1.ぼくまぐろ。(★)
基本的にマグロ視点で記述。物語の主軸はヒロインとなります。
ある日、目を覚ますとクロマグロになっていた。
「ぎょーー!? なんっっじゃこりゃああ!!??」
脂の乗ったでっぷりとしたお腹。DHAたっぷりのつぶらなお目目。体型は太短い紡錘形で、横断面は上下方向にわずかに長い楕円形のお魚体型。
どこをどう見ても立派なクロマグロ。体重は200kgくらいかな? 1キロ1万円として200万円くらい? わお。超セレブ!
な、なんて言ってる場合じゃねえ!
はやく動かなきゃ! マグロは泳ぐことで酸素を取り込んでいるので、動き続けないと呼吸ができないのだ!
びたーんびたーん!
跳ねる! 跳ねる! 飛び跳ねる!
だけど、飛び跳ねたところで海もなけりゃあ水もなし! やばい。このままじゃ死んじゃう!
「お、落ち着け、ぼく。クールになるんだ。ひっひっふー。ひっひっふー……」
って、そもそもなんでクロマグロぉっ!? 魚に生まれ変わるなら、せめてシャチに生まれ変わりたかった!
ああ、ダメだ……。混乱していて何を言ってるか自分でもわかんない!
シャチは魚類じゃない……。哺乳類なのだっっ!!!
「何やってんよー?」
突然のマグロな事態に混乱しているぼくに声をかけてきたのは、ひとりの少女だった。
抜けるような青空をバックに、ぼくの顔をまじまじと覗き込んでくる。
金髪の蒼い目。年齢は15歳くらい? リスを思わせる人懐っこい笑みを浮かべる少女。
金髪碧眼って言うと可憐なイメージがあるけれど、瞳の輝きから感じられるのは、どちらかと言うと野生の猫のようなたくましさ。
ファンタジー世界にありがちな感じのひらひらとした服を着ているけど、いまはそんなことどうでもいい!
やったー! 外国人だー!!
よーしよしよし! ぼくは思わず腹ビレでガッツポーズ。
日本人が相手ならお刺身ENDの危機だったけど、外国人なら大丈夫。やつらのクロマグロの消費量は日本人ほどには多くない。
……ちょっと冷静になってきたぞ。
どうやらこのボディ、息苦しい感じではあるけれど窒息死しない程度には酸素は取り込めるらしい。
自重で内臓がつぶれる感じもない。ただちに問題はないっぽい。
問題は、このお魚さんボディが地上活動にまったく不向きなことくらいかな。HAHAHA。
周囲を見る余裕もでてきた。
身体をぐるぐると横に回転させて、コロコロと転がりながら周囲を確認する。
ぼくがいるここは学校の中庭みたいって言えばいいのかな?
春先特有の湿った芝生の匂いが、ちょっとくすぐったい。
向こうには、真っ白な礼拝堂が見える。どう見ても日本って感じじゃないな、これ。
そして、何よりもぼくの目を引いたのは、そこにいるウィルベルと同じような服装をした人々だった。
(まるでファンタジーの世界みたいだな)
赤緑青。周囲にいる少年少女たちはさまざまな光をかたわらに侍らせていた。その様子はまるで魔法使いのようで……。
って……あれ?
ここでぼくはすごい違和感を覚えた。
ウィルベルっていうのは、さっき話しかけてきた金髪の女の子のはずなんだけど……。
(あの娘に自己紹介なんてしてもらったっけ? ――うっぷす!!)
答えが出る前に思考が中断される。
呼吸がつまった理由は、
「やった! ようやく召喚に成功したんよ!」
ぎゅー!
ウィルベルが力強くぼくを抱きしめる。
召喚? 成功?って疑問だとか、おっぱいの感触がうひひ!って低俗な感想が一瞬だけ浮かぶけれど、それも一瞬だけのことだった。
ぎゅぎゅー!
ちょっ!? なにこの腕力!?
ぐふぅ。マグロは確かにサバ科の魚だけど、サバ折りされると死んじゃうの。
うれしいんだけど、誰か助けて!
