146.後輩との約束
すいません。あと1話と書きましたが長くなったので分割します。
申し訳ございません。次回更新は2023/01/11となります。
「ウィルベル、おめでとうであります!」
ニアが頬ずりすりすり。ウィルベルに抱きつきながら言う。
リヴィエラでのセレモニーが終わって、レヴェンチカへの帰路。食堂に入ったぼくらを待っていたのは、パパパーンという空気圧縮式のクラッカーの音だった。
3日前に褒章をもらったときは、みんな忙しくてルームメイトの祝福だけだったけれど、今度は船に乗っているみんな――アーニャ教室とプルセナ教室の生徒たち総出である。
そのなかでも特に興奮しているのはニアだ。
「まさか入学一ヶ月で褒章だけなくって勲章を贈呈されるだなんて、これはもうアンタッチャブルレコードでありますよ!」
興奮しすぎのような気もするけれど、祝ってくれることは純粋に嬉しいね。他のみんながちょっと引き気味ではあるけれど。
「ニア。ちょっと落ち着きなさい。ウィルベル、みんなおなかを空かしてるから、挨拶は簡単にね」
「はーい。では、演習の完遂を祝して、かんぱーい!」
「「「かんぱーい!」」」
簡単な挨拶のあと、食堂で立食式のパーティが始まった。
とはいえ、船のなかに全員が集まれるような広いスペースがあるはずもなく、生徒たちは入れ替わり立ち代わりで、食事を摘まみに来るという方式である。
食堂のテーブルには軽いながらも手の込んだ料理や飲み物が並んでいる。どれもこれもリヴィエラの宮廷料理人さんが腕によりをかけて作ってくれたものだ。
というのも、リヴィエラでは勲章贈呈のセレモニーのあと、即・直帰だったのだ。豪華な晩餐会とかあるのかな? なんて思ってたのでちょっと肩透かしである。
いわく、勇者にとってああいうのは特別なことではなく、「勇者候補生たるもの、さっさとレヴェンチカに戻って次の演習に備えろ」ということらしい。
ともあれ、リヴィエラの人たちの感謝がなかったことになったわけでもなく、そのぶん、立食パーティの料理は質や量が盛り盛りになっていた。
「おいひぃ!」
ローストビーフを口に物をほおばったまま、ウィルベルが感嘆の声をあげる。しっとりとした肉質に醤油ベースのあっさりとしたソースが絶妙! もっちゃもっちゃと堪能、嚥下し、次に狙うは大きな肉がゴロゴロしたビーフシチュー。
さすが脳筋、肉&肉&肉である。
んもう! 他の生徒たちのように野菜とかもバランスよくとらなきゃダメだよ! って言おうとしたけれど、向こうのほうでギプスをつけたクァイスちゃんが肉三昧してたのでお口にチャック。
そんなこんなで料理を堪能して、おなかがひと段落したあたりで。
「ウィルベル先輩」
と、はにかみながら声をかけてきたのはアリッサちゃんだった。
そういえば、アリッサちゃんって研修で演習に参加しただけだから、もうお別れなんだよね。せっかく仲良くなったのにね。寂しいね。
「どうしたの、アリッサちゃん?」
「えっと、あの……その……」
声をかけてきたはいいものの、アリッサちゃんが言葉に詰まる。言いたいことは決まっているけれど、それを口に出すのはちょっと恥ずかしい。そんな初々しさのある詰まり方。
そんな後輩を見て、ウィルベルは「よかったんよ」と微笑んだ。
「……よかった、ですか?」
「うん。アリッサちゃんってば、演習が始まる前は思いつめた表情しとったから。あのときのアリッサちゃんが徹夜明けのミミズクだとしたら、いまのアリッサちゃんはお天気の日のハシビロコウやね」
「その喩え、よくわかんないです……」
アリッサちゃんが困ったように苦笑するけれど、確かにウィルベルの言う通り、その笑みには少女らしい愛らしさが戻りつつあるように見えた。
「ウィルベル先輩。覚えておられますか? わたしが最初に「先輩はおかしな人だ」って言ったこと」
言いながら、アリッサちゃんが「ちょっと外に出ませんか?」と誘う。その誘いのまま甲板に出ると、すでに外空の高度に到達していたらしく強い風が吹いていた。うーん、ひんやりとした風が気持ちいい。
しばらく、外空の風を味わったあと、話を切り出したのはアリッサちゃんだった。
