第91話 ヤンキーチーム
「……た、助かった」
僕は転移魔法陣で妖精広場に飛んでいた。絶体絶命のピンチが一転、僕は新たなクラスメイトの一団に合流を果たし、無事に妖精広場へと生還したのだ。
「はぁ、もしかして、あのままもうちょっと粘ってたら、樋口とあんな死闘をしなくて済んだのかも……」
今更ながら、そう思ってしまう。もし、あの場に、まだ、誰も死んでいない内に、天道龍一が現れていたら……きっと、結末は変わっていたように思う。僕の呪いも、勝の友情も、樋口の欲望も、全て、天道龍一の力の前には意味を成さない。
「強すぎる。蒼真君の『勇者』並みだよ、アレは」
僕が彼の力を目にしたのは、勿論、あの後すぐに始まったボス戦、ゴライアス(仮)との戦いである。
ボス部屋の中で待ち構えていたのは、確かに勝の言う通り、『アンデッド・バウンティ』のゴライアスに似ていた。デカいゴリラのようなマッチョ体型に、鬼のように角が生えた凶悪な顔つき。そして、その全身は鎧熊と同じような、灰色の金属質な甲殻の鎧で覆われていた。
なるほど、コイツは樋口をしても真っ向勝負を避けるだろう。一目でそう思わせるだけのビジュアルであった。無論、魔物が見かけ倒しということはありえない。
「一体、何の天職なんだろう。『勇者』ではなさそうだけど、『剣士』とか『戦士』ってこともないか。まさか、『魔王』とかじゃないだろうな……」
僕は開け放たれた扉の外から、こっそりと天道君がゴライアスに挑む姿を見ていた。
堂々と獲物が入って来たことで、ゴライアスは餓えた獣のように、耳をつんざく獰猛な雄たけびをあげる。ヤル気満々で、次の瞬間には飛びかかって来そうな迫力。
対する天道君は、キラキラ輝く黄金の光の魔法陣が手元に浮かんだかと思えば、いつのまにか、真っ赤な刃の大剣を手にしていた。
大剣といえば、僕が見た中では横道一が持っていたクレイモアみたいな剣が一番大きかったけど、天道君のはそれ以上のサイズだった。刀身の長さはニメートル近く、それでいて、刃の幅もかなり広い。
現実のツヴァイハンダーなんかも、刀身が二メートルほどあるらしいけれど、幅は細いし、使いやすいよう3キロくらいの軽さに仕上げているらしい。
けれど、天道君の赤い大剣は、そんな現実的な造りを全く無視したような、正しくRPGの主人公が使うようなバカデカい形状だ。普通の人間なら持ち上げることさえできない、巨大な鋼鉄の塊。僕なんか持つどころか、潰されてしまうだろう。
そんな超重量のファンタジックな大剣を、天道君は片手で軽々と持ち上げた。
そして、凄まじい速さで飛び掛かってくるゴライアスを、一閃。同時に、真っ赤な炎が迸る。
切っ先から走る紅蓮の尾と、赤く輝く刃の軌跡を虚空に残し、ゴライアスは頭から縦に真っ二つ。右と左に両断されて吹っ飛んで行く最中、その残骸が轟々と勢いよく燃えだす。あらかじめ灯油でもかけていたのかってくらい一瞬で火に包まれ、ベチャリと地面に落ちると、後には真っ黒い消し炭が残るだけだった。
そうして、ゴライアス戦が一瞬で終わり、僕らは転移魔法で飛んできたというワケだ。
「とりあえず、天道君と一緒にいれば安心かな……ってこともない、か」
これで、今は非常時だから、クラスのみんなと協力してダンジョン攻略を目指そう! という方針で固まっていれば流石の僕も気を抜けるというものなのだが……どうも天道君のパーティと、僕はあんまり仲良くやっていける自信がない。
というのも、面子を見れば分かるだろう。あの黒高生も恐れる最強の不良、天道龍一に、二年七組の派手な女子トップスリーのギャルが三人。そう、このパーティにはヤンキーしかいない。ヤンキーチームだ。僕とは人種が違う。
まぁ、平和な学生生活を送るだけなら、狭い教室の中で住み分けという名の共生関係も成立するのだが、この状況下では多少なりとも意思疎通は必要である。僕は彼らがどんな天職で、どうやってダンジョン攻略を進めて来たか、そして何より、その行動方針さえ知らない。もしかしたら、次の瞬間には「桃川はいらないわー」と気まぐれにポイ捨てされる可能性もなきにしもあらず。
