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18.ガールズトークwithツナ

 その夜。

 疲れきって、誰よりも早く寝床についていたウィルベルが、ふと目を覚ましたのに、ぼくは気づいた。

 

 マグロの睡眠時間は一回5秒程度。

 マグロは泳いでいないと呼吸できないっていう性質上、原始睡眠(げんしすいみん)って方法で脳をちょろっとだけ休ませて寝るのだ。


 つまりぼくは、うつらうつらとしながらも、ずっと起きている状態ってわけ。


(ウィルベル、どうしたの?)


 時間は丑の刻。みんな寝静まった時間。

 ぼくが寝ている部屋は女性たちの共同部屋らしく、幼女(チビッコ)たちも一緒である。


 おおっと! 言っておくおけどぼくはロリコンではないので、そんなことでは興奮したりはしないからね!?


 部屋は簡単な仕切りで区切られていて、ぼくが横たわっているのはウィルベルの顔も見えない仕切りの奥。


 これはウィルベルに同衾(どうきん)を拒否されたのではなく、生まれて初めてクロマグロを見て興奮したチビッコどもに拉致られた結果である。


 いまのぼくはチビッコたちが用意してくれたマナ板の上に鎮座し、横たわってるんだけど、気分は解体ショー直前のクロマグロ!


 ……死刑執行前の囚人ってこんな気持ちなのかもしれない。


(この音って、なんなんよ?)


(音?)


 ウィルベルが言ってるのはパチンパチンと算盤(そろばん)を弾く音。この世界ってソロバンがあるんだね。


 見ると、その音の主はエーリカちゃん。さっきからずっと部屋の端にある机に向かって、わずかな明かりをつけて帳面とにらめっこしている。


「あら、ウィルベル。起こしてしまったかしら。ごめんなさい」


「ううん。エーリカ、なにやってんよ?」


「あなたの旅費をなんとか捻出できないかなって。乗り継ぎの便があったとしても、あなたの貯蓄じゃ足りないでしょ。

 何かの間違いでレヴェンチカに行ける手段があったとして、旅費の問題でいけなくなっちゃうと嫌じゃない?」


「エーリカ……」


「ま、行けなかったとしても誰も笑ったりしないから、あんまり無茶はしないように。だから変に気を使わずさっさと寝なさい」


 毛布くらいかけてあげよう、と立ち上がろうとしたウィルベルを制止しながら、エーリカちゃんは振り向きもせず算盤や帳面とのにらみ合いを再開する。


「なんか……負担をかけてごめんね」


「そこはありがとうって言うところでしょ? ま、チビッコたちも働ける年齢になってきたし、なんとかなるでしょう。気にしなくてもいいわよ」


「うん。ありがとう。エーリカ」


 イイハナシダナー。

 ぼくが感動していると、エーリカちゃんは寝転がったままのウィルベルに、レヴェンチカへの案内が封入された封筒を投げる。


「ウィルベル、さっきは疲れてたみたいだったから言わなかったけど、自分が受験するんだからちゃんと見ておきなさいよね。

 出発したあとに、忘れ物があって受験できなかったなんてなったら指さして大爆笑してやるから」


「あはは……。うん」


 上半身だけ起こして、背中を壁にもたれさせたウィルベルは封筒の中身を確認する。


 ウィルベルの目を通して、ぼくにもその紙に書かれた内容が見える。


 寝ている間に、エーリカやマークが先に目を通しておいてくれたらしい。注釈がついてたり、難しい文字にはルビが振られているのが見て取れる。


 えーと、必要なものは住民票の写し……これはマークが慌てて取りに行ってくれたらしい。

 写真のついた身分証明証……これはギルドの所属証でよし。

 あとは保護者の署名――って、えらい現実的だな。おい。


「保護者のところはわたしの名前で署名しておいたから」


 封筒に混ざっている保護者の署名の紙には、言われた通りエーリカ・フュンフの名前。なんてママ(ぢから)なんだ。おかーさんって呼んでいいですか?


 あとはなになに……試験中に死んでも構わないっていう同意書……って、物騒すぎぃっ!


 そして、


「受験者証としての魔力宝石(ルーン・ジェム)? そんなものはいってたかな?」


 言って、ウィルベルが封筒をまさぐると、確かに封筒の下のほうに小さな石っぽい感触。


「これかな?」


 封筒を逆さに向けて揺すると、コトン、と丸くて赤い宝石のようなものがウィルベルの寝ている布団の上を転がる。


「……きれい」


「それが魔力宝石(ルーン・ジェム)なんだって。当日までに各々アクセサリーに加工して身につけておくように、って書いてたはずだけど」


「加工……」


 最低でも明日にはどうにかして出発しなきゃいけないのに、さすがにそんな時間ないよねー。


「身に着けておけばいいって話だから、お守り袋にでも入れておけばいいんじゃない? はい、これ」


 用意周到とはまさにこのこと! なんて保護者力なんだろう!