あ……おばーちゃんが川の向こうで手を振っているのが見えてきた。
でもちょっと待っててね。三途の川って淡水だから海水魚であるマグロにはちょっと難易度が高いんだ。
そんなことをしていると、さらに女の子が一人カムヒアー。
「あら、ウィルベル。あなたは神聖なる『精霊の儀』で何を召喚できたのかしら? わたくしは炎の精霊カーバンクルでしたけど。おーほっほっほ!」
おーほっほっほ、って笑い方する娘、初めて見たんだけど……。
少女の見た目は、わかりやすく言うと、縦巻ツインドリルロールのお嬢様。
ウィルベルと同じく金色の髪。年齢も一緒くらい。ちょっと釣り目気味の目が気の強さを思わせる。
そんな彼女が手に持っているのは手のひらに乗る大きさの小さなネズミ。
カーバンクルって呼んでるけど、なるほど。額に赤い宝石がついてるあたりは、いわゆるオーソドックスなファンタジー生物である。
「まさか実体をもたない下級精霊とか言いませんわよね? いくら脳みそまで筋肉で出来ているとはいえ、わたくしのライバルたるあなたがそこいらの――」
「ルセルちゃん! 見て見て! これ、すっごく大きいの!」
ひょいっとな。
金髪ドリルロールの嫌味をさえぎったウィルベルは、振り向きざま、見せつけるようにぼくのマグロボディを重量挙げみたいにリフトアップ。
再度、言っておくと、ぼくのマグロボディの体重は約200キログラムである。
唖然とするぼくと、ルセルと呼ばれた縦巻ツインドリルロールの少女の目が合う。
――なんですの、これ?
――ほんとになんだろね、これ。
不思議だね。なんでか知らないけど、以心伝心。おんなじ気持ち。
ぼくらが死んだ魚のような視線を合わせて心を通じ合わせていると、
「皆さん、無事に精霊を召喚できたようですね!」
向こうのほうにいた神官っぽい服装をした妙齢の女性が、パンパンと手を叩きながら声を張り上げた。
ルセルちゃんも『精霊の儀』とか言ってたけど……なにそれおいしいの?
ま、まさか……この人たちってば、怪しい宗教にハマってるわけじゃないよね!?
ぼくが警戒心をマックスにしていると、神官っぽい女性が再度、声を張り上げる。
「精霊とは人生のパートナー。自分の分身や恋人のようなものです。よい精霊に恵まれ、ともに成長していくことこそが心安らかな日々を過ごす秘訣なのです。みなさんに女神マシロ様のご加護があらんことを」
……女神? 精霊? ははは。超うけるー。うけるー……。るー……。るー……。
神官っぽい女性の言葉に、ハっと我を取りもどしたルセルちゃんが手を挙げる。
「し、司祭さま! おかしなものを召喚した子がいるのですけれど!?」
「ルセルさん。報告はしっかりとなさい。どのようにおかしいかをちゃんと――」
いやん。そんなおかしいものを見るような目でぼくを見ないで。
「……」
リュシー司祭は一度目を逸らして……5秒くらい空を見上げた。
そして、首を横に振りながら、ウィルベルにリフトアップされたぼくを再度、見た。なのでぼくは答えてあげた。
「いえーい。みんな大好き、ぴっちぴちのクロマグロです。キラッ☆」
「あの……ウィルベルさん? これは?」
「うちの精霊やよ?」
ルセルちゃんやリュシー司祭のいぶかしげな反応が心底から不可思議、といわんばかりに首を傾げ、ウィルベルがぼくの額を触れた。
触れられた額から魔法陣が浮かび上がって、空中に文字が投射される。
種別:精霊
個体名:ミカ
レベル:1
攻撃:E
守備:B
魔力:E
攻撃補正:E
守備補正:E
魔力補正:E
スキル:なし
総合ランク:E
所有者:なし
やったー。種別『精霊』って書いてるから間違いなくぼくは精霊なのである。たぶん翻訳ミスなんじゃないかなって思うけどね!
「そ、そうですか……。では契約を……」
とにかく、その文字を見てリュシー司祭は思考を停止したらしい。額を押さえてよろめきながら言うのが精いっぱいだった。……って、契約?
と思った瞬間。リフトアップされていた肉体が持ち直される。ぼくのエラの部分をがっしり掴んで、顔と顔が近づく。こ、この体勢はま、まさか……っ!?
ま さ か、このまま丸かじりする気なんじゃ!?
「誰か助けて! 生のままで死にたくなーい!! せめてこんがり焼いて召し上がってよぉぉっ!?」
じたばたじたばた。
そんなぼくの怯えに反して、ウィルベルはマグロボディを優しく撫で、そして言った。
「我が名はウィルベル。我は常世の善を成す者。世の悪を裁く聖なる君に永遠の祝福を」
そして唇が触れた。
――キスがありましたか?
はい。ありました。