何はともあれ、情報収集である。
さて、この面子の中では誰もが僕にとっては話しかけるには難易度が高いけれど……強いて言うなら、蘭堂杏子だろうか。いや、別におっぱいが大きいから好みだとか、そういう判断基準ではない。
一緒に来るか、とパーティ入りを誘ってくれたのは彼女である。天道龍一と女子二人は僕のことなど全く眼中にない様子。現状、声をかけてマトモな返事が期待できそうなのは、蘭堂さんだけなのだ。
それに、この妖精広場に到着するなり、休憩に入る天道君の両脇を、女子二人が座り込んで固めて、キャーキャーと黄色い声を上げてお喋りし始めている。内容はゴライアス戦について、天道君を褒め称えている模様。「スゴーイ」とか「超つよーい」とか、聞こえてくる。ちょっとしたキャバクラ状態だ。まぁ、天道君は面倒くさそうな顔をしているけれど。
ともかく、あんな状況に「すみませんーん、ちょっとお話いいですかー?」と突っ込んで行く勇気なんて僕にはない。
そういうワケで、話しかけるには彼らとはちょっと離れた場所である、噴水の淵に一人で腰掛ける蘭堂さんしかありえないのだ。
改めて考えると、少しばかり緊張するものの……僕は蒼真桜を筆頭として、最悪のハーレムパーティを経験したお蔭か、あんまり女子に対して幻想は抱いてない。今更、冷たくあしらわれた程度で、ショックを受けたりもしない。
「蘭堂さん、ちょっといいかな。聞きたいことがあるんだけど」
「んー、なによ桃川、別にいいけどぉ――」
こうして目の前に立つと、蘭堂さん、ちょっと迫力がある。清楚可憐を地で行く蒼真桜とは真逆の魅力だ。大きな胸元は無防備に開かれてるし、かなり短いスカートからは、肉付きのいい太ももが伸びている。あっ、これみよがしに目の前で足を組み替えたりするの、やめてくれませんか。気になって仕方ない。
蘭堂さんのあふれ出る色香に抗いながら、僕は彼女と向き合う。
「――先に洗いなよ。臭いよ」
「うっ! す、すみません……」
ショックだった。女の子から面と向かって「臭い」とか言われると、こんなに傷つくとは……甘かった。僕の女子属性の精神耐性は、まだまだそれほどでもなかったというワケだ。
ちょっと泣きそうになりながら、僕は彼女が座る噴水の反対側へ移動しようと思ったところで、掴まれた。
「ほら、動くなって。顔、めっちゃ汚れてるし」
「え、はっ……なに、ちょっ!?」
気が付けば、僕は蘭堂さんに顔を拭かれていた。彼女が手にする濡れたハンカチが、僕の血糊がついた頬をゴシゴシ。冷たさと、心地よい刺激が気持ちい――じゃなくて、何だこのプレイはっ!
「あっ、桃川、アンタ……」
「ええっ、なに、近っ!」
グイっと蘭堂さんの顔が寄ってきて、焦る。化粧は濃い目だが、顔立ちは美人な方だから、何か尚更に困る。
「カワイイ顔してんじゃん。化粧したら化けるわコレ」
「……そうですか」
「そーだよ、したげよっか?」
「結構です」
「えー、勿体ない。肌も白いし、プニプニしてるしー」
「いやホント、そういうの興味な、むぐぐ――ちょっ、やめて」
いきなりほっぺたプニプニすんのやめて。嫌なワケじゃないけど、今の話の流れでされたらリアクションに困る。
「いいじゃん、いいじゃーん」
「よくないって!」
「あー、やっぱこれ顔だけ拭いてもダメだわ。桃川、服脱いで」
「はぁああっ!?」
ちょっと待って、急に話題を変えられるとついていけない。それ以前に、言ってることが何かおかしい。
「ほら、早く脱ぎなって。脱がせて欲しいの?」
「いや、そ、それはちょっと……」
「そんな気にすんなって。ほら、ウチは弟いっぱいいるから」
「気にするよ! 弟いるとか知らないし!」
「だからー、男の裸は見慣れてるから、気にすんなって言ってんの」
「いや、その理屈はおかし――」
「いいからさっさと脱げーっ!」
キャー、と悲鳴を上げたい心境で、僕は渋々、血塗れの学ランを脱いだ。蘭堂さんは、僕が目の前でパンツ一丁になっても、眉一つ動かさないクールな表情のままだった。
