第87話 宮殿エリア
「……ここは、また随分と雰囲気が変わったな」
ダンジョンの最奥を目指しつつ、はぐれた桃川を探して、俺達が進んだ先に出たのは、これまでの石造りとは異なる、美しい白い宮殿のような場所であった。
真っ白い壁と通路。白一色の回廊だが、ヨーロッパの宮殿みたいな精緻な装飾が施されており、灯りも白光パネルではなく、シャンデリアみたいな美しいクリスタルの照明装置が等間隔でぶら下がっている。うわ、天井に描かれているのは天使の絵だろうか。白い翼を背中から生やした、裸の少年少女が雲の漂う晴天に舞い踊っている様が、写実的に描き出されている。
そんな気合いの入った天井画も、白い造りも、シャンデリアの輝きも、何もかもがつい最近完成したばかりのように、真新しく綺麗に見える。一体、どんな魔法を使えば、こんな状態を維持できるのか。まさか、ここにだけ異世界の人が住んでいて、ハウスキーピングしているってことはないだろう。
「綺麗、ですね」
「ええ、でも、それがかえって不気味だわ」
俺と違って美術とか芸術にも関心が深い桜は、見事な異世界宮殿造りに目を奪われているが、委員長は様変わりしたエリアに強く警戒している様子。
「ここ、多分、ゴーマとか普通の魔物は住んでないよ」
盗賊の勘が働いているのか、夏川さんが確信をもって言う。
「だが、何もいない、というワケでもなさそうだが」
「ううぅー、お化けとか、出るのかなぁ」
明日那の言う通り、俺も、ここには何かがいると思っている。これもまた、一つの勘だろうか。何となく、スケルトンとか、ダンジョンの機能で生み出されたような無機質な魔物が、この宮殿エリアを支配している気がする。
でも、お化けはいないと思うけどな、小鳥遊さん。
「早く行こうよ」
そして双葉さんは、桜のように宮殿に興味を抱くわけでも、委員長のように警戒するでもなく、同じ石造りのダンジョンが続いているかのように、どこまでも無関心に言い放つ。
いや、分かっている。彼女は油断をするような性格ではない。このエリアの異様な気配、みたいなものだって、『狂戦士』として鋭い直感を持つ彼女も悟っているはず。
それでもいつもと変わらないのは、彼女にとって、見た目が変わろうと、ここも所詮は踏み越えていくべきダンジョンの一部に過ぎないからだ。
「ああ、何が出てくるか分からないから、警戒して進もう」
そうして、俺達は白い宮殿エリアの探索を開始した。
先頭は勿論、夏川さん。そのすぐ後ろに、俺と双葉さんが続く。そこから後衛の委員長と桜が並び、殿として明日那が最後尾につく。先頭と後ろだけ一人で、真ん中は二列。これが、今の俺達の基本的な陣形である。
不気味なほどに静まり返った、美しい回廊を進んで行く。神経を尖らせるが、今のところ、何の気配も感じられない……
「っ! みんな、止まって」
不意に、夏川さんの鋭い制止の声があがる。何だ、と問うより前に、みんなはまず言う通りに歩みを止めた。
「そのまま、少し下がって」
「分かった」
盗賊の能力に疑いを持つ者は誰もいない。恐らく、彼女は罠を感知したのだ。
俺達がその場を少しだけ後退するのとは反対に、夏川さんだけが前に進む。そして、すぐに足を止める。
腰を落として、すぐに跳躍できる体勢。一秒、二秒、俺達は固唾をのんで見守った、その時だ。
夏川さんが、バックステップで俺達の元まで一足飛びに跳ねてきた。直後、彼女の頭上にあったシャンデリアが落下してきたのだ。
けたたましい音を立てて、水晶のような輝くシャンデリアは粉微塵に砕け散る。
「このトラップは、真下を通った人じゃなくて、その後ろに続く人を狙うように、わざと落ちるタイミングを遅らせてるみたい……酷い、悪質なやつだよコレ!」
