138.秒速10センチメートル
2022/3/16
申し訳ございません。前話で敵の名前を間違っておりました。
ゴブリンキング→怪獣に修正しました。
「ふぅぅぅぅ……」
ウィルベルが静かに、細い息を吐いて集中力を上げていく。どこまでも頭は冷静に。だけれど心は熱く滾らせて。
ボルテージとともに魔力が臨界点まで高まっていく。
もちろん、それを黙って見ているような怪獣ではない。巨体を揺り動かしながら、その両手を振り上げた。大地に立つ少女に向けてハンマーのように振り下ろし――と同時にウィルベルが動いた。
「でやぁぁぁぁぁっ!!!」
気合一閃。
ウィルベルが怪獣の拳がぶつかり合った。
ずどおおおおおぉぉんっ
起きたのは単純な現象だった。
轟音とともに拳と拳がぶつかり合った結果、当然のように弱いほうが打ち負けて破壊された。
「ぬ、ヌオオオオオオオ!?」
拳を失った怪獣が悲鳴をあげる。
もちろん、痛みによってではない。怪獣を構築しているゴブリンは糸状体の集合物であって、姿形は自由自在。たまたま四肢のある形状をしているに過ぎない。実際、すぐにうじゅうじゅと拳を再生させて、再び拳を振り上げ――
「ぜぃやぁぁぁぁぁっ!!!」
先ほどと同じ光景が繰り返された。
ウィルベルの咆哮とともに、ふたたび拳と拳がぶつかり合い、そしてまた怪獣の拳が消し飛んだ。
「ヌオオオオオオオッ!?」
驚愕、怯懦。怪獣の、そういった感情の発露が空気を震わせ、悲鳴となって森にこだまする。
ず、ずずず……
またしても拳を失ってしまった怪獣が一歩、二歩と後退った。自分の指ほどしかない小さな少女から逃れようと言わんばかりに。
その正反対に、怪獣が退がったぶんだけウィルベルが堂々と歩を進める。
秒速10センチメートル。
一歩一歩、踏みしめるようにゆっくりと。だけど確実に前に。
回転寿司モードから溢れた魔力が波紋のように広がり、瘴気に汚染された地面を癒やしていく。
歩を進めるたびに、腐り落ちた大地から緑が芽生き、草木が瑞々しさを取り戻していく。
死んだはずの大地が蘇っていくその光景はまさに奇跡であった。
奇跡はさらに大地を走り、広がっていく。怪獣の足元まで。いや、怪獣の足を構築している汚染されたゴブリンすらも浄化され――
「ヌオオオオオオオン!?!?」
怪獣がさらなる恐慌をきたし、ぶんぶんと手足を振り回し、暴れる。かつて圧倒的な暴君っぷりを誇ったはずの巨体が駄々っ子のように。
そんな怪獣の、憐れとも言えるような醜態を見て、ウィルベルがつぶやいた。
「もう、終わりやな」
なにが? と問う間もなく、
ぼんっ
ウィルベルの宣告と同時に怪獣の肩が破裂した。
『にげろー』『たすかったわ!』『ほなな!』
いったい何が起きたのか。原因は明確だった。
この世界の魔法とは心の力だ。
ゴブリンたちを恐怖で支配していたはずの悪意は、皮肉にもぼくたちに恐怖することで力を弱くした。そして弱体が恐怖を呼び、恐怖がさらなる弱体を――。
ぼんっ ぼんっ
怪獣のあちこちが連鎖的に破裂して、そのたびに囚われていたゴブリンたちが開放されていく。
それはさながら恐怖による支配の終焉とでも言うべきか。
ぼんっ ぼんっ
ウィルベルが手を出すまでもなく、怪獣の身が削れて小さくなっていく。
「ヌ、ヌオオオ……」
破裂が何度繰り返されただろう。いつの間にか、怪獣はその体積を半分以下にし、哀れなほどの弱々しい姿をぼくらの前に曝け出していた。
「ヌ……ヌォォォオオオオオ!!」
だけど、ここまできても、まだ怪獣のもつ悪意は萎えてはいなかった。
瘴気とは、かつて2000年前にヒトガタと呼ばれる存在が残した、この世界への呪詛だという。
