126.始原の魔法
2021/1/26 前話を下記の通り修正しました
・水サラマンダーとの戦闘について、長老との出会いに変更しました。(エルフの剣士さんたちが未登場となりました)
・長くなりすぎたので分割場所を変更しました。修正前の話を読んでおられた場合、一部内容が重複します。
・それに伴い、前話のタイトルを『妖精郷』に変更しました。
宙を浮いた水サラマンダーは足をバタバタとばたつかせるけれど、あまりにも無力だった。
水サラマンダーを鷲掴みにした老婆は、まるで重さなど感じないように振りかぶり、
「ふんっ!」
ぽいっ。ひゅーん、ばしゃーん! ぶくぶく……
哀れ、空高く放り投げられた水サラマンダーは、湖のなかへと沈んでいった。滞空距離は約20メートル也。
ぽかーん、と。
そのあまりにも現実離れした光景に、サーシャちゃんやニアのみでなく、クァイスちゃんですら呆けてしまう。
でも、ぼくとウィルベルだけは、
「(ウィルベル、いまのは……)」
「(うん。指輪を掲げたとき、周囲を飛んでるゴブリンたちから魔力を借りていたように見えたんよ)」
昨日、ゴブリンキングの熱光線を弾き飛ばしたぼくらのように。
じゃあ、老婆が妖精と会話して力を借りたのかと言うと、そういうわけではない。仕掛けはおそらく……
「ほほう。貴様らは気づきおったか」
ぼくとウィルベルのコソコソ話に気づいて、興味深そうにジロジロと観察しながら話しかけてきたのは、水サラマンダーを放り投げた老婆だった。
「さきほどのシエルの言葉の続きが、これじゃ。
確かに、妖精は気まぐれで制御し難い存在だ。が、我らエルフには、その気難しい妖精たちを制御して操る技術が伝わっておる。それが、2000年前に興隆していた魔法技術。通称、始原の魔法」
言って、老婆が見せてくれたのは、人差し指に嵌めていた金色の指輪だった。
100文字ちかい、細かなルーン文字のようなものが描かれている古びた指輪である。
「すごい……」
まじまじと指輪を観察したウィルベルが、感嘆のため息を漏らす。
指輪の表面に刻み込まれた文字は複雑で、流れる魔力は芸術的なまでに繊細だった。
力が込められたのは遥か過去なのだろう。でも、指輪はいまなお力強く効果を発揮し、魔力に込められた思いは優しさに溢れていた。
(この指輪を作った人は、どんな人やったんやろな)
ウィルベルが思わずその人柄を想像してしまうほどに。
……ところで、そんなレジェンドアイテムを自由自在に使う、この老婆ってばどなたさま?
「お久しぶりでございます。バルナムーラ様」
片膝をついたのはアリッサちゃんだった。
この老婆がエルフの長老。すべてのエルフの尊敬を集めるバルナムーラ。
レヴェンチカやリヴィエラ王家とも友好関係にあり、一目置かれているという。
「本日はこの森の一部をお借りしようと――」
「ああ、よいよい。そのようなことはよい。なに、リヴィエラの者たちは我々のよき隣人だ。困っているときに互いに手を差し伸べるのは当然のことだ」
その返事に、クァイスちゃんたちがほっと胸をなでおろす。
マーテルさんやシエルがつっけんどっけんだったので、揉めたらどうしようと思っていたのだろう。ひとまず、懸案事項が消えて一安心といったところだろうか。
バルナムーラは「そんなことよりも」とウィルベルの眼前に立ち、その瞳にじっと熱い視線を注いだ。
「お前さんがウィルベルだね? 妖精たちの声が聞こえるという」
「へ? うち?」
突然、声をかけられたウィルベルが不安そうに首をかしげる。
「なるほど。なかなかよい相をしている。大きな困難が立ちふさがっても、それを切り拓いていけるだけの強い力を感じる。――実のところ、今回の件はここにそなたを呼ぶための口実でな」
口実? と尋ね返すよりも早く、「ついておいで」と有無を言わさず、バルナムーラが歩き出す。
その方向はエルフさんたちの居住地――ではなく、そのまま北側。さらに深い森へと続く道だ。
黒々とした深い森の中を蛇が這うように通る細い道。
目的地に近づくほどに、木々がゆがんでいく。幹は節くれだち、枝がよじれ、降り注ぐ太陽の光さえ異質に感じられた。空は雲ひとつなく晴れているのに薄暗い。
「う……」
10分ほど歩いたところだろうか。風に乗って流れてきた、むわっとした匂いにニアが顔をしかめる。
「この臭いは……」
死臭に近い匂い。腐海の匂い。でも、なんでこんなところで?
臭いの元を探すと、道の向こう側、森の木々から突き出た背の高い白い尖塔が見えた。おそらくあれが目的地なのだろう。
「お前たちたちは腐海の病について、どの程度知っておる?」
「あの、フカビトとかいうやつに変身しちゃうやつ? 初めて見たかな」
「うちの国じゃ見たことないかも……」
ぼくとウィルベルの答えに対して、シエルが「なら、軽くだけ説明するわ」とうなずく。
「腐海の病には3段階の症状があるの。街の人たちが咳き込んでいたのは第1段階。呼吸系の障害や、感覚障害や手足の震えなどの初期症状よ」
尖塔の前に着いたバルナムーラが立ち止まる。
壁は白く、美しい。だが、部外者を寄せ付けない、近寄り難いどんよりとした排他的な空気が流れている気がした。
「そして、この施設に隔離されている人たちは、それよりも症状が進んだ第2段階以降の人々よ」
神話いわく、女神マシロが世界樹を植えた際に、同時にエルフは生み出された。そんな彼らに与えられたのは、世界樹を見守るという役割だったという。
そして、その役割には世界樹の瘴気に倒れた人たちの世話も含まれるのだ、とシエルは説明してくれた。
ということは、この尖塔は病院みたいなものなのかな?
「う……」
シエルが尖塔の入り口を開けると、さっきよりも濃い腐海の匂いが鼻をつき……そして、なかを見て、ウィルベルたちが絶句する。
「第2段階は、新陳代謝が停止し体温が低温で一定化。全身が硬直し、食べ物や水も摂取できず、ただただ生き続けるだけの存在になってしまう。ここの隔離されているのはそういう人たちよ」
広い、大部屋。
そこには、卸売市場に並べられた冷凍マグロのように、地面に寝かされているヒトたちがいた。
あと3話後にクロラドの人たちとの戦闘開始となります。
次回更新日は2月6日の予定です。