2.マグロは戦闘に向かない
ぶんっ ぶんっ
「なるほど。この世界では15歳になると一人に一体『精霊の庭』って場所から精霊……ってのを召喚するんだ?」
芝生で覆われた美しい運動場にも似た場所で、ぼくは召喚主であるウィルベルと現状のすり合わせをおこなっていた。
ぼくたちがいるのは召喚された教会前の広場。比較的高い場所にあるためか、街の様子が一望できる。
ピロモーテンの街。
この街を一言で表すなら、古い都という言葉が最も相応しいかもしれない。
半島状の地形に、なだらかな丘を利用した城塞都市。
街を構成する白い石造りの建物は無骨なものが多く、きらびやかって言うような雰囲気ではない。
ウィルベルいわく、昔は貿易港のある街として栄えたけれど、50年くらい前にほかの場所に大きな港ができてしまったので、昔ほどのにぎやかさはないのだという。
と言っても、元日本人のぼく的にはワクワクする要素が満載。
裏通りの白い階段状の通路に洗濯物が干されているのとかを見ると、「某アニメ映画みたい。ひゃっふう!」ってなっちゃうよね。
しかも古いって言っても、技術レベルはそこそこ高め? 道路はすべて石畳か、あるいはコンクリートっぽい白い石で固められている。
ぼくらがいる教会前の広場なんて、もはやメルヘンチックですらある。
美しい芝生はドッグランやゴルフ場のように整備されていてふっかふか。
散歩道まで整備されていて老齢のカップルが仲睦まじく歩いているのも見える。
異世界って言うと、宗教が悪役になってたり傲慢だったりすることが多いけれど、どうやらこの世界では庶民にも愛されているらしい。
「そやよ。ミカは精霊の庭を知らんの?」
「それどころか、精霊なにそれおいしいの? って聞きたいくらいなんだけど」
というか、クロマグロって精霊なの? そもそもなんでクロマグロの成魚スタート? 普通こういうのって卵とか稚魚から始まるもんじゃないの?
ちらりと周囲を見ると、ウィルベルと同じ年頃の少年少女がファンタジックな小動物や半透明の色とりどりの光球を伴ってはしゃいでる。
割合としては半透明な光球を浮かべているひとが全体の7割くらいでほとんどを占める。あれも精霊なのかな?
「あれはね。下級精霊って言って、精霊の素みたいなやつ。時間をかけて形を作っていくんよ」
下級精霊の色は赤緑青色どり豊か。
やっぱりあの色ってオーソドックスに属性とかなんだろうか? それはそうとして赤いやつってイクラに似てる。
いまの時点で精霊の物質化ができるのは一握りらしいけど……
「――ハッ、待てよ? じゃあ、いきなりマグロの成魚なぼくってば精霊界の超エリート!?」
ふふ、ご存知だろうか。
マグロは出世魚ではない。生まれながらにしてすでに食物連鎖の頂点近くに立つことが確約されている生物なのである!
生存競争の勝利が約束された立場って考えれば、マグロでも悪くない気がするな!
ぶんっ ぶんっ
「……ところでウィルベルさんや?」
「うん?」
「これは何をしてんの?」
さっきから、『ぶんっ ぶんっ』って尻尾の付け根を持たれて、大剣のように振り回されてるんだけど……。何かの儀式? 雨乞い? それとも豊漁祈願?
……ちょっと想像してみてほしい。身長150センチほどの少女が2メートル近い魚をぶんまわしてる姿を。
せめてこれがサバとかアジだったら、「あ、呪いでもかけてるのかな?」ってほのぼのとした感じなんだけど、あまりにもダイナミックすぎて、なんというか……なんだこれ?って感じ。
ほら! 周りの少年少女どころかもドン引きしてる。
それどころか、さっき声かけてきてくれたルセルちゃんですら遠くに逃げてったよ!?
むむむ。これはいけない。
せっかく異世界に召喚されたのだから、主が人気者になれるよう努力するのは、使役される側の責務ではなかろうか。
やはりここは「ぼくのお腹をお食べよ!」って言いいながら、わが身に宿る大トロをふるまうべきなのでは?
「そんなグロい光景見たくないんよ」
「あいたっ」
そんなことを考えていると、ペちりと頭を叩かれた。
あれ? 考えていただけなのにおかしいな?
どうして考えていることがばれたんだろ?
「精霊と人は一心同体。それくらいわかるんやよ」
そういえばさっきリュシー司祭も同じこと言ってたけど……え? あれって例えじゃなくてほんとにそうなの?
初めにウィルベルの名前を知ってたのも、それの関係なのかしらん?
ってことは、ウフフなことやゲヒヒなことを考えたりするとバレちゃうってこと?
うわっ。なにそのめんどくさい設定。
ぶんっ ぶんっ
ともあれ、ウィルベルの素振りは止まらない。
ぼくのほうはというと、地面に触れないように必死に腹筋に力を入れてエビ反りしてるんだけど……うーっぷす、視界が上下に揺れすぎて酔いそう。
そろそろ素振りするのをやめて! 口からネギトロが出ちゃう! っていうか、クロマグロなのにエビ反りとはこれいかに?
