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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第8章:王の力
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第92話 素材取引

 意外と話しやすかった蘭堂さんと、時間を忘れてダラダラとトークしている内に、偵察に向かった三人が帰って来た。

「おかえりー、どうだったん?」

「別に、大した奴はいなかった。広さもそこそこ、ボス部屋もしばらく先だな」

 蘭堂さんの気さくな問いかけに、つまらなそうに答えながら、どっかりと噴水の淵に腰掛ける天道君。その両脇に、すかさずジュリマリの二人が座り込んだ。

 天道君はあからさまにウザそうな顔をしたけれど、もう何度か注意したけど効果がなかったという経験でもあるのか、黙って二人が発する黄色い声を聞き流していた。

 そんな三人は、僕のことなど存在していないかのように、まるで興味を示さないが……僕としては、それじゃあ困る。

 三人からすれば、桃川小太郎なんてクラスでは底辺に近い貧弱チビのオタク野郎で、戦力としてもサポートとしても、何も期待なんてしていないだろう。

 また、僕としても天道君に黙ってても守ってもらえるなどと期待はしていない。恐らく、彼は本当に僕のことに興味がないのだ。生きてても死んでても、どっちでもいい。そんな感じがする。

 そのスタンスを恨んだりはしない。天道君は強者であるが故の余裕、唯我独尊を貫いている。樋口や横道のように、他人を食い物にしようとしないだけ、はるかにマシだ。敵でも味方でもない、中立といった関係性が正しいか。

 だけど、僕はより確実に守ってくれる戦力が欲しい。天道君がメイちゃんのような素晴らしいパートナーになってくれることは万が一にもありえないだろうけど、せめて僕のことを、どうでもいい中立モブから、ついでに守ってやってもいいかなと思う味方モブ、くらいには思わせたい。

 要するに、僕は天道君に自分を売り込まなければいけないということだ。

 というワケで覚悟を決めて、天道君に話しかけることにする!

「どしたの、桃川、汗かいてるけど、熱いの?」

「いや、大丈夫、大丈夫だから」

 僕の緊張はそんなに顔に出ているだろうか。まぁいい、どうせポーカーフェイスも愛想笑いも苦手だ。オタクらしく、不良相手には堂々と青ざめた顔で絡んで行こうじゃないか。

 熱っぽいなら休んだ方がいいよー、とか母親みたいなことを言う蘭堂さんを置いて、僕は単身、天道君の下へと乗り込んだ。

「天道君、ちょっと話がしたいんだけど、いいかな」

「ああ?」

 ギロリ、と擬音が見えそうなほどの鋭い視線が僕を射抜く。

 うっ、何だ、この感覚は。とても気のせいとか、ただの雰囲気だとか、そんなモノでは説明がつかない、ハッキリとした威圧感のようなものを感じる。キュっと心臓が苦しくなるような、そんな感覚。

 この感じ方はちょっと異常だ。いくら僕がビビりだからといっても、ただ睨まれただけで、コレはない。

 もしかして、睨んだ相手に精神的な圧力をかける『威圧』とか、そういう類のスキルでも持っているのかもしれない。

 だとすれば、無用に恐れる必要はない。僕は僕の予定通りに、話をさせてもらう。

「あっ、あの……」

「まぁ、いいぜ、言ってみろ」

 くっ、心では威圧スキルかもと分かっていても、いざ声に出すと言葉が喉でつかえてしまった。情けない、というより、やっぱり、間違いなく何らかの効果が働いていたと確信する。

 言ってみろ、と天道君が明確に発言を許可した瞬間、圧迫感は消え去った。

「お前ら、ちょっとあっち行ってろ」

「えぇー」

「でもぉー」

「さっさと行け」

 はぁ、ふぅ、と一息ついて呼吸を整えている間に、天道君はジュリマリの二人に席を外させていた。どうやら、少しは真面目に取り合ってくれるつもりのようだ。

「天道君は多分、魔物の素材やコアを持っていそうだから、取引がしたい」

「ねぇよ、つったら?」

「何でもいいから、その辺にいる魔物を狩って、その死骸を貰いたい」

 今、何よりも必要なのは、レムを復活させるための素材である。レムがいなければ、僕は一人で素材集めをしなければいけない。呪術師の僕がソロでもスケルトンや赤犬くらいの雑魚モンスを安定して狩れるのは、あくまでレムというサーヴァントの存在があってこそ。

「桃川、テメーは何を持ってる?」

 僕のような男が、ここまで堂々と取引を持ちかけた以上、それ相応の対価があると天道君も察しているのだろう。

 普通だったら、天道君は利益追求よりも、自分の気分を優先させて平気で「面倒臭ぇな」と断るイメージがあったけれど……このダンジョンサバイバルの状況下では、彼としても何かしら欲しいモノはあるとみた。

