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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第8章:王の力
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第90話 天道龍一(2)

「……コイツは、またえらく雰囲気が変わったもんだ」

 転移魔法で飛んだ先は妖精広場であったが、そこから続くダンジョンを覗くと、そこはスケルトンの彷徨う石造りの通路とは打って変わって、まるで密林のように緑の溢れた道が続いていた。

 本物のジャングルというワケではないようだ。通路そのものは、スケルトンエリアと同じ石造りだが、単純に植物に侵蝕されているだけ。しかしながら、エリアの構造はかなり違っており、これまでは大小の通路中心だったところが、植物園のように密林を模したような大広間が幾つもあって、通路はそこを繋いでいるだけだった。つまり、このエリアは実質、ジャングルといってもよい。

「グベェァアアアっ!」

「うるせーよ」

 ここで最初にエンカウントしたのは、ゴーマと呼ばれる黒い人型の魔物であった。草木の生い茂る密林の地形を生かし、前後左右、さらには木の上から弓を射かけるなど、スケルトンにはなかった連携をとって襲い掛かってきたのだが、龍一にとってはさして脅威ではなかった。

「コイツも、分かりやすい雑魚モンスターってヤツか」

 一目見ただけで、実力差を何となく察した。コイツらは弱い。何匹まとめてかかってきても、まるで負ける気がしない。一応、人を殺すには十分な刃物で武装しているものの、やはり何の脅威も感じられなかった。

 あくびが出るほど弱そうな魔物であったが、折角の団体客である。大剣と化した新たな王剣の試し切りとばかりに、龍一は真面目に柄を握る。

 そして、鎧袖一触。粗末な武器を手に襲い掛かってくるところをまとめて切り伏せ、木の上に陣取る射手はその木を一刀両断して、地面へと叩き落としてやった。

「思ったより、切れ味は悪くねぇな」

 半ば鈍器くらいの覚悟で臨んだが、意外なほどに良く切れた。ボススケルトンの大剣は業物だったのか。それとも『王剣』の効果か。

 結果に満足した龍一は、頼もしい剣と共に、悠々と密林エリアを突き進んだ。

「……はぁ、やっぱボスくらいにならねーと、強ぇヤツはいないってことか」

 このエリアはスケルトンオンリーだった前と違い、色々な種類の魔物が現れた。人型はゴーマだけだったが、動物型と昆虫型の魔物が多い。

 火の粉を吹く赤い野良犬。ピョンピョン飛び跳ねながら鋭い爪で襲ってくる猿。ひたすら猛突進のイノシシ。毒を持ってそうな黄色いカエル。虫の魔物は、どれも人間並みにバカデカい蟻と蜂とカマキリがいた。


捕食スキル

『レッドスパーク』:激しい火花を散らす

『サイドステップ』:素早く横にステップを踏める

『チャージダッシュ』:溜めに応じて強力な突進ができる

『パラライザー』:麻痺毒を発生させる

『パワーアント』:重い物を運べる

『ディゾルバー』:溶解液を発生させる

『マンティスラッシュ』:鋭い大鎌による二連撃


 二回目の妖精広場にて、かろうじて口に含んでもよさそうな部位を厳選して……主に骨の欠片であるが、それらによって色々とスキルを獲得した。ゴーマだけは食べなかった。人型の魔物だから躊躇したというより、単純に食っても何も得られないと直感が訴えたからだ。

 結局、獲得したスキルは、どれも今すぐに必要性を感じないモノばかりだったが、こんなゲームのような世界では、何かの役に立つこともあるかと思い、一応、頭には入れておく。

 そうして、密林エリアとここに生息する魔物も見慣れてきたと感じる程度には進んで行った頃。これまで以上に広く、さらに高さもあるエリアへと踏み込んだ時だった。

「――うおっ」

 ドン! という大きな爆発音と共に、強い熱風が駆け抜けて行った。その爆風は激しく木々を揺らし、入り口から密林ドームに足を踏み入れた直後だった龍一の金髪もなびかせた。

「ボスが暴れてんのか?」

 思いつつも、特に身を潜めることもなく、これまで通り堂々と突き進む。すると、すぐに爆発の原因を発見した。

「ん? 君は……天道龍一か」

 広い草原と化しているドームの中心に、赤色の巨躯が堂々と立っていた。

「おお、コイツは……ドラゴンってヤツか」

 赤いドラゴン。そうとしか呼べない存在が、そこにいた。

「ふふん、驚いたかい? このサラマンダーは俺が使役している使い魔サーヴァントなんだ」

 トカゲともワニとも異なる、獰猛な鋭い顔つき。鋭利な牙の並ぶ口からは、チロチロと火の粉が漏れている。大きく広がる赤い翼に、二本の逞しい足でしっかりと大地に立つ姿は、王者の風格というべきか。長い尾はユラユラと揺れているが、金属質の赤い竜鱗に覆われており、軽く当たるだけでも人間なら簡単に骨が折れてしまいそうな重量感があった。

