白狼と冬の女王様
王さまはこまっていました。
春、夏、秋、冬、それぞれの季節をつかさどる女王さまがすまうその王国。それぞれの女王さまが、それぞれの季節ごとにかわるがわる塔へとすまうことで季節がめぐってきていたその国に、今年は春がおとずれません。
なぜなら、『冬の女王さま』が塔から出てこないのです。
いつまでたっても出てこない冬の女王さま。おかげで王国はいつまでたっても冬のまま。
お城どころか街までも一面まっしろけの雪だらけで、みんな寒くて外にも出られません。
このままじゃ食べる物もなくなってしまって大変です。
こまった王さまは国中に助けてほしいとよびかけました。
誰でもいい。誰か冬を終わらせてほしい。終わらせた者には好きなものを何でもあたえよう。
その言葉に人々はがんばって歩きます。
冬が終われば、好きなものが何でももらえる。
何をもらおうかな?
にこにこ陽気に唄なんて口ずさみながら塔まで一直線。
……ですけど、やっぱりさむいものはさむいんです。
歩きはじめてしばらくすると、ぶるぶるがくがく、はなみずずーるずる。
ついには足がずっぽり雪へとはまってしまって動けません。
やっぱり無理だよ、あきらめようよ。
頭まで真っ白けになりながら、途中で引き返してしまいました。
「そうだ。歩けないなら飛んでいこう!」
ある人がそう言いだしました。
さっそくフクロウさんにたのんでみましょう。
ホーホー。フクロウさんはくるりと首を回しながら頷きます。
ばさっと大きな羽根を広げると、木の上からひとっとび。あっという間に空へと飛び立ちました。
……だけども風が強すぎます。ビュービュー、ブォウブォウ。飛んでいたフクロウさんは、塔から戻されてしまいました。
あらら、飛んでいくのも駄目みたい。
それを見ていたある人が思いつきます。
「だったらヒトよりもっと大きなものにたのもう!」
国で一番大きなクマさんにたのみにいったのですが、森の中でぐーすかおねむり中。
大声でよんでも、ゆすっても起きません。
え? 春になったら起きるの? 春が来ないから起きてほしいのに……。
はてさて、どうしたものだろうか。
みんな、しあわせそうにねむるクマさんの前で頭をかかえてこまってしまいました。
そんなときです。
森の中から、ひょこんと一羽のウサギさんが顔を出しました。
「わたしがいってきます」
本当にだいじょうぶ?
その小さなからだを、みなが心配そうに見つめました。
「まかせてください」
ウサギさんはそう言うと、そのからだをピョンとはねさせました。
小さいそのからだはふわりと雪の上におりて、しずみません。
あったかいふわふわの毛は寒さにだってなんのその。
ちょっとおそいけれど、ピョンピョンとびはねながら、ウサギさんは塔をめざします。
塔にたどりついたウサギさん。見上げるほどに高いトビラが、ギギギとひらきます。
おそるおそる入ってみると、そこにはオオカミがいました。
「わわわっ!」
とつぜんのことに、ウサギさんもびっくりしてとびあがります。
思わず長い耳で目をふさいで、ちぢこまりました。
だけれどオオカミはその場からうごきません。
それどころか、よくよくみるとオオカミはウサギさんさえまるで見えていないよう?
ウサギさんは気がつきました。
「これって……――――」
そのとき、カツンという音が響きます。
見ると、いつのまにやらオオカミのとなりに女の子が。
ウサギさんはその人を知っていました。
オオカミによりそうようにたった人。彼女が冬の女王さまです。
「女王さま、どうか冬をおわらせてください」
そうよびかけるのですが、女王さまは首をふります。
その顔は、とってもかなしそうです。
ウサギさんは知ってしまいました。
外より寒い塔の中、いまにもこごえそう。
風が窓をキィキィゆらしています。雪はまだまだ止みそうにありません。
ウサギさんはその理由がわかってしまいました。
「…………女王さま、このオオカミはもうおわっているのです」
ぺたんと耳をふせたウサギさんの先。オオカミは動きません。
もう、動かないのです。
「これはとまっているのではありません。とめられないのです、女王さま」
ウサギさんの言葉に、女王さまは首をふりつづけたまま。
とっても寒い。
きっと、女王さまはもっと寒い。
それは、冬だからじゃないのです。
ウサギさんは言葉を続けます。
「オオカミはとまっているように見えていても、とまっていません。もうおわっているのです。もどらないのです」
ウサギさんは知っていました。
それは外につもる雪とおなじ。雪は水になったら、もう雪にはもどらない。
ウサギさんは知っていました。
冬のように寒くて、雪のようにつめたいこと。
「そのオオカミはおわっているのです、女王さま」
冬空のように見事な毛なみ。りりしい目。キュッと引きしまった口。
今はもう動きません。
そのオオカミは動けないのではありません。おわっているのです。
女王さまがどれだけねがっても、それをとめることはできません。もどすことはできません。
いくら冬をつづけても、だれがなにをしても、もうもどらないのです。
女王さまはそのことがかなしくて、どうしようもなくて、冬をつづけていたのです。
とめたかったのです。
女王さまは知りませんでした。
雪よりつめたいものがあることを。冬より寒いときがあることを。
女王さまは知ってしまいました。
とめられないことを。もどらないことを。
女王さまはといかけます。つぶのように小さい声で。
だったら、どうすればいいの……?
ウサギさんは知っていました。
冬の寒さに、雪のつめたさ。
それだけじゃありません。
「冬がおわわれば春がきます。夏はてらして秋がすぎて……そして、また冬をむかえます。
わたしたちはとまれません。水になった雪は、もうもどりません」
もどれませんが、みんな忘れていません。
冬の寒さに、雪のつめたさ。
春のあたたかさに、さくらのうつくしさ。
夏はあつくて、海がきれい。秋はあかいろきいろに、おちばがかさかさ。
忘れていません。知っています。
さむくてつめたくて、かなしくてなきそうになること。
みんなおぼえています。知っています。
だけど、それだけじゃありません。
「わたしたちはとまれません。おわってしまったものはおいていかなければいけません」
だけど――。
「――またあたらしくであえます。次の冬にはまた雪がふります」
おぼえています。忘れません。知っています。
冬の寒さに、雪のつめたさ。
はじまるからおわること。
「どうか冬をおわらせてください。女王さま」
またはじめるために。おぼえているために。忘れないために。
もう知っているから。
おわるからはじまること。
とまることはできません。
おぼえていてください。忘れないでください。知ってください。
「どうか、はじめてください。女王さま」
――あるところに、大変美しい景色が広がる王国がありました。
春には桜が咲いて、夏には太陽が眩しく照らし、秋には葉っぱが可愛く色づく。
それぞれの季節ごとにそれぞれの表情を見せる、それはそれは美しい王国でした。
その王国には、それぞれの季節を司る女王さまがいます。
女王さまは決められた期間、交代で塔へと住み、そうすることで季節は巡り、それぞれの季節が訪れるのです。
――冬になると、その王国は白く染まります。
小さい粒がふわふわと舞うように降りしきり、王国を白く染め上げるのです。
つめたくて、かなしくて、思わずなきそうになってしまうような。
あたたかくて、なつかしくて、ほほえんでしまうような。
白狼の毛並みのような、冬空から――。
そんな美しい雪が降るのです。
おわり。