表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第2章:豚
9/520

第7話 初めてのダンジョン探索

「あ、あ……ごめんなさい、痛いことはしないでください、お願いします」

 今、僕は大絶賛、命乞い中である。けれど、それを情けないとは言わないでほしい。

「桃川小太郎。そなたとの再会、嬉しく思うぞ」

 目の前には死神、もとい、僕にありがたーい呪術師の天職を授けてくれた神様、呪神ルインヒルデが立っている。理科室に飾られている骨の方の人体模型とは一線を画す、凄まじい存在感と威圧感を放つ。

 その髑髏にボロい黒ローブの恐ろしげな姿という以上に、僕はこの神様に頭をぶっ刺されたり胸を貫かれたりと痛い思い出しかないのだから、起きて早々、半泣きで命乞いスタートするのも当然だろう。

「あのう……僕は何か、まずいことをしたんでしょうか?」

 呪術師の癖にあんなDQNにいいようにやられるとは情けない、とか言って理不尽なお叱りを受けるのは勘弁願いたい。だったら、樋口が血反吐を吐きながらのたうちまわって苦しんで死ぬような超ヤバい威力の攻撃系呪術を授けてくださいよぉ! なんて文句も、神様本人に言えるわけないし。

「そなたの恨み、中々に甘美な味わいであった。褒めてつかわすぞ」

 どうやら、僕の体たらくにお怒りではなく、むしろお喜びである様子。良かった、と心の底から安堵する。この神様をキレさせたら、本当にどうなるか分かったもんじゃないし。

「はぁ、それはどうも、ありがとうございます。それで、僕はどうして呼ばれたんでしょうか?」

 ふと目覚めたら、僕はまたこの神様時空にいた。真っ暗闇のくせに、不思議と相手の姿も周囲も見渡せる、SF映画で描かれる宇宙空間みたいな。

 僕は妖精広場で、色んな薬草の組み合わせを吟味している内に、ここで疲れが祟ったのかウトウトと眠りに落ちてしまった。

 あの場所はモンスターが近寄らない安全地帯だと保障されているから、睡眠するのに問題はない。お花畑で横たわる無防備な僕の体を襲う者はいないだろう。性的な意味じゃなく、捕食的な意味で。

「そなたに、新たな呪術を授ける」

「えっ!? 本当ですかっ! ありがとうございます!」

 思わぬところでレベルアップ。やはり鎧熊を倒した経験が大きいのだろうか。だってアイツ、どう考えても中ボスくらいの風格がある。そんなヤツと最初にエンカウントするんだから、ゲームだったらとんでもないバグだ。

 何はともあれ、こうして新技を与えてくれるというのだから、ありがたく受け取ろう。できれば、今度こそモンスターに直接ダメージを与えられる攻撃技が欲しいです。お願い、神様。

「さぁ、受け取るがよい」

 厳かに言いながら、ルインヒルデの腕が動く。あれ、このパターンってもしかして――と、イヤな予感が全身を駆け巡ったその時には、僕の頭は骨の右手で掴み上げられていた。より正確にいえば、僕のちょっと長めの黒髪を掴まれていたのだ。

「うわぁあああ! やっぱり――ぐふぉおあああああっ!?」

 泣き言の途中で、僕の腹のど真ん中に貫手が突き刺さった。固い腹筋のないプニプニ柔らかい腹部など、何の防御力も発揮せず、あっけなく鋭い指先にぶち抜かれる。

「恨み、妬み、だが、踏みとどまらずに前へ進む。やはり、そなたには呪術師の才がある。期待しておるぞ、我が信徒、桃川小太郎」

 ルインヒルデが髑髏をカタカタさせて何か言ってるけど、今の僕には神の言葉に耳を傾ける余裕など微塵もない。というより、もう意識が遠のいて……ああ、もう本当に、悪夢だよ……




「よし、新しい加護も得たし、薬もいっぱい作ったし、出発準備オッケーだ!」

 スプラッターな加護の授け方をされて、ちょっと鬱になった気分を無理矢理にでもアゲていく。だって、そうでもしないと、如何にも「地下迷宮のダンジョンです」と言わんばかりに薄暗い通路へ、一歩を踏み出していく勇気が出せないのだから。

「い、行くぞぉ……」

 結局、おっかなびっくり忍び足で、僕は本格的なダンジョン探索を開始した。

 上靴の薄いゴム底は、はっきりと硬い石畳の感触を伝えてくれる。妖精広場は自然公園の一角を丸ごと切り取って持ってきたような感じだったけど、そこから先の通路は螺旋階段と同じようにかっちりとした石造りとなっていた。

