12.渾身のマホー
――今日は楽しかったな。
ぼくはふとそんなことを思った。
なんで転生したのかよくわかんないし、なんでクロマグロになっちゃったのかもわかんない。
この世界のステータスとかいう理不尽さには辟易するし、我がご主人様の筋肉ゴリラっぷりにだって呆れる。
赤身モードだってどういう原理かよくわかんない。
(うちもなんよ)
ウィルベルがぼくの思念を読み取って、笑う。
異世界転生してまだ1時間。この異世界とやらがどういう世界かっていうのは、まだまだ全然わかんない。
でも。まったく、もう! うちのご主人様が『オレより強いやつに会いに行く』系の、脳みそまで筋肉でできてるゴリラってことだけははっきりわかっちゃったかな!
なんてこったい! ぼくが求めてるのは最強チートでキャッキャウフフな異世界なのにね。おかしいね。
「エ……エギィ……」
ぼくらの前でクラーケンがよろよろとよろめく。
ぼっこぼこに殴りつけたので、最初のときのふてぶてしさはまったくない。
とはいえ、こっちももちろん無事じゃない。
体は傷だらけ。体力ももう残っちゃいない。体中の細胞が水分を求めて訴えているし、このまま目をつむっちゃえば気持ちよく寝れるだろうな! って感じ。
ぼくらも相手も満身創痍。
なんとなくだけど、互いに次の攻防が最後であることを理解しあえた気がした。
「エ……エギィィィィィィ!!!」
クラーケンが吠える。己の身の内に宿るすべての魔力を絞り出し、燃やし尽くすように、魔力を蓄積していく。
制御しきれなかった雷が、クラーケン自身の胴体、傷口を焼き、イカ焼きの匂いを漂わせる。
醤油が、欲しい。
「ふぅぅぅぅ…………」
ウィルベルが息を細く吐く。どこまでも深く集中するように、相手をピタっと見て相手が何をしてくるかを理解して――ぼくの尾の付け根を握ると空に掲げた。
その姿はまるで広場にあった『始原の勇者』像のようだった。
「ィィィィィ!!!」
クラーケンからすさまじい雷がほとばしり、一瞬の溜めのあと、刺突するように頭を向けて突進してくる。
対するウィルベルはぼくを大上段からさらに振りかぶり、野球のバッティングフォームのように構え、
「でやああああああああ!!!」
息を大きく吸い込み、肺の腑に貯め込む。大きく胸が動き、そして――全力のスイングと共に吐き出す!
野球の教科書に反するような、品のないアッパースイング! ぼくの背中とクラーケンの頭がごっつんこ!!
「エギャアアアアアア!!」
バヂバヂィ!
すさまじい雷がぼくを襲う。
「あばばば! めっちゃしびれるぅぅぅぅっ!」
まったくもう! ほんとにまったくもって、この世界ってば理不尽でデタラメだ。
でも、だからかな? ちょっと楽しい。
ドキドキあるいはワクワクする心、それが魔法の原動力であるってウィルベルは言った。
確かにクラーケンのもつ魔力量は凄まじい。ルセルちゃんの召喚したカーバンクルなんて比較になんてならないほどの、圧倒的なエネルギーだ。
でも、いまのぼくのほうがもっともっと、すごい!
(ほんとうに、今日は楽しかったな!)
世界はデタラメで満ち溢れてるって嘆く人がいる。でもそれって、実はネガティブなことなんかじゃなくって、ハッピーなことなんだとぼくは思う。
だから、そういうデタラメさこそがグルーヴとなってぼくの心をワクワクさせるんだ!
「おおおおお!」
交差は一瞬。激突に勝利したのはぼくたちのほう。
入射角は斜め40度なり。ぐるんぐるんと縦に回転しながらかっ飛んでいくクラーケン。方向はまっすぐ。バックスクリーン一直線!
ホームランを確信した打者の貫禄で、ぼくらはその光景を見送り、
「エギャアアアアアア!?!?」
バヂバヂバヂィ!
クラーケンの体内に帯電した魔力が、行き場を失ってその胴体をほとばしって、
ズドォォォォン!
まるで特撮の怪人みたいに、めっちゃでかい爆発を起こした。
『コングラッチェレーション。レベルが2に上がりました』
それと同時に、マグロ・グランドフィーバーで何度も聞いたファンファーレがぼくを祝福してくれた。
【マグロー豆知識】
ジョン・マグローは1900年ごろにアメリカのプロ野球で活躍した野球選手。現役引退後は監督として活躍。
「勝つためならばなんでもする」を体現した人物で、グラウンドに傾斜を作ったり、文字通り球を隠しておいてフェイクとして送球させたり、まさにやりたい放題。
当時はおおらかな時代でした。
敵チーム監督の「こんな野球があってたまるか」のセリフはマンガでいうところの負けフラグ。
監督としての通算勝利数はメジャーリーグ歴代2位(4768戦2763勝)