 エーリカちゃんが投げ渡してくれた布製のお守り袋を受け取って、ウィルベルは魔力宝石(ルーン・ジェム)をイン。


 と、そのときだった。


「あ、手が」


 昼間に酷使された筋肉がぶるっと震えて、魔力宝石(ルーン・ジェム)がお守り袋の外に飛び出てしまう。


 こーん、と転がり落ちた魔力宝石(ルーン・ジェム)はタイヤが転がるようにぼくの前にコロコロと。


 ――言い訳させてもらうと、マグロはほとんど寝ないっていうけど、ぼくは元人間なわけで精神的に疲れてるわけ。


 本来のマグロだって、夜間は代謝を落として泳いでいるわけで、起きてるって言っても半分くらい夢現(ゆめうつつ)な感じだしね。


 ……なにが言いたいかっていうと、そのときのぼくはクロマグロの本能を制御しきれてなかったわけ。


 そう。つまり。


 ――あ、イクラみたいのが落ちてる。おいしそう!


「ぱくっ!」


「「あああああああああああぁぁぁ!!!!」」


 孤児院に響き渡るエーリカとウィルベルの悲鳴。


 なんだなんだ、と起き上がるチビッコたち。数秒後には隣の部屋にいた男性陣も何事かとなだれ込んでくる。


 そんな彼らが見たものは――


「吐け! 吐くんよぉぉぉっ!」


「ウィルベル! このマグロ、口の中に手を突っ込んでも大丈夫!?」


「ぐえー。口からネギトロが出ちゃう」


 女性2人がかりで、逆さにつるし上げられているクロマグロの姿であった。

 その光景を端的に表すなら一本釣りした釣り人が釣ったぞぉぉぉ! って誇ってる姿に似てる。


 なだれ込んできた彼らがぼくらを見る視線は「こいつら何やってんだ」って感じ。


 さっきまでのイイハナシダナーなムードは消えうせて、完全にコメディのノリである。


「あばばばばば! エラに手をいれないで! 窒息しちゃう!」

 

 仕方ないじゃん! だってぼくはしょせんクロマグロ。本能には逆らえなかったんだもん!


 それもこれも魔力宝石(ルーン・ジェム)が小っちゃくて赤いのが悪いんや! イクラにしか見えないのが悪いのんや!

 

「そのうち(フン)として出てくるだろうから、それを使えばいいじゃん!」


「絶対にノゥ! 乙女としてゼッタイ譲れないライン超えとるんよ!! 吐き出さないっていうなら、尻の穴から手突っ込んで奥歯ガタガタ言わししちゃるんよ!?」


「やめて!? それ絶対に乙女のすることじゃないからね!?」


 エーリカちゃんもエーリカちゃんのほうで、よほどテンパってるらしく、


「マーク! マグロ包丁って厨房になかったかしら!?」


「さすがにそんな大きいのは……。あ、でも牛刀みたいのを見た記憶が」


「オゥケィ。とってくるから、この精霊が逃げ出さないように見張っといて」


「そんなことされたら死んじゃう! っていうか、ほんとに厨房のほうに行くのやめて!? ジョークだよね!?」


「わたしは本気よ。死にたくなければ戻ってくるまでに吐き出しなさい!」


「あばばば! 転生した初日に死にたくなーい! さばかれるのはヤダー!!」


 てんやわんやの乱痴気騒ぎ。

 

 ――と、そのときだった。

 

『アイテム【祈りの宝珠】を取得しました』


「「へ?」」


 ぼくとウィルベルの声が被る。と同時に、きゅぽーんとぼくの額に青い宝石みたいのが出てきた。


 大きさはちょうど魔力宝石(ルーン・ジェム)くらい。形も魔力宝石(ルーン・ジェム)

 どこをどう見ても魔力宝石(ルーン・ジェム)だけど、色だけが青い感じ。


 え……? なにこれ寄生虫?

【マグロ豆知識】

マグロは脳みそがとても小さく、原始睡眠という方法で一日に何回か5~6秒眠ります。

これは人間で言うところの『うとうとする』に近く、熟睡ではなく体を動かしながらも脳を休ませます。

脳波では観測できないため、人間の真睡眠(脳波睡眠)と比較し、行動睡眠といいます。


睡眠の脳波状態が観測できないために「魚類は眠らない」と言われるのですね。

なので、「行動睡眠で眠るので睡眠をしている」も正と言えるし、「真睡眠ではないので眠らない」というのも正しいと言えます。


この行動睡眠、実は人間にもあって、車の運転中の居眠りなんかが行動睡眠とされています。


行動睡眠を究明できたならば『自動車の居眠り運転防止装置』などに役立ちますので、興味のある方はぜひ研究してみてください。めっちゃお金が稼げると思います。

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