 ただし、灰色の壁面は随分と苔が生していたり、大きなひび割れが走っていたりと、荒れた様子。石畳の隙間を割って、名も知らぬ雑草がそこかしこに生えだしている。

 直感薬学も「何の効果もない雑草。無価値。絶滅すればいいのに」と、ここぞとばかりにディスった説明文を頭に浮かばせてくれる。これって、こんな能力だっけ。

 そんな風に元気に雑草が生えているわけだが、ここが自然の光など入るはずのない地下であることに変わりはない。

 灯りは勿論、例の白い魔法光である。ただし、その蛍光灯のような魔法発光タイルの設置間隔はまばらで、通路の端々まで照らし出されるほどの光量はない。その見えない闇の端っこで、モゾリと大きな虫が動いたような気がした。

「は、あはは……まさか、あんなデカいゴキブ――」

 再びガサリ、と音がして息を呑む。一瞬、視界に映った影は、どうみても日本一の嫌われ者である茶褐色のアイツにそっくりだった。

 僕はそこまで虫が苦手ではないし、ヤツを丸めた新聞紙で叩き潰すことに躊躇もない。だがしかし、ソレが手のひらサイズにまでなれば、無理だ。何かもう色々、無理。人の手に負えるレベルじゃない。人類は滅亡する。

 そんな戦慄を覚えながら、後ろを振り返ることも、左右に注意を払うこともなく、足早に通路を歩き続けた。幸い、ヤツの蠢く不気味な音は、すっかり聞こえなくなった。ふぅ、っと心の底から安堵の息を吐いたところで、通路が途切れる。

「分かれ道……っていうか、大通り、なのかな」

 通路の先に、随分と開けた空間が姿を現した。見上げるほど高い天井に設置された大型の発光タイルが、目の前の景色を照らし出す。二車線道路の幅くらいある通路が、僕の目の前を横切っている。

「なんか、長いトンネルみたいだな」

 半円形の屋根もオレンジのナトリウム灯でもないけど、そんな感じである。右を見ても、左を見ても、この大きな通路の先は緩いカーブを描いて闇の向こうに消えている。そこから地下鉄でもガタゴトと現れそうな雰囲気だ。

「方向は……右か」

 魔法ノートを開き、コンパス機能で進行方向をチェック。ぼんやりと白く輝く魔法陣の上に、通路右側を指し示す矢印が、確かに表示されている。揺れることもブレることもなく、はっきりと。

 他に頼るものもない僕は、矢印が自信満々に示す先を、何の疑いもなく歩き始めた。

「ホントにこれで、あってんのかな」

 しかし、三十分も変わり映えのしないトンネルを歩き続ければ、自然とそんな愚痴も零れる。改めてノートを確認しても、矢印はやはり僕の前を指し示すのみ。

 意味もなく疑いながらも、さらに進むこと数十分。矢印が、方向を変えた。

「うわ……大丈夫なのかな、この道」

 矢印はハッキリと、崩れかけた壁面の奥に覗く細い通路を指し示していた。どう見ても、正規に開けられた通路入口ではなく、向こう側まで誰かがドリルでこじ開けたみたいな有様だ。

 ここまでトンネルを歩いてくる中でも、同様に壁が崩れたりしていた箇所は見かけたけど、いざそこに入れと言われれば、少しばかり躊躇する。

 だが、悩んでいても仕方がない。きっとこれは近道的な効果があるに違いない、と無理に前向きな考えをでっち上げて、僕は大きな亀裂へ体を滑り込ませる。

 そうして入り込んだ先は、最初に妖精広場を出た時と似たような通路が広がっているだけ。トンネルか薄暗い通路の二種類でこのダンジョンは構成されているのか、と疑ってしまうほどに変化がない。

 とりあえず、魔法のファンタジーらしい壮大な景色に期待せず、歩き出そうとしたその時だった。

「――ダゴアアァ!」

 声が聞こえた。

「誰だ……いや、人じゃ、ないのか……」

 最初は、クラスメイトの誰かがそこで喚いているのかと思った。しかし、その声はどう聞いても日本語ではない、リスニング不可能な雑音同然の声音。異世界の言語を喋る何者かがいるのか、というよりは、その荒々しい雰囲気からいって、獣が唸っているといった方が近いのかもしれない。

