119.嬉しいということ
※前話の投稿直後を読まれた方には重複している箇所があります
(前話の一部を、こちらの話に移動しています)
「はえー……。すごいいっぱいの人がおるんよ」
式典会場――リヴィエラの中心部にある王城の広場に着いたウィルベルは思わず呆けていた。
もともと閲兵式などに使われる広場だけあって、その敷地は広い。
平時は一般市民立ち入り禁止の場所ではあるけれど、ウィルベルの言う通り、今日は広い敷地を埋めつくすほどのたくさんのひとが詰めかけていた。
広場は東西に区分けされていて、東側に背筋を伸ばして居並ぶのは兵士さんや戦士ギルドの人――いわば戦う人たち。
その逆側、広場の西には首都に住む人たち――老若男女、さまざまな年齢や職業の人たちが、雑多に集まっている。
ウィルベルは、そんなたくさんの人たちに注目される側――広場を一望できるテラスの上にいた。
(すごい数の人やけど、でも……)
(だね)
魔力とは心の力。一人ひとりの力は少ないかもしれないけれど、これだけ大勢の人たちが集まると、大きな感情の渦が見て取れる。
その感情とは、不安。
リヴィエラの歴史上、世界樹の塔の討伐に失敗したのは、2度や3度ではないという。
近年では10年前にも失敗し、数万の人命が失われている。
感情の渦を見る限り、ゴブリンゾンビたちによる惨劇はリヴィエラの人たちの記憶に新しく、その恐怖は心の奥にまで刻みこまれているらしかった。
今回の式典は、もともと予定されていた出陣式が前倒しされたもので、あちこちにその慌ただしさの片鱗が垣間見える。
例えば、本来はタペストリーが飾られる予定であろうフック等には手をつける暇はなかったらしく、無骨な城壁がそのまま衆目にさらされているほどだ。
だが、現在のリヴィエラのさしせまった状況で、それを問題にする者はいない。
『――国難である』
魔法で拡声された音が、広場全体に響き渡る。
同時に、白と金で彩られた流麗な鎧を着たレアさんが映像として上空に浮かび上がる。
リヴィエラの姫騎士ことレアさんの姿は、集まった人たちを安心させるに足る凛とした強さにあふれていた。
今回の式典のメインが、兵士たちを鼓舞する出陣式と、民衆を安堵させるための観兵式だと考えると、これ以上にふさわしいひとはいないと思える頼もしさである。
ちなみにレアさんのお父さんこと、リヴィエラ王は病気で倒れており、ここ2,3年はレアさんが公務の代行をしている状況とのこと。
広場が静かになると、テラスの最前に立つレアさんが民衆に語りかけはじめる。
『皆も記憶しているだろう。わずか10年前。我々はいま迫りつつある災害と同じモノに見舞われ、蹂躙された。
かつて、我々には力が不足していた。ゆえに多大な犠牲――数多の同胞の命を失った。我らは自らの無力を思い知らされた。まずは、その犠牲者に黙とうをささげたい』
「……」
レアさんの言葉に従い、リヴィエラの国民が押し黙る。
10年前ってことは、このなかには家族を失った人たちも多いのだろう。その表情は真剣だった。
30秒ほどの黙とうの後、レアさんがふたたび口を開く。
『敵は強大である。だがしかし、悲観する必要はない。
昨日、見た者もいるであろう。若者たちが真っ向から立ち向かった光景を。一人の少女が、あの醜悪な巨人に立ち向かう姿を。
それは10年前には考えられない光景だった。だがしかし、彼らはそれを成し遂げた。――この場を借りて、我が同胞の命を救った若者たちに、国民に代わって感謝を述べたい』
『勇者候補生、ウィルベル・フュンフ殿。クァイス・バルハラーロ殿。ならびに、その教師』
典礼役の貴族が名を呼び、それにこたえてウィルベルとクァイスちゃん、および2人の女教師がテラスの前面に、一歩足を踏み出す。
『その偉業に敬意と感謝を示す証として、ここに銀綬褒章を贈与いたします』
宣言されると、授与に感謝の意を示すアーニャ先生とプルセナ先生が一礼し「光栄でございます」と返事をする。
ウィルベルもそれに倣ってお辞儀をしようとして、
「あんたはやらなくていいの」
民衆に見えない角度で、クァイスちゃんがウィルベルのスネを蹴る。
というのも、この世界における勇者というのは、神様であるマシロの代行者。
いわば人の理の外にいる者なのだ。なので、基本的には、公の場で畏服のために頭を下げるような行為はNGなのである。
勇者というのは、領土や臣下を持たない王様みたいなものって考えればわかりやすいのかもしれない。
敬意は示しても畏服はしない。誰にかしずくことも不要。誰にかしずかれることも不要なのである。もっとも、ギギさんのような国家所属の勇者もいるので、全員が全員ではないのだけれど。
ちなみにプルセナ先生は、引退してレヴェンチカで雇用されている扱いであるため、普通にこういうときは頭を下げる必要があるとのこと。人間世界のしがらみって大変だね。
(っていうか、クァイス先輩ってば、ちょっとイライラしとらん?)
