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140.世界樹の塔へ

−−−−セドルヴェロワ視点----


「これが……始原の勇者の、魔法石ルーンジェムの力、なのか?」


 セドルヴェロワは目の前で起きた出来事に、思わず声を漏らした。

 妖精(ゴブリン)の魔力を利用するという行為そのものは驚くべきことではない。先史文明では一般的に使用されていた技術である。しかし、


「まさか、これほどの数のゴブリンを制御下に置くとはな……」


 空を覆い尽くさんばかりのゴブリンたちは圧巻の一言だった。もしもこの群れを自由自在に操れるならば、小国であれば蹂躙することも可能だろう。


 これが始原の勇者が所有していた魔法石の力だとすれば、プラパゼータが危険を冒してまで取り戻そうとしたのも理解できるというものだ。


 とはいえ、魔法石を取りもどすことは、もはや不可能だろう。いま操縦しているジャイアント・バグでは力不足に過ぎる。


(いや、試してみる価値はあるか?)


 あの魔法石にはそれだけのリスクを冒す価値がある。強大な魔力に不慣れな今ならまだつけ込む隙があるかもしれない。

 いや、及ばないにしてもどれほどの力を持つかは測っておきたい。そのためならジャイアント・バグの一機や二機、失っても惜しくはない。


 セドルヴェロワが決意した瞬間だった。


 ホォォォォォ……


 生ぬるい風が吹くとともに空に重低音が鳴り響き――それと同時に、セドルヴェロワの視界が暗転した。


------


 セドルヴェロワの視界が回復したのは、その直後だった。

 とは言っても、視界に映るのは計器やコードなどで溢れかえる黒船の船内――バグの操縦室だったが。


「……何が起きた?」


「り、理由はわかりませんが、バグの遠隔操作が強制切断されたようです。それも全機……」


 答えたのは、バグの遠隔操作の機器を操作している技術者だった。想定外の事態に慌てているらしく、6人いる技術者はみな、その手を止めることなくキーボードを叩き続けている。


「再接続は?」


「できません。まるでジャミングがかかっているようです」


「なんだと?」


 バグの接続が切れるということはたまにある。

 なにしろ、民先史文明の技術を騙し騙し使い続けているのだ。不具合が起きるのは珍しいことではない。だが、妨害されたとなると、


(我々と同じレベル、いや、それ以上の技術水準をもつ何者かがいるというのか?)


「ふ、ふふふ……」


 セドルヴェロワが思案をしている横で、含み笑いを漏らしたのはプラパゼータだった。

 よほどに嬉しかったらしい。含み笑いどころか、柏手を打ち鳴らし、


「まさか! まさか! このようなことが!! このような形で塔の最奥が開くとは! まさに奇跡! まさに僥倖!」


「ずいぶんと詳しいようだな、プラパゼータ」


「詳しい? 違いますよ。あなたたちが無知すぎるのです。先史文明の後継者を名乗るにはあまりにも不出来すぎるのです!」


 豹変とも言える態度である。

 もともと言葉の節々に狂気の欠片があった男だが、さすがにこれはいきすぎだ。一族(クロラド)そのものを侮辱するような物言いは許してはならない。


「質問の意図が伝わらなかったようだな。俺は、知っていることを全て話せと言っている」


「おやおや、図星をつかれて怒ってしまいましたか?」


 拳を突きつけ殺気を放つセドルヴェロワと、嘲笑を隠さないプラパゼータ。

 黒船の船員――プラパゼータの部下たちはどうしてよいかわからず、固唾を飲んで2人の会話を見守るのみである。

 