 しかし、全体的にはどこか色褪せて見えるのは……どうやら、このドラゴンはかなり老いているらしい。

「安心しなよ、俺が命令しない限り、勝手に襲い掛かったりはしないからね」

「ああ? 何だお前、いつからいた」

 気が付けば、赤いドラゴンの前に、偉そうに腕組みをして立つ一人の男……まぁ、同じ学ランを着ている以上、クラスメイトの男子生徒に違いはないのだが。

「最初からいた! 俺がこのサラマンダーの主人だ!」

「っつーか、誰だっけ、お前」

「だ、誰……って、ふざけるのも大概にしろよ! 俺は二年七組の委員長だぞ」

「はぁ? 委員長は涼子だろ――あ、そういや男子にも委員長がいたか、一応。えーと、確か、西だっけ?」

「東だ! 俺の名は東真一あずま しんいちっ!」

「あー、そうそう、いたな、そんなヤツ」

 どうにも人の顔と名前を覚えるのが苦手、というか面倒くさいというか興味ないというか。それでも、何度か教室で見た覚えがあるし、何かの行事につけて涼子と一緒に教壇に立っていた覚えもないでもない。

 龍一はようやく、二年七組の男子のクラス委員長、東真一のことを思い出すのだった。

「それで、どうするよ? そのご立派なドラゴンで、俺を襲わせようってか?」

「襲う? 俺が? 君を? はははっ、不良らしい実に短絡的な考えだ。全く、君のような奴がいるから、近頃の若者はキレやすいとか何とか言われ続けるんだよ。全ての若者が血気盛んな単細胞だと一緒くたに見る大人の方が、脳みそ衰えているとしか思えないけれど――おっと、話が逸れたね。とりあえず、俺に君を襲う理由なんてまるでないと言っておこう。考えれば当たり前のことだろう。どうして、こんな異常事態に巻き込まれた最中に、助け合うべき仲間であるクラスメイトを襲おうだなんて、全くもって、ナンセンスな――」

「俺を見て、お前、ドラゴンを止めただろ」

「……何だって?」

「テメーの殺気に反応して、ドラゴンが襲い掛かりそうになったところを、慌てて止めただろって言ってんだよ」

 龍一はドラゴンが視界に入った瞬間から、ちゃんと東のことは認識していた。ただ、東真一という人物であるということを忘れていただけであって、この狂暴そうな赤いドラゴンを従えている怪しい人物がいる、と最初から注意はしていた。

 そして、東が龍一の名前を呼ぶと同時に、後ろに立つドラゴンに向けて、まるで飼い犬に「待て」と言うかのように、掌で抑えつけるようなジャスチャーを小さくしていたのを見た。

「隠し方が下手なのは、クソ真面目だけが取り柄の優等生だからか?」

 男子委員長、東真一の顔から、余裕ぶっていた笑みが消える。あからさまに顔をしかめた、睨むような表情……だが、まだ感情を抑えようという理性は働いているのだろう。すぐに、表情を引き締め、龍一へと視線を向けた。

「何のことだか、俺には分からないな。けれど、そういうように君が見えてしまったのなら、これ以上、俺が否定しても仕方のないことだろう」

「そりゃあ、認めてるんだったら、とっくに俺に炎をぶっかけてただろうしな」

「その挑発的な物言いはやめたまえよ」

「なら、さっさと俺と戦るのかどうか、決めてくれよ。その気がねぇなら、俺は先に行かせてもらうぜ」

 少しだけなら待ってやる、と言わんばかりにポケットに両手を突っ込んで、ボーっと暇そうに立ち尽くす龍一。コンビニの入り口にこんな男が立ち塞がっていたら、絶対に近づかないだろう威圧感をナチュラルに発している筋金入りの不良生徒を前に、委員長・東真一はすぐに口が開けなかった。

「すぅ、はぁ……なぁ、天道龍一、このダンジョンを進んできたのなら、ここがどういう場所か、分かっているだろう?」

「まぁ、それなりにな」

 リアルなゲーム世界であるという認識と同時に、魔物にやられてゲームオーバーはイコールで現実の死であるということも理解している。

「ここは、とても危険な場所だ。俺達は『天職』という力を授かったが、魔物の力は未知数、いや、まず間違いなく、ダンジョンの奥地には強力なボスが待ち構えているはず」

「だろうな」

「君は喧嘩自慢で有名だけれど、そんな素人に毛が生えた程度の力量、あってないようなモノだ。『天職』の力は普通の人間を遥かに超えている。このダンジョンを生き抜くには、『天職』の能力が大事だし、そして、それは一人ではなく複数人集まれば、さらに強力となるだろう」

