104.ファンタジア(☆)
「なんじゃ、ありゃああああ!!!」
それはまさにでかいの一言だった。
開いた世界樹の塔の入り口からのっそりと。
「ヌオオオオオン!!!!」
姿を現したのは人間のような四肢をもつ巨人。
とは言っても、生物って感じじゃない。腐った苔でできたドロドロのゴーレムって言えばいいのかな?
大きさは4階建てのビルにも匹敵するほど。
ヌーンヌーンって感じで歩みは遅く見えるけれど、一歩ずつの歩みは大きい。
「なにあれ。めっちゃでかいんだけど!?」
『汚染されたのがきたー』『ばっちいのヤです』『バリア張ったー!』
ぼくの問いに答えてくれたのはマリモたち。
「いやでも、汚染されたって……君たちと大きさ違いすぎない? 別の種類の藻じゃなくて!?」
『ぼくら』『合体して』『形を作りますので』『ゴブリンキングってやつですな』『8匹じゃないけどー』
そういえばマリモって藻の集合体なんだっけ。
合体して大きい個体になるって、某国民的RPGの弱小モンスターみたいだね!
見た目、ぜんぜん可愛いくないけど。
「でもマリモって大きくても30センチくらいじゃん? 目の前のあれ、10メートルはあるんだけど! っていうか、さっきのビームみたいなやつなんなの!? めっちゃ射程距離ありそうなんだけど」
『あれの射程って知ってる?』『しゃーないな。君の知ってる長さで教えたげるわ』『1.3kmや』
「思ったより短い!?」
どうやら、あの熱光線も魔法であるらしく、威力の減衰がすごいらしい。
言われてみれば、根本あたりの威力の高さの割にはこっちには届いてこないし。
そのせいか、先生たちといえば。
「大きさから察するに、今年のゴブリンキングは災害レベル3というところでしょうか」
「今年は涼しかったからな。よくもまあ、成長したものだ」
なんて冷静そのもの。
もしかしてだけど、この世界ってあんなのが普通にいる世界なの?
ウィルベルの故郷が魔獣に襲われたって話もそうだけど、この世界ってば、破滅が日常的に隣り合わせすぎない……?
でも確かに、あんな化け物が、イカに寄生する寄生虫くらいに身近な出来事って考えたら、勇者の10人や20人くらい必要だよね。
「あ。塩水の民の船が……」
逃げるように飛び去って行く。どうやら熱光線は船には直撃はしてなかったらしい。
煙をもうもうと挙げながら、必死に逃げていくのが見えた。
「ヌオオオオオン……」
ゴブリンキングのほうも船にはあまり興味がないらしく、追い打ちをかけようという素振りはない。
代わりと言っちゃなんだけど、ゴブリンキングはずーんずーんと前進して、湖へと入り進む。
ゴブリンキングの進路のその先は――リヴィエラの首都。
歩みを進めるたびに水面に大きな波を立てていて、まるで怪獣映画のワンシーンを見ているよう。
さらには、
(うひぃ。瘴気がすっごい濃いんだけど……)
クラーケンなんかと比べてものにならない濃い瘴気。
ゴブリンキングの表面は腐ったコケなのだけど、その表面を覆うだけでは飽き足らず、周囲の空気や、浸かった水に溶け込んで汚していく。
なんというか……ゾンビ系の感染パニック映画を彷彿とさせる嫌なイメージって言えばわかりやすいのかな?
ゆっくりとだけど広がっていく様子は、『不吉』を具現化したようであった。
ともあれ、いまはそれどころじゃない。
「あかん! このままじゃ……っ!」
ぼくらはリヴィエラの首都港に入港するために街に向かっていたんだけど……。
さっき言ったとおり、世界樹付近の海岸沿いには操業中の漁船がいっぱい。
さっきの熱光線の威力を考えると、ただの漁船なんて木っ端微塵コ! やばいってレベルじゃない。
「おちつけ!」
大きな声であたりを制したのはレアさんだった。
自分の乗ってきた船――リヴィエラの軍船に向かって大きく声を張り上げる。
「これより我らは遅滞戦闘をおこなう。防衛線はここから3キロ先を中心に扇形。よいか」
「はっ! 承知いたしました。すぐに街に援軍を要請いたします!」
レアさんの船に乗っていた副官らしき人が命令を授受し、すぐに行動にうつる。
だけど、
「そんな……」
ぼくは思わずつぶやいた。
ここから3キロって……半分以上の漁船の避難が間に合わない計算になる。
批難するようなぼくの視線に気づいたのか、レア王女は苦渋に眉をしかめた。
「なんだ、不服か。だが、軍などと恰好をつけても、すべての者を救うことなどできないのだよ。理想は現実とは違う」
それはそうなんだけどさ。でもさ。こう……なんというか、ファンタジーな世界――勇者がいたりする世界なんだからもっと夢を見せてくれてもいいじゃない?
意気消沈するぼくに構わずに、レアさんは今度はアーニャ先生に向き合う。
アーニャ先生はというと、ついさっきまでユーリアさんと打ち合わせをしていたんだけど、ちょうど終わったらしく、こちらもレアさんに向き合う。
レアさんの要求は至極簡単だ。
「レヴェンチカの皆様方。申し訳ないが、あなたたちにも防衛線の一端を――」
「はい。お断りします」
でも、レアさんのセリフはアーニャ先生によって断固として拒否された。
「教師殿……。いまなんと?」
まさか断られるとは思っていなかったレアさんが言葉を失う。
アーニャ先生は軽く首を横に振ると、安心させるように微笑みを浮かべた。
「理想は現実とは違う。確かに殿下のおっしゃる通りです。
ですが、殿下。わたしたちは理想を現実に近づけるためにいるのですよ。ユーリア!」
『はい、先生。準備完了いたしました』
艦橋からの返事を聞いて、アーニャ先生は「よろしい」とうなずいてパンパンと手をたたいた。
甲板と艦橋、そして機関室。伝声管や通信機の先で、先生の言葉に耳を傾けるのはレヴェンチカの生徒、総勢42名。
「さて皆さん。世の中には壁があります。可能と不可能という、世の理をふたつに分ける、見えざる壁です」
ミミ先輩の手によるものだろうか。モジャコの浮遊装置がウゥゥンと音を立てて出力を上げ始める。
「状況は目の前にある通り最悪です。大きな壁が立ちふさがっています。ですが、わたしたちは努力してきました」
何をって?
「その壁をひとつずつ、確実に乗り越えていくための努力です」
きっぱりと言ったアーニャ先生は、まるで勇者のように頼もしい。
『では、ここからの操舵はわたし、ユーリアが行います。ミミ。機関室の準備はいかが?』
『アイアイ・ユーリア。機関室総員! ここからは全力以上だ! 気合入れていくぞ!!』
そのセリフにアミティ先輩が一瞬だけビクッとする。
いったい何が起こるんだろ?
『まずは。そうね……カットターン、172度』
ユーリアさんの言葉とほぼ同時、モジャコの前方が浮いた――と思った瞬間。
「うわわっ!!」
船が、船尾を中心にぐるっと172度きっかり回転する。
地球では絶対にありえない操船。でも魔法というファンタジーパワーがそれを可能にする。
「な、なにを!?」
盛大にコケたレアさんが悲鳴を上げる。
目の前に広がるは漁船が泡を食って逃げ回る水面。そしてその奥には――
アーニャ先生が堂々とした態度で命令を下す。
「全速前進! 目標、ゴブリンキングの真正面!」
ウウゥゥン!!
モジャコが出力を最大にすると同時、すさまじい加速がぼくらを襲った。