130.プラパゼータという男(下)
説明回です。
――そしていま。
「な……」
目の前の惨状に、ラクチェが絶句したのは仕方のないことだろう。
それは、いったいどれほどの熱量であったのか。
熱光線が通り過ぎたあとには、一直線の赤い道ができていた。大地は熱にぐずぐずと溶かされ、青々とした木々すら赤黒く燃える炭となり、生きて動く物は何もない。
その威力は、リヴィエラの騎士たちが駐在していたはずの石造りの砦すらも破壊し、それどころか、その奥のエルフたちの集落にまで及んでいた。
「ヌオオオオオオオ!!!!」
合体したゴブリンゾンビが吠える。
地面を埋め尽くしていたゴブリンゾンビの大半を取り込んだ巨体。ずんぐりとした四肢。
表面はコケのようなぶつぶつに覆われており、排気熱のせいだろうか、蒸気が立つ。
巨大さで言えば、せいぜい一般的なゴブリンキングの1.5倍。だがしかし、その密度が桁違いだった。
ゴブリンキングがせいぜい綿だとすれば、目の前のこれは鉄の塊だ。
いったいどれほどの瘴気を内包しているのか。その足が触れた地面は、瘴気で腐り、遠い森の木々すら枯れ始める。
もはや、これは魔獣とは呼べるものではない。災害レベルに換算すると、おそらく2桁、10以上。魔獣を超えた魔獣――言うなれば、怪獣とでも呼ぶべきか。
「なんということ……」
これは、やりすぎだ。
塩水の民は確かに無頼の民だ。だが、これはいくらなんでもこれはやりすぎである。
街道を見やると、避難民していた近隣の村民たちが、荷物さえ投げ出し、怪獣から離れようと、必死の形相で逃げ惑っている。
「プラパゼータ、あれはなんだ?」
さすがのセドルヴェロワも眉間にシワを寄せ、プラパゼータに詰め寄る。
だが、この光景を生み出した男はこともなげに微笑んだ。いつものとおりに。
「どうですか? なかなかのものでしょう? これなら勇者が出てきてもなんとか対抗できそうですね」
「そういうことを聞いているのではない」
「? ……。…………。おお、なるほど! あなたの役割についての説明が必要でしたよね。アレは、この島にある最も強いエネルギー――回収対象の魔法宝石に向かって進むはずです。そういう風にコントロールすることができましたから。なので、混乱に紛れて回収してほしいのですよ」
あまりの話の通じなささに、ラクチェは頭を抱えたくなった。が、それよりも……
「コントロール? プラパゼータ船長は、アレの制御ができるのですか」
塩水の民と一言で言っても一枚岩ではない。
塩水の民の里は過酷な場所にあり、そこで生きていくために必要なこととして、原則として彼らの団結は強い。
だが、プラパゼータのような外部から来た人間は少し毛色が変わる。
犯罪を犯し、表舞台にいられなくなった者。研究が倫理的に禁忌指定されてしまい、爪弾きになった者。政治的な理由で国にいられなくなった者。あるいは、塩水の民が保有する先史文明の遺産に魅入られた者……。
そういった連中のなかで、長に優秀さを認められた者だけが里に受け入れられるのだが……そういった外部の人間のなかには、塩水の民の知らない技術を保有している者もいる。
もちろん、プラパゼータもその一人だ。なので、ラクチェが知らない技術を保有していてもおかしくはない。だがしかし、ゴブリンをこのような存在に変質させる技術というのは、
(あまりにも異質すぎる)
ラクチェの思いを知ってか知らずか、プラパゼータが首を傾げる。
「残念ながら制御しているわけではありませんよ? 私は最適化をコントロールしただけです。――むむむ。その顔はあまり理解できていないようですね。よいでしょう、少し説明をしましょう」
言って、プラパゼータが、手を伸ばしたのはゴブリンを捕らえてある籠だった。
そのなかから一匹を取り出して、ラクチェに見せるように差し出す。
「ゴブリンというのは簡単に言うと、先史文明で使用されていた超万能家電製品です」
「……家電、ですか?」
「いま風に言えば、魔法雑貨とで言いますか。例えば――」
プラパゼータが船の縁に、複雑な模様が描かれた皿のような物を置き、その上にゴブリンを乗せ、さらにその上に、冷えたコーヒーのカップを置く。
「何を……」
ラクチェはいぶかしんだが、変化はすぐに現れた。
冷えたはずのコーヒーの表面がふつふつと揺らめき出し、湯気が出始めたのだ。
「これは……ゴブリンが発熱しているのですか?」
「はい。クッキングヒーターと呼ばれる機能です。昔は一般的によく使われていました。
おそらく、エルフの森でも使用されていることでしょう。エルフたちは火を嫌うはずですからね。
おっと。もちろん、ゴブリンの利用方法はこれだけではありません」
プラパゼータが、今度はゴブリンを5匹取り出し、穴の空いた円形の金属板で、上から押さえつけて、デッキの上に放り出す。
すると、ゴブリンたちは金属板の下で、回転しながらデッキを這いずりはじめ――
「これは全自動掃除機です。放っておけば床の清掃をしてくれます。家で使うと床から天井まで掃除してくれるので大変に便利な機能です。他にも――」