いや、まぁ、彼女なら確かに、男の裸なんて見慣れてるだろうけど……複雑な心境である。
「洗っといてあげるから、桃川はその辺で虫とってきてよ。糸で治せるヤツ」
「……うん、分かった。ありがとう、蘭堂さん」
ひとまずジャージに着替えることで事なきを得た僕は、言われるがままに擬態蚕の採取に勤しむ。何にしろ、学ランの洗濯は必要だったし、補修もしなければいけなかった。蘭堂さんが洗濯してくれただけ、楽ができるのだから、素直にお礼を言う筋合いもある。
でも、だからって、当たり前のように男の服を脱がせては洗濯できる女の子って……なんか蘭堂さん、すでに男と同棲とかしてるんじゃなかろうか。
樋口の最後の告白によって、どうやらアイツの彼女は長江さんで、蘭堂さんではないらしいし。なら、他に男がいてもおかしくない。大学生とか社会人の彼氏がいても、彼女なら釣り合いそう。
いや、違う。蘭堂さんの男性事情なんか、果てしなくどうでもいいだろう。今、僕が彼女に聞かなければならないことは、天道龍一を筆頭とした、このヤンキーチームについてだ。
よし、擬態蚕を集め終わったら、もう一回、話を切り出そう。
「ねぇー、天道ぉー」
「何だよ、蘭堂」
「桃川の服、乾くまで待っててくんない?」
「はぁ? 天道君は先を急いでんのよ」
「空気読みなよ、杏子」
「おう、じゃあお前ら二人はここで待ってろ。俺は先の様子を見てくる」
「ありがとね、じゃあヨロシクー」
「別に、ただ待ってても暇なだけだしな」
昼寝から目覚めるライオンのようにのっそりと立ち上がった天道君は、一人で先のエリアへ続く扉へと向かっていく。
「待ってよ、天道くーん!」
「アタシらも一緒に行くーっ!」
天道君を追って、女子二人も退室していった。二人の手には、それぞれ槍と斧が握られ、腰には似たような剣を下げていたから、どっちもただのお荷物というワケではない、近接戦闘系の天職持ちなのだろう。
それにしても、何だ、今のやり取り。蘭堂さんと女子二人とでは、天道君の態度があからさまに違った。
あ、もしかして天道君、蘭堂さんのこと好きなのか!?
てっきり委員長一筋かと思ったが……そう考えれば、天道君の普段から委員長に対して素っ気ない態度も説明がつく。それに、この二人なら容姿的にもお似合いである。どっちも金髪だし。
となると、天道君に対してあからさまに媚を売ってるような態度の二人は、蘭堂さんを快く思ってなさそう。だから一人で離れている。
でも、蘭堂さんとあの二人は教室でいつも一緒の三人組の友人グループを形成していたと思うけれど……やっぱり、この非常時だと簡単に友情に亀裂が入ったりするよね。経験者の僕から言わせると、仲直りは早い方がいい。なんて、偉そうには語れないよね、勝。
「桃川はさー、今まで何してたの?」
不意に、蘭堂さんの方から問いかけられた。
「それって、このダンジョンに来てからってこと?」
「うん。桃川、全然強そうに見えないし」
パっと見で僕を強そうと思う奴がいたら、ソイツの目は節穴ってレベルじゃねぇぞ。
「……もしかして蘭堂さんって、鑑定スキルがあるとか、魔力が見えるとか、そういう能力持ってたりする?」
天職という超常的な力が存在するこの異世界において、人の見た目はイコールで強さに直結しない。だから、僕みたいな貧弱ボーイを見ても、一概に見た目通りの雑魚とは言い切れない。か弱い乙女の代表みたいなレイナ・A・綾瀬だって『精霊術士』というかなり強力な能力を持っているワケだし。
「は? なにそれ、意味わかんないんですけどー」
「あれ、見た目通りに弱そうって話だった?」
「それ以外になにがあんのさ」
真面目に蘭堂さんの問いを考察した僕が馬鹿みたいだ。
彼女は何で言葉の意味が通じなかったのか本気で信じがたいんですけどーみたいな目をしているけれど、僕からすると、本気でそんなストレートな意味の台詞を言う方が信じがたかった。
ひょっとして、蘭堂さんって思ったことをそのまま言うタイプだったりする?
