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116.エピローグ:先輩の背中

「なん……だと……」


 レアはその光景を前に、思わず唖然としてしまっていた。

 魔獣とは、瘴気の呪いによって変異した成れの果て。汚染とは決して元には戻り得ぬ悪夢。ゆえに、忌むべき恐ろしい現象とされている。だが、


「あの娘は……生きて……いるのか?」


 瘴気に侵されて倒れる人間というのは、珍しいというほどではない。

 いまのリヴィエラのように、一時的に瘴気が溢れ出したり、あるいは魔獣と戦闘をおこなった者が体調不良を訴え出る光景は、ままあることだ。


 ただ、たいていの場合は初期症状のうちに治療される。

 先ほどのクロラドの少女ほどになるまで汚染されるというのは、かなり珍しいケースと言っていいだろう。

 そして、バケモノになった状態から生き残るなどというのは……


「……お姉さま」


 信じられないのはレアだけではないようだった。

 義理の妹――アリッサもまたその光景を見て唖然としていた。いや、浮遊有船に乗船しているレヴェンチカのクルーたちも、同じようにポカーンと口を開けて呆けている。


 アリッサが問う。


「あれは……。あの人は、いったい……()なのでしょうか」


 あの娘――ウィルベルが何者か。

 苦笑しながら、アリッサの言葉を反芻して思索にふける。


 レヴェンチカから勇者候補生が来訪する場合、迎える国には内申ないしん審査票しんさひょうというものが事前に送付されてくる。

 そこには、100メートル走などの客観的な身体能力や、座学の試験結果、さらには出身国や育ちまで、さまざまな情報が記載されており、それに基づいて国家は受け入れの準備をおこなっている。


 例えば、能力のない者に無理をさせるわけにはいかないし、非友好的な国の人間に知られるわけにはいかないこともある。場合によっては受け入れ拒否ということもあるくらいだ。


 さらには、あまり褒められたことではないが、勇者になれないであろう程度の成績の者に冷たく接する国というものもある。


 そして、ウィルベルという少女は、高等部1年生37名のうち、総合成績で37位。

 座学と魔力制御が特にひどいが、成績表を見る限り、身体能力を除くすべての能力が低いし、輝かしい実績もない。

 その散々たる有様といえば、よくもまあ入学できたな、とすら思えるほどである。


 そういう意味では、『劣等生』や『落ちこぼれ』などのネガティブな言葉で呼ぶべき存在なのだろうが……。

 と、レアはとあることに気づき、笑みを漏らした。


(そういえば、義妹(アリッサ)が他人のことをこれほどに気にするのは珍しいな)


 アリッサがウィルベルを見る目は、嫉妬でも羨望でもなく、ただただ理解できない何か別の生き物を見るような、そんな視線だった。


 常に勇者たらんと肩肘を張っている義妹(アリッサ)にとってすら、目の前の光景は、思わず我を忘れてしまうほどに衝撃的だったのだろう。


(素直なものだな。年相応と言われれば、確かにそうかもしれないが)


 アリッサの成績は知っている。来年、勇者候補生で居続けるのが絶望的であることも含めて。


 いや、それはいいのだ。一部の国民は期待してはいるが、もともと狭き門。リヴィエラという国家としては、50年ぶりの勇者候補生という肩書だけで充分なのだ。

 むしろ、リヴィエラの国益からしてみれば、そのままレヴェンチカの他の学科に進学して、大国とのパイプを築き上げてくれるほうがありがたいというのが本音ですらある。

 人材難な小国としては、世界のために各地を飛び回らねばならない勇者になられると困るのである。


(そう。困る、と思っていたのだがな……)


 レアは「ふむ」と思案する。ここは義妹アリッサになんと言うべきか。


「そうだな……」


 5秒ほど考えて思いついた答えは、至極単純なものだった。

 

「あれは、”良い先輩”だな」


「……は?」


 言葉には出さないものの、「なに言ってんだ、この人」と言わんばかりの表情でアリッサがまゆをひそめる。


「なんだ不服そうだな。ああ、お前が言いたいことはわかるぞ。あの娘はお調子乗りだし、精霊はアホだからな」


「そこまでは言いませんが――」


「だがしかし、()()()()()()になるぞ」


 アリッサの言葉をさえぎって、レアは言った。


 背後から圧がするほどに歓声が聞こえる。逃れ切った――救われた船団からの歓喜と称賛の声だ。

 国民に被害者はなし。最初の状況から考えれば、奇跡にも思える結果なのだから当然のことだ。それだけの実績をレヴェンチカの面々は示した。

 そして、その称賛の主役となっているのは、ウィルベルに他ならない。


(もしも、『勇者の資質』なるものがあるとするなら、おそらくこの光景こそが()()なのだろうな)


 歓声を受けて「でへへ」と頬を緩めるウィルベルの姿は、おそらくアリッサの思う理想の勇者の姿ではないだろう。

 一般的にも、あれが勇者らしい態度かと問われれば、疑問符がつくだろう。


 勇者となるには足りないものは多いし、公正明大こうせいめいだいだとか質実剛健しつじつごうけんと呼ぶには余計なものも多すぎる。だがしかし、そういうところも含めて――


 レアはアリッサの肩を優しく叩いた。


「あれは良い先輩なのだ」


 師、環境、友人に恵まれて、人は育つという。

 先輩――師となるか、あるいは友人となるかは知らぬことではあるが。

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