107.次代の輝き
※主人公の活躍まであと2話ほどお待ちください
とうっ、と陽光を背に飛ぶ人影。
まるで戦隊モノに出てくるヒーローのように、回転とひねりを入れながら舞うのはもちろん――
「ふはは! 若者の活躍を見ると心が踊ってしまうな!」
水着姿のプルセナ先生!
さすが元勇者なだけあって、美味しいところをもっていく人である。
「おおおお! かっこいいんよ!」
「そうだろうとも! そうだろうとも! ふはは!」
先生は笑いながら、そのまま着地しようと足を地面に向け……って、あの人どうする気なの……?
いまぼくらがいるのって、湾港のどまんなか。
落下点はでっかい水たまりなわけで、着地する地面なんてないんだけど……。
でも、その杞憂は無用であったらしい。水面に足が触れた瞬間のことだった。
「ぬんっ!」
しゅばばばばば! と水しぶきを上げながらすさまじい勢いでゴブリンキングに向かって走りだす。
「ぶー!? なにあれ!? なんで水面走ってるの!?」
はわわ。新種の妖怪!?
って、一瞬だけ思ったけど、よく考えたらここって異世界ファンタジーな世界だしね。
よく考えてみたら魔法で水面に浮くことくらい簡単なのかも――
「うむ! 後学のために説明しておこう! 右足が沈む前に左足を出し、左足が沈む前に右足を出す。これを繰り返せば、水面を走ることくらいお茶の子さいさいなのだ!」
「まさかの脳筋理論!? この世界、女性の皮をかぶった脳筋ゴリラ多すぎない!?」
先生がブイサインを出し、お茶の子さいさいアピールするけれど、そんなの絶対おかしいよ!?
「驚くのはまだ早いぞ。――ヴルカヌス!」
プルセナ先生がその名を呼ぶは、最上級の炎の精霊の一体、ヴルカヌス。
さっき、ゴブリンキングに向けて炎の魔法を放った精霊は、呼び声に応えてウウゥゥンと唸る。
プルセナ先生が「うむ」とうなずき、指輪にしている魔法宝石を撫でた。
「精霊の衣!」
プルセナ先生が言うと、精霊が輪郭を失ってどろりと溶け、魔法少女の変身シーンよろしく、水着姿の先生にまとわりついて、鎧のようなものを形作っていく。
「おおお……」
そういえば精霊の衣って何度か見たけど、構築されていくのを見るのって初めてかも?
よし! せっかくなのでここは勉強させてもらおうかなー、なんて……
「……あれ?」
その直後、目の前で繰り広げられる水着美女の変身シーンを見て、ぼくは首をかしげた。
「どしたんよ?」
「うん。なんか思ってたのと違うな、って……」
なんて言ったらいいのかな?
勇者さんの精霊の衣って、中トロモードの延長だと思ってたんだけど……なんか違う感じ?
中トロモードの場合はひたすら身体強化魔法の出力を上げていって、あふれた魔力が薄い膜になっているんだけど……。
こっちは完全に初めから精霊の衣を作るための魔力として放出されてる感じ?
しかも、初回の魔力消費量は激しいけれど、一回構築しちゃうと中トロモードほど消耗は激しくなさそう。
むむむ。これはいかん。
ぼくのレベルが上がれば魔力量が増えてどうにかなると思っていたのだけれど、どうやらそういうものでもないらしい。
でも、消耗は激しくなさそうって言っても、その力は本物だ。
「すごい……」
その姿を見てウィルベルがつぶやく。
色は真紅。姿を見ただけでわかる強さ。精霊の衣をまとった先生から感じる"圧"はまさに選ばれし英雄そのもの。
ぼくらの中トロモードなんて及びもつかない、世界を守護するための力。
これが、世界の守護者。勇者さんの精霊の衣!