むー、っとトラップの設定に怒る夏川さんは、頼もしくもあり、可愛らしくもあった。
「本当に、危なかったな。あのまま進んでいたら、ちょうど桜と委員長のあたりで落ちていた」
「多分、パーティで隊列を組んで進んでくることを見越しているのね。そして、後ろや真ん中に位置するのは、自然と反応が鈍い魔術士クラス……美波の言う通り、悪質だわ」
「ここのエリアは、魔物よりも罠に気を付けた方がいいかもね」
「それじゃあ、頼りにしているよ、夏川さん」
「にはは、私に任せてよ!」
ひまわりの様な明るい笑顔で答えた夏川さんは、事実、本当に頼りになった。
まだ一体の魔物と遭遇してもいないというのに、その後、シャンデリア落下トラップが発動すること二回。落とし穴三回。矢が飛んで来たり、槍が振ってくることもあった。
ここまで立て続けに罠が発動すると、俺も何となく、気配というか予感というか、そういった感覚が分かるようになってきた。でも、まだまだ不確かな弱い感覚で、とても夏川さんのように鋭く罠を探知するのは難しい――
習得スキル
『罠探知』:仕掛けられた罠を探知する。
と、思っていたら、習得してしまった。夏川さんには何か申し訳ないから、まだ黙っていよう。まぁ、警戒の目が二つに増えたことだし、良しとしようじゃないか。
「あっ、ここ! ここに隠し部屋があるよ!」
夏川さんが、嬉々として何もない白塗りの壁を示す。俺も『罠探知』を念じるように発動させて、注意深く壁を見ると……うーん、隠し扉の類は罠ではないから、イマイチ反応が鈍い気がする。でも、確かに、普通の壁とは違うという感じがするな。
「もしかしたら、久しぶりに宝箱あるかも!」
「この宮殿の宝箱なら、何だか凄いモノが入ってそうですね」
「うんうん! やったー、お宝ゲットだよ!」
正直、トラップサーチで大活躍だった夏川さんだったから、不覚にも彼女が隠し部屋を喜び勇んで開くのを、誰も止めなかった。
白い壁が自動ドアのようにスライドして、隠されていた部屋が開かれる。
「お宝は――あっ」
真っ先に部屋に飛び込んだ夏川さんは、直後に、硬直。
「あ……ご、ごめん……」
「どうしたの、夏川さ――っ!?」
中を見れば、彼女が涙目で固まった理由が分かった。
「コォオオオ……」
白い隠し部屋の中に、漆黒の騎士がいた。背丈は2メートル近く、重厚な鎧兜を身に纏っている。分厚い大盾に、ゴツい刃のハルバードを持ってたり、身の丈ほどもある大剣を持ってたり、トゲトゲ鉄球のフレイルだったり……つまり、そんなヤバそうな外観の黒騎士が、三人も待ち構えていたわけで。
「下がれっ! 桜、委員長!」
咄嗟に隠し部屋の入り口から退避。入り口前に立っていた俺と夏川さんは転がるよう回避し、すんでのところで、凄まじい速さで突っ込んできた黒騎士の攻撃を逃れた。
「『光矢』!」
「『氷矢』!」
一定の距離を下がると同時に、桜と委員長の攻撃魔法が即座に放たれる。
だが、大盾のシールドバッシュで入り口から飛び出した黒騎士は、そのまま盾を構えたまま、二人の攻撃魔法を受け止める。
「やっぱり、あの盾は相当硬いか」
揺るぎ無く攻撃魔法を受け止めながら、後続の大剣騎士とフレイル騎士が入り口から素早く回廊へと出てくる。
これで、黒騎士三人衆は、俺達の行く手を塞ぐように回廊に立ちはだかる格好となった。
「兄さん、ここは退いた方が」
「いや、奴らはデカいけど素早い。背中を見せれば、追いつかれる」