「……あそこの部屋か」

 声は、真っ直ぐ続く通路の途中にある、扉の向こうから聞こえてくる。部屋の中は、ここよりは明るいようで、僅かに開いた扉の隙間から、白い光が漏れていた。そっと覗き込んでみるには、ちょうどいい塩梅だ。

 これはもしかすると、鎧熊に続く新たな魔物がいるのかもしれない。もし見つかったら、やはり僕には対抗手段はない。呪神ルインヒルデ様から授かった新たな呪術も、残念ながら攻撃技ではないのだから。

 危険かも、と思いながらも、僕はその部屋の中を確認する誘惑に抗えなかった。だって気になる、途轍もなく気になる。というか、新しい魔物がいるなら、せめて姿くらいは確認しておきたい。他にも、何か得られる情報があるかもしれないし。

 ドクドクと緊張に高鳴る鼓動を感じながら、僕は足音を殺してソロリソロリと扉まで接近してゆく。耳に届く意味不明の唸り声みたいなのは、どんどん大きくなる。次の瞬間には、この声の主が、あの木製っぽい扉を蹴破って飛び出してくるんじゃないか、そんな想像が脳裡を過るが、最終的に、僕は扉の前まで辿り着いた。

 息を止めて、そっと、隙間から中を覗きこむ――

「――っ!?」

 叫ばなかったこと、驚きで物音をたてなかったこと。僕がどっちの下手も打たなかったのは、奇跡としか言いようがない。なぜなら、目に映る室内の光景は、想像を絶するものだったのだから。

「人を……食べてる……」

 声には出さず、心の中だけで、そうつぶやいた。人が食べられている。言葉にしてみれば、それが目の前にある現実の全てだった。

 室内はガランとした何もない石造りの部屋。大きさは教室の半分くらいだろうか。僕が覗く扉と対角線上にある端っこの方で、蠢く三つの人影。

 いや、ソレは本当に色が真っ黒いだけ。蛍光灯みたいな白色光の下で、その油で滑ったような黒光りする体表は、ゴキブリを見た時と同じような嫌悪感を覚えさせる。だが、二足で立ち、二本の腕で物を持ち、黒い体にボロキレ同然だが衣服をまとうその姿は、ゴキブリよりも遥かに人間に近い。

 けれど、誰に説明されなくても、あの黒い三体が人間じゃないと理解できる。人を喰う、ただその一点において、アレを人類と認めたくない。

「はっ……はぁ……な、何だよ、あの化け物は……」

 部屋の奥で三体がたかっている一人の人間――いや、もうはっきりと僕は認識してしまった。そこに横たわっているのは、間違いなくクラスメイトの女子であると。赤黒二色のペンキをぶちまけたような血溜まりの中で、見慣れたセーラー服の紺色が見えた。プリーツスカートから覗く、二本の白い足が妙に艶めかしい。

 そこまでハッキリ見えていても、僕にはその女生徒の名前が分からなかった。彼女の顔が見えないからだ。僕の位置からでは、黒髪セミロングの後頭部しか見えない――もう体と繋がってない、床に転がる生首の後頭部しか。

 ついでにいえば、彼女の体は頭だけでなく、両腕もなかった。右腕は肩口から、左腕は、肘から切り落とされている。

 グチャリ、グチャリと下品に響く咀嚼音。失われた両腕は、それぞれ黒いヤツが一体ずつ手に持ち、細長い白魚のような指先に齧りついている真っ最中だった。

「うっ……うぅ……」

 口まで逆流してきた胃液を、寸でのところで飲み込む。勝と一緒にスプラッターなグロ描写しかウリのないゾンビ映画を見て、多少なりとも耐性ができていたお蔭だろうか。

 それでも、この圧倒的にリアルな食人シーンは、どんなホラーの名作でも決して再現しきれない残虐さ、凄惨さ、不快感、嫌悪感……ああ、気持ち悪い、気持ち悪い……ただ、ひたすらに、気持ち悪い。

 右手の中指をしゃぶる、黒いヤツの顔がチラリと見えた。ゾンビよりも醜悪な面構えだ。

 ギョロリとした、まん丸い黄色い目玉が、真っ黒い肌の中で一際目立つ。ギラギラと輝いて見えるくせに、黄金のような輝きは感じず、腐った卵の黄身みたいに濁ってもいるのだ。

 顔面の中心にある鼻は、欠けてるんじゃないかというほど低く潰れているが、そんなに人肉が美味いのか、それとも女子を喰ってることに興奮してるのか、分かりたくもないが、フガフガと鼻息が荒いことだけは分かった。

