123.限りなく透明に近いブラック
申し訳ありません。
12月1日の午前3時〜4時に渡って、誤って下書きが投稿された状態になっていました。以降、このようなことがないよう注意します。
――黒潮。
日本人なら誰しもが知っている海流の名前だ。
流れの最速部分は、秒速2メートル。時速にして約7キロメートル/時。自転車並の速度を誇る、世界でもっとも強い海流である。
その最大の特徴は、なんと言っても海の色。
名が示す通り、青みを帯びた深い黒色をしているのである。
黒って言うと一般的には汚いイメージがあるけれど、黒潮の場合は正反対。水の透明度が高いため、太陽光が深いところまで届いてしまい、反射されず、光がすべて吸収されてしまって、黒く見えるのである。
海にとっては、『黒』という色は清純を表す色なのである。そう――
「今回、水晶が黒くなったのも、ぼくの魔力が純粋無垢であることの証明なのだ。よって、セーフ!」
ふーっ。一瞬どうなるかと思ったけど、ぼくの完璧な理論武装でエルフさんたちも納得――
「セーフじゃないわよ、ぜんぜんアウトよ」
してくれなかった。
ケチをつけてきたのは、シエルと呼ばれていたエルフの女の子だった。
歳のころは、だいたいウィルベルと同い年だろうか。
金髪碧眼。エルフらしい三角形の耳と、切れ長の目と、長い脚が特徴のクールビューティさんである。そしてぺちゃぱい。
うーん。おかしいな……。
「ぼくの計算では、『なんて純粋な魔力を持つ精霊なの!? 心もきっとピュアなのね。素敵! 抱いて!』ってなる予定だったのに」
「それのどこにピュアな要素があるのよ……」
シエルがジト目でケチをつけてくるけれど、いやいやだって、
「生物の三大欲求は、食欲・性欲・睡眠欲! 欲求に素直に生きることこそがピュアな生き方だよね!」
森のなかで枯れた生活してるエルフさんには納得してもらえないかもだけど、レヴェンチカのみんななら同意してくれるよね? ね?
「クソを煮詰めて濾過したような純真さでありますね」byニア
「確かに純粋な思考と言えるかもしれないですね。それは=アホという意味で」byアリッサちゃん
「死ね、クソマグロ」byクァイスちゃん
まさかのフルボッコ!?
ちょっと待って!? 君ら、さっきまでツンツンな雰囲気だったじゃん! なんでエルフの肩を持つのさ!? 解せぬ。
レヴェンチカ勢の反応に、シエルは「ほら見たことか」とでも言わんばかりにうなずいて、
「マーテル師。やはり、この者たちはわたしたちの村に立ち入るにはふさわしくありません。特にマグロ」
なんで、マグロ名指し!?
この子ってば、ぼくに対してえらい敵愾心を持ってない? 実は最初っから、まるで親の仇でも見たかのような視線向けてきてたんだけど、なんでかな?
ぼく、この子と面識なんてあったっけ? それとも冷凍マグロに親を殺されたみたいな過去が?
「? いや、会ってたも何も……」
ぼくの疑問にウィルベルが口ごもる。あれ? ほんとに会ってたっけ?
「知らないわ」
ぷいっと横を向いて、シエルが断言するものの、ウィルベルは首をかしげながら、
「え。でも……レヴェンチカのセレクションにおった、ゼッケン番号200番の子やんね? 総合成績やと20番目くらいやったと思うんやけど」
oh! セレクション!
なるほど! 受験者が2000人もいたし、会ってたとしても覚えてなくても仕方ないな!
セレクションを受験してたってことは、ウィルベルと同い年? エルフは長寿だって言うけれど、15歳の時点では若干幼めに見えるらしい。
にしても、ウィルベルって記憶力すごいな。ゼッケン番号まで覚えてるの、はっきり言って異常だよね。
「知らないわ」
でも、シエルはぷいっと横を向いて否定。
「え。でも……」
「知らないって言ってるのよ。こっちは」
シエルはそうは言うけれど、200番って言われると、確かに記憶の端にひっかかるような……。200番……。200番……。
「ああ! 200番! そういえば、ウィルベルが背中から蹴り倒して、リーセルくんに精霊投げ飛ばされて、そんでもって――ふぐっ」
ぼくのセリフを遮ったのは、シエルの手だった。
怒りの表情で「黙れ」と言わんばかりに力を込められて、ぼくのお口が動かなくなる。フグじゃなくてマグロだけど。
しーん、と。
しばらく沈黙が場を支配し……、やがてシエルは観念したようにふっと髪をかきあげた。
「ええ! そうよ! わたしはセレクションの最終試験であんたに背中から蹴たぐり倒されて、マグロでかっ飛ばされて失格になったシエル・グローセルよ!!! あんたのせいでわたしは……、わたしは……、マグロにかっ飛ばされた女――マグローセルとバカにされ……」
よく考えたら、マグロでどつき倒されて失格って笑い事だよね。仕方ないね。
逆恨みではあるものの、恨まれるのもしゃーないところではあるかもしんない。
なので、ぼくは慰めてあげることにした。
びしっとハラビレでサムズアップして、
「あはは、どんまいどんまい。いいじゃん、マグローセルって。なんかピッチピチしてそうで。マグロがセールで大バーゲンって感じじゃん!」
どうだい、このやさしさ。これにはツンデレモードのエルフもイチコロに違いないな! と思ったんだけど、
「ざっけんな! 死ね! クソマグロ!!! こっちはなかったことにしたがってんだから空気読みなさいよッッッ!?
