15.やめて。それ絶対魔法じゃない。
ぼくを連れてウィルベルが帰宅したのは街の端っこにあるぼろっちい集合住宅だった。
孤児院って言えばわかりやすいかな?
精霊の儀とやらをしていた教会とはぜんぜん違って薄汚い感じ。
ウィルベルが説明してくれたところだと、120年前に移転した教会の跡地を利用したものなんだって。
道もけっこうぼろっちくなってて、その上をずりずりーっと引きずられると、
「あばばばば! 疲れてるのはわかるけど、ひきずらないで!? 削り節になっちゃう!」
まったくもう! ウィルベルってば精霊を何だと思っているんだろう!
ぼくはマグロであって、カツオではないのである! なので道路に引きずるのはやめてください!
「疲れてるっていうのはわかるんだけどさ。だったら早く送還とかいうの覚えてよね」
「う……。そのうち覚えるんよ」
普通だったら精霊っていうのは必要なときだけ、精霊の庭ってところから召喚するものらしいんだけど、ウィルベルにはそれができないらしい。
ルセルちゃんいわく、昔から腕力はあったけど魔力制御系は悲惨な子だったから……とのこと。
ぼく知ってる。こういう人のこと『脳筋』あるいは『筋肉ゴリラ』っていうんだ!
「だ、だれが筋肉ゴリラなんよ!?」
「あんただよ、あんたぁっ! 200キログラムのクロマグロを振り回すウィルベルだよ!! 運よくあのおっさんの目には留まったけど、周りの人たちドン引きだったじゃん!? やーいやーい! 悔しかったら魔法の一つでも使ってみろー!」
「おーけーなんよ。じゃあ、撫でただけで魚の頭骨がぐにゃぐにゃになる奇跡の魔法を……」
みしっと。ぼくの頭を掴んだウィルベルの手から嫌な音がした。
「やめて。それ絶対魔法じゃない」
にしても精霊の庭ってどんなところだろうね?
・・・
「ウィルベルねーちゃん! なにそれ! 食べていいの!?」
孤児院が近づくと、ウィルベルの帰りを待っていたのか、ちっこい子供たちがぼくの周りに集まってきた。
「やめて!? 食べないで! そんな目で見ないで!?」
食欲旺盛すぎぃ! ぼくに向けられる視線は、お魚を狙うドラ猫のまなざしそのものである。おまけにその動きときたら、悪ガキそのもの。
ちなみに孤児とは言っても周囲からの援助があるらしく、着ている服はぼろっちいけど血色は良好である。
異世界モノって悪い宗教も多いけれど、この世界の宗教はなかなか良好なものであるらしい。
「やめて! マグロの胴体をむやみに触るとそこから腐っちゃうから! びゃああああ。逃げたい……けど、体中が痛ぁいっ!!」
ちびっこたちにペタペタ触られて、逃げたいけれど、体中が痛くてそれどころじゃない。
あの場にいた人たちが回復魔法をかけてくれたけれど、完全に痛みが引いたわけでもなく、ぼくもウィルベルも酷使した筋肉が悲鳴をあげている。
ああ。ぼくはこんなところで無惨に身焼けしちゃうのね……なんて覚悟をしたときだった。
「こら! あんたたち! 大人しく部屋で待機してなさいって言ったでしょう!」
悪ガキどもを叱ったのは同じく、孤児の少女だった。ウィルベルよりも年上っぽい感じ。
エプロン姿はまるで専業主婦の貫禄。家事仕事が身に染みついた、みんなのおねーさんって雰囲気を醸し出している。
動物で例えるなら、もふもふの柴犬。
しっかりした感じだけどツンツンしてるって言えばわかるかな?
「まったくもう、ウィルベルも! 今日は精霊の儀を行っただけなのに、なんでそんなにボロボロなの!?」
ここで身を寄せ合っているのは、魔獣の襲撃で保護者を亡くした子どもたち。
この世界ってほんとハードモードなんだなぁって思わされてしまう。
子供たちが孤児であることを普通に受け入れているというか、なんというか。
クラーケンとの戦いで、ルセルちゃんが幼女を見捨てろと言ったのも致し方ないのかもしれない。
ウィルベルが秩序と平和の守護者である勇者を志すのも、生存にシビアな世界だからこそ?
ちなみにウィルベルは現在15歳。最年少が3歳。最年長のこの子――エーリカちゃんが20歳とのこと。
「ま、まあ……いろいろあったんよ。エーリカ、それよりも早くご飯をー……」
さっさとご飯を食べてベッドに寝転がりたい!
そんな意志が伝わってくる。
でも、エーリカちゃんは腕組みをして首を横に振りながらため息をついた。
「ウィルベル。そうしてあげたいのはヤマヤマなのだけど、用事があるって人が来賓室で待ってるわ」
「へ?」
【マグロ豆知識】
あまり有名ではありませんが、マグロにもマグロ節というカツオ節の仲間があります。
主な原材料はキハダマグロ。
関東では馴染みが薄いかもしれませんが、特に血合い部分がないものは上品な味わいがあり、和食のお吸い物だしなどに使われます。