141.元凶を追って
2022/6/20 戦闘が冗長になったのでセドルヴェロワは撤退したことにしました。
あと5話で第二部完となります。もう少しお付き合いください。
怪獣を倒したぼくらが最初にやったことは、墜落していったクァイスちゃんの捜索だった。
え? 胴体貫かれて、あげく、あんな高いとこから落ちたんだから死んでる可能性が高いって?
ノンノン。主人公にツンツンしてた女の子が命を助けてもらった途端にデレデレしちゃってハーレムイン! っていうのが異世界ファンタジーの定番なのだ。
つまり、ぼくがクァイスちゃんを見つけて、人工呼吸して命を助けてあげるとあら不思議! あんなに怖かったクァイスちゃんがなんということでしょう。「素敵! 抱いて!」っ言ってくるってわけ。
誰も死なない素敵なハーレム。それが異世界ファンタジーのあるべき姿なのだ。
そんなわけでぼくらが諦めることなく、森の中でクァイスちゃんを探していると、
「先輩、こっちでです」
木々の合間から、ぼくらを呼び止めたのはアリッサちゃんだった。
その傍らにはぐったりと横たわったクァイスちゃんの姿があった。刺されたおなかには血がドバっと出たのだろう、制服は乾いた血で黒く染まっていた。
即死していてもおかしくない重体だけれど、アリッサちゃんが治療をしていてくれたおかげか、息はあるようだった。
クロマグロモテモテ計画の夢は一瞬で途絶えてしまったけど、クァイスちゃんが助かってまずは一安心。生きてりゃそのうちハーレムに入ってくれるかもしんないしね!
でもなんでアリッサちゃんがここに?
「クァイス先輩が墜落したのが見えたので」
アリッサちゃんが集中するために、ふうと息を吐いてぐっと止め、クァイスちゃんのお腹にかざす。
アリッサちゃんの精霊と指輪が輝き、魔力を導く。すると、クァイスちゃんの傷が少しずつではあるけれど、もぞもぞと治っていく。
「アリッサちゃんってば回復魔法も使えるの?」
「いえ、バルナムーラ様がこちらの道具をお貸しくださったのです」
言いながらアリッサちゃんが見せてくれたのは金色の指輪だった。まえにエルフの婆さんが使ったのと同じ類の、妖精の魔力を借りて発動する道具なのだろう。
治癒系の魔法は専門の精霊を持っている人しか使えないはずだけど、この道具なら使い手に制限はないらしい。
でも、使い慣れてない道具だからか効果はいまいちかな? かなりの集中力を要するらしく、アリッサちゃんの額には汗が浮かびあがり、必死に魔法を操作しているのがわかる。けれど……このままだと助からない可能性のほうが高い気がする。
なんて考えていると、ウィルベルと目があった。
どうやら同じことを考えていたらしい。ウィルベルはそこらを漂っていたゴブリンに手を伸ばした。
「ゴブリンさん。力を貸してもらえる?」
『がってん!』『ええでー』
ゴブリンたちが返答した瞬間、指輪の輝きが倍増し、治癒の効果を増幅させる。みるみるうちにクァイスちゃんの傷口がふさがっていく。
「……すごいです」
その光景にアリッサちゃんが目をぱちくりさせて、ウィルベルに尊敬のまなざしを向ける。
でも、うーん……。褒めてくれるのは嬉しいのだけど、これってゴブリンのいる場所限定のチートみたいなもんなので、いろんなところを転戦して回る必要のある勇者候補生にふさわしい能力かっていうとそうでもないんだよね。汎用性がなさすぎるというか。
ともあれ、クァイスちゃんの呼吸が安定したところで、ぼくらは大きく安堵のため息をついた。
――さて、これからどうするか。
現在の状況を整理しよう。
・集まってくれたゴブリンたちはいまだ空にたむろっている。
・世界樹の塔の入り口は開いたままだけど、今回の戦いで根こそぎ倒したのか新たなゴブリンゾンビが出てくる様子はない。
・元凶となった塩水の民の浮遊有船は、いまだ空域にとどまっているけれど大きな動きはない。
・先生たちの浮遊有船はもうすぐこちらに到着する。あと10分ほどってところだろうか。
いまの状況だと、慎重に経緯を見守りながら先生を待つ、ってのがセオリーと言えばセオリーな状況なわけだけど。
「うちは、塩水の民の人らと一回、会ってみたいかな」
「ウィルベルってばまだそんなこと言ってるの?」
ウィルベルの言葉にぼくは明確に不満を示した。
だって、今回の元凶は明らかにクロラドだよね、途中で妨害までしてきたわけだし。ゴブリンを説得できなきゃぼくら普通に死んでたからね?