俺と明日那と夏川さん、あとは双葉さんなら、走って奴らから逃げられそうだが、それでも武技を使っての全力疾走でなければ無理だろう。あまり大きな身体能力の強化がない、桜と委員長、そして完全に元の人間のままの力しか持たない小鳥遊さん、彼女達を抱えて逃げるのはどう考えても不可能だ。
「ここで、倒すしかないのね」
「コイツら、強いぞ……並みのボスよりも、強い」
覚悟を決めた委員長と、危機を察知して前に出てきた明日那が、異様な気配を放つ黒騎士を前に息を呑む。
俺達はそれぞれの武器を構え、門番のように泰然と佇む黒騎士と向かい合う。
「蒼真君、私、あの盾の人の相手をするね」
「双葉さん、援護は」
「大丈夫。残りを抑えてくれれば、それで何とかなるから」
「分かった、剣は俺がやる。フレイルは明日那と夏川さんに任せた」
「心得た」
「ふ、フレイルってなにー?」
「美波、鉄球のついた武器のことよ! っていうか、消去法で分かるでしょ!」
「ごめーん、涼子ちゃーん!」
夏川さんが、緊張のあまり間の抜けたやり取りをしてしまったが、黒騎士は空気を読んでいるのか、それとも先手を譲ってやるという余裕なのか、ただジっと構えたまま、襲い掛かってはこなかった。
いいだろう、それなら、その態度に甘えて、こっちのタイミングで行かせてもらおう。
「――小太郎くん、私に力を貸してね」
合図も兼ねて、チラと視線を横に向ければ、双葉さんはそんなことをつぶやきながら、小さな赤い木の実を口に放り込んでいた。
何だろう、アレは――疑問が浮かんだその瞬間、
「はぁああああああああああああああああああああああああっ!」
爆ぜる、燃える様な気迫と魔力の波動。耳をつんざくような雄たけびをあげて、双葉さんは『狂戦士』に相応しい勢いをもって、盾を構える黒騎士へと大砲のように突撃していった。
その、あまりの迫力に、つい俺は出だしが遅れてしまった。
「い、行くぞっ、みんな!」
宮殿エリアの妖精広場は、ここの雰囲気に見合った豪華な造りであった。妖精胡桃の並木は綺麗に切りそろえられ、咲き誇る花々は計算された配置となって、明らかに庭園としての形となっている。白一色の噴水も、ここのは一回り以上大きく、さらに金色の装飾までされている。
しかし、機能としては普段の妖精広場と変わりはない。俺達はここに辿り着くなり、すぐに休憩に入った。
「はぁ……ここは、なかなか厳しいエリアね」
「ああ、でも、収穫は大きかったよ」
噴水の冷たい水を飲んで一息つくと、委員長がため息交じりに言う。
確かに、あの隠し部屋に潜んでいた黒騎士三人衆をはじめ、出現数こそ少ないものの、ここで現れる魔物はどれも強力だった。確実にダンジョン序盤のボスよりも、奴らは強い。
ここの魔物は、基本的にはあの黒騎士と同じように、鎧兜で全身を武装した、騎士の様な姿をしていた。フルアーマーのスケルトンか、と思ったが、鎧の中には何も入っていなかった。
「あっ、もしかしてこの魔物って、デュラハンってヤツ!?」
「鎧だけで動く魔物なら、リビングアーマーって言うんじゃない?」
黒騎士を倒した後、夏川さんと委員長のそんなやり取りを経て、とりあえずコイツらを、俺達はリビングアーマーと呼ぶことに。
このリビングアーマーは、そもそも本体が鋼鉄の鎧兜だ。装甲を貫通させたとしても、中に誰もいないから傷つく肉体が存在しない。つまり、弱点がない。普通なら決め手となるような一撃も、奴らからすれば痛くもかゆくもないのだ。
無敵に思えるリビングアーマーだが、弱点はあった。それは、光属性。
切っても突いても、怯まず向かってくる奴らに苦戦している中で、委員長が気づいたのだ。リビングアーマーの鎧を動かしているのは、大抵は鎧にとり憑いた悪霊とか、そういう類の奴だから、光属性の魔法なら、当たれば一発で浄化できそうじゃないか、と。