 その、天道君が欲しいと思うモノが、もしかしたら僕が持っているかもしれない。そう踏んだから、すぐに話に乗ったのだろう。

 さて、僕の提示する品が、彼のお目当てに叶えばいいのだが、果たして。

「僕は薬を持っている」

「四葉か?」

「いいや、四葉以外の素材を使って、僕の能力で傷薬を作ることができるんだ」

 ふーん、と天道君はあまり興味なさそうな顔。あの圧倒的な戦闘能力があるから、回復薬なんていらねーよ、とでも思っているのか。

 いや、幾らなんでも、そこまで自意識過剰なバカではないだろう。

「四葉よりも効果は高いよ。流石に一瞬では治らないけど、時間があればそれなりの深手も完治させられるから、いざという時の為に、あると役に立つと思うけれど……もしかして、治癒魔法とか持ってて、必要なかったかな?」

 ジュリマリの二人は『戦士』と『騎士』で、蘭堂さんは『土魔術士』。そして、天道君は謎の天職だけど、バカデカい剣を召喚して使ってたことを思えば、戦闘系ではあるはずだ。少なくとも、『治癒術士』ではないはず。

 つまり、このパーティには回復役ヒーラーが一人もいない。

 だから、意外と採取できない四葉だけでは心もとない。宝箱から入手できるという回復ポーションを持っていたとしても、そうそう使いたくはない貴重品。

 そこで、僕の傷薬Aのように、それなりの量が手に入る、それなりの効果の回復薬というのは、この先も決して避けられない魔物との戦闘のために、必要なモノのはず。

 片手間で始末できる雑魚モンスターの素材一式くらいが対価なら、すぐに飛びつくような一品だと自負しているのだが……

「見せてみろ」

 話に乗る前に、効果は確かめておきたいといったところか。意外と抜け目がない。

 でも、胡散臭いスキンケア商品をオススメする詐欺師ではなく、本物の治癒力を宿す薬を持っている僕からすると、実際に効果を確かめてもらった方が、ベラベラと宣伝するよりもよっぽど効果的。

「はい、コレだけど」

 高島君の弁当箱代わりのタッパーに入った、ドロドロの傷薬Aを差し出す。漂う青臭ささに眉をしかめることなく、真剣な目つきで薬を凝視。

「嘘だな」

 薬から、僕の方へと鋭い視線を移す。思わず、悪くなくてもゴメンナサイと言ってしまいそうな威圧感だけど、こればっかりは謝る気はない。

 この僕とメイちゃんの命を救ってくれた傷薬Aを『嘘』と断じるとは、お前の目は節穴か。それとも、カマをかけているのだろうか。

「嘘じゃない、ちゃんと回復効果はあるよ。疑うんだったら、実際に切り傷つけて、治すところを見せてもいい」

「薬は本物だ。けど、コイツはお前の能力で作ったモノじゃねぇだろ」

 天道君が何を言っているのか、一瞬、理解が遅れる。

「妖精胡桃の葉っぱと、あそこに生えてる白い花が傷薬になるとは、知らなかったぜ。他にも何か混ざってるようだが……思い出した、確か、タンポポみてぇなギザギザの葉っぱのヤツだろ」

「なっ、なんで……」

 まさか、薬の素材を見破られた!? どうして、いや、もしかして、鑑定スキルかっ!

「同じモノを混ぜりゃあ、誰でも薬ができるってか。ありがとよ、桃川、タメになったぜ」

 く、く、くそっ! なんてことだ、まさか、一目で傷薬の正体を知られるとは。メイちゃんにだって傷薬のレシピは秘密にしていたというのに……最悪だ。薬の現物を盗まれるよりも、性質が悪い。レシピがバレるということは、僕の回復役という存在価値を全て失うに等しい。

 気分はまるで、世紀の大発明をパクられた上に先に特許とられてしまった間抜けな科学者である。

「で、話はそれだけか?」

 天道君には、僕が大事に守ってきた傷薬レシピを盗んだことに対する罪悪感なり謝礼なりは、一切ないらしい。すでに、僕の傷薬には何の価値もない。素材さえ分かっていれば、自分で幾らでも作れる。いや、ジュリマリの二人にでも作らせれば、自ら採取と調合の面倒な作業さえする必要がない。

 くそ、くそっ、どうする。恐らく、これで話が終われば、もう天道君は僕の話を真っ当にとりあおうとはしてくれないだろう。

 僕は一方的に貴重な情報が漏洩した上に、手に入るモノはスケルトンの骨の一欠けらもない。

 ちくしょう、そんなの、冗談じゃない。このまま引き下がれるか。

「ま、まだ……まだ、あるよ」

「傷薬の次は、毒薬でも紹介してくれんのか?」

「タバコ」

「……なんだと」

「僕、タバコ、持ってるけど」

 天道君の目が、大きく見開かれる。初めて、マトモなリアクションを見た気がする。

「マジか」

「うん。一箱だけ。未開封の新品」

「ガラは?」

「ワイルド・セブン」

「買った」

 商談成立を宣言すると同時に、天道君は右手をかざし、黄金に輝く魔法陣を展開させた。あの赤い大剣を取り出したのと、同じヤツだ。

 けれど、今この金色の円環から出てくるのはゴライアスも一刀両断できる大剣ではなく、雑多なモンスター素材がドバドバと大放出である。って、何だコレ、凄まじい量があるぞっ!?

