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13.魚心あれば水心

「うおおお! 勝ったぁぁあああ!」


 勝利の味は格別だ。気持ちいい疲労感と達成感が、ぼくとウィルベルの心に共有される。


 やばいくらいに気持ちいい! いやいや、落ちつけぼく。それどころじゃないぞ。


「たった一人でクラーケンを倒したし、女の子も無事だったし、これってSクラスへの昇格もあるんじゃない!?」

 

 夢が広がっちゃうね。目指せ、ハーレム! ぼくはマグロ属の王、略してマ王になる!


 ふひひ。キハダマグロやメバチマグロ、カツオなんかもはべらせちゃったりして!

 

「見よ、勝利のマグロダンス!」


 くいっくいっ。


 マグロ・グランドフィーバーでは、誰かがレベルが上がるたびに、近くにいたマグロたちが全員このダンスを踊ったものだ。

 なんて浮かれていると、


「み、ミカ……」


 ウィルベルがぼくを呼んだ。


 んもう! せっかく勝利の喜びに打ち震えているっていうのに、水を差さないでほしいな!


「なん――」


 ボォォォン!

 

 ぼくが振り向こうとしたそのとき、間抜けな爆発音とともに、ぐらりと浮遊有船(ふゆゆせん)が揺れた。


 なんだろう? って後ろを振り返ると、


「なんじゃこりゃああああ!?」


 浮遊有船に備え付けられた風船みたいな装置から炎があがっていた。


 たぶん、クラーケンとの激突したときの魔力が流れ弾として当たっていたんだろう。


「ああああ! 壊しすぎた!!!」


「ミカのバカー!」


 だが待っていただきたい。さすがにこれは不可抗力ではなかろうか。


「早く脱出しないと! って、ウィルベル、なにやってんの!?」


「せめてこれを街の外に落とさんと!」


 言いながら、ウィルベルは船首に取り付けられた舵を握る。

 コントロールを失った浮遊有船は、広場どころか市街地に向かおうとしていた。


 確かにこいつはやばい。


 眼下に広がる町並みは、道路まで石造りな中世ヨーロッパ風の街並み。建物も基本的に石造りではあるけど、さすがにこんなでかい船が落ちたなら、中にいる人ごと建物もペチャンコである。


「ぼくも手伝うよ! 体重200キログラムのパワーを見せてやる!」


 腹ビレで舵をぐいっとな。


 バキィ!


 ウィルベルのゴリラパワーと、ぼくのメタボウェイトの合わせ技をくらった舵は見事にぶっ壊れた。


「「あああああ! 負荷をかけすぎたぁぁぁぁぁ!」」


 あばばば! ど、どうすりゃいいの、これ!?


 それでも最後に回した舵は効いていたらしい。


 浮遊有船は急激に船体を傾けながら方向転換。向かう先は狙い通りに街の外れ。でも、落下速度から推測するに、このまま行くと集合住宅みたいな建物にぶつかっちゃう!


 転生たったの1時間でこれっておかしくない!? ぼくらってば3回くらい死にかけてる気がするんだけど!?!?


 神様! マグロに転生させるなら、ちょっとくらいはスローライフ成分を入れるべきではないでしょうか!?


「ま、まだなんよ!」


 ウィルベルが、ぼくと気絶している幼女を掴んで、高度の低くなった浮遊有船から飛び降りる。


 そして地面に降り立つと、すぐさま幼女を地面に横たえ、ダッシュして浮遊有船の進行方向に立ちはだかり……


 ま、まさか……


「そのまさかなんよ!」


 ズドォォォォン!!


 墜落した浮遊有船が地響きを立てて、道路を掘り返しながら進む。

 さっき広場に落ちたときよりはスピードがないとはいえ、その質量は人間がどうにかできるものじゃない。


「おぉぉぉ……おりゃあああ!!!」


 でも、ウィルベルはその船に真っ向から受けてたつ。

 集合住宅に突っ込もうとする船の船首を、両手で受け止め、必死に食い止めようとする。


「ぐ、ぐぬぬぬぬっ!!」


 バキィ。

 負荷に耐えきれずにウィルベルの足元の石畳が割れる。


「あばばばばば!」


 ぼくもウィルベルのお尻を押すようにして腹ビレで支えるけれど、焼け石に水。


「「と! ま! れぇぇぇーっっ!」」


 前方には浮遊有船、背後に迫るは石造りの建物。

 浮遊有船の勢いは減衰してはいるけれど、このままいくと、挟まれてぺっしゃんこ確実である。


 あ。これ死んだ。


 ぼくはヒレで目を覆った。

 転生して1時間ちょっとで死亡とか、ちょっと理不尽すぎる魚生(じんせい)だった。


 神様にリクエストできるなら、次はせめて海スタートにしていただきたい。


 それじゃオサラバ! また会う日まで!


 ・

 ・

 ・


「っっっ……。……。…………?」


 あれ、生きてる?

 眼からヒレを離して周囲を伺うと、そこには静止した浮遊有船と、


「え? どちらさま?」


 こともなげに片手で浮遊有船を受け止めた、フルプレート、フルフェイスの鎧兜の誰かがいた。


「頑張ったな、お前ら」


 正体不明のその人は、目をぱちくりさせるウィルベルの頭をガシガシと乱暴に撫でた。


 どうやら、この人が助けてくれたってことなんだろうけど……いったい何者?