 そして何より、滴る血を拭いもせず一心不乱に白い指を貪る口こそが、最も気持ちの悪さを感じさせる。大口、という表現を逸脱するデカさ。頬の半ばあたりまで裂けている。巨大な口腔から覗くのは、白と黄色が斑模様になった薄汚い乱杭歯と、妙に長さのある赤い舌。歯はガリガリと指の肉をこそぎ落とし、舌は血の一滴も逃すまいと蛭のように、肉の剥がれた骨の指先を這う。

 直視に堪えない光景だが、手を喰ってるこの二体はまだマシな方だ。最悪なのは、もう一体。セーラー服の裾がめくれあがって、扇情的にも剥き出しとなった白くほっそりしたお腹に、ソイツは顔を突っ込んでいる。ちょうどヘソのありそうな腹のど真ん中。そこから、ズルズルと腸を引きずり出して食っているのだ。二本の腕を持っているくせに、野良犬がゴミ袋から生ごみを漁るような犬食い。人型のくせに、猿よりも知性の見られない醜悪な食事風景である。

「はぁ……はぁ……は、早く……逃げ――っ!?」

「グァラっ!」

 突如として、一体が鋭い声を上げた。喰いかけの右手を投げ捨て、代わりに腰からぶら下げていた錆びついた斧を持ち、振り向いたのだ。そう、僕が覗き見している、扉の方へ。

 ヤバい、見つかった――

「デギエエエエェ!」

 と思いきや、そのままターンして再び後ろ向きになった。どうやら、僕の存在に気付いたわけではないようだ。

 なんだよ、ちくしょう、ビビらせやがって。そんな悪態を心の中でついた、その時だった。

 ダンっ! と鈍い音が、部屋いっぱいに轟いた。何の音だ――疑問に思うより前に、僕の目はヤツの行動を正確に捉えている。

 アイツが手にした斧を、思い切り振りおろしたのだ。何処へ? 決まっている。彼女の死体にだ。狙われていたのは、足。太ももの付け根あたり。

 ダンダン、ドッドッ。肉を打つ鈍い音が連続する。見るからに切れ味の悪そうな、赤茶けた錆びまみれの刃を、狂ったように振るい続けていた。人体においてウエストの次に太い大腿部は、切れない斧による打撃同然の斬撃を幾度も受け、スッパリ切断というよりも、ズタズタに削り落とされていく。

 血の気の引いた青白い少女の足に、無残な傷痕が赤々と刻まれる。勢いでめくれ上がったスカートから清楚な水色の下着が覗くが、かえって生々しさが強調されるだけだった。堂々と女子のパンツを拝めるなんて夢みたいな光景のはずが、アイツが一心不乱に斧を叩き付けるせいで、悪夢のワンシーンにしかならない。

 そう、これは正に悪夢だ。鎧熊に襲われた、樋口にコアを奪われた。そんな不幸の何と温いことか。今の自分が世界一の幸せ者だとさえ思える。だって、僕はこうして生きていて、彼女は死んで、食べられているのだ。グチャグチャと下品に、あんな野蛮で醜悪なモンスターに、喰い散らかされている。

「グヴェエエ!」

 ゴキリ、と一際大きく響いた音が、耳の奥に残った。半ばまで寸断された大腿骨を、強引に千切った音に違いない。そうして、ついに切り落とした脚を両手で抱え、夢中で肉付きの良い太ももへ汚らわしい大口でかぶりつく。

 グェーとかブェーとか、耳障り最悪の声をがなり立てているのは、口にした獲物に心底満足しているのだろうと、嫌でも理解させられる。

「嫌だ……嫌だ……もう、イヤだ……」

 足を貪る一体に、残りの二体が触発されたのか、手にする太ももの食べかけを廻る醜い奪い合いを始めたところで、僕は限界を迎え、震える足でその場をゆっくりと後にした。

 観察としては、十分だ。もう、十分すぎる。このダンジョンに、喜んで人肉を貪り喰らう食人鬼がいるということが、判明したんだ。

 髪の毛がなく、ツルツルというよりヌルヌルした禿げ頭から、奇形の巻貝みたいな歪な短い角を二本生やしていることから、やはり鬼と呼んでもいいだろう。

「逃げないと……絶対に、何が何でも……こんな、所から」

 心の底から湧き上がる圧倒的な恐怖心に突き動かされて、僕は足早に、暗い通路の先を進んで行った。

 2016年7月16日

 申し訳ありません、予約投稿を忘れたので、更新が遅れてしましました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