「だいたい、なんでそんなに一生懸命にぼくを振りまわすのさ?」
「あっちを見てほしいんよ」
ぼくの抗議が届いたのか、ウィルベルが素振りをするのを一旦停止。ひょいと顔を向けた先には、
「……なにあれ、マグロの仲買人?」
びしっとした黒い服を着た人たちが、紙とペンを片手に何やら書き込んでいた。
その視線は鋭く、まるでマグロの仲買人のように慎重に品定めをしているようにも見える。
でも魚市場の仲買人にしてはエリートチックというか、FBIとかMIBみたいな感じだけど。
「あれはギルドっていう、仕事をするための組合の人らなんよ。……えーっと、ギルドっていうのはね――」
ウィルベルの話を要約するとこんな感じ。
・15歳以上になるとギルドってものに所属して仕事をしなければならない。
・ギルドというのは、いわゆる同業者組合や連合会のようなもの。
裁縫や農業や商業など、仕事別に存在する。他職のギルドへの移籍は自由。
・ギルド内ではEからSクラスが設定されていて、実績を残せば上のクラスに昇格していける。ただし、半透明な精霊――下級精霊のままだと、どれだけ優秀でもCクラスどまり。
・ウィルベルは魔獣の狩猟や街の警備・防衛などの荒事を統括する戦士組合のCクラスに在籍中。
・15歳未満でも組合に所属することは可能だけど、その年齢で戦士ギルドのしかもCクラスに在籍していたのは、この街ではウィルベルとさっきのルセルちゃんの2人だけ。
ふむふむ。オーケーわかった!
この世界のことはよくわかんないけど、とりあえずギルドってやつのランクを駆け上がっていけばいいってことはわかった!
にしても、ウィルベルってば同年代で2人しかいないCクラスだったなんて! ぼくだけじゃなくてウィルベルも辺境エリートじゃないか。
ふふふ、間違いない。これは勝ち組。
人生……じゃなくて、異世界マグロ生イージーモードの始まりである!
「それだけじゃないんよ。いきなしミカみたいな精霊を呼び出せるだなんて……勇者の候補者にだって選ばれるかもしれんのよ!」
oh。勇者!
「そうだよね! ファンタジーって言ったら勇者にならなきゃ始まらないよね!」
「せやろ! せやろ! さっすが~、うちの精霊は話がわかるッ!」
言って、「イエーイ」とお手てと尾びれでハイタッチ。
精霊と人は一心同体って言ってたけれど、まさにぼくらは運命共同体。悲しみをわかちあい、喜びを2倍にする存在なのである。
ウィルベルいわく、勇者っていうのは女神さまの加護を受けた存在で、普通の人――戦士ギルドのSクラスでさえ手も足も出ないような災害級の怪獣と戦う、秩序と平和の守護者なんだって!
さすがクロマグロ! 海の金剛石!
異世界に来たってその輝きは永遠なのだ!
――なんて、ぼくらがバラ色の将来を夢想していたときだった。
「ああ。ウィルベル君」
渋い声。誰だろう? と振り向くと、
「うひぃ!?」
でかい!
2メートルあるぼくよりも大きな体格の、初老のマッチョ男性がそこに立っていた。
(このひとはうちが所属してる戦士ギルドの偉い人やよ)
ぼくがいぶかしんでいると、ウィルベルがテレパシーで伝えてくる。なるほど、こんな感じで以心伝心なのね。
ぱっと見ただけでわかる歴戦の勇士。
ただでさえ威圧感抜群だっていうのに、さらに厳しい顔をしてて、風格といい体格といいヤクザも裸足で逃げ出すレベルである。
ギルドのおじさんは眉根を寄せて、ごほんと咳払い。
「その精霊のことなんだが――」
そうそう。精霊を実体化させることに成功した新人は15歳で精霊を召喚したタイミングで高いクラスに昇格するんだって!
どのクラスに昇格させるかっていうのを決めるのが、いまから行おこなわれようとしている新人試験ってわけ。
そして、ぼくは実体化された精霊!
いまのウィルベルのクラスがCだからB――いやAクラスに昇格だってありえる!
「ことなんだが――」
ふひひ。もったいつけちゃって。もしかしてぼくの姿に惚れちゃったのかな?
ハッ!? これってもしかして、Bクラスでも持て余すから、Aクラス――いや、Sクラスになってくださいってお願い!?
さもありなん! 異世界転生ばんざーい!!
でも、ビターンビターンとウィルベルの胸の中ではねているぼくとは対照的に、おじさんは困った顔で目をそらした。
「その……。言いにくいんだが……その精霊は戦闘には不向きだと思う。申し訳ないが、違う職業のギルドに移籍したほうがいい」
わーおー……。お先マッグロ、なんちゃって。
【マグロ豆知識】
クロマグロにはたくさんの幼名(コメジ、メジ、オオメジ、ヨコワ、カキノタネ、ダルマなど)があり、成長するごとに名前が変わります。
が、出世魚ではありません。
というのも、出世魚には【名前が変わる】というだけではなく、【名前が変わることがめでたい】という条件があるのです。