 フルプレートって言っても、なんていうか独特な感じの鎧。


 ウィルベルたちが中世ファンタジー風の服装だとすれば、こっちは近代的なファンタジーみたいな感じの赤と青に光るラインが入った、ひとつ間違えば特撮番組に出てきそうな恰好をしてる。


(あれは……精霊の衣(エレメンタルローブ)なんよ)


 ウィルベルいわく、精霊の衣(エレメンタルローブ)っていうのは、勇者に認証された人だけに与えられる特別な能力で、人と精霊が一時的に融合することで生み出されるものだという。


 その能力(ちから)のほどは、見ての通り。勇者っていうのは、この能力(ちから)で人間離れした奇跡的な力を発揮し、人々を守っているのだと。


 じゃあ、ウィルベルが勇者になったら、マグロの兜とか被っちゃうわけ!? 半魚人型勇者とかすっごい画期的じゃない? やばい。超見たい。


(驚くところ、そこ!? この人、勇者さまなんよ!?)


 ウィルベルがぽわーっと憧れの視線を向けるけど、元・地球人なぼくとしては勇者って言われてもなー、って感じ。


 ――ズドォォォン

 

 浮遊有船から再び爆発が上がる。


 一難去ってまた一難。今度は船を浮遊させるための魔法の装置の暴走だ。


 あっかーん! この魔力から推定すると、焼き魚どころか、骨も残んないよ!?


「早くここから離れないとっ!」


「心配すんな。まあ、見とけ」


 ぼくがウィルベルを急かそうとすると、勇者の人は小さく笑って浮遊有船を持ち上げた。


 ……この船って10トン以上あるよね?


「どらああああっ!!」


 ぼくが驚いていると、勇者の人は持ち上げた浮遊有船を、空のかなたにぶん投げた。


 わーおー。ウィルベルですらゴリラだと思ってたのに、さらに上がいるだなんて。この世界はゴリラだらけである。


 そして――


 ズドオオオオオオオン!!!

 たーまやー。


 魔力の残滓が花火のように光ってて綺麗。飛んでった浮遊有船は遠くの空で爆発四散。


 クラーケンといい、あの船といい、この世界のものは爆発したがる傾向があるらしい。


「さて」


 爆発の破片や余波が街に影響が出ないことを確認すると、男の人がぼくらのほうに振り向く。


 同時に纏っていた鎧が光の粒子に分解され、その顔があらわになる。


 歳は30代中盤くらいかな? 野性的な顔つきで、鋭い目つきをしている男の人だ。


 背は高い。痩せ気味だけれど、それは余計な贅肉がついていないってだけで、衣服の下には鍛えられた肉体があるのがよくわかる。

 動物で例えるなら、やさぐれたライオンって感じ。


 いや、おっさんのほうはどうでもいい。

 ぼくの目が釘付けになったのは、鎧が消える代わりに現れた、2体の小さな人型の精霊である。


(あれはウンディーネとイフリート。七光精霊のうちの2体で、最上級の精霊なんよ。勇者のひとたちは2体以上の精霊と契約しとることがあるって聞いとったけど、まさか最上級を2体もだなんて……)


 ウィルベルが説明してくれる。イフリートのほうは男の形をしてるけど、ウンディーネさんのほうは優しい顔つきをした女性の精霊だ。


(最上級の精霊なんて初めて見たんよ……)


 ウィルベルがほぅっとため息をつく。けど、ぼくはそれどころじゃなかった。


 なんでって?

 だって、ウンディーネさんってば超美人なんだもの!


 ぼくは思わずウンディーネさんのほうに、ビターンと跳ね上がった。

 

「一目ぼれしました! 結婚してください!」


 ぼくがマグロな精霊だからかな? 水属性のウンディーネさんの顔を見てると、ぽっと心の中が熱くなる感じがするな。


 これは(コイ)――じゃない。恋だな。たぶん。

 魚類のハーレムドリーム? そんなのは海の底にぽーいで。ぼく、精霊だしね!


「ちょっと、ミカ!? しー! しぃーっ!」


 ウィルベルがぼくを黙らせようとするけれど、ぼくの求愛行動は止まらない。


 知っているか。マグロの魚言葉(うおことば)は『何があっても突き進む愛』なのである。


「魚心あれば水心って言うし、ぼくたち相性ばっちしだと思うんだ!」


「……」


 ぼくの必死の告白に、ウンディーネさんは無言。そのクールな感じ、たまんないね! マグロはマイナス60℃で冷凍されるのが摂理だもんね。仕方ないね。


 そんなぼくのはしゃぎっぷりとは対象的に、我がご主人さまは大きなため息。


「……他人の精霊とは結婚できんと思うんよ」


 くそ! なんてこったい!


「ああもう! ぼくもウィルベルなんかじゃなくて、この人に召喚されたかったなぁ!」


「……ミカ、知ってる? 精霊が死んだら、もう一回召喚できる可能性があるんやって」


「やめて! 指の骨をパキパキ鳴らさないで!? ジョークだから! トゥルー()ブラック()ジョークだから!」


 ぎゃーぎゃーわーわー。

 勝利の余韻も何もなく、ぼくはただただ騒ぎ続け……


 ――そのあとめちゃくちゃ土下座した。

【マグロ豆知識】

割といろんなブログで見かける『魚言葉』。

花言葉の魚版とされ、『366日の誕生魚』(イタリアおさかな愛好会)フィリッポ・ペスカトーレ著とされていますが、


_人人人人人人人人人人人人_

> 架空の書籍&人物です <

 ̄Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^Y^ ̄


調べてみるとわかりますが、初出のご本人もジョークとおっしゃっています。

ドヤ顔で「私が調べました」みたいなことを書いてるブログがあったら指さして笑いましょう。


ちなみに、マグロは10月10日 『回転寿司』だそうです。

なお、作中に出てきた『何があっても突き進む愛』は作者の創作です。

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マグロ豆知識補足はこちら
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