139.エピローグ:彼女の横に立ちたくて
☆★☆★シエル視点☆★☆★
エルフたちは必死だった。
ある者は焼け落ちた建物から他人を救助し、ある者は隔離塔から腐海の病に侵された人々を避難させ、またある者は飛来してきたゴブリンミニオンを迎撃し、傷つき、そしていつ来るかわからない怪獣による攻撃におびえていた。
そして、彼らは見た。
空を覆い尽くしたゴブリンたちが西へ向かっていくのを。そして――
「な……」
その日、シエルの常識は一人の人間によって覆された。
「なにが……。起きたの……?」
その光景を見ていたのはシエルだけではない。ほかのエルフたちもみな同じ顔をして、遠くに見えるその光景を見ていた。いや、見とれていたと言っていいかもしれない。
いったい、誰が想像できただろう。これほどの数のゴブリンが空を舞い、1人の人間に力を貸すなどと
いったい、誰が予想できただろう。あの頼りない勇者見習いの小娘が怪獣を倒してしまうなどと。。
「きれい……」
誰かがそんな言葉を口にしたが、異を挟む者などいなかった。
それは創作から抜け出てきたかと思うほどに神秘的な光景だった。
空はゴブリンたちの放つ淡い緑色で照らされ、腐り落ちた大地は芽吹きに萌える。そして、その中心で、渦を巻くように群れるゴブリンたちに微笑むのは一人の少女。
もしもシエルが宗教に熱心だったならば、ひざまずいて祈りを捧げたくなったかもしれない。それほどに、心揺さぶられる光景だった。
「ありえない……」
だが、シエルは頭を振った。
あの少女――ウィルベルは、レヴェンチカの試験ではシエルよりも総合順位では下だった者。正直なところを言うと侮っていた相手だ。さらに言うなら精霊はあんなクロマグロなのである。
「なのにどうして……」
今日はありえないことばかり経験している。
腐海の病に侵された人々と心を通じ合わせるだなんてありえない。
ゴブリンたちと会話できるだなんてありえない。ましてや、これほどのゴブリンたちを動かし、協力を得るなど……
わっ。
シエルが茫然としていると、歓声が沸き上がった。周囲のエルフたちが怪獣が倒されたことを喜び、口々に「奇跡だ」「聖女だ」とウィルベルを賛美しはじめる。
その声を聞いてシエルは戦いが終わったことを改めて理解し、
ぽろり。
目から涙が零れ落ちた。
怪獣が倒されて、張りつめていた緊張の糸が切れてしまったのか。あるいは、周囲の人々の感極まった感情が伝染してしまったのか……
いや、違う。とシエルはふたたび頭を振った。自分に嘘はつけない。認めなくてはいけない。
セレクションでの成績が50番。そんなことがいったいどれほどのことだというのか。
自分がいま抱いている感情は、妬み嫉み。羨望や憧憬というものなのだろう。
神秘的なものを見たことによる感動を縦方向の揺れだとするなら、そのショックは横に揺さぶられるような感覚とでも言えばいいのだろうか。
縦横斜め。色々な方向に感情を揺さぶられた心臓が鼓動を早めるのを感じ、シエルはぎゅっと胸を押さえた。だがしかし、そんなことでは目からこぼれる涙を止めることなどできなかった。
「……たった1か月でずいぶんと差がついてしまったのね」
世界の進歩が早いのか、それともウィルベルが異常なのか。
どちらかは知らないが、なんにせよ試験の順位に満足してしまうような自分のままではもっと差がついていってしまうのだろう。
自身を凡人と認められるのであれば、それはそれでいいのだと思う。英雄でない者にも役割がある。生活を支える凡人なくしては英雄も成り立たない。
だが、シエルは誇り高きエルフであり、大長老バルナムーラの娘であり、そして自他ともに認める天才であった。
ぽろり、と再び涙がこぼれた。
憧憬とは認めたくなかった。同い年の少女に対して、負けを認めるようで癪だった。
だが、それ以上に――彼女の横に立ちたいと思ってしまった。同じ場所で同じ方向を向いて、そして何よりも……共に立ちたいと。
「――おばあちゃん」
周囲のエルフたちが歓喜に沸くなか、シエルは横にいた祖母に言った。
「わたし、来年、レヴェンチカに行くよ。そのために精一杯に努力をする。今度は自分の意思で」
今度は、逃げない。過程での成績がちょっと良かったぐらいで満足はしない。このときめきに嘘はつけない。つきたくない。
シエルの決意を、祖母は微笑みながら黙って頭を撫でてくれた。
【回転寿司 豆知識】
回転寿司の都市伝説における、マグロの代用魚として有名なアカマンボウ(マンダイ)。
築地における2018年の月平均取引量は約400キログラム。一匹40キログラムとして1ヶ月で10匹しか取引されていない、実はレア度SSRな魚だったりします。
(ちなみにクロマグロ(生魚+冷凍)の月平均取引量は約1000トン=1,000,000キログラム。文字通り桁が違いますね)
さらに言うと、アカマンボウの歩留まり率(可食部)は30%と低く、また、可食部の多くは脂身ですので赤身のレア度はさらに上がってUR。値段も回転寿司でポピュラーなメバチマグロよりもお高くなります。
こうなると、ほんとにアカマンボウ使ってる店があるなら、むしろ「珍しい魚あるよー」って宣伝に利用したほうがいいってレベルですね。
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ちなみに現代だと「高価格すぎて荒唐無稽」と一笑されるこの都市伝説ですが、まったく荒唐無稽だったかというとそうでもなかったりします。
というのも、アカマンボウは2000年代に入って価格が一気に上がったお魚さん。都市伝説が広まった昭和後期くらいなら「まあ……ありえるのかな?」という絶妙な価格でした。
(回転寿司が流行りはじめたころにはそこそこ以上に高くなってたのでやっぱり都市伝説だとは思いますが)