実にゲーム的な発想だが、俺もそうとしか思えなかった。俺だって小学校の頃から、それなりにRPGとかやったし、ファンタジーな漫画とかも読んでたしな。
そんなサブカル知識がなくても、目の前であの大剣騎士と切り合っている最中に、どこか異様な魔力の気配を強く感じられたから、何かあるとは確信できた。すでに俺は『光精霊』という生物ではない、魔力で体が構築された魔法生命とでも呼ぶべき存在を知っているから、リビングアーマーも似たような存在が本体なのだと自然に納得がいった。
そして、それに気づけば後は早い。桜の『光矢』が狙ったのは、俺が袈裟懸けにして大きな亀裂を入れていた、大剣騎士の胴鎧。鎧の装甲そのものは、『光矢』を軽々と弾くが、その内側の伽藍堂に届けばどうか――大当たりだった。
奴らの鎧の中が、本体精霊の居場所。光の攻撃が届いた瞬間、人の肉体が貫かれたかのように、血飛沫代わりの真っ黒い不気味な魔力の靄が噴き上がった。
一発当たっただけで、騎士は苦痛に身を捩り、二発、三発、と撃ち込まれれば黒い煙が爆ぜ、直後に鎧兜はガランと音を立てて崩れ落ちたのだった。
強固な鎧を物理攻撃で破壊し、内部に光属性攻撃を届かせる。分かりやすいリビングアーマーの攻略法が確立されたことで、明日那と夏川さんが苦戦していたフレイル騎士も、すぐに撃破することができた。
桜の『光矢』が通るのなら、同じく武器に光属性を付与させる『光の守り手』も効果がある。桜が弓を撃たなくとも、光属性が付与された刃を、確実に鎧の内側へと通せば、それだけでリビングアーマーを停止にまで追い込める。
今回は桜の光属性の力に大いに助けられることになったが……実は、同時に光属性がなくてもリビングアーマーを倒す方法が発見された。
それは、完膚なきまで鎧を破壊すること、である。実行したのは、双葉さんだった。
弱点を見抜き、二体の騎士を俺達が倒した頃に、彼女はボコボコに凹んだ大盾の騎士を殴り飛ばしていた。
その時には、大盾の騎士はハルバードも盾もその手にはなく、双葉さんも素手だった。だが、奴を倒すにはそれだけで十分だったようだ。
倒れた騎士の足を双葉さんが掴み上げると、そのままメキメキと金属の悲鳴を上げながら鋼鉄の右足が引っこ抜かれた。もげた右足をゴミのように放り投げて、今度は左足に手をかける。そっちも抜くのかと思いきや、足首を持ったまま、騎士の体をぶん投げた。
無造作に、思い切り床へと叩きつけられる騎士。二度、三度、もう数えるのが馬鹿馬鹿しいくらい、連続かつ猛スピードでドッカンドッカン叩きつけ。
その内に、腕が外れ、首が外れ……転がった兜を、双葉さんが踏みつけて、空き缶のようにペチャンコにしたところで、ついにリビングアーマーは昇天した。
「あれ、私が最後? ごめんね、倒すのが遅れちゃって」
にこやかな笑顔が、かえって恐ろしい。
これが『狂戦士』の戦い方。リビングアーマーを物理100%の圧倒的暴力だけで叩き潰すとは。ちょっと、俺には真似できそうもない。
「久しぶりに、良い武器が手に入った」
強敵揃いのリビングアーマーだが、奴らの装備している武器はどれもスケルトン部隊を上回る高品質なモノばかり。切れ味鋭い刃、というだけでなく、魔法の宿った武器も何本かあるのだ。
そのまま使ってもいいし、小鳥遊さんの『錬成陣』で使い慣れた武器と融合強化させてもいいだろう。ここでメンバーの装備を一斉に更新するのだと、小鳥遊さんはヤル気をみなぎらせていた。
「ええ、私もついに魔法の杖が手に入ったしね」