「今回、わたしは先輩を通してたくさんのことを学びました。戦い方だけじゃなくて、勇者になるということの意味や、その責務の重さを。そして、学べば学ぶほどいまのわたしに足りないものだらけだってわかってしまって……。だから、見ていました。この3日間、先輩のことを。ずっと。そうしたら――」
アリッサちゃんが苦笑して言葉を続ける。
「やっぱり、ちょっと――いえ、だいぶおかしな人だと思いました。手本にしようがないというか、むしろ参考にしちゃダメな人だなって」
あまりの言いようにウィルベルが「あうあう」と呻く。
ですよねー。脳筋みたいになっちゃったら絶対に勇者になれないよね。その意見は正しいと思います。
でも、アリッサちゃんの表情は、言葉とは裏腹に晴れやかだった。
「レヴェンチカという場所にはなんでもあるんです。最高の先生たちがいて、最高の訓練環境があって、最高のライバルがいて……。わたしが求めなくても、わたしに必要なものをすべて与えてくれる。だから、それでいいと思っていたんです。先生たちが示してくれる正しい道を行けばいいって」
アリッサちゃんは言葉を一度区切った。
「実際、どうにかなるんですよ、先生たちの言うとおりにすれば、わたしよりも順位の高い子にも勝てるようになるんです。でも、相手も鍛錬をするからすぐに勝てなくなって、そして、先生の言うことを聞いてまた勝って。
そうしているうちに、いつのまにか「先生たちの言うことに従っておけば大丈夫」なんて思うようになっていました」
――このままじゃダメになる。
勇者候補生としての順位よりも、その思いのほうが怖かったのだと、アリッサちゃんは言った。そして、そんな悶々としたある日、アリッサちゃんが見たのは、白覧試合――ウィルベルとクァイスちゃんの戦いだったという。
「衝撃でした。学園が教えてくれることとあまりにも掛け離れていて。でも、その姿に目を逸らせないほどに惹かれたんです。……実は、今回の研修は自分から志願したんです。近くでウィルベル先輩を観察しようと思って」
だからなのか。最初のころにアリッサちゃんから変な視線を感じたのは。
そして、見た。リヴィエラでウィルベルが経験したことの数々を間近で。それが果たしてアリッサちゃんにどのような影響を与えたのか、それはぼくらにはわからない。でも、その表情を見るに、よい方向であったのは間違いないようだった。
「先輩。わたしと一つ約束をしてくれませんか?」
ふと、アリッサちゃんが言った。
「約束?」
「わたしは強くなります。強くなって……そして来年、後輩になりにきます、勇者候補生として。だから――わっぷ」
言い終わるが早いか、ウィルベルがアリッサちゃんを抱きしめた。
アリッサちゃんのほうは、しばらく戸惑っていたけれど、やがて、ぎゅっと抱きしめ返した。
「だから、待っていてください。いま以上におかしな人になって。わたしもそれに負けないよう、強くなりますから」
「うん。約束するんよ。強くなって待っとる。いま以上に。アリッサちゃんが教室に来たときに恥ずかしくないように」
それは何の根拠もない乱暴な約束だったけれど、でもきっと、アリッサちゃんならやれるだろう。そしてぼくらも。
なぜなら――
ふと、ぼくは思いを馳せた。2日前、アーフェアとの別れのあとにあった出来事を。
★★★★★★
それはゴブリンたちが生み出す輝きのなかでのこと。
「アーフェアを見送ってもらって、ありがとうかしら」
「ううん。礼を言うのはうちのほうです。ここまで連れてきてもらって」
シアンとウィルベルが互いに礼を言い合い、そしてシアンが居住まいを正した。
「ウィルベルちゃんにはわたしのお願いを聞いてもらった形かしら。代わりに、あなたの願いをひとつだけ叶えてあげるかしら。わたしのできる範囲でだけれども」
「せやったら……腐海の病に苦しんでる人たちを助ける方法を教えてほしいです」
ウィルベルたち現代人の力は、いまだに腐海の病に対して無力だ。だけれど、先史文明の力ならあるいは……。
だけど、シアンは「ごめんなさい」と首を横に振った。
「わたしたちも腐海の病を治す方法は知らないかしら……」
もっとも、これは予想していた通りの答えだ。マシロにしろ、シアンにしろ、それを知っていて隠すような存在ではない。だから、「だったら」と、すぐにウィルベルは次の願いを言った。
「この塔の底におるっていう、フカビトの王に会わせてください」
申し訳ございません。次回更新は2023/01/11となります。