134.最悪の敵
――気に食わない。
勇者候補生高等部3年、クァイス・バルハラーロは目の前の光景を見て「ちっ」と舌打ちをした。
上空からの太陽光に紛れた奇襲――アグニ・フレアの一撃は、これ以上ないほどに功を奏していた。
放たれる直前だった膨大な魔力が爆散し、怪獣の身を焼き、大穴を開け、飛び散った残滓が森に火をつける。
だが、ダメージを負ったような素振りはなく、巨大なゴブリンどもの集合体――怪獣はその身をさっそく再生し始めていた。
まあいい。それはいい。
勇者の戦いとは元来、こういうものだ。
自分よりも遥かに強大な敵に挑み、勝利する。
常人には挑むことすら許されぬ極限の死線を潜り抜け、己の力とする。それが勇者を目指すということだ。
空を飛びながら、再度アタックするための隙を伺う。直線的に飛びながら、ゴブリンミニオンたちと距離を取る。
さいわいなことに、飛行速度は浮遊板のほうが上だ。直撃コースの魔力光線は魔法で相殺し、速度差で引き離す。
その間にも怪獣の頭部はぐにょぐにょと再生し終え、
「……ふざけやがって」
クァイスは臓腑の底からふつふつと怒りが湧き上がるのを感じた。
頭を再生し終えた怪獣は、まるでクァイスのことなど目に入らぬかのように、頭を振って、ウィルベルを探し始めたのだ。
いや、こいつだけじゃない。
エルフの長老も。リヴィエラの王女も。どいつもこいつも見つめる先にいるのは――
『クァイス先輩、あの!』
ウィルベル・フュンフ。
この世で最も気に食わない後輩。隙あらば蹴り飛ばしたいヤツナンバーワン。
『お願いがあるんですが、さっきの魔法、もう一度お願いできませんか!?』
そのクソ後輩は、通信機越しに話しかけてきたかと思うと、無茶を言ってきた。
さっきは完全なノーマークだったから成功したのである。さすがにいまの状況では無理だ。
(いや、そうでもないか?)
クァイスはウィルベルの飛行を観察する。
認めたくはないが、卓越した技術である。常識では計れない回避力。そして、頭がイカれてるとしか思えない攻撃力。
あの娘は例えるならカミソリだ。
刃の通らない相手には無力だが、通じる敵にはとことんまで効果的なタイプの存在である。
ならば、どこまで連動した動きができるかだ。
直撃したら即死する極限状態では、クァイスとプルセナの連携に匹敵するほどの意思疎通が必要だ。
(そんなものが一朝一夕でどうにかなるわけが――)
ちっ。
なるわけがない、と考えたところで、クァイスは心底からうんざりするように舌打ちをした。
おそらく陽動のつもりなのだろう。ウィルベルがゴブリンミニオンや怪獣の視線を操るように回避行動を取り始めていたのだが、
(忌々しいヤツめ)
その動きは、まるでクァイスのクセや心理の隅々まで理解しているように巧みだった。
おそらくだが、あの娘は白覧試合での戦いを、何度も脳内でシミュレーションを繰り返していたのだろう。
手強い敵と戦うときの参考として、何度も何度も、相手の心理がわかるようになるほど、執拗に。自分と同じように。
まったくもって、気に食わない。
ナマイキだし、気持ち悪い。イライラする。とことんまで、気に食わない。が、
「ヌオおおおん!?」
クァイスがウィルベルと連動するように撹乱を開始すると、たちまち怪獣は追いきれなくなって混乱を見せる。
(まったくもって気に食わない。気に食わないが、こいつは……頼りになるっ!)
怪獣のがら空きになった頭部に、全力の魔力を込めて、
「覇王の劫炎ァァァァッッ!!!」
--------
凄まじい爆音とともに怪獣の頭部が吹き飛び、クレーターのようになった胴体に黒い球体――瘴気の塊が露出した。
「ウィルベル!」
「おうともなんよ!」
中トロモード発動!
ここまで温存していた魔力を一気に解放する。
薄い透明なベールがウィルベルを包み込み、パワーが増す。
狙いはもちろん、瘴気の塊だ。
これほどの巨体を――この数のゴブリンたちを支配するだけあって、その瘴気は過去のどれよりも濃い。だけど、これさえ砕けば!
ちょうど怪獣の上空にいたぼくらは、ゴブリンミニオンたちを振り切って急降下を開始する。
怪獣はすぐにぐにょぐにょと再生を始めるけれど、もう遅い!
「おおおお!! マホォォォォッ!!!」
ウィルベルの渾身の一撃が、瘴気の塊を――
ぞくり。
そのときだった。ぼくの背筋に悪寒が走ったのは。
次の瞬間、
カチィィィィン!!
直後、瘴気の塊を砕くはずだったその一撃は、硬い音を立てて弾き返されていた。
「なっ……!?」
初めての出来事に、思わず驚愕の声を上げてしまう。けれど、状況はそれだけでは済まなかった。
それまでぐにぐにとゆっくりと蠢いていた怪獣の断面が、まるでぼくらを内部に取り込もうとでもするかのように、すさまじい勢いで再生し始めたのだ。
まさか……誘い込まれた、のか……!?
いや、いまは驚いている場合はない。考察は後だ。早くここから離脱しないと――
『ええい、世話の焼ける!』
通信機からクァイスちゃんの声が響く。
その手のひらには、本日3発目の覇王の劫炎の輝きが。
さっすがー、クァイスちゃん。頼りになる!
ツンデレ先輩は、ぼくらを飲み込もうとする怪獣に向けて、渾身の魔法を、
「アグニ――ごふっ……」
撃つことはなかった。
クァイスちゃんの胸の中心から突き出たのは、血で赤く染まった一本の切っ先。
ゴブリンのものではない。クァイスちゃんを背後から奇襲したのは、カマキリとハチを足して2で割ったような存在だった。
「塩水の民のバグ……!?」
なんでこのタイミングで!?
いや、いまはクァイスちゃんを心配してる場合じゃない! さっさと離脱しないと――
「――残念です。あなたがたにはその魔法宝石は扱えなかったようですね」
ずんっ。
「え……?」
ぼくの額に突き立ったのは冷たい刃物。
その刃の持ち主は、上空から強襲してきた2体目のバグ。
バグの鎌がグリっとひねられると、ピーンという澄んだ音とともに、額から切り離された魔法宝石が宙を舞い、陽光を反射し、輝いた。
(なんか、キレイだな)
のんきにそんなことを思って、ぼくは意識を失った。