「そう言われると、まぁ、その通りだよ。僕はそんなに強い天職ではないから」
樋口との決闘を征した今、僕はもう『呪術師』を最弱の天職とは言うまい。かといって、強い! 凄い! カッコいい! と豪語できるほどではないけれど。すみません、ルインヒルデ様、僕、嘘つくのは苦手なんです。
「へぇー、よく今まで生きてられたね」
「途中までは、心強い仲間と一緒だったから」
「そっかー、そうだよねー、ウチも一緒だから、分かるわー」
うんうん、と大袈裟に頷く蘭堂さんは、果たして本気で共感しているのか、それとも馬鹿にしているのか。気だるい顔つきで、彼女の本心が読めない。
「じゃあ、何で一人だったのさ? 迷子?」
「説明すると、ちょっと長くなるけど、聞く?」
「うん、聞く聞くぅー」
凄い食いつきなのは、蘭堂さんも僕と同じく情報収集したいからか。
まぁいい、どっちにしろ、自分の事情もある程度は明かしていかなければならない。先に話すか、後に話すか、くらいの違い。
「それじゃあ、えーっと、僕が最初に会った仲間、っていうかクラスメイトは――」
話しながら、言うべき内容と、言わざる内容を考える。
とりあえず、メイちゃんと出会って、ダンジョンを進んでいる中で、蒼真桜一行と合流を果たした、という部分は話してもいい。
「ふぅーん、ソーマ妹と委員長と夏川と剣崎とチュンが一緒って、桃川スゲー、二年七組の綺麗どころばっかじゃん」
「綺麗なだけで、いいコトなんて一つもなかったよ」
恐らく、チュンは小鳥遊小鳥のアダ名だろう。裏でそんな名前で呼ばれていたとは。でも、双葉さんのブタバよりは、悪意を感じないだけマシなネーミングであろう。
「でもー、あの子ら凄い才能あるっぽいからさー、やっぱ強いんじゃないの?」
なかなか鋭い指摘である。蘭堂さんから見ても、やっぱり彼女達にはそれぞれ輝くモノがあると思えたのだろう。
「うん、みんな強かったよ。小鳥遊さんは戦闘職じゃなかったけど、便利なサポートスキルと生産スキルがあったから」
今でも羨むのが、賢者の錬成陣である。アレがあれば、戦闘担当の天職持ちには、その時点で最高の装備品を用意することができるのだから。
ついでに、古代語解読スキルがあれば、噴水の隠し機能だけじゃなく、樋口が利用した生贄型転移魔法陣みたいな、ダンジョンの仕掛けを使えるようになるかもしれない。この先もダンジョンを進むことを思えば、何とも可能性に満ちた能力だ。
「へぇー、なんかよく分かんないけど、スゴいんだ」
ふむ、どうやら蘭堂さんにはゲーム用語的な言い回しは通じない様子。適切に意味を伝えたい時は、分かりやすく、かみ砕いて説明しないといけないようだ。
「で、桃川は何ではぐれたのさ?」
「転移魔法陣で飛ぶ寸前に、剣崎明日那に突き飛ばされたんだ。みんなは転移して、僕だけ置き去り」
「ぶっ! ぷっ、あははははははっ! マジでっ!? ナニそれぇー」
「笑いごとじゃないよ」
ここまで腹を抱えて爆笑されると、どこか清々しい気分にもなってくる。まぁ、何だかんだで、僕が無事でいられるからこその感想だろう。
「突き飛ばされるって、桃川ドンくさすぎー」
「いきなりやられたら無理だって」
無防備な背中を突発的に押されるのを回避できるって、どんな達人だよ。
「っていうか、何でそんな、ぶふっ、突き飛ばされてんのさー?」
なにちょっと笑ってんだよ、もういいだろ。僕が魔法陣からブッ飛ばされるイメージ映像はそんなに面白おかしいかよ。いや、ケチはつけまい。恨むべきは、蘭堂さんではなく、剣崎明日那の野郎だ。
「剣崎さんには、ちょっと、恨みをかってたみたいだから」
「えっ、桃川マジで!? ああいうのが好みだったんだ、っていうか、よくあの女に手ぇだせたねアンタ、命知らずだわ」
「ちょっと、僕が夜這いかけたみたいな勘違いやめてくれる!?」
「違うの?」
「違うに決まってるだろ!」
