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145.ウィルベル・フュンフは勇者である

 ぼくらが怪獣を倒してから2日後。

 リヴィエラの王城。その広場にはたくさんの人たちが集まっていた。


 広場を一望できるテラスに立つのはリヴィエラの王女であり、病床にある国王の代理を務めるレアさん。その義妹であるアリッサちゃん。その他、儀仗用の服をビシッとキメたリヴィエラの高官の人たちだ。


「(まさか、森人エルフの方々が参列するとは……)」


 ふと、コソコソ話が聞こえてくる。

 声の主はリヴィエラの高官たち。彼らがチラッと見ているのは、バルコニーの反対側に立つ人物――エルフの大長老バルナムーラだ。

 それもそのはず。このエルフの老婆がこういった式典に姿を現すのは、実に100年ぶりのことらしい。


 そのほかにテラスに並ぶ人を紹介すると、普段から人間との取次ぎ役をしているエルフの長老マーテルさん。レヴェンチカの代表として、プルセナ先生とアーニャ先生。援軍としてやって来た勇者さんなどなど。

 あとそれにプラスして、


『なんやこれ』『にんげんさんが』『いっぱいおるな?』『なんかたのしいことー?』


 何が起きてるかわかっちゃいないけれど、ゴブリンも空に浮いて、式典の一部として彩りを添えてくれてくれていた。


 そのど真ん中で、この式典の主役(ウィルベル)がなにやってるかといえば、


(はえー……。すごいいっぱいの人がおるんよ)


 集まった人々の数を見て、2日前とまったく同じ感想をのんきにつぶやいてた。

 とは言っても、目の前の光景は2日前とはちょっと様相が異なる。


 そりゃまあ、出陣式典と凱旋式典じゃ趣が違うのは当たり前なんだけど……わかりやすい差異としては集まった人数だろうか。

 東西に区分けされた広場の東側。兵士さんたちが並んでいる側は出陣式典と変わらないのだけれど、その逆側――広場の西に集まった一般の人々の数は2倍……いや3倍になろうかというほどだ。

 他にも装飾やらなんやら、いくつか違うところはあるけれど、でも、やっぱり一番の差異といえば、


(みんな、明るい表情しとるんよ)


 2日前の出陣式からは想像もできないほどに、人々の表情は晴れやかだった。


 え? 気のせいじゃないかって?

 ノンノン。ぼくらには魔力が見えるからね。そこらへんは間違えないよ。感情ソムリエと呼んでくれてもええんやでってもんである。


 わかりやすく、天気で例えるならば。

 2日前がどよーんとした曇りだったとするなれば、今日は最高の日本晴れ。瘴気も裸足で逃げ出すほどの、雲一つない美しい晴れ模様!


 ぱんぱかぱーん、とファンファーレが鳴り響いた。


 人々が高台を見つめるなか、まずみんなの前に立ったのはレアさんだった。今日は、勇ましいいくさ装束しょうぞくではなく、見目みめ麗しいドレス姿である。

 レアさんはテラスの最前まで歩み進み出ると、目を瞑り、胸に手を当てた。 


「まずは黙祷を捧げたいと思う。勇敢に戦い、犠牲になった者たちへ」


 怪獣との戦いには少なくない被害が出ていた。

 砦を守っていた騎士さん。避難民を逃がすために戦っていた兵士さん。エルフだって病人を守るためにゴブリンミニオンと戦っていた。


「……」


 広場に集まっていた全員。ウィルベルも含めてみなが目を瞑って黙祷を捧げる。

 怪獣を倒したMVPはウィルベルではあるけれど、そういった人々のおかげでたくさんの命が救われたのだ。


「…………」


 さっきまでの雑音が嘘のように、静寂が訪れる。


 この世界における勇者というのは、いうなれば【敵を倒すための鋭い剣】だ。敵をなるたけ早く、確実に倒すことで被害を小さくする類の存在だ。

 それに比べ、今回犠牲になった兵士さんたちは【人々を守るための大きな盾】だ。勇者という個人ではカバーしきれない範囲をその身を削りながら守護するのである。

 割と気軽に村落が壊滅するハードモードなこの世界において、その役目は文字通りの命がけだ。だからこそ、みんな敬意を払い、その犠牲に真摯に黙祷を捧げるのである。


 しばらくの沈黙のあと、レアさんがゆっくりと目を開け、国民に向かって語りかける。


「過去、我々は何度も彼奴らと戦ってきた、勇者たちとともに。ときに勝ち、ときに辛酸を舐め、それでも歯を食いしばり戦ってきた。その歴史のなかでも、こたびの戦いは特筆するに値するものだったと思う」


 アーフェアの記憶のなかで見たこの国の歴史は、汚染されたゴブリンとの戦いの歴史だ。

 ゴブリンゾンビが雪崩のように襲いかかってきたこともあるし、ゴブリンキングが十体以上も発生し、軍隊が壊滅しかけたこともある。この国は、何百年にも渡って様々なシチュエーションで戦い続けてきたのである。

 でも、レアさんはその歴史のなかでも此度こたびの戦いは特別だと言い切った。


「皆も見ただろう。見たこともないような巨大な怪物の姿を。怪物に抗う若き勇者候補生の少女を。そして、ゴブリンたちを味方につけて戦った少女の輝きを。

 此度の戦いにおいて、我が国は無力であった。かの怪物に勝利したのは彼女個人の力量によるものである。だがしかし――」


 レアさんはいったん、そこで言葉を区切り、ウィルベルを見た。いや、レアさんだけじゃない。広場やテラスに集まったすべての人々がウィルベルを見ていた。


「彼女は我々に夢を見せてくれた。時代は変わりつつあるのだと。人類の歩みは確実に前に進んでいるのだと。

 わたしはここに勝利を宣言し、その功労者である勇者候補生、ウィルベルの偉業に敬意と感謝を示す証として、だい瑞金樹(ずいきんじゅ)勲章(くんしょう)を贈呈するものである」