「おい、さっきから当たり前のことをグダグダ言ってんじゃねーぞ。結論から言えって」

「ちっ……要するに、ここはクラス全員が協力すべきだ、と言っているんだよ。天道龍一、一人で先に進むだなどと、勝手な行動は慎んでもらおう」

「あぁ? なんで俺がテメーに指図されなきゃならねーんだよ」

「だから、クラスが一致団結すべき状況なんだと、あれほど、はっきり、分かりやすく、明確かつ論理的に説明したばかりじゃあないかっ!」

「おい、そんな興奮すんなって、眼鏡曇ってんぞ」

 はぁ、はぁ、と鼻息荒く叫ぶ東は、確かにスタイリッシュな黒縁眼鏡のレンズが曇ってもおかしくないほどの高ぶりようではあった。

 しかし、それを冷静に指摘することは、火に油というものであろう。

「真面目に話を聞けよっ!」

「なに熱くなってんだよ。協力するのが大事なんじゃあなかったのか?」

「黙れ!」

 完全にキレている。これは面倒くさいことになってきたぞと、龍一は溜息こそつかないが、すでにうんざりしてきてしまった。

 ここはもう、一発ぶん殴って黙らせた方が早いかと考えたが、後ろの飼い犬みたいなドラゴンがそれを易々と許してくれるとも思わなかった。本当に、面倒な奴に絡まられたものである。

「……天道龍一、今度は真面目に答えろよ。お前はクラスのみんなと協力する気があるのか、ないのか、どっちなんだ」

 おい、二人称が「君」から「お前」に変わってるけどいいのか、と言いかけたところで、そう答えたらまた東のキレ芸が炸裂すると、かろうじて思い直した。

「とりあえず、俺は勝手にやらせてもらうぜ。クラスの奴らを集めるってんなら、まぁ、頑張ってくれや。邪魔はしねぇよ」

「そんなワガママが通用するような状況だと、本気で思っているのか?」

「テメーこそ、俺がクラスのみんなと仲良しこよしのお手手繋いでダンジョン攻略に励むと、本気で思ってんのかよ?」

 どこまでも真剣に問いかけてくる東の姿が、むしろ滑稽である。龍一はやれやれといった様子で、教えてやった。

「よく見ろ、この金髪に、この服装、オマケに煙草も……おっと、煙草はもうねぇんだったか。どっからどう見て、不良だろうが。テメーの言う通り、俺はただの不良生徒だ」

 覚悟というほど立派なモノではない。ポリシーと呼ぶほど、こだわりもない。

「この程度でビビって慣れ合うようじゃあ、不良はやってられねーぜ?」

 ただ、何となく不良と呼ばれるようになっただけ。グレたのではなく、自然とそうなった。

 そして、その自然体を、わざわざ曲げるほどの状況でもない。龍一は心の底から、そう思っていただけのこと。

「ふ、ふ、ふざけるなよ!」

 しかし、その答えを東委員長はお気に召さなかったようである。まぁ、分かってて言ったのだが。

「落ち着けよ、別に俺一人いようがいまいが、大した影響ないだろが。むしろ、いない方がスムーズに進むんじゃねぇの?」

 幼馴染のような腐れ縁を除き、クラスの連中と仲良くやっていく自信はない。こっちは気にしなくても、向こうがビビる。不良であることも、自分の容姿も、ちゃんと自覚はある。

「一人たりとも、自分勝手は認められない! まして、こんな状況なら尚更だ!」

「別に誰も気にしねーよ、んなことは。それに、悠斗がいれば上手くいくだろ」

「……悠斗? 蒼真悠斗君のことか。何故、ここで彼の名前を出す」

「そりゃあ、アイツが仕切るからだろ」

 ある日突然、クラス全員、異世界に放り出されてダンジョンサバイバル。そんな教室にテロリストが乱入してくるよりも起こる確率の低い異常事態に見舞われたなら、混乱する生徒をまとめ、導くのは蒼真悠斗にしかできない。

