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108.溺れるものはマグロも掴む

 水没したままのウィルベルを尻目(しりめ)に、新たに現れたゴブリンキング2体との戦闘(ドンパチ)が開始される。


 敵の尖兵(せんぺい)はゴブリンキングから分裂した空飛ぶゴブリンミニオンたち。1組3体でレヴェンチカ勢に襲い掛かる姿は、まるで空母から発進した戦闘機のよう。


 対するレヴェンチカ勢はというと、先生を先頭に斜めに一直線に並んだ陣形――雁行(がんこう)とよばれる古風な陣形で迎え撃つ。


 ぱっと見た感じだと、ゴブリンキングのほうが空中での中距離戦に適した戦い方なのだけれど……、

 

「すごい! すごい!」


 闘いの趨勢(すうせい)は火を見るよりも明らかだった。


 まさに無双。

 まさに無敵。


 プルセナ先生が横を駆け抜けるだけで、ゴブリンミニオンたちが蒸発するように燃え尽きていく。


 速度が違う。魔力が違う、技術が違う。

 そういった基礎能力が桁外れなのは間違いないんだけど、なによりも。


「ミカ、いまの見た?」


「うん。見た」


 表現力、とでもいえばいいんだろうか?

 そのしぐさを見るだけで、誰に何を指示し、要望しているのかがわかってしまう。


 ――例えば、アミティ先輩がちょっと無謀に突っ込もうとしたとき。

 もしもぼくたちだったなら身を(ていして守りに行っちゃうタイミング。あるいは大声を出して注意をうながす場面だ。でも、先生がやったことといえば、


 くるりん


 バトンを回すように手首で剣を回転させる。たったそれだけ。

 アミティ先輩の視界のギリギリ端。敵が来ないと思っていた意識の外側に予期しない動きを放り込むことで、散漫になっていたアミティ先輩の警戒心を呼び起こす。

 

 ――例えば、牽制のために撃っている火球の魔法。

 ひとつ。ふらふらと揺れて軌道が読みにくい火球は、まだ未熟な生徒を危険地帯に寄せ付けないためのもの。

 ひとつ。ゆっくりと回転しながら飛ぶ火球は、生徒たちの視線の動きを渦の向かう方向へと導くためのもの。

 牽制のためだけじゃない。先生のありとあらゆる行動には”意味”があふれている。


 そうして、生徒たちは自分たちが突出しすぎていることに気づいたり、ゴブリンミニオンたちの隙を見つけたりしていく。まさに教師の為せる業。


「すごい……」


 先生の何気ない動作のひとつひとつに”意味”を見つけるたびに、そのすごさがわかっていく。

 さらに特筆すべきは、愛弟子であるクァイスちゃんとコンビネーションだろう。

 アイコンタクトひとつで息のあった動きを見せ、ゴブリンミニオンたちを駆逐していく姿はまさに圧巻。


「おおぉ……」


 最前線で戦うクァイスちゃんを見てウィルベルが感嘆のため息をつく。


 無駄なくぴたりと止まる剣先。

 切り込む姿は鋭く、使役する精霊の炎のように激しい。

 そして、彼女が通ったあとには悪は滅されて残らないという苛烈さ。


「前に試合で戦ったときよりも強くなってる!」


 しかもそれだけじゃなくって、ゴブリンキングとの闘いのなかですら自分なりの動きを模索しているようにも見受けられる。

 彼女の強さというのは、才能やレベルなどといった表面上のもののみならず、そういった試行錯誤と経験の積み重ねに裏打ちされたものなのだろう。


 そんな闘いを見せられて脳筋ゴリラ(我がご主人様)が我慢できるはずもなく。


「ミカ! うちもあそこに!」


 そうだよね。ウィルベルはああいうの好きだよね。


「でもノーサンキュー!」


「ナンデェ!?」


「なんでって……。自分の姿を見てごらんよ」


 頭から海に突っ込んで頭のてっぺんから足の先までびしょ濡れ。

 ウィルベルってば紙のような防御力を回避力でなんとかしてるタイプなので、これは致命的。

 制服は魔獣の攻撃を防ぐために厚手に作られている。水を吸うと、めっちゃくちゃ重くなるのだ


 楽勝(らくしょう)そうに見えるけれど、ゴブリンミニオンだってかなり強いからね。なので、ずぶぬれのウィルベルが出る幕なんてナッシング!


不要(ふよう)無謀(ふぼう)な戦いはダメ。絶対!」


「ぐぬぬ」


 ウィルベルはあきらめきれないという顔で見るけれど、


『精霊さんの言う通りですよ。ウィルベル、あきらめなさい』


「……アーニャ先生」


 先生からも通信でダメ押しされて、がっくりとうなだれる。


『あなたはそのまま船で待機していること』


 それと同時に、水没したウィルベルを回収しに、モジャコがこちらに向かってくる。

 船から縄梯子(なわばしご)をおろしてくれたのはアリッサちゃん。どうやら彼女もお留守番であるらしい。


「そんなにずぶ濡れになって……。体調管理も学業のうちですよ、先輩」


「う、めんぼくない。……ぶぇっくしょい。ばーろーなんよ」


 んま! お下品! 風がウィルベルの鼻孔(びこう)をくすぐったのか、盛大なくしゃみとともに鼻水をすする。その姿はとてもじゃないけどヒロインに見えなくって、ただの野生児である。

 んもう! モジャコに居残りしてるレアさんも(あき)れたように笑ってるんだけど! 契約してる精霊として恥ずかしいよ。ぼくは!