まったくもって心外である。確かに剣崎明日那は巨乳の部類に入るが、メイちゃんという絶対強者の前では、あの程度のバストサイズなど無に等しい。特に心が惹かれることはない。
「じゃあナニしたのよ?」
「それは……秘密ということで」
またしてもクラスの女子にオナニー告白するなんて絶対に御免だ。ガチのイジメだろ。
「ふーん、まぁ、あの子ってプライドめっちゃ高いから、つまんないことでもガチギレしそうだもんねー」
「そうそう、そうなんだよ! っていうか、剣崎明日那もそうだけど、蒼真桜もかなりヤバいから」
「ああー、分かるぅ! アイツ、自分の身内以外にはめっちゃ厳しいんだよねー」
「うわ、やっぱりそうなんだ」
「そうだよー、この前さー」
と、気が付けば僕らは蒼真桜の悪口大会で盛り上がっていた。
何やってんだ、僕は。いや、決して他人の影口を叩くのは良くない、なんて倫理的な理由ではなく、天道君らの情報収集という本筋からズレてしまったことについて、思い直すべきなんだ。
しかしながら、自分の心の内で抱え込んでいた不満を遠慮なく吐き出せたことで、何だか清々しい気分になれた。やはり、悩みや不平不満を誰かに話す、というのは大切なことなんだと実感する。まして、それが否定や説教ではなく共感してくれたなら、最高だ。
だが、凄いのは蘭堂さんのトーク力だろう。多分、話したのは今日が初めてだし、そのルックスから苦手意識さえあった彼女だが、いつの間にやら、前から付き合いのある友達みたいに話せていた。
もし、僕が辛い残業続きの企業戦士だったとして、気まぐれにフラリと立ち寄ったキャバクラで蘭堂さんが嬢として接待してくれたら、間違いなくハマっただろう。この僕と楽しくお喋りできる話術に、華のある容姿、おっぱいも大きいし。給料全部貢いじゃいそう――って、もしかしてコレが蘭堂さんの能力じゃあるまいな!?
「ところで、話は変わるんだけど」
「えー、なにー?」
僕はすんでのところで思いとどまり、話題の軌道修正を図る。蒼真桜に対する悪口はまだまだ言い足りないが、今は置いておく。
「蘭堂さんは、今までどうやってきたの? ダンジョンの進み方とか、天職とか」
ここは直球で聞く。ストレートな聞き方をしてもおかしくないタイミングの内に、聞いておくべきだ。
「んー、ウチも一緒についてきただけだから。天職? とかいうのも弱いし。だから、骨のオバケと戦ったこともないんだよねー」
「最初は一人じゃなかったの?」
「や、部屋出たらすぐにジュリとマリに会えたから。一生分の運使い果たしたってくらい、マジでツイてたよー、二人とも何か凄い強いし、頼りになるなる」
お友達が強いのが嬉しいのか、それとも自分が楽ちんで嬉しいのか、にへらと蘭堂さんは笑う。ひとしきり雑談して打ち解けた今になると、そんな顔も妙に可愛らしく見えてくるから不思議だ。
「えーと、その二人は、今いる二人のことだよね」
「あー、さては桃川、名前忘れてたなー?」
「うん、ごめん」
「ダメだぞー、クラスの女子の名前くらい、ちゃんと憶えておかないと。いつチャンスが来るか分かんないんだから」
そのチャンスはフラグが立つ的な意味なんだろうか。だとすれば、僕はクラスの女子の名前は双葉芽衣子と蘭堂杏子の二人だけ覚えていればいいや、バストサイズ的に考えて。
「ショートの方が野々宮純愛のジュリ、ロングの方が芳崎博愛のマリ。名前忘れたってのは、黙っといたげる」
「ありがとう」
そういえば、そんな名前の女子がいた。純愛でジュリア、博愛でマリア、と読ませる一種のDQNネームだから、名前だけなら憶えていた。でも、どの女子がその名前なのか、顔と一致させていなかったけど……なるほど、あの二人の名前だとすると、妙に納得がいく。
ジュリとマリは、豊満な体つきの蘭堂さんとは対照的に、シュっとした細身のモデルみたいな体型だ。というか、実際に読者モデルになったとか何とか、勝から聞いたことがある。
「あの二人も、ウチのクラスじゃなかったら、もうちっと目立ったかもしれねーけどな」