(うーん。気持ちはわからんでもないけどね)
今回の式典のメインは民衆の鎮撫と、兵士の鼓舞だ。レヴェンチカの面々への褒章の授与というのは、言ってしまえばそのダシってわけ。
つまり、『功績を称える』って意味ではちょっと不純な部分が含まれているわけで……。
クァイスちゃんが「あん?」とでも言いたげにウィルベルにイラついた視線を向ける。
クァイスちゃんってば誇り高いからね。それが気に食わないのだろう。よくも悪くもクソがつくほどに真面目な女の子なのである。
典礼役の人が、箱に納まった褒章を手に、ウィルベルとレアさんの間に立つ。
レアさんは箱から褒章をうやうやしく取り出し、
「我が国の民を大勢救っていただき、あなたがたには本当に感謝しています。その感謝の印としてこれを褒章いたします」
感謝の言葉とともに、ウィルベルの胸に褒章を着けてくれる。
外国人に贈るために作られた物らしく、リヴィエラ王家の紋章、世界樹をモチーフにした意匠が描かれた代物だ。
(重い……)
ウィルベルが思わず吐露する。
思い出されるのはベルメシオラがかつて言った言葉だ。
王家とは、リヴィエラの人々の象徴である。そして、王家の紋章が描かれた褒章を贈られるということは、言葉の通り、国民を代表して表彰されるということ。
受け取ると同時に、この場にいる人たちの視線がウィルベルに突き刺さる。
その視線に込められた意思は痛烈だ。「こいつ、ほんとにうちの国で表彰されるに足る人物なんか?」という猜疑の視線である。
それは当たり前のことだろう。ここにいるのは、昨日のウィルベルの戦いなんて見てない人々ばかりだ。普通の人からしてみれば、ウィルベルなんてただの小娘である。
――これが、褒章されるということ。
リヴィエラの人々には、ウィルベルの功績を詮索する権利があり、ウィルベルにはその視線を受け入れる義務がある。
「(すまないな。本来であれば、無事に討伐が成功した際に、慶事として渡すべきものなのだが)」
ウィルベルの硬い表情を見て、何かを勘違いしたレアさんが小声で陳謝してくる。
でも、ウィルベルは「いいえ」と首を横に振った。
「とても、嬉しいです」
「……ほう?」
その言葉が、単なる物欲や名誉欲からくるものではないと見たレアさんが、興味深そうにウィルベルの言葉を促す。
「前に、うちはベルメシオラ――アズヴァルトの女王様に言われました。王家の紋章が描かれたものを託されるっていうんは、国民の皆さんの想いの断片を託されるということやって。
……いまのうちはまだまだ未熟です。この褒章を渡されることを重く感じています」
ウィルベルは一度、そこで言葉を区切って、広場の西側――一般市民の人たちが集まるほうを見ながら顔をほころばせた。
「でも、この重さは、うちの力になる重さなんです」
「そうか。それを”嬉しい”と言うのだな、君は」
「はい」
まぶしいものを見るかのように、レアさんが目を細めたのとほぼ同時。
――パチパチパチ。
誰よりも早く拍手を始めたのは、広場の西側。日焼けで真っ黒になった精悍な人たちだった。
昨日、助けた漁船団の人たちが、好意的な笑みをもって、ウィルベルの褒章を祝福してくれていた。
それをキッカケに拍手は大きくなり、その拍手のなかで、ウィルベルがレアさんと握手して、最大限の敬意を示す。
クァイスちゃんにも同じように褒章したレアさんが、今度は兵士たちに向き合う。
『兵たちよ。まずは想像せよ。この国難に打ち勝ったあとの世界を。想像したならば、笑おう。年老いたときに、『おじいちゃんはな、あのときの戦いで一歩も引かなかったんだぞ。わはは』と子や孫に威張れるのは、わたしとしてはなかなか頑張り甲斐があることだと思うな?』
そして民衆に向き合う。
『さきほどわたしは、『かつては考えられない光景だった』と言った。だがそれはすでに過去である。諸君、進歩してきたのはレヴェンチカの若者だけではない。我々も同じだ。
我々は常に先人たちに敬意を払い、その背を追い抜かんしてきた。努力してきた。ならば、勝てない道理があろうか。我らはこの戦いの勝利にするだろう。だがそれは偶然に依るものではない。歴史の必然である。
愛すべき国民よ。安心してほしい。我々は未来のために勝利することを祖霊に誓うものである』
場が一瞬だけ沈黙する。
が、それは不安からくるものではない。
いつのまにか、広場を渦巻く不安の感情は減じていた。不安は残ってはいるものの、それ以上に希望という感情が場を満たしていた。
国難、とレアさんは言った。この戦いで命を落とす人も出るのだろう。でも彼らは戦うのだ。
ほかでもない。背後にいる愛すべき人たちのため。そして未来永劫に続く子々孫々の繁栄のため。
そして、その戦いに赴く人々に敬意を示すように、広場を万雷の拍手が埋め尽くした。
※ウィルベルはマグロ片手に式典に参加してます。
【マグロじゃない豆知識】
みなさんは勲章と褒章の違いをご存じでしょうか。
googleで適当に検索して、いわく。
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「勲章」は、個人の功績や業績を国家が表彰し授与されるもので、長年にわたる功績や業績を対象とする側面が強く、基本的に70歳以上が叙勲の対象です。
一方、「褒章」は、社会や公共の福祉、文化など、特定分野の発展に多大な貢献や顕著な功績と認められるものに対して授与され、功績の期間や年齢は関係ありません
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※上記は日本の話で、勲章しかない国や、勲章・褒章のほかにも区分けがある国があります。