「うう……。そんなん言うてもしゃーないんよ。生理現象なんやから」


 なんて、ウィルベルが口をとがらせて縄梯子(なわばしご)を上ろうとした――そのときだった。


 ぐわしっ。


 ウィルベルの足首をつかんだのは真っ黒な……手?

 魚や爬虫類のものではない、しっかりとした人間の指。


「ひぇっ!?」


 思わずウィルベルが悲鳴を上げる。でも海中から現れた手はウィルベルの驚きを意に介した様子もなく。


 ぎゅううううう……。


 ココナッツすらも握りつぶせそうな握力でウィルベルの足首をぎゅーっとつかむと、水の中に引きずり込もうと凄い力で引っ張ってくる。

 え? なにこれ? まるで夏の海でよく聞く怪談(かいだん)みたいな……って、


「ぎゃあああああ!! おばけえええええええええ!?!?」


 やめて! ぼく、幽霊とかそういう怖いやつ苦手なんだけど!!!


「あわわ。ミカ、たすけてー!」


 ひきずりこまれまいと、ウィルベルがぼくをつかむけれど、あばばば。ほんとにすごい力なんだけどおおお!!!

 このままじゃ、海の底につれていかれちゃって、土左衛門(ドザエモン)になっちゃう!


「お、お、おおおおちつくんよ、ミカ! マグロは海の生物やから引きずり込まれても大丈夫なんよ!」


「海って言っても、ここの水って淡水(たんすい)だからね!? マグロ的にはノーサンキュー!!」


 あばばばば! いきなり何が起こってるのおおおおおお!?!?


 ぎゅうううううう……っ!


 ぼくとウィルベルがパニックに陥っている間にも、腕は容赦なくひきずりこもうとしてくる。

 中トロモードとほぼ同じ強さの腕力って、この世界の幽霊ってパワフルすぎない!?


 引っ張り合いは一進一退で膠着し、


「ウィルベル先輩。手を!」


 アリッサちゃんの加勢によって、一気にぼくらに有利に!


 ざまぁ! 幽霊ざまぁ! ぷっぷくぷー。こうなったら幽霊なんて怖くないもんね! ウィルベル、逆に釣り上げてやろうぜ!


「ミカはまたすぐに調子に乗って……。でも、せやね。――どっこいしょおおおおおお!!!」


 ざばぁっ!


 気合一閃。ウィルベルが蹴り上げるように幽霊を釣りあげる。


 湖のなかから現れたその正体は――真っ黒な髪を水に濡らし、真っ黒な衣服を身をまとった女の人!

 その顔を見てウィルベルが驚きに目を見張(みは)る。

 有名ホラー映画の悪霊(ブラックバージョン)っていうのがわかりやすいかもしれない。


「あなたはさっきの……塩水の民(クロラド)の!」


 逃亡に成功してたのかと思いきや、あの光線に吹っ飛ばされてここまで流れ着いていたらしい。


「よかったんよ。無事で――」


 レヴェンチカと仲が悪いとはいえ、そこは人間同士。

 まずは生きてることを喜んでから、やらかしたことに対してしばらくクサいメシを食べてもらおうと――


「ウガァッ!!!」


「げぶぅっ」


 女の人はウィルベルに向かって獣のように突進! ウィルベルのどてっぱらに打撃を食らわせ、吹っ飛ばす。

 そして空に向かって、獣が遠吠えするように、


「アアアアアアアアアアアアアア!!!」


「っ!!!」


 人間のものとは思えない甲高い声に、甲板にいたアリッサちゃんも思わず耳を塞ぐ。

 あわわ。幽霊じゃなくて安心してたら、悪霊に憑りつかれたみたいになってるんだけど!?


 いったい何が起きてるの!?


 その理由を教えてくれたのは、周囲にただよう暢気(のんき)なゴブリンたちだった。


『あー、これはあれですな』『そですなー』『汚染されてますがな』『えんがちょ』『ばっちぃ』


「汚染!? 人間も汚染されちゃうの!? なにそれこわい」

【マグロ豆知識】

『溺れる者は(ワラ)をも掴む』というのは有名なことわざですが、溺れたときにマグロを掴んだ物語が『ピノキオ』。


原作では、巨大なサメ※のお腹のなかで出会ったピノキオとマグロおよびゼペットじいさんは協力して脱出します。

そしてその後、脱出後に溺れているピノキオを救助し、助けて町へと送り届けることになるのです。

(翻訳版ではマグロの出番はカットされることが多いようです)

※原作ではキノピオたちを飲み込むのはクジラではなくサメ。

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マグロ豆知識補足はこちら
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