14.学園へのいざない
今回は勇者さん視点となります。
その日、勇者ヴァン・エゼルレッドがその国――モデラートにやってきたのは墓参りのためだった。
たまたま寄った島が、昔、世話になった人の出身国だったことを思い出したことによるものである。
人口100万人の小国。そのなかでも地方都市というべきそのこの街は、古き街という言葉が最も相応しいだろう。
良く言えば歴史あるという意味であり、悪く言えば古めかしいだけのしょぼくれた街である。
それはこの通りを見ればわかりやすい。
左右に立ち並ぶ家々は古く無骨な物が多く、新鮮さや華やかさというよりは淡々と続いてきた日常の安心感。
古めかしい石畳の道路はいつの時代のものかと思うほどだ。……とはいっても、さすがにここまで壊れてしまっては、風情等とは言ってはいられないが。
そして、
(こいつぁ……)
勇者ことヴァン・エゼルレッドは、目の前の光景に思わず笑ってしまった。
道路の横にあるカフェの店主の表情――びっくりしたように目を丸くしている――も面白いが、それ以上にこの少女に興味が沸く。
精霊とは人間が魔法を行使するための媒体である。
簡単な命令を出して、召喚主をサポートさせることぐらいはできるが、確固とした自我を持ち合わせているわけではない。
目の前の少女――ウィルベルのようにコントの相手をさせたり、振り回したりするやつなど見たことも聞いたこともない。
いや、それだけではない。あの赤く目が光っていたときのアレは……。
ヴァンは器用に土下座させられているマグロの精霊の頭をポンポンと叩いた。
「面白いやつらだよ。お前さんたちは」
「尾も白い? クロマグロの尾は白くないんだけど?」
「こら! 余計なことを言わんの!」
またしても頭を握りつぶされそうになるマグロ。
それにしても、召喚主に対してこの傍若無人っぷり。この精霊はいったい何者なのだろう?
「でも、勇者様に直々にそう言ってもらえてうれしいで……す」
ヴァンが考え事をしていると、ウィルベルのほうは嬉しそうに笑って、くらっと目眩めまいを起こしたように倒れた。
「ウィルベル!? どうしたの? 死ぬの?」
マグロが驚いたようにヒレでその顔をベチベチと叩く。
「あかんー……もう動けんのよー……」
それはそうだろう。
ヴァンは呆れるように肩をすくめた。
精霊を召喚してからせいぜい1時間程度。そんな未熟な状態で、あんな真似をすれば誰だって倒れる。
先程助けられた女の子がいつの間にか目を覚まして、地面に突っ伏したまま動けないでいるウィルベルのほうへと、心配そうに駆け寄る。
「おねーちゃん、大丈夫?」
対するウィルベルはというと、なんとか上半身だけ身を起こすと女の子の頭を優しく撫でた。
「うん。ちょっと疲れただけなんよ。うちのことよりも、お嬢ちゃんのほうもケガはない?」
「ウィルベルぅーッ! 無事!? 生きてる!?」
さらにそこにやってきたのは一人の少女。船の墜落という突然の事態に人々が唖然としているなか、大通りをすごい勢いで走ってくる。
いまどき都会では見ない見事な縦巻きツインドリル。
初めに浮遊有船が墜落した広場から走ってきたのだろう。息を荒くしながらウィルベルを抱き起そうとする。
「ルセルちゃんも無事やったんやね。よかったよかった、なんよ」
「まったくもう! 無茶ばっかりするんだから!」
が、しばらくは立ち上がることは無理だろう。
この少女がどれくらいの資質を秘めているからはわからないが、よほどの天才でも今日一日起き上がることは――
「あうー……。まだ目が回っとる。でもちょっと回復してきたかな」
ヴァンの予想に反して、ウィルベルはひょっこりと立ち上がった。
さすがにふらふらとしているが、かたわらの少女を安心させるようにその手をしっかりと握ると、ルセルに向かっていたずらっ子のような笑みを浮かべた。
「でも、見た!? 見た!? うちの魔法!! クラーケンをかっ飛ばした奴!」
「「「……魔法?」」」
あの力任せのスイングのどこに魔法の要素があったというのか。
その言葉に、マグロの精霊、ヴァン、ルセルの1匹&2人はそろって首をかしげる。
頭の上にクエスチョンマークを浮かべる1匹&2人をよそに、ウィルベルは「にひひ」と笑みを浮かべて、自信満々にサムズアップ。
「マグロでホームラン! 略してマホー!」
「それ、絶対に魔法じゃないですわ!? というか、あなたまさか……ろくに魔法も使えないのに、あのクラーケンに挑んだんですの!?」
クラーケンはBクラスの魔獣だ。
ルセルという少女の言うとおり、精霊の儀が終わったばかりの、魔法もろくに使えぬ未熟者が挑むなど正気の沙汰ではない。
(まあ……度胸は及第点ではあるか)