プラパゼータが乾燥機付き洗濯機やら、冷蔵庫やらといった固有名詞を出して説明するが、耳には入ってこなかった。
「プラパゼータ船長は……始原の魔法をお使いになられるのですか?」
「魔法? ああ、エルフたちは大仰にそう呼んでましたね。
こんなものはただの回路設計ですよ。エルフたちは難しいことのように言いますが、仕組みさえ知っていればそう難しいことではありません。エンジニアと言うほどのものではなく、単純作業レベルのものです。
もっとも、いまとなってはその仕組みを知る者も少なくなりましたが」
――この男はいったい何者なのだろう。
気まぐれな妖精を自由自在に扱い、悠久の歴史を生きるエルフが受け継ぐ魔法技術を児戯と呼ぶ。
まさか、遥か過去から……2000年も昔から生きているわけではなかろうが……
「説明を続けましょう。
彼らの行動は常に最適化されるようになっています。
クッキングヒーターならエネルギーを効率的に使い、適温に温まるように。掃除であれば最も効率のいい経路を選ぶように。洗濯なら洗濯物の生地に合わせるように。ときに単体で。ときに複数で。
もちろん。本来は人間に悪さをしないようにブレーキがかります。が、それを歪めてしまうのが――」
「瘴気か」
「はい。そのとおりです」
セドルヴェロワの言葉に、プラパゼータがうなずく。
「瘴気に侵されたゴブリンは、手段が目的にすり替わってしまいます。とにかく魔力を取り込むために最適化されるのです。
本来、彼らは日光から魔力を微量ずつ蓄えるように作られています。ですが、植物を取り込むほうが効率的に魔力を蓄えることができるのです。
なので、瘴気に汚染された彼らは、まず植物を食い荒らそうとします。
そして、植物より動物を取り込むほう効率がよい。さらに言うと、動物のなかでも特に人間を狙うのが……。というわけで人間を狙うようになるのです。
さきほど、肉食獣が捕食されたのを見たでしょう?
あれもまた最適化です。魔力は精神エネルギーであり、その出力には感情の強さが大きく影響します。
そして、生物の感情のなかで最も簡単かつ強いのが恐怖。だから、彼らはギリギリまで惨たらしく相手を惨殺し、魔力を搾取しようするのです」
「……では、この巨大なゴブリンも最適化の結果なのですか?」
「はい。汚染されたゴブリンは戦いが始まると相手を捕食するために最適化されます。力を合わせて、敵を打ち倒せるように姿を変えるわけですね。
世界樹の塔を開けた際のゴブリンキング――守護者と呼ばれていますが、あれはただ単純に塔内の植物を食い尽くし、外に出るために、閉じられた扉を吹っ飛ばそうとしただけで、守護者でもなんでもないのです」
言って、前方の怪獣を指す。
「もっとも、普段、人間相手にあれほどの巨体になることはありません。巨体になればなるほどに魔力の効率が悪くなりますからね。
勇者といえども、彼らからしてみれば、しょせんは強いエネルギーを持っただけの人間。当たれば倒せる威力さえ保持してればいいと、ゴブリンたちは判断するわけです。
逆に言うと、相手がもっと強大な敵であると誤認させれば――」
「これほどの大きさになる、と。先ほど瓶に詰めたゴブリンを投下していたのはそのためか」
「ええ。ゴブリンは集合体ですからね。『強大な敵がいる』と誤認させた個体を100匹も放り込めば、影響が出始めます。
もっとも、ゴブリンたちもバカではないので、完全に騙せるわけではありません。ですが、安全が確認されるまで、念のためにあの姿をとるのです」
「では、逆に安全だと信号を流せば……」
ラクチェの問いに、プラパゼータはダメな生徒に対する教師のような、軽い侮蔑を込めた視線を返した。
「ラクチェさん。君は、念のために弱くなるなんてことがあると思いますか? ないでしょう? 普通の知能をもっていたら。常識的に考えて」
「……。つまり、プラパゼータ船長は、自分では行動を制御できない化け物をつくりだしたというわけですか?」
「制御する必要がどこに?」
「関係のない人々が死にます。大勢」
「それはとても心が痛む話ですね。心よりのご冥福を祈りましょう。犠牲となる命のためにも、あの魔法宝石を取り戻さねばなりません」
――ああ。
ラクチェは空を仰いだ。
この男はやはり狂っている。さきほど感じた狂気は本物だった。心の底からこの世界を醜悪だと感じていて、そして自分の目的のために壊れてしまってもいいと思っている。
「ヌォォォォォン……」
「どうやら、遠距離からの攻撃は効率が悪いと学習したようですね。想定通り、エルフたちの里に向かってくれるようです」
ゴブリンの集合体が歩を進め始める。
プラパゼータの言うとおり、進む先はエルフたちの里だ。あそこに魔法宝石があるのだろう。
何もかもがプラパゼータが思う通りに動いている。――そう。事態はプラパゼータの掌の上にある。あるはずなのだが……。
(何か嫌な感じがする……)
瘴気とは、人類に対するヒトガタの王が残した呪いであると言われている。
あの赤い目を見ると背筋がゾクリとするのは、人間の本能が警鐘を鳴らすからだろうか。
(果たしてアレは……本当に、そんな都合のいい存在なの……?)