10.赤身と醤油の関係
「ふぅぅぅ……」
息を薄く吐く。ぼくとウィルベルの心臓の鼓動がシンクロしていく。
ゆっくりとアクセルを全開にしていく感覚。
さっきまでは幼女を気に留めてなきゃダメだったのでブレーキをかけていたんだけど、その心配はもうない。
心がさらに深く、濃く、通じ合っていく感覚。
さっきまでのぼくらは薄口醤油のようなあっさり目。いまのぼくらは溜り醤油のような、動脈硬化待ったなしの塩分濃度って言えばわかりやすいかもしれない。
「その例え、ぜんっぜんわからんのよ……」
「うっせえバーカバーカ! せっかくきれいにまとめようとしてんのに、変に話の腰を折らないでください!」
「そんなん言うてもわからんもんはしゃーないんやん!」
「でも、そういうのは思ってても、言わないのがこういう場面のお約束じゃないの!?」
「ぐぬぬ……」
「ぬぬぬ……」
司祭の嘘つき! どこが一心同体なのさ!? ぜんっぜん心がひとつにならないじゃん!!!
「でも――」
ぼくらは笑いあった。
「そやね。それくらいでちょうどいいんかもね」
うん。たぶん、それくらいでちょうどいい。
赤身を引き立てる醤油のように、違う味があるからこそ相互作用で美味しくなっていくのだ。人と精霊ってやつは。
「エギィィィィ!!!」
バヂバヂバヂィ!
そんなぼくらを前にクラーケンが吠える。体中に雷を帯電し、バヂバヂと不吉な音を鳴らす。
まるで向こうも「ここからが本番だ!」とでも言いたさそうな立ち姿である。
「ミカ!」
「おうともさ!」
ウィルベルがぼくを振りかぶりながら、クラーケンに向かって甲板を蹴る。
「おおおおおお!!!!」
いままでのなかで最も速い加速。
だけど、相手も死の間際。火事場のクソ力を発揮する。
「エギィィィィ!!!!」
速い! さらには雷の魔法もその身に宿しているので威力がけた違いに上がっている。
触れたら即死しそうなほどの電圧を感じるけれど、だからと言ってぼくらは臆しはしない。
クラーケンの攻撃をかいくぐって――
「どっせえええい!」
ごすっ!
まずはジャンプしながらのウィルベルのヤクザキック。めしぃっと確実な手ごたえ。
お次はぼくの番。床にびたーんと跳ねて、その反動で空中にいるウィルベルの態勢を整える。と同時にその手を離れて地面をゴロゴロと転がってから、
「とうっ!」
甲板を尾びれで跳ねて、ウィルベルのほうを向いているクラーケンの目に向かってパクっと食いつく。
でも、うひぃ! 食いついたまま振り回されるぅぅぅっ!!
「今度はこっちや!」
パニックになって隙だらけになったクラーケンの急所にウィルベルのかかと落とし!
そして、一瞬だけ動きが止まったクラーケンにぼくの尾ビレが追撃をかまし、浮いたところにさらにウィルベルの掌底が――
人と精霊によるふるぼっこコンボ。
一心同体の息の合った連携が、途切れることなくクラーケンを打ちのめす。
格闘ゲームにあったら「なにこのクソゲー」って言いたくなるような反撃不能の鬼畜コンボである。
でも、卑怯と言うなかれ! 精霊と人間は一心同体って言ってるから! キャラ的には1体の扱いだから! だからぜんぜんセーフ!
「ウィルベル!」
「おうともなんよ!」
ぼくらは互いに目くばせをして笑いあった。
アイコンタクトどころじゃない、心から通じ合った連携は、ダンスを踊るようでとても楽しい。
すでに全力を振り絞って体力はもう限界。でも、疲れよりも楽しさが勝る高揚感がぼくらの体を突き動かす。
ぼくらはひたすらに即死級の攻撃をかいくぐり、クラーケンと殴りあった。