無鉄砲な若者は少なくないが、他者を助けるために自分の命まで賭けるやつは珍しい。単に蛮勇とも言うが。
隣の少女に支えてもらいながら胸を張る姿は、無謀で、無茶で、馬鹿っぽい。
「ひとつだけ、聞いていいか」
ヴァンは、友人と喜びを分かち合うウィルベルに話しかけた。
「へ? うちですか?」
「ああ。お前さんとクラーケンとの戦いの中でひとつだけ気になることがあったんだ。最後、クラーケンが雷の魔法を使っただろう? お前たちはどうしてアレに真正面から立ち向かったんだ? 命の危険を感じなかったのか?」
精霊を召喚したばかり……いや、並の戦士でもあれほどの魔力を正確に推し測ることはできまい。ましてや、あんなふうに近接戦で打ち破るなど……。
「それは単純な話なんよ――じゃない。単純な話です。クラーケンの魔力よりも、うちとミカの魔力のほうが強いのが見えたので」
「魔力が……見えた?」
ルセルと呼ばれた少女が目を丸くする。それもそうだろう。なぜなら――
ルセルやヴァンの驚愕に気づかずに、ウィルベルが「うん」と、こともなげにうなずく。
「うん。なんかね、よーわからんけど、わかったんよ。クラーケンがぶわわーって集めた黄色い魔力よりも、うちらの魔力のほうがキューッとしてて強い感じっていうか」
「ちょっと何言ってるかわからないのだけど……」
その言葉を聞いて、ルセルは半信半疑&正気を疑うような視線を向けるが、ヴァンのほうは己の口角が吊り上がるのをはっきりと感じていた。
(まじかよ、こいつ!?)
胸の鼓動が高鳴り、ときめきにも似た高揚感が生まれる。
人間が魔法を扱う際には精霊を介しておこなう。人間には魔力を感知し、扱う能力がないからだ。
つまり、魔力の流れが見えたということは精霊の世界を垣間見たということであり――それは精霊という存在の深淵に触れたときのみに発現する能力であるという。
と、理論的にはそう言われている。
だが、それを実現できた者は過去かつて存在しない。少なくともヴァンは知らない。
「ぐえー。振り回されすぎて目が回ってるー……。あ、口からネギトロが出そう」
……精霊の姿を見ると、とてもそんな大した連中には見えないが。
(いや、まさかだな)
ヴァンは小さく笑うと、懐から出した小さな封筒をウィルベルに差し出した。
「これは?」
ウィルベルが差し出された封筒に首を傾げる。
それもそうだろう。その表面には女性の顔を模かたどった印が押されているだけで、他には何も書いていない。これだけで察しろというのは無茶な話だ。
が、ウィルベルを介抱していた少女のほうは、その封筒の正体に気づいたらしい。「まさか……」と、目を大きく開けて驚愕の表情を浮かべた。
その対比が面白くて、ヴァンはほほ笑みながら、ウィルベルに告げる。
「オレの名はヴァン・エゼルレッド。今年からレヴェンチカの教師を新任することになっている」
「……へ? レヴェンチカ?」
「レヴェンチカは知っているな? 世界で唯一、勇者を育成するために作られた学園だ」
少女たちは揃ってコクコクとうなずいた。
「これは学園のセレクションを受けるための推薦状だ。もしもお前が勇者になりたいっていうなら、試験を受けに来るといい」
この浮遊世界で唯一の勇者育成機関、レヴェンチカ。
各国のトップクラスの才能たちが入学を渇望してやまぬ、憧憬の地。その競争率は受験できただけでも栄誉とされるほど。
「ウィルベル! すごいじゃない!」
ルセルが興奮した面持ちでウィルベルをぎゅーっと抱きしめる。大げさだと思うが、仕方ない。こんな辺境の田舎では受験生が出ることすら稀まれなのだ。
「うちが……レヴェンチカに……?」
「お前さんには資質がある。勇者になる資質だ。もちろん無理にとは言わないが……」
首都ほどの人口の多い街であれば――あるいは訓練する環境が整っているならばともかく、このような辺境の街であれば、レヴェンチカの受験生が出ることすら稀。家庭状況がそれを許さないということもあり得るだろう。
だが、信じられないという表情を浮かべていた少女は、震える手で封筒を掴んだ。
――掴んだ瞬間、それが現実と知って満面の笑顔を浮かべた。
「ううん。絶対に行く! だって、うちは勇者になりたいもん!」
BクラスもAクラスもSクラスも。
クラスという手順をすべてすっ飛ばして勇者に至る道。
レヴェンチカとはそういうそういう場所だ。
【マグロ豆知識】
ツナ缶は非常時にランプ代わりになります。
穴を開けて、紐を通すだけのシンプルな構造です。
※オイル系のものに限る。
(警視庁警備部災害対策課のツイッターより)
2018/9/8 12:26 マグロ豆知識が誤って重複してたので変更しました