 あの腐れ縁の幼馴染は、それができる男だ。自分にはできないし、他のクラスの奴もできない。

「い、委員長は俺だぞ! こういう時こそ、この俺が、委員長として責任を持ってクラスのみんなを導かなければ――」

「ははっ、そりゃ無理だろ」

 とんだ見当違いの責任感である。クラス委員長ってそういう仕事じゃねーだろ。鼻でせせら笑ってしまう。なかなかに面白いジョークだった。

「合わねーことすんな、こういう時は、大人しく悠斗に任せときゃいいんだ」

 心からのアドバイス。あくまで龍一の親切心から出た言葉であるが、果たして、お前は器じゃない、と真っ向から言われて素直に頷ける男はどれだけいるだろうか。

「黙れぇっ! 黙れ、黙れ、天道龍一……お前はどこまで、俺をコケにすれば気が済むんだ!? これか、これが喧嘩を売っているってコトなのかぁ!? ああ、そうなんだろぉ!?」

「何だよ、結局、やるだのやらねぇだの、最初の話に戻るんじゃねぇか」

 全く、無駄話させやがって。時間を返せといいたくなるが、あまりにも方向音痴なキレ方に、龍一もそこまで喧嘩を買ってやろうかという気は起きない。コイツのイチャモンの付け方は、ムカつくというより、げんなりしてくるのだ。

 これなら「ああん、テメェ、白嶺の天道だなぁコラぁ!」と、情熱的なまでにストレートに絡んできてくれる黒高ヤンキー共の方が、まだ可愛げがあるというもの。

「二年七組は俺が仕切る! 蒼真悠斗君には部下として協力してもらうし、天道龍一、お前の勝手も許さない!」

「はぁ……そこまで言うなら、一つ聞くけどよ、もし、俺が大人しく言うこと聞いてやるっつったら、それで満足なのかよ?」

「ふん、口ではどうとでも言える。信頼というのは行動で示すものだからな」

「テメーの言うことは聞くし、クラスの連中を俺が真面目に守ってやったとしたら、どうだ。本当に俺のこと、認められるってのか?」

「無論だ。そこまで殊勝な心がけで働くというのなら、俺も公正公平、適性に評価を下そうじゃないか」

「ふーん……で、話は変わるんだけどよ、涼子の奴、妊娠してるんだわ」

「へっ!?」

「俺の子なんだ」

 素っ頓狂な声を上げて、さきほどまでの傲岸不遜な表情はどこへやら、東はピエロでもなかなかできないような驚き顔へと変わる。

「な、な、なにを、言ってる……う、嘘だ、そんな、ありえない……如月君が……」

「いや、マジだ。夏休みに悠斗達とハワイ旅行ん時に、何か勢いでヤっちまって」

 嘘である。如月涼子の妊娠も、俺の子も、全て真っ赤な嘘。あの口うるさい委員長とクラス一の不良生徒の自分が関係を持つなど、どこの少女マンガかと言いたい。

 だが、今年の夏休みにハワイ旅行に行ったのは本当。半ば強引に悠斗に引きずられて連れて行かれたようなものだが、それでも、行くことは行った。そして、クラス全員にお土産も配ったし、しばらくは旅行の話が流行ったから、二年七組で知らない者はいない。

 ちなみに面子は、蒼真兄妹、天道龍一、高坂弘樹、如月涼子、夏川美波、剣崎明日那、小鳥遊小鳥、レイナ・A・綾瀬、以上の九人である。二年七組の美少女総取りのような人選に、男子連中の嫉妬はかなりのモノだったが、龍一に面と向かってガンを飛ばせる者など樋口恭弥くらいなもので、その樋口も妙に興味なさそうだったから、結局、男の醜い嫉妬心は、哀れ、高坂弘樹一人に向けられるのだった。

 もっとも、女性陣の好意は全て蒼真悠斗に向けられているから、高坂弘樹は何の美味しいメにもあわず、甘い思い出も作れなかったので、最大の被害者ともいえるのだが。

「そんな、馬鹿な……」

「いやぁ、本当に馬鹿だったよ。帰ってからも、調子に乗って生でヤリまくってたからな」

 当たって当然だよ、はっはっは、と自分でも大根役者ぶりだと思うほどの白々しい笑い声を上げた。

 さて、この突然のカムアウトに対する、男子委員長・東真一の反応たるや……

「――決めた」

 妙にはっきりと、そう言った。

「決めた。もう、やめる」

「ああ?」

 東の顔は、目だけがギョロリと見開かれたままの、異様な無表情に固まっていた。そして、意味不明な宣言。

 おかしい。どう見ても、異常な様子であった。

「天道龍一、俺はね、正しくあろうと思ったんだ」

 てっきり、またギャアギャア叫んでキレるかと思いきや、その口調はやけに平坦。これまでの怒りや苛立ちといった感情が、丸っきり抜けてしまったかのよう。

「俺は強いから。強い力を授かったから、それを正しく使おうと、それが俺の運命なんだと。だから、俺がこの力でクラスのみんなを守って、導いて、無事に元の世界に帰れるようにしようと、そう、思ったんだ。たとえ――」