なんて、勝が言っていた気がする。読モとして雑誌に載ったことが! と言われても納得できるルックスの二人であるが、蒼真桜を筆頭とする何人ものハイレベル美少女を擁する二年七組では、残念ながら中の上、くらいの容姿判定となってしまう。同じギャル系ファッションの女子としても、蘭堂さんほど二人には存在感や華やかさ、といったものが劣ってしまう。まぁ、蘭堂さんの方が体も大きいし、化粧も派手だし、金髪だし、肌も焼いてるし、爆乳だし、目立つのは当然といえば当然なんだけど。
「二人の天職は何なの? もしかして、珍しいヤツだったりする?」
「えーっとぉ、ジュリは『騎士』でマリは『戦士』だったかな。っていうか、珍しいのって何?」
「蒼真悠斗は『勇者』だったし、桜の方は『聖女』とか」
「あー、なんか分かるぅ、っぽいよねー」
ぽいぽい、と納得する蘭堂さんを後目に、僕はジュリマリの二人はどうやら普通の天職で、順当に強くなったタイプだとアタリをつけた。少なくとも、ダンジョン攻略の序盤は、戦力外の蘭堂さんを連れて、二人だけで戦い抜いた実力はある。
「天道君とはいつ頃、合流したの?」
「ウチらのスマホ、もう電源切れちゃったから、いつなのかは分かんないなー。でもぉ、うーん、割と最近かな」
「天道君の天職は?」
「知らなーい」
「秘密、とか言ってた?」
「さぁー? でも、あの二人も知らないっぽいよ」
どうやら、天道君は自分の天職を秘密にしているようだ。本命は『魔王』なんかの超レア天職で、対抗が『狂戦士』か『食人鬼』とかのちょっとヤバそうな天職、大穴は『呪術師』などの人に言うのが恥ずかしい類の天職、といったところか。
何にせよ、天道君にストレートに天職を聞く、あるいは、能力を探るような真似はするべきではない。秘密にしたい、という動機がどれほど強いのかは分からないが、何となく、みたいな理由であっても、僕のような雑魚に嗅ぎ回られたらウザいだろう。そして、彼には「ウゼェ」と思ったら、一発でぶっ潰せるだけの力がある。
強者のご機嫌取りってのは、弱い奴が生き残るのに必須のスキルだ。うーん、僕もプライドを消費して、お世辞スキルの熟練度でも上げるべきだろうか。
いや、それはダメだな。どうせ僕が媚び諂ったところで「目つきが気に食わない」「生意気な目だ」とか言われて不興を買うに決まってる。
「てかさー、桃川の天職は何なのさ?」
「僕は……呪術師だよ」
「えっ、ソレってもしかして、呪ったりするヤツ?」
「まぁ、僕の能力は魔法じゃなくて呪術ってことになってるから、呪い、だと思う」
「えーっ、マジそれヤバスギでしょ!? 呪いって……うわ、コワーい、もうちょっと桃川に優しくしとけば良かったぁー」
「いや、別に蘭堂さんのこと呪ったりはしないから。恨みもないし、むしろ拾ってくれて感謝してるし。というか、それ以前に僕の呪術に大した力はないから」
「ホントぉー? テレビの中から出てきたりしない?」
「そういう能力はないし、多分、この先も一生、できるようにはならないから」
「そう? じゃあ大丈夫かも」
蘭堂さんのセーフとアウトの判断基準がよく分からない。どっちにしろ、この先、僕が行使する数々の微妙な効果の呪術を見れば、恐ろしさも感じなくなるだろう。
もっとも、天道君の能力を前にすれば、大抵の天職が雑魚に見えるんだけど。ジュリマリの二人も、恐らくは天道君から見て戦力には数えられてないはずだ。
「あ、そういえば蘭堂さんの天職は何なの?」
「んー、ウチのはねぇ――」
彼女の天職は男を惑わす『淫魔』とかじゃないことを祈るが、果たして。
「――『土魔術士』なんだって」
「……へぇ、そうなんだ」
予想の斜め上をいく回答に、僕は何とも微妙な気持ちになってしまった。
2017年6月9日
すでに読んだ方もいると思いますが、先週、活動報告を更新しました。第七章についての説明とQ&Aです。読めば、より呪術師が楽しくなる、はず! 興味があれば、是非、ご一読を。




