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第19話『冷たい鉛空』

 中学時代、女性への好意を抱いていたのが発端で、伊織はいじめに遭っていた。そのことが原因で一時期は不登校だった。


 伊織からその話を聞いてから、心も体も重くなっていた。

 伊織が家に帰って、1人の時間になってからも、僕はこれからどうすればいいのか悩み続けている。


 僕の心は女性なのだと伊織にカミングアウトをすべきなのか。

 それとも、男として生きていて、そんな僕を大好きでいてくれる今の状況に甘えてこのまま生活し続けるのか。


 もう言ってしまおうかと、何度もスマートフォンを手に取ったけれど、そうしても伊織は僕が女だと信じてくれないかもしれないし、女だと信じても伊織の心を傷つけるだけのような気がして。結局、伝えることはできなかった。


 明日から、伊織とどうやって接すればいいんだろう。夜通しそんなことを考えても、答えを見つけることはできなかった。




 4月17日、月曜日。

 今日の空模様は曇天。新年度が始まってからは快晴か、多少雲がある程度があったのに。

 朝食のときにとても濃いブラックコーヒーを飲んだけれど、飲んだときに苦味によって若干目が覚めたくらいで、学校へ向かおうと家を出たときには強い眠気が復活してしまう。僕は今日、ちゃんと学校で過ごせるのかな。


「千尋、おはよう!」

「……おはよう、伊織」


 今日も伊織はとても元気で可愛らしい笑みを浮かべている。

 あんな形でも伊織のことを好きだと自覚すると、彼女がこれまで以上に可愛いと思える。伊織絡みでこんなにも悩んでいるのに、伊織本人の笑顔を見ると安らぎを得ることができる。それだけ伊織のことが好きなのだろう。

 ただ、そんな自分でいいのかと思ったら、胸が締め付けられてしまうけれど。


「千尋、どうしたの? 何か、元気がないように見えるけれど……」

「あっ、えっと……」


 伊織に性別のことでカミングアウトしようかどうか悩み続けて眠れなかった……なんてことは言えない。


「昨日は珍しく、全然眠れなかったんだ。普段は寝付きがいいんだけど、たまーに全然眠れない日があって。数えるほどしかないんだけれどね」


 それは本当のことだけれど、全然眠れない日でもこれまでは2時間くらいは眠ることができていた。昨日みたいなことは初めてだ。


「そうなんだね。私は基本、ふとんに入ってから10分くらいで寝ちゃうな」

「それは……とてもいいことだね」

「じゃあ、今日は無理しない方がいいね。気分が悪くなったら、すぐに保健室に行こう。そう思えば、少しは気が楽になると思うよ」

「……うん」


 今日も伊織と手を繋いで学校に向かって歩き始める。ただ、伊織は僕を気遣ってくれてなのか、普段よりも遅い速度で歩いてくれている。


「今日は後ろから千尋のことをしっかりと見ていてあげるね」

「……それは心強いよ」


 伊織が後ろの席で良かった。授業中に伊織の姿が見えると、より彼女のことを考え込んでしまいそうだから。それに、伊織にどういう表情を見せてしまうか分からないから。


「それにしても、今日は曇りかぁ。雨は降らないみたいだけれど、陽が差さないとちょっと肌寒いよね」

「うん、そうだね」


 陽が差していると温かくて眠ってしまいそうだから、今日みたいに寒い方が個人的にはいい。それに、今もこうして伊織に本当のことを明かさない僕に温もりなんていらない。特に、伊織からは。

 そんなことを想いながら、僕は伊織と一緒に学校へと向かうのであった。



 幸いなことに、今日はずっと教室での授業だった。

 授業中、僕は板書をノートに写すことだけをやっていて、たまに窓から鉛色の曇り空を眺めていた。眠気はあったけれど、板書を写すことに集中したので、授業中に眠ってしまうということはなかった。もちろん、伊織について悩むことも。

 無事に今日の授業を終えて、後は終礼をするだけになった。


「千尋、何だかんだで大丈夫だったね」

「そ、そうだね」

「でも、今日は家に帰ったらゆっくり寝た方がいいと思うよ」

「そうするよ」

「約束ね。私、お手洗いに行ってくるね」

「うん、いってらっしゃい」


 伊織は教室から姿を消す。彼女が側にいないだけでほっとできてしまう自分が悲しい。


「沖田、寝不足なのか? 今日はずっと顔色が良くなかったけれど」


 緒方には何も話さなかったけれど、どうやら今日の僕の様子を見ておかしいと思ったようだ


「昨日、全然眠ることができなくて。時たま、そういう日があるんだけどね。ずっと教室での授業で良かったよ。板書を写して眠気を紛らわしてた」

「そっか。寝不足だけならいいけれど、実はお前、何かで思い悩んでいるだろ?」


 緒方は真剣な表情をして、僕にそう言ってきた。


「……そう、見えるか?」

「ああ。もっと言えば、神岡絡みじゃないかって思ってるよ。だから、神岡がいないときを待っていたんだけど、結局、終礼直前になっちまった」

「……凄いな、緒方は」


 伊織絡みで何か悩んでいると分かってしまうなんて。もしかして、伊織にも僕が何か思い悩んでいると感付かれているのかな。


「10年近くもお前と付き合っているんだ。沖田に何かあったんじゃないかってことはすぐに分かる」

「……そっか」


 これまで、まるで自分と伊織の2人しかいないような感覚で考えていたけれど、まずは第三者に僕が女であるとカミングアウトするのも一つの手か。カミングアウトしても一番大丈夫そうなのは……やっぱり、緒方だ。


「な、なあ……緒方」

「うん?」

「……明日の放課後、緒方に話したいことがあるんだ。場所についてはまた追って伝えるから。あと、このことは誰にも言わないで欲しい。特に伊織には」


 今すぐには、僕が女であると話す勇気が持てない。だから、明日の放課後までにどうにかして勇気を持たないと。


「分かった。このことは秘密にしておく。ただ、明日の放課後に無理して言おうとしなくていいからな。俺はいつまでも沖田の言葉を待ってるよ」

「……ありがとう」


 まるで、緒方には僕の考えていることがお見通しのように見えた。実際には、内容までは分かっていないだろうけど、僕が深く思い悩んでいて、なかなか言い出せないということは感付いているようだ。



 それから、カミングアウトをするのは緒方だけがいいのか。それとも、他の人にも話した方がいいのかどうか考えた。

 その末、中学時代の伊織を知っている瀬戸さんと、レズビアンを公言している天宮先生の3人にカミングアウトすることに決めた。

 3人にはそれぞれ明日の放課後に大切な話があり、伊織には教えないでほしいと伝え、天宮先生には4人で静かに話せる場所を儲けてほしいと頼んだ。



 それから程なくして、天宮先生から場所の確保ができたという連絡が来たので、明日の午後4時半に個別自習室で話すことに決まったのであった。

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