 ジワリ、と見開かれた目元に、涙が滲んだ。

「――たとえっ、このダンジョンから脱出できるのが、三人だけだったとしても!」

「三人だけ? おい、どういう――っ!?」

 ドラゴンが動いた。

 大きく開かれた口。ヒュウウウ、という呼吸音と共に、口腔内にオレンジ色の光が輝くのを見た。

 ドラゴンとは、火を噴くものだ。それは地球の伝説の定番ではなく、どうやらこの異世界では純然たる事実であるのだと、龍一はすでに知っている。

 ドラゴンブレス。このエリアに入って聞こえてきた大きな爆発音の正体は、このドラゴンがぶっ放した炎のブレスであると察していた。


 ドドンっ!


 耳をつんざく爆発音と衝撃に、流石の龍一も目が回った。咄嗟に捕食スキル『サイドステップ』で飛んで回避し、さらに強固な王剣を盾にして爆風を防いだ。それでも、軽く吹っ飛ばされてしまったのだから、もし、直撃を許せば、跡形も残らず消し飛んでしまうだろう。

「ちっ……コイツの相手はちょっとばかしヤベぇか」

 龍一は開けた場所は不利と見て、吹き飛んで転がされると、すぐにそのまま立ち上がって、木々が生い茂る密林へと逃げ込んだ。

「ふっ、ふふ、ふはははは! どうだぁ、天道龍一ぃ、これが、俺の力だ!」

 いや、ドラゴンの力だろ。声に出して突っ込みそうになるのを耐える。

 ひとまず、姿を見失ったことでドラゴンの炎は飛んでこない。調子に乗って撃ちまくって、辺り一面火の海になったら東も困るからだろうから。

「お前が悪いんだぞ……俺は、この最強の力でみんなを助けてやろうと思っていたのにぃ……お前が、お前がぁあああああっ!」

 どうやら、如月涼子を孕ませた、という嘘がよほどショックだった様子。こんなに頭がおかしくなるレベルでキレるとは、正直、天道龍一も予想外であった。

「はぁ……涼子、お前は本当に、ロクな男に好かれねーよな」

 東真一が如月涼子に惚れていたことは知っていた。別に龍一でなくても、クラスの半分くらいは知っている、割と有名な恋の一方通行情報である。それほど、東の涼子に対する態度はあからさまであった。

 だから、あえて嘘をついて東の反応を試した。

 絶体絶命のダンジョンサバイバル。クラス全員で一致団結して乗り切ろう。素晴らしい考えである。しかし、本当に団結などできるのだろうか。

 例えば、惚れた女を孕ませてやったと豪語する、いけ好かないクソヤロウなんかが、クラスの仲間に含まれていれば。果たして、本当にそんな人物とも、今は争っている場合じゃない、と冷静に割り切って、協力しあえるのだろうか。

 その答えがNOであると、東が身を持って証明してくれた。

「もういい、クラスのことなんて知ったことかぁ! 俺は生き残る! 俺は、俺と、俺の愛する人だけで、生き残って、そして、日本に帰って、結ばれるんだぁ!」

「そうかよ、ならそん時は、俺と涼子のガキを頼んだぜ。立派に育てて、公務員にでもしてやってくれよ」

「うぁああああ! やれぇっ! サラマンダぁあああああああああああああっ!」

 再び轟く爆音。瞬く間に密林が灼熱の紅蓮に蹂躙されていくが――やはり、視界が悪いせいか、大きな火の球の形状をしたドラゴンブレスは、龍一のいる場所へと正確に飛んでは来ない。

「東、ようやくテメーの答えが聞けた。いいぜ、俺とやろうってんなら――」

 声を上げる度に、その方向に向かって火球が撃ちこまれてくる。だが、狙いは不正確なお蔭で、凌ぐには十分。そして、その分だけ、ドラゴンの火球攻撃を観察することはできた。

 発射速度。威力。攻撃範囲。命中精度。

 今の龍一の能力なら、イチかバチかの賭けが成立するくらいには、何とかなりそう。

 面白くなってきた。龍一は自分でも気づかぬ内に、笑みを浮かべていた。

「――その喧嘩、買うぜ」

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― 新着の感想 ―
[一言] 東も可哀想に··· 他人の気持ちを試すようなことをしてると、いつか天罰が下るよ、天道くん。
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