 ホォォォォォ……


 ふたたび、生ぬるい風が吹いた。

 いや、風というのは適切な表現ではない。ここは閉じられた室内。外から風が吹いてくるなどありえない。

 だがしかし、背中にまとわりついて淀み続ける、腐った沼のような空気の流れを他になんと表現すればいいのだろう。


「――やはりあの娘が、(ぬし)に呼ばれようですね」


 船室の窓――外へと視線を向けたプラパゼータが言った。その視線の先には勇者候補生(ウィルベル)の姿があった。


「知っていることを教えて差し上げたいのはヤマヤマなのですが、どうやら時間がないようです。私も塔へとかねばなりません」


「それを許すと思っているのか? ――お前たち、プラパゼータ船長を拘束しろ」


 外様の船長(プラパゼータ)と、この船からしてみれば外部の者ではあるが、譜代の副船長(セドルヴェロワ)

 船員たちが命令を聞くかどうか迷ったのはほんの一瞬だった。やはり、プラパゼータの豹変ぶりは見逃せなかったのだろう。船員たちは戸惑いながらもプラパゼータを捕らえようと包囲しはじめる。

 しかし、ことここに至ってもプラパゼータが余裕の表情を浮かべたままだった。


「扉が開いたならば、もはやこの船に用はありません」


 言いながら、プラパゼータがその手の内に生み出したのは魔力を帯びた火球だった。


「……魔法!?」


 船員の一人が悲鳴じみた声を上げる。

 それもそのはず。人間にとって魔法とは精霊を通して行使するもの。精霊を呼び出してもいないプラパゼータが行使できていいものではない。


「これは助言ですが、あなた達はレヴェンチカの方々に拿捕だほされる前に撤退するといいでしょう!」


 船員たちが動くより早く、プラパゼータは哄笑とともに火球を船の底へと叩きつけた。


 ずどおおおおおん!!


 いったい、どれほどの魔力が込められていたのか。爆発が船を揺らし、硬いはずの船に穴を空ける。


 ホォォォォォ……


 船の底に空いた穴から生ぬるい風が吹き込み、船室に響く。その音は先ほどよりも大きく、そして、より不吉に感じられた。


「世界樹の底にはヒトガタの王がいる。というおとぎ話をご存知ですか? いわく、この風の音はの王の唸り声らしいですよ?」


 ブゥぅん、という音とともに開いた穴から一体のジャイアント・バグが現れ、プラパゼータの前にひざまずいた。先程までプラパゼータが遠隔操作していた機体だ。


 ジャミングされているはずなのに何故? という疑問を口に出すよりも早く、プラパゼータはその機体に抱きかかえられるようにして乗り込んだ。


「最後に一つ、彼女のために訂正をしておきましょう。さきほどの光景は、あの勇者候補生自身の力によるものです。あの魔法石ルーンジェムは――かつて勇者として世界を救済した力は、この程度ではありません。どうやら、使いこなすにはレベルがまったく足りていないようです。困ったことですね?」


「待て――」


 セドルヴェロワが手を伸ばすが、その指はプラパゼータに届かなかった。

 最後まで人を食ったような態度のまま、プラパゼータを乗せたジャイアント・バグは開けた穴から外へと出ていった。


「……」


「……」


 プラパゼータが去ってしばらくの間、船室を支配したのは沈黙だった。

 何か言葉を発すれば塩水の民(クロラド)虚仮こけにされたのを認めてしまいそうだったからだ。

 いや、虚仮にされたのには間違ないのだが……それを認めるのは一族の誇りが許さなかった。クロラドにとって先史文明の後継者であるという矜持は譲れないものだった。


 最初に沈黙を破ったのはセドルヴェロワだった。

 天を仰ぎ、まぶたを閉じ、屈辱に塗れた口を開く。


「……撤退する」


 あの男の言うとおりにするのは癪だったが、レヴェンチカの浮遊有船ふゆゆせんがこちらに向かって来ているのは事実だった。

 このままこの空域に留まり続けるのは自殺行為だ。


 屈辱である。だが、仕方ない。完全にプラパゼータにいいようにあしらわれた形なのは間違いない。


(だが、プラパゼータよ。貴様の意図通りにすべてが動くと思わないことだ)


 その視線の先にはクロマグロを使役する少女の姿があった。

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