(なるほど)
ぼくは思わずうなってしまう。
災害レベルの魔獣が赤潮のごとき沸いてでても、この世界の人たちは決して絶望したりなんてしない。
なぜって? それは、すぐさま勇者が来てくれて、どれだけ強大な敵であっても倒してくれるって絶対に信じているから。
「ヌオオオオオン!!!」
でも、敵もさるもの災害レベル3。
さっき燃やされた部分の再生が終わったゴブリンキングは、勇者の圧倒的なパワーにひるむことなく、口腔に魔力光をチャージし始める。
対するプルセナ先生はまっすぐに水面を走る。
その軌道は避けようという素振りすらなく、一直線!
「ヌオオオオオン!!」
カッ!
放たれたるは、さきほどぼくらが必死に弾き返した熱光線。
でも、先生は完全に余裕の表情のまま、まるでスローモーションのように、ゆっくりとその腰に佩いた剣に手をかける。
「ハァっ」
熱光線に向けて剣を抜き放った。
先生がおこなったのは、たったそれだけの動作だった。
「ヌオオオオオオオオっ!?!?」
直後、熱光線が真っ二つに割れた。
のみならず、その剣撃は空間を切り裂いてゴブリンキングの口腔にまで届く。
再生したばかりの頭を、ふたたび真っ二つに叩き割って、さらに断面ごと燃やし尽くす。
「お、おおお……!?」
なにあれ、公式チート!? 強いとかってレベルじゃねーぞ!!
本気で戦えば、めっちゃ強いっていうのはわかっていたけど、あれを一撃で!?
「すごい! すごいんよ!」
なるほど。これが勇者!
ゴブリンキングが燃え尽きていく姿を見て、ぼくはまたしても納得してしまう。
この世界で、現役の勇者として活躍しているのは約100人くらいだっていう。
話を聞いたときは、「勇者って言う割には、けっこう多いんだなー」って思ったけれど、よくよく考えてみたらこの世界って人口60億、全世界の国家数500のなかから厳選された100人なんだよね。
おおよそだけど、割合的に言うなら、日本くらいの大国でようやく一人くらいの存在。
そんでもって、勇者でしか倒せないような災害級の魔獣がバンバン現れるのがこの世界なわけで……。
さらに言うなら、このプルセナ先生の目に傷をつけた魔獣がいるような世界なわけで……。
「「ヌオオオオン!!!」」
「ほほう。今年は大きいだけでなく数も多いようだ」
プルセナ先生が楽しそうに笑う。
見つめる先は世界樹の塔の入り口。
そこには新たに2匹、ゴブリンキングがその姿を現していた。
これが当たり前の光景だって言うんだから、現役の勇者な人たちって過労死レベルで忙しいんじゃないかな? なんて思っちゃう。
引退した身にも関わらず、プルセナ先生がこうやって出張らなきゃいけないほどに、この世界には危険に満ち溢れているのだ。
そして、
「――先生。お待たせしました」
「うむ!」
空から響いた声にプルセナ先生は満足げにうなずいた。
その声の主はクァイスちゃん&モジャコに乗り込んでいた生徒たち。
振り向くと、あれだけいたゴブリンミニオンたちはことごとくが壊滅させられて、水面にその残骸をさらしていた。
この世界の人たちが絶望しないっていうのは、こういうところなんだろうな!
――昔はゴブリンミニオンですら勇者さん以外じゃ太刀打ちできなかったらしいけれど、いまは勇者候補生や生徒たちでも倒せるようになってきているという。
だから、人々は明るい笑顔を浮かべて生きていけるのだ。
なぜなら、ちゃんと次世代が育っているのを知っているから。
確かに、この世界の生存競争はハードモードかもしれない。でも、人類だってゆっくりとかもしれないけれど、確実に進歩しているのだ。
「……」
眩しいものを見るような目で、プルセナ先生が生徒たちを見まわして……そして、振り返る。
その視線の先にいるのは魔獣。人類の敵。
「さあ諸君! ここからは楽しい楽しい授業の開始だ」
「「はい!」」
「ヌオ……」
世界樹の塔の入り口に姿現したゴブリンキングが、プルセナ先生を――空に居並ぶレヴェンチカの生徒たちを見てうろたえるように体を揺らした。