でも、もう決めたことだから」
ウィルベルは、背中に背負った大きなリュックサックを担ぎ直して、バイクのようにぼくにまたがった。
頭に防風用の帽子と、その上にゴーグル。手には命綱代わりの荒縄。その縄がつながっているのは、お馬さんのようにぼくの口にかけられた轡。
「ウィルベル! そろそろ出発しないと!」
浮遊有船の上にいるのに、どこに行くんだって?
遥か遠くに見えるは、ぼくらが乗ってるのとはまた違う別の浮遊有船。
どこに行くのかはよくわからない。ただ、レヴェンチカの方角に向かっているだけの船だ。
「ほんとのほんとに本気なの? 外空を単独飛行しようだなんて……。正気の沙汰ではないわ」
ぼくらがやろうとしていることを知っているルセルちゃんは呆れと驚き、そして諦観の入り混じったため息をついた。
そう! ぼくらが計画したのは空中適正レベル1で取得できるスキル『滑空』を使った強引な空のヒッチハイク!
すれ違う浮遊有船を探しては滑空で飛び移っていくという、一歩間違えば転落死間違い無しの無謀な挑戦。
ぼくらがやろうとしていることは、地球風に言うと粗末な筏で太平洋を航行しようってくらいに命知らずな行為らしい。
空中適正のレベルをもっと上げることができれば、もうちょっとなんとかなったんだけどね。
「うちは、うちの相棒を信じとるから」
言ってウィルベルがぼくの背中を撫でる。
ご主人様ってば、嬉しいこと言ってくれるじゃん。
「ふはは。ならば、マグロ漁船に乗ったつもりで安心してぼくの背に乗ってくれるがいい!」
「そういう不安になるようなこと言わんで!?」
ウィルベルはそう言うけど、だが待ってほしい。
マグロ漁船は外洋での活動を前提で作られている船なので、そんじょそこらの船よりも安心できるはずである。
っていうか、この世界にもマグロ漁船ってあるんだね。
「よーしっ!」
ウィルベルが顔を叩いて気合を入れ、甲板の縁に足をかけて出発する準備を整える。
はい! みんなここでちょっと想像していただきたい!
魔女の箒よろしくマグロにまたがったその姿!
まぬけそのものである。
「こら! いい話にしようとしてるんだから、そういうこと言わんのよ!」
「でもでもだって、実際問題まぬけなんだから仕方ないじゃん!」
「それもそやね」
姿はまぬけ。計画性もお金も何もありゃしない。
でも、いまのぼくらにはそれくらいでちょうどいい。
すーっと息を吸って吐いて。
「ウィルベル行くよ!」
スキル『滑空』発動!
ふわっと風に流れるようにぼくの体が浮かび上がる。さすが外空。滑空スキルでも充分な揚力を得られるだけの荒ぶった風が吹いている。
「いってらっしゃい、ウィルベル。そして精霊さん」
ぼくらに向かってルセルちゃんが手を振る。
ぼくらのほうも揃ってルセルちゃんに手と腹ビレを振り、別れを告げて。
「うん! いってきます!」
台風のような風の吹く大空へと飛び出した。
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【マグロ豆知識】
葱鮪と書いてねぎま。鳥の串焼きとして有名なあの「ねぎま」です。
江戸時代では安価なマグロ使用されていましたが、時代がくだり、マグロが高価な食材となり、代わりに鶏肉が使われるようになりました。
が、名称だけはそのまま残り、いまでもねぎまと呼びます。
もともとは葱鮪鍋という鍋料理で、古典落語『ねぎまの殿様』にも主役として登場します。
内容は、『目黒のサンマ』の葱鮪鍋版といえばわかりやすいでしょうか。
葱鮪=鳥料理。
ならばマグロだって空も飛べるはず。
というわけで第一章終了です。
オムレットマト様にイラストを描いていただきました!