102.ひらく世界樹
次回から戦闘回になっていきます
「君たちがレヴェンチカよりの勇者候補生たちか。この度は我が国への助力、深く感謝する。わたしはレア・メア・リヴィエール。アリッサの姉だ――とは言っても血縁はないが」
モジャコに乗り込んできた王女様――レア・メア・リヴィエールさんは、自己紹介したあと、ぼくたちに気さくに握手の手を差し出してきた。
鋼鉄を鍛えたようなビシッとした背筋。強い意思をたたえた瞳。
身にまとう鎧は、美しい金の装飾が散りばめられているけれど、だからと言ってそれが動きを阻害することはない。
いざとなればペキっと折れそうな装飾は、戦国時代の鎧のよう。まさしく実戦のために作られた証拠というべきだろう。
普段は静かな威厳をたもちながらも、いざとなれば一気呵成に相手を攻めたてる。
まさに王族。動物に例えるならライオンの風格である。
とはいえ、
「どうしたアリッサ? 久々に会った義姉があいさつしているのだ。『おねーちゃん、会いたかったよー』とホッペが摩擦熱で溶けるくらいに頬ずりしながら甘えてもいいのだぞ?」
ふふふと人懐っこい笑顔を見せながらアリッサちゃんをからかう姿は、大型のネコ科の動物を思わせる愛嬌に溢れていた。
この世界の貴族さんは戦うことが義務になっているせいか、気さくな人が多い気がする。
「(ねえねえ、アリッサちゃん。血縁がないってどういうこと?)」
「(はい。レヴェンチカからスカウトがあった際に、王家の養子となっているのです。とは言っても継承権があるわけではないのですが)」
いわく、幼年期に勇者候補生となった子女を、その島の権力者が養子に迎えるというのは、よくあることなんだとか。
レヴェンチカにスカウトされるのは2歳だっていうんだから、究極の青田刈りである。
エリートってのも色々と大変だなぁ、って感心していると、ぼくたちの会話に気づいていたレアさんが苦笑しながら肩をすくめる。
「優秀な人材に手元に残ってもらうための苦肉の策といったところだな。それで郷愁が強くなってくれれば儲けもの、といったぐいの」
「いえ。経済的な援助だけでなく、政治的な配慮もいただいております。感謝をしております」
なるほど。レヴェンチカの生徒って基本的にみんな貴族だしね。ある程度ハッタリを利かす必要があるのかもしれない。
でも、レアさんはその優等生じみた返答に不満だったようで、「なんともつまらん答えだな!」と言い放つと、アリッサちゃんをぎゅっとだきしめた。
「お、お姉さま。なにを!?」
「うむ。簡単なことよ。祖国に郷愁を抱いてもらわねばならんので、こうしてお姉ちゃんエキスを注入しておるのだ。言っておくが、これは国家的な利益のためにやっているのであって、邪な思いがあるわけではないぞ」
言ってギューッと力強くハグ。抱きしめられたアリッサちゃんのほうは憮然としながらもされるがまま。
「やめてください。恥ずかしさで死んでしまいます」
なんて言ってるけど、女の子が2人で絡み合う姿ってとってもいいと思います。
じゃれあう二人は、どこかぎこちないものの、なんだかんだ言って仲のいい姉妹らしさに溢れていた。
……それにしても、レアさんの立ち姿って、なんというか凛々しさと高貴さがあいまってなんというか。
「ふぅ。」
ぼくはため息をついた。見てるだけでごちそうさまでしたって感じ。
(……ミカってばなんかおかしくなってない?)
ウィルベルがドン引きするけど、だが、ひかえおろう! 相手は王女様で騎士様。すなわち、姫騎士様であらせられるのだぞ!
(え、でもだって……ベルメシオラちゃんはお姫様どころか女王様やったし、リンネちゃんやクナギさんも皇女殿下やし、リーセルは王子様なんよ?)
バカ!!
ぼくはウィルベルを叱りつけた。
そんなのと姫騎士様はぜんぜん違うんだい!! 男の子ならみんな大好き! 「くっ、殺せ」とか言っちゃう感じの姫騎士さんはね! とっても特別な存在なんだ!