『勇者候補生、ウィルベル・フュンフ殿』


 典礼てんれい役の貴族が名を呼び、それにこたえてウィルベルが立ち上がった。同時に、人々の視線が一斉にこっちを向く。


(すっごい見られとるんよ)


 かつて、筆頭勇者であるククルさんは言った。

 勇者とは認められるものではなく、認めさせるものだと。


 2日前。褒章をもらったとき、それは猜疑の視線だった。権威におんぶに抱っこされているだけの小娘ではないか、という視線だった。

 でも、いまは違う。ピンと背筋を伸ばして赤絨毯の上を進むウィルベルに向けられる視線は――


「君には驚かされてばかりだな」


 視線のなかを堂々と歩いてきたウィルベルに、レアさんが微笑んだ。


「かの怪物を倒したことはもちろんだが、フカビトに成り果てた者を救出し、腐海の病に堕ちた者の心を動かし、そしてゴブリンとも心を通じ合った。どれも君にしかできないことだ」


 言って、レアさんは典礼てんれい役の人が持つ箱から、うやうやしく勲章を取り出す。

 リヴィエラのシンボルである世界樹が象られた、金の勲章である。


「わたしは――いや、我が国は君に夢を見ている。いつか腐海の病を克服してくれるのではないか。あるいは、ゴブリンたちとの架け橋となって世界を変えてくれるのではないか、と。

 この勲章はただの表彰の道具ではない。我々の夢を託した願いの欠片だ。故に、君に受け取ることを強制することはできない。だからこう。どうか受け取ってはくれまいか」


 これを受け取るってことは、託された想いのために全力を尽くしますってことだ。普通の15歳の少女には重すぎる代物である。


 そんな代物を前に、ウィルベルは穏やかにほほ笑んだ。


「うちは、この国でたくさんのことを学びました」


 なにをって?


「エルフの人たちには、勇者の責務の重さを学びました。腐海の病に侵されている人たちには、戦う勇気を学びました。ゴブリンさんたちには、すれ違いながらも互いに笑い合うことの大切さを学びました」


 ぼくたちはラッキーだなって、常々(つねづね)思うんだ。

 セレクションや白覧試合のときもそうだったけれど、いつも必要なときに、ぼくたちの成長を促すような人やイベントに出会うんだもの。

 今回だってそうだ。いまウィルベルが言った学びがなければ、ぼくたちは確実に怪獣との闘いで命を落としていたはずだ。

 人はそれを”主人公体質”っていうのかもしんないけどね。


「さっき、レアさんは言いました。うちがあの怪物を倒したって。ゴブリンさんたちを味方につけたのは、()()()()()()やって。でも、うちはそうやないことを知っています」


 ウィルベルは深呼吸をして、つめかけた人々を見回した。


「ゴブリンさんたちが力を貸してくれたのは、彼らが人間を好きやったからです。それは、リヴィエラの人たちが長年をかけて築き上げてきたものです。

 うちは学びました。リヴィエラのみなさんに。言葉が通じなくても、そんな素敵な関係が築けるんやって」


 だから、決して自分だけの功績ではない。とウィルベルは言い、そして続ける。


「うちは、今回いただく勲章の意味をずっと考えていました」


 褒章ではなく勲章を贈る。その意味は非常に重い。

 褒章が一時的な功労に対する表彰だとすれば、勲章は長年に渡って広い功労があった者に対する表彰である。

 どちらが上というわけではないけれど、15歳の若者に勲章――それも、国のシンボルである世界樹を象った代物を贈呈するということは、かなり異例なことと言える。実際、リヴィエラという国では初の出来事であるらしい。


 貴族社会において、異例なことというのはそれだけ目立つ。だから、ウィルベルが軽率なことをしでかしたならば、リヴィエラの国際的なイメージに痛手を与えることだろう。

 スタンドプレーっていうのは、そういう責任をともなうのだ。


 でも、そういったことを理解した上で、リヴィエラはウィルベルに対して、最大限の好意と期待を向けてくれていた。

 そう。勇者候補生に対して、ではなく、()()()()()()、である。


「この勲章はリヴィエラの人たちの想いの欠片です。()()が世界をよりよくしていく、と信じてくれた、その証です。だから――」


 通常、勇者候補生は演習クエストを通して、素晴らしい成果を残せれば褒章を贈与される。そして、その授与式では「この褒章にかけられた期待を裏切らないよう、勇者になるため切磋琢磨していきます」的な事を言うのが通例らしい。

 でも、ぼくらは思うのだ。ここで宣誓すべきなのは”勇者になる”ことではないんじゃないの? って。だから、宣言の言葉は、


「うちは、この勲章にかけて、勇者と呼ばれるにふさわしい人間であり続けることを誓います」


 学園での成績がどうであろうと、女神マシロがなんと言おうと。例え、レヴェンチカが勇者として認めなかったとしても――その心根こそが人を勇者たらしめるのだ。


 ウィルベルの制服の胸に、レアさんが手ずから勲章を着けてくれる。そして、国家の紋章が象られた金色の髪飾りも。


 次の瞬間。広場は拍手と喝采と、そしてウィルベルを勇者として認める想いの輝きで満ち溢れた。

次回更新は間があいて、2022/8/20になります。

第二部最終話、ラスボスとの顔合わせとなります。

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