もしかして、わざとやってんの? 合格したことを自慢するためにわざとやってんの!? ねえ!? このっ! このっ!!」
ぶんぶんぶん。
エラを掴んで、16ビートのリズムでシェイク。
「あばば。ぐえー、口からネギトロが出そう」
んもう! この子ってば、なんて心が狭いんだろう!
ちょっとはぼくの、太平洋のように広くて深い心を見習うべきではなかろうか。こちとら、あたまにグサッって針を刺されても笑って許してあげてるっつーのにね!
でも、それも仕方ないのかもしれない。
はー、やれやれ。
ぼくはため息をついて、シエルを改めて見た。
「な、なによ……」
ちっぱい、まないた、ぺったんこ。お胸に広がる大平原。
「太平洋と大平原って、文字は似てるのにね。心の広さが大違いだなんてね。悲しいね」
「ブッコロス!!」
「やめて!? エラから手を突っ込んで奥歯をガタガタいわせようとしないで!? 理不尽な暴力はんたーい!」
ぎゃー! この子、クールと見せかけてけっこう直情的なんだけど!? へるぷみー、ご主人様!
「ぜんぜん理不尽ちゃうよ。純度100%の自業自得やよ」
ちくしょー! ご主人様に見捨てられた!!
おのれ、かくなる上は――なんて思った瞬間だった。
「まあ、でも不合格でよかったとも思ってるのだけどね」
飽きたように、シエルがぼくのボディをポイっと捨てて、肩をすくめる。
「?」
「おばあちゃん――大長老の命令で受験してはみたけれど、世界で一番とかいうレヴェンチカも大したことなかったしね」
「不合格だったのに?」
「だって、前準備も何もしていなかったにも関わらず、20位よ?
それでその成績ってことは、外の世界も大したことないんだなって思ってね。だったら外に出て生活するのなんて面倒なだけよ」
「はえー……」
ある意味でリンネちゃんとは正反対だな。
セレクションでは2番の成績だったけど、自信をなくしちゃったリンネちゃんと、20番で自信満々になっちゃったシエルちゃん。
エルフの大長老さん――シエルの祖母がなにを思って受験させたのかは知らないけれど、あまりいい影響を与えなかったらしい。
「では、来年の一般課程は受けないでありますか? もったいないでありますね」
「興味ないわ」
ニアいわく、勇者候補生のセレクションに落ちた人はだいたい次の年に一般課程で受験するらしい。
セレクションに落ちたとは言っても、その国の世代トップの人材なわけだしね。
「かくいう自分も勇者候補生のセレクションに落ちて、次年に一般課程に入った口でありますよ。こう見えても母国のスクールでは主席だったであります」
「え。ってことはニアって、ウィルベルの2つ年上!?」
ぜんぜん、そうは見えないんだけど。
「えーと……ウィルベルちゃん。わたしも一つ年上よ」
サーニャちゃんいわく、レヴェンチカのカリキュラムは、セレクションに合格した人間に合わせて組まれているので、入学できる年齢になっても、1年はじっくりと準備してから入学するのが基本であるらしい。
もしかしてだけど、エリオくんも来年、一般課程を受験しにくるのかな? ……ふひひ。だったら、そのときはめっちゃ先輩風吹かせたろ!
ちょっと和気あいあいな雰囲気になったそんなときだった。
「――なるほど。その精霊の言うことも一理あるな」
そんななか、落ち着いた声でうなずいたのは、マーテルさんだった。
黒く染まった水晶を観察しながら、
「光が反射しないほどに深いから黒く見える、か。普通、精霊の魔力は属性の色がついているものだが……確かに、この黒には淀みがない」
「まじかよ。適当にフカシこいただけだったのに」
「……」
やめて!? そんな冷たい視線で見ないで!? 冷凍マグロになっちゃう!
ごほん、とマーテルさんは咳払いすると、ウィルベルたちに向き合った。
「よいだろう。我が里への立ち入りを許可する」
こうしてぼくらは、エルフの村に向かうことになったのだった。
というわけでエルフの村編のキャラ紹介でした。