ビバ! 異世界ファンタジー! ひゃっはー! ぼくはきっとこのためにこの世界に転生してきたのだ! さっさとオークさんとか出てきてどうぞ!! マリモなゴブリンなんて空のかなたにぽーい! で。
「ミカ……」
「やめて。エラに手を突っ込んで奥歯をガタガタ言わせようとしないで」
そんなぼくとご主人様とのスキンシップを見て笑ったのはレアさんだった。
「おお。そういえば君たちのことも聞いているぞ。……なるほど。レヴェンチカから送られてきた資料には奇天烈な存在だという書いてあったが。確かに、これほどまでに精霊が自律して行動するのは珍しい」
言って、ぼくに向かって手を伸ばす。
ええ! 姫騎士様じきじきにぼくにご褒美でもくれるのかな!?
レアさんはぼくをぎゅっと抱きしめ――って、え? いやん。そんな真昼間から大胆な……。
その手がぼくの第二背ビレに触れる。
あんっ! らめぇ……。みんな見てる。
きゅっと細い腰が押し付けられて、鎧越しに感じるのは、スレンダーながらもしっかりとした肉付きの胸が――
「ぬん!」
「じびぇ!?」
突然の鯖折り!
「ちょ!? え!? 確かにクロマグロはサバ科だけど……どういうことぉぉぉっ!?」
ぐえー……口からネギトロが出そう。
ぼくがぴくぴくと地面に弱々しく横たわると、さすがにレアさんも勘違いに気付いてメンゴと謝罪。
「すまぬ、マシロ様からの追伸に書いてあったのだ。そなたはプロレス技をかけられると喜ぶと」
あ の 女 神 の し わ ざ か!
「ファッキンシット! あのクソ女神! 今度会ったら絶対に泣かす!!!」
ぼくが怒りMAXでびたーんびたーんとしていると、アリッサちゃんが首をかしげた。
「――しかし、お姉さま。このような場所になぜ? わざわざ出迎えに来たわけではないですよね?」
アリッサちゃんの問いに、レアさんは「うむ。実は――」とうなずいて世界樹のほうを指さすと、
「怪しい船が世界樹のほうに向かったと報告があってな。一応ではあるが、念のために巡回に来たのだ。世界樹が開くまでにはまだ多少の時間があるとはいえ、下手に刺激をすると何が起きるかわからんのでな」
「怪しい船……ですか?」
言われて全員で世界樹の方角を見るけれど……うーん? ここからじゃ漁船がいっぱい操業しているだけで、見るからに怪しい船は見えないけど。
っていうか、世界樹が開くってどういうこと? 花でも咲くのかな?
「うーん。見えんなぁ。――ミカ」
「おうともさ!」
ていっ! と槍投げのように放り投げられるぼく。そしてスキル『空中制動』発動!
一瞬だけ、空中でストップした間にウィルベルを背中に乗せて、上空へと舞い上がり、
「……うーん? 上から見てもやっぱりよくわかんないや」
そのまま、空から世界樹のほうも眺めるけれどそれっぽいものは――
「いた! 先生、あそこ!!」
言って、ウィルベルが指さしたのは地上。世界樹の根本。
えぇ……。あそこに船があったとしても、ここからじゃ豆粒程度の大きさにしか見えないんだけど。
船の上のアーニャ先生もまさかという表情で、
「と言っているのだけど……。ユーリア、何か見える?」
『少々お待ちください。……はい、いました。望遠鏡でなら薄っすらと。おそらくですが、塩水の民の船です。先生』
「ウィルベル、あなた裸眼ですよね……?」
艦橋からの返答に、さすがのアーニャ先生も感心半分、呆れ半分。
「でも……なにやってるんやろ?」
構わずにさらにその船を凝視するウィルベル。
視界を共有すると、なるほど確かに塩水の民の黒い浮遊有船が1隻。
それと、世界樹の根本に人間が2人?
牧師姿の男の人と、マントを羽織った女の子。
ここからじゃ詳しいところまで見れないけれど、どういう関係なんだろ? っていうか何をしてるのかな?
「世界樹を調べとるんかな?」
「……の割にはちょっと手付きがエロい気が」
ぼくらが凝視している中、牧師は世界樹の幹をナデナデしたかと思うと――おもむろにその根元にぶちゅっとディープなキスをした。
【マグロ豆知識】
相撲の技、鯖折りは文字通り『鯖を折る』行為が語源。
実際にはサバの胴体を掴み、エラの付け根から頭部分を背びれ方向に首をボキッと折ります。
相撲技じゃないほうのガチの鯖折りじゃなかったら主人公が死んでるところでした。
この世界は主人公を即死させるトラップがたくさん仕込まれています。