どこまでいっても、人類――いや生きとし生けるものとは相容れないその悪意は、最後の最後までぼくらの敵だった。
「ヌオオオオオオオォォォン!!!」
咆哮とともに怪獣の口腔に光が灯る。森を焼き、堅牢な砦を消し飛ばした魔法。
これを放った後は身体が崩壊しても構わぬと言わんばかりの、文字通り、全身全霊の魔力を込めた破壊の光だ。
対するウィルベルはホームラン予告よろしく、腕まくりをしながらぼくを怪獣へと突きつけて、言った。
「真っ向から、切って捨てたる」
すれ違いが発生する猶予などない、これ以上ないほど明確な意思表示。
二度と忘れられないほどの恐怖を味わえと言わんばかりの、強烈な宣言とともに、
「ぬおおおお……」
「ふぅぅぅぅ……」
怪獣とウィルベル。対峙する双方が、ともに互いに相手を屈服せしめるべく、己の持つ最強の一撃でもって決着をつけようと、魔力を高めていく。
バヂバヂと周囲に溢れた魔力が輝きを増す。
ぼくを大剣にように握ったウィルベルが体を柔軟に捻って魔力を練り込んでいく。
ほぼ180度。体を捻じりきったウィルベルは、怪獣にほぼ背を向けるような態勢でぼくを構えた。
もちろん、そんな態勢から怪獣を見ることはできない。代わりにぼくの視界を共有して敵を見据え、
――見えた!
魔力を見通すぼくの目が、はっきりと怪獣のコア――あの黒い悪意の塊を捉えた。
「ぉォォォオオオオオオオオ!!!」
「ヌオオオオオオオ!!!」
怪獣が口腔から熱光線を放つと同時に、咆哮とともにウィルベルが大地を蹴り、跳躍した。
「ォオオオオ――」
ぼくを盾にするように背に振りかぶったまま、熱光線のなかを貫いて、逆流するように直進していく。その光景は周囲から見れば、鯉の滝登りならぬマグロの滝登り!
「オオオオオッッッ!!!」
熱光線の奔流のなかを登りきったとき、ぼくたちが目にしたのは、無防備を晒す怪獣の姿。
――見られている。
あの、仄暗い悪意の視線がぼくらを見ている。
ならば、存分に見るがいい。決して恐怖に屈しない者の――勇気ある者の一撃を!
ウィルベルの手に力がこもる。
手首のコックを維持したまま、体の捻転を利用し、全身全霊の力を解き放つ!
「マホォオオオオオッッッ!!!」
スイングは水平。レベルブロー。まさに、空振りを考えない山賊のような野蛮なフルスイング。
ぼくの先端が音速を超え、空気を鳴らす。
優雅さの欠片もない力任せの無茶苦茶なスイングが、真芯でソレをとらえる。
バチコォォォン!
角度は45度。方向はセンター一直線。
砕かれた球状の怪獣の漆黒のコアが空を舞った。バックスピンによってパラパラと破片を撒き散らしながら、しばらくの滞空の後、
ちゅどおおおおおおおん!!!
たーまやー。
ぼくらが叩き込んだ魔力が、ソレの僅かな破片すらも残さぬ、と言わんばかりに内部から破壊し尽くし、青空に大輪の花を咲かせた。
【コングラッチェレーション。レベルが6に上がりました】
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【回転寿司 豆知識】
回転寿司のベルトコンベアの速度は秒速4cm~15cm。けっこうバラツキがありますね。
豆知識系のサイトだと秒速4cmと書いているところが多いですが、体感的には秒速7cm~10㎝がほとんどな気がします。
ちなみにチェーン店の最速はスシロー。公式サイトいわく「350メートルを約40分」。これを単純計算するとだいたい秒速14.5㎝。ちなみにくら寿司はだいたい秒速9.5㎝なので1.5倍近い速度になります。
次回投稿は2022/4/21 08:00になります。
ついでに6万文字くらいの中編を新規投稿の予定なので、よろしくお願いいたします。