111.海のダイヤは砕けない
「やああああああっ!!!」
裂帛の気合とともに、アリッサちゃんが剣を振るう。
中等部とはいえ、さすが勇者候補生。その洗練された一撃は、ウィルベルにくびったけだったフカビトの後頭部に、容赦なくクリティカルヒット――
カァン!
またしても分厚い鉄を打ったような音が響いた。
「つっ……!」
手がしびれたのか、アリッサちゃんが顔をしかめ、後ずさる。
もちろん、今度もフカビトにダメージはなし。それどころか、分厚い鋼の剣のほうが欠けてしまっている。
「くっ。ならば……。オクタヴィア!」
物理攻撃が通じないなら、とアリッサちゃんが今度は精霊に呼びかける。
アリッサちゃんの呼び出した精霊は、かつて見たウンディーネさんより一回り小さな水の精霊。
まずは牽制のために小さな水の球を、と呼びかける。が、その魔法が完成するよりも早く、
「イヒィィイッ!!」
フカビトがアリッサちゃんにとびかかる。
先ほどと同じく、予備動作が大きなモロバレの動き。だけど、その速度が問題だ。
さっきのウィルベルは、野生の勘でドンピシャのカウンターをとっていた。けれど、アリッサちゃんにそれを求めるのは酷というものだろう。
「あぐっ」
バックステップをして距離を取ろうとするが、フカビトはそれよりも圧倒的に速い。
フカビトの両の腕が甲板の上を這いずりまわり、ウナギのようなにゅるんとした動きでアリッサちゃんを追い詰める。
船上にあるバケツなどの障害物を跳ね飛ばしても、勢いが減退するどころか増していく。その様子はまさに暴風雨。あっというまにアリッサちゃんを追い詰め、掴み、抑え込んで、その上にのしかかる。
口がガパっと開かれ、よだれまみれになったおぞましい牙が迫る。
「ひっ」
フカビトの口は、アリッサちゃんを一飲みにできそうなほどに大きく、簡単にかみちぎれそうなほどに鋭い。
「ふ……ぅっ!」
噛みつかれまいと、アリッサちゃんが顔を真っ赤に紅潮させて、必死で押し返そうとする。けれど、いかんせん質量が違いすぎる。ズタズタにされて、餌食なってしまうのは時間の問題だろう。
おかしいね。
ここにデリシャスなマグロがいるっていうのにね。女子中学生に噛み付こうだなんてね。これは間違いなくロリコン。クレイジーサイコレズ。
「なんて言ってる場合じゃなーい! そうはさせーん!!」
「マグロさん!?」
一人と一匹の間に割り込むぼくマグロ。
アリッサちゃんが驚いたような表情を浮かべるけど、しかし、刮目せよ! このマグロボディの黒光りする輝きを!
クロマグロは通称『海のダイヤ』。
この世界における防御力Bとやらが、どれくらい頑丈かいまだにわかんないんだけど、実はこのマグロボディって、これまで一度も防御を突破されたことがないんだよね。
よくわかんないけど、この世界のマグロはモース硬度10くらいの頑丈さがあるのではなかろうか。
「とぉぅっ!」
タイミングはドンピシャ。
まさに体を挺してヒロインを守る主人公の風格である。
ぐふふ。この戦闘が終わったら、「さすがマグロさん、素敵! 抱いて!」とか言われちゃったりして!
「ふはは。体重200キロの巨体と、高硬度のマグロボディを舐めんなよ! 同じ海のダイヤでもナマコなんかとは違うんで――」
「アアァァ!!」
ガブっとな。
「あひぃンッ!」
舐めるどころか、めっちゃ普通にかじりつかれたぁぁぁぁ!!!
【マグロ豆知識】
クロマグロは高価で、見た目が黒くて、身が赤いため「海のダイヤ」「黒いダイヤ」「赤いダイヤ」という通称をもっています。
ところで、これとまったく同じ通称を持つ生物がいるのはご存じでしょうか。
その名はナマコ。
海の生き物で、見た目が黒くて、身は赤い。ついた通称は「海のダイヤ」「黒いダイヤ」「赤いダイヤ」。
値段のほうもダイヤという名にふさわしく、中国の健康食品ブームもあって超高騰。今では中国の密輸船がやってくるほどに。
ちなみに乾燥黒ナマコは1キロ12万円(2020年6月現在)。