リビングアーマーの中には、全身鎧にローブを羽織った魔術士タイプの奴もいた。委員長が満足げな顔で手にする、先端のオーブから青白い輝きを放つ、如何にも魔法使い、みたいなデザインの長い杖は、その魔術士タイプからの戦利品である。委員長、敵が氷魔術士だと見るや、速攻で撃ちまくってたな。ずっと欲しかったんだろう。
武器の他にも、夏川さんの勘が冴えわたり、幾つかの宝箱も発見している。中には定番のポーションが多かったが、幾つか、魔法のアイテムらしきモノもあった。
指輪やネックレス、髪飾りといったアクセサリーで、ただの装飾品ではないというのは、何となく魔力の気配で分かるのだが……どういう効果を持つのかは、調べてみないと分からない。といっても、ノーヒントで実証もできないので、これも『賢者』である小鳥遊さんに頼るしかない。
「武器の強化にアイテム鑑定なんて、小鳥は大忙しね」
「まぁ、ゆっくり取り組んでいけばいいさ」
今は先を急ぐのが最優先、ってワケじゃない。俺達は要所で、桃川の捜索も行っている。勿論、成果なんて全く上がらず、桃川の行方どころか、人の痕跡すら見当たらない。
この超巨大なダンジョン、それも転位なんていうテレポートもある広大な空間から、たった一人の人間を探し出すなんて、魔物がいなくたって難しい。やはり桃川がどうにか先に進んでくれていなければ、合流の可能性はかなり低いだろう。
まだまだ先が長そうなダンジョン攻略だ。現段階では、桃川の捜索はほとんど不毛な行いに思えるが、ここのような使える武器やアイテムが収集できるエリアなら、空振りに終わっても大きなメリットが見込めるだろう。
「蒼真君、この辺の捜索に行きたいんだけど」
ちょうど桃川捜索について考えていると、察したかのように双葉さんがやって来た。まさか、本当に察したワケではあるまい。彼女はついさっきまで、戦利品である大盾を噴水で水洗いしていたし。
「リビングアーマーの戦いは厳しかったし、もう少し休んでからにしよう。それと、今日は広場の近くだけにしておいて、本格的な捜索は明日からの方がいいんじゃないかな」
「うん、そうだね。メンバーはどうするの?」
「小鳥遊さんは色々と仕事があるから残るとして……桜と明日那と委員長は残ってもいいんじゃないか?」
とりあえず、まだ余力のある俺と、探知のできる夏川さんは必須メンバーだ。それに双葉さんを加えた三人なら、かなり身軽に移動できる。いざという時の撤退も、フルメンバーよりも遥かに迅速に行える。
「私も行くわ」
「いいのか、委員長?」
「ええ、もう少し、この杖を使って戦ってみたいから」
なるほど、武器に慣れる、ってのは大事だからな。でも、委員長が杖で魔法をぶっ放すのが、ちょっと楽しそうにしているのは、気のせいだろうか。
「分かった、それじゃあ、また後でね」
柔らかな微笑みを残して、双葉さんは休息するべく、騒がしくない広場の隅へと向かって行った。
本当に、リビングアーマーとの戦いは、他の魔物よりも遥かに危険で、集中力も必要とする、激戦の連続だった。体力的にも精神的にも、疲労感はこれまでのエリアの比ではない。誰も「もう疲れた」なんて弱音こそ吐いたりしないが、彼女達の表情には隠し切れない疲労の色が見て取れる。俺だって、まだ戦えるだけでの余力こそあるが、今までほどの余裕はない。
けれど、双葉さんだけは、本当に疲れた様子は全く見せずに、戦いを終えた後も、こうして会話している時も、微笑みを絶やさない。余裕というより、いっそ優雅といってもいいくらい。
「はぁ……双葉さんは、強いな」
そんな風に、本気で感心してつぶやいてしまう。
けれど、それがどれだけ馬鹿な言葉だったのか――俺は、その日の夜に、思い知ることになるのだった。
 