ぼくのなかでは、彼らは悪質なテロリストで確定なのだ。
「というわけで、話し合いの余地なんてナッシング! むしろ、問答無用であの船を撃沈したっていいとすら、ぼくは思ってるよ!!」
「それはそうやけど……」
「先輩はクロラドが一枚岩でないかも、と思っているのですか?」
「うん。それにあの子も帰してあげなきゃいけないし」
あの子、というのは腐海のヒトガタに変質していた女の子だ。いまだに昏倒していて、会話さえもできていないけど。
「――あんたの思う通りにすればいい」
言ったのは目を覚ましたクァイスちゃんだった。とは言っても、まだ体は動かないのか、寝転んだままだけど。
「もっとも、会うことで相手が図に乗ったり、余計な要求をしてきた場合に、責任を取れるというならね。その覚悟があるなら好きになさい」
覚悟。
勇者候補生になってからさんざん聞かされた言葉だ。さっき、バルナムーラにも言われた言葉である。
でも、怪獣を倒しに行くと言ったときの覚悟を10だとして、クロラドの人と会ってみたいという要望に対する思いはせいぜい2,3くらい? あえて、意見を押し通すというほどでもない感じ。
「でも……」
かといって、すんなり諦めることもできない、という表情でウィルベルが悩んでいたそのときだった。
ホォォォォォ……。
生ぬるい風が吹いた。腐った泥のような、不吉な匂いとともに。
「なにこれ、気持ち悪っ!」
「これは……魔王の慟哭ですね」
ぼくの疑問に答えてくれたのは、地元っ子であるアリッサちゃんだった。
「魔王?」
「はい、他愛のない都市伝説です。世界樹の奥にはフカビトの王がいて、この風はその唸り声だと。あくまで迷信ですが」
アリッサちゃんは軽く笑って迷信って言うけど……いやいや、待って。そういう話やめてよね!? だって、それ、フラグじゃん! 絶対いるやつじゃん!
そういう話されて、いなかった物語ってある!? やだー、これ以上そういう話、聞きたくなーい!!!
『あー、あれか』『おるな』『なんか昔、マシロが持ってきたやつな』
ネタバレが早いっ!!
そこはもっと引っ張れよな! 「謎の唸り声の正体とは!? 次回更新時、ついに謎が明らかに! 続きが気になる人は評価ぷりーず!」的な感じでさ! それがエンターテイメントってもんでしょうが! ボス連戦いくない!!
「マシロ様がつれてきたんよ?」
『欠片をね』『一番奥のとこに埋めてた』『その上に世界樹植えた』『いま、そこまでの通り道が開いたなー』
どゆこと?
まさかマシロが人間に不利なことするとも思えないし……。
順当に考えるなら、フカビトの王とやらの欠片をここに封印したとか? 世界樹の機能で瘴気を弱めていずれ倒すため、みたいな感じで。
だとすれば、なんでこのタイミングで通り道が開いたんだろう?
うーん……考えるにしても情報が足りてないなぁ。
ウィルベルはどう思う?
「とりあえず、行ってみればわかるんよ?」
あ、はい。脳筋的な模範解答ありがとうございます。
「わたしは先生を待ったほうがいいと思います、クロラドの船も気になりますが……クァイス先輩はどう思われますか」
「そうね……」
クァイスちゃんが黙考しようとしたそのときだった。
クロラドの船からジャイアント・バグが一機、世界樹の塔へと向かうのが見えた。ひとを抱えているけれど……あれは、初めに世界樹の塔を開いた男だろうか。
「迷っていられる状況じゃなくなったわね」
クァイスちゃんが肩をすくめる。
何が起こっているのかはわからないけれど、ここであの男を放置していいはずがない。それだけは確実だ。
そして、ジャイアント・バグの速度に追いつけるのはぼくのみである。
「アリッサちゃん、クァイス先輩をお願いね?」
言って、ウィルベルがぼくにまたがる。
行き先はもちろん、世界樹の塔だ。
回転寿司モードはまだ維持できている。魔力もまだ満タン。世界樹の塔の中にもゴブリンたちがいるので、いざというときは力も借りれる。
さっきまでの絶望的な状況に比べて、かなりこちらに有利な状況が整っている。
――それでも、嫌な予感が消えないのは心配しすぎだろうか。
次回更新は2022/6/25 08:00となります。
なんとか7月中に第二部完にしたいなぁ、と。