「全部くれてやる。これで足りるか?」

「十分だよ、ありがとう」

 僕は精一杯の営業スマイルを浮かべながら、通学鞄の底を漁ってタバコを取り出す。

「桃川、お前も吸うのか?」

「いや、コレは、高島君が持ってたヤツ」

 そう、僕はタバコなんて吸わない。口をつけたこともないし、吸いたいとも思わない。そんな僕がタバコを持っているのは、この異世界で最初に発見した犠牲者、森の中で死んでいた、高島君、彼の鞄から回収したモノだ。

 高島君の弁当は鎧熊を倒すのに役立ってくれたMVPアイテムだけれど、まさか、ポカリとカロリーメイツのついでに、何となくで回収しておいたタバコが、こんなところで役立つとは。

 いや、ホントにありがとう、命の恩人だよ、高島君。今、改めてご冥福をお祈りします。

「そうか、高島のか……アイツは、死んだのか?」

「うん、僕が見つけた時には、もう死んでいた」

 鎧熊に追いかけられて気が動転していたけれど、あの時点で高島君が死んでいたのは間違いない。目は開きっぱなしで、血涙に鼻血に吐血と、顔の穴という穴から血が流れているという、割と壮絶な死に様であった。

 でも、待てよ。一体、どういう死に方をすれば、あんな風になるのだろうか。少なくとも、モンスターに襲われたようには見えない。死体も鞄も、漁られた形跡は皆無。

 だとすれば、高島君の死因として考えられるのは……猛毒を持つ虫か蛇にでも噛まれたのだろうか。あんな酷い死に方をする毒があっても、この異世界ではおかしくはない。

「もしかして、仲良かった?」

「別に。アイツがタバコ吸ってたことも知らなかったぜ。野球部のくせに、いいのかよ」

 そんなことを言いながら、流れるような手つきでタバコの封を切っては、一本、口にくわえる。

 パチン、とタバコの先で指を鳴らすと、かすかに火が灯る。そして次の瞬間には、タバコはチリチリいって燃え始めた。

 何その、超カッコいいつけ方。じゃなくて、火属性魔法だろうか。ゴライアスを切った時も、燃えてたし。

 けれど、天道君がただの『炎魔術士』だとは思えない。火の能力はオマケだろう。

 整理してみると、天道君の能力は多岐に渡る。

 まず、赤い大剣を振るうパワー。天職『剣士』や『戦士』でも、ああはいかないだろう、見事な腕前だ。さらに、ゴライアスを焼く大火力に、タバコに火を灯せるほど器用な制御で、炎を操る。

 けれど、最も恐るべきなのは、そんな戦闘能力よりも……僕の傷薬を一目で見抜いた鑑定スキルと、この大量の素材を保管している黄金の魔法陣インベントリ

 まるでゲームの便利な機能をそのまま現実として再現したかのような能力だ。便利なんてもんじゃない。その価値は計り知れない。

 天道君の能力で最も凄いのは、戦闘スキルではなく、鑑定にアイテム保管などのサポートスキルなのかもしれない。もしかすれば、あの赤い大剣だって、宝箱から偶然手に入れたレア武器ではなく、自分で創り出したモノなのかもしれない。だとすれば、小鳥遊さんを凌ぐ、武器錬成能力を持っていることにもなる。

 さらに確証のない推測だけで語るなら、天道君は横道のようなスキルを奪う能力と、樋口のような直感スキルも備わっている可能性もある。

 彼が扱う炎は、自前の天職のモノではなく、赤犬やケルベロスなどの火を噴く魔物を倒して獲得したスキルかもしれない。

 直感スキルは、天道君が偵察から帰った時に、蘭堂さんの質問に「ボス部屋はしばらく先」と語ったことから、何となくダンジョンのエリアの広さを察知する、盗賊的なマッピング能力があるんじゃないかと思ったからだ。地図のないダンジョン、この先どれだけ進めばボス部屋に辿り着くかなんて、あてずっぽうでもわかるワケがない。魔法陣のコンパスだって、方向を指し示すだけで、距離は分からないし。

 もし、僕の推測が正しくて、これら全ての能力を兼ね備えているならば……うん、完全にチートです、ありがとうございました。

 考えるのも馬鹿馬鹿しい。

 というか、今は天道君の能力を探るよりも、まず、この目の前にドッサリとある素材の山を漁るのが先決だろう。

「ふ、ふふふ……これだけあれば、かつてないほど充実したレムを創れるぞ」

 待ってろよ、レム。最高の装備で、復活させてやるからな!

 そう心に固く誓いながら、僕は期待と興奮でワクワクしながら、モンスター素材の吟味にとりかかった。

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[気になる点] なんか高島君を殺したのって実は主人公だったって気がしてきた
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