第84話 呪術師VS盗賊(1)
「――っち、流石にこの深さじゃあ、底は見えねーか」
桃川とクソデブが揃って落ちて行った深い落とし穴を、俺は覗き込む。
この高さでは助かるまい、なんつって実は生きてました、なんてオチがよくある。そういうのを見る度に思う、ちゃんと死体を確認しないバカがいるか。今、こうしてダンジョンの魔物をぶっ殺すようになってから、尚更に思うね。瀕死の奴でも、完全に死んで止まるまでは油断できねぇ。窮鼠猫を噛む、イタチの最後っ屁、なるほど、ことわざってのは真理だぜ。
「おいおい、これホントにちゃんと動くのかよ」
この生贄型の転移魔法陣は、人間一人分を捧げれば発動する、と古代語の説明文には書いてあった。他にも何か色々あったけど、今の俺の解読スキルじゃあ、最低限しか読めなかった。それでも、普通に使うには問題ないとは思ったんだが……
「まぁいい、もうちょい待ってみるか」
桃川と斉藤の二人分も生贄を放り込んだんだ。これで動かなかったら、諦めるしかない。流石に三人目も追加、とはいかない。
まだ、レイナ・A・綾瀬を失うわけにはいかないからな。殺したくない、というより、戦いたくない。コイツの能力はマジで厄介だからな。本気で抵抗されたら、恐らく、俺も返り討ちに遭う。
問題なのは、レイナ本人じゃなくて、コイツが使役する『霊獣』だ。術者本人から独立して意思を持っているから、レイナが眠っている間も、常に周囲を警戒している。精霊、つまり魔力でできた魔法の生命体だから、動物のように疲労もしない。レイナの魔力さえあれば、24時間オールタイムで警護し続けるってことだから、隙がねぇ。
「なぁ、盗賊の神様よ、二人もぶっ殺したんだ、何か新しいスキルをくれよな。できれば、魔法に対抗できるようなヤツがいいなー、なんつって……」
不意に、直感が働く。間違いない、俺の『サーチハイセンス』が反応した。この感覚だけは、もうすっかり慣れて体に染みついている。気のせい、なんて間抜けはしない。
「なんだ、この感覚……何が来るってんだ……」
まさか、桃川が言ったように、生贄を捧げられた結果、ヤバい魔物が召喚される、なんてことはねーだろうな。転移はきっちり一人分じゃないと発動しなくて、二人以上になると魔物召喚って機能だったり……クソ、全文解読してねぇから、確証がもてねぇ。
けど、違う。分かる。
「ちっ、マジかよ、桃川、テメぇ――」
ハッキリと感じた。この危機は、俺の命を狙う、殺意に燃えた『敵』は、この奈落の底から這いあがってくるのだと。
「樋口ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「生きてやがったのか、桃川ぁっ!」
桃川の恨みがましい絶叫と共に、大きな黒い影が落とし穴から飛び出す。
「こんなところで死ねるかよ、僕も、勝も――」
「クソっ、何だってんだよ、ソイツは……斉藤は、確実に殺ったはずだぜ」
現れたのは、野良猫みたいな生意気な童顔を怒りに歪ませた桃川と、斉藤、いや、斉藤のような、奴だ。
ような、ってのはアレだ。微妙に姿が違うからだ。
全体的には、学ラン着て腰に戦士用の長剣を下げただけの、斉藤と変わらない。強いて言えば、その目には生気がなく白目を剥いていて、完全に死人の表情ってくらい。死んでる。間違いなく、斉藤は死んでいる。
けど、斉藤はこうして俺の前に立っている。桃川を背負って、あの落とし穴を凄ぇ勢いで駆け上って、再び現れた。
「樋口、お前を殺すまでは、死んでやれない!」
「テメェ、死体を、操ってやがるのか……」
そうとしか思えないし、そういう風にしか見えない。
斉藤の死体には、あのレムとか呼んでいた泥人形が、体の各所に鎧のようにくっついている。頭には髑髏がバイクのヘルメットみたいに被さってるし、肩や手足には、妙に硬かった緑色の装甲がくっついてる。おまけに、右手にはカマキリみたいな刃も生えてやがる。
泥人形を通して死体を操作してるって感じだ。それも、落とし穴を登って来たってことは、かなりの運動性能。穴の壁面はここの床と同じ、石畳のような感じで凹凸はある、けど、それは爪の先が引っかかるかどうかってくらいの僅かなもんだ。普通の人間じゃあ、とてもグリップして登れない。
それでもあんな勢いで登ってきたのは、それだけのパワーと、あとは指先を覆う鋭い爪の泥人形パーツのお陰ってところか。
「ちっ、どこまでも舐めた真似しやがって、往生際の悪ぃ奴だ。けどなぁ、そんな斉藤みてぇなクソ雑魚の死体を操ったところで、俺は倒せねぇよ」
「僕と勝、二人でかかれば、お前を殺すには十分だ」
「余裕こいてんじゃねぇぞ、桃川。テメェをぶっ殺す方法なんて、他にいくらでもあるんだからなぁ――」
例えば、お前を縛って、目の前のボス部屋に放り込むとかな。上手くいけば、テメぇもボスも共倒れ。俺はコアを手に入れ、先に進めるってワケだ。
そして、俺のスキルを、ただナイフを投げるだけだとは思うなよ。縛る方の技だって、俺にはあるんだぜ。
「覚悟しろ、樋口。お前は苦しんで、死ね」
「はっ、来いよ、桃川。最弱の呪術師の力ってヤツ、見せてみろやっ!」
正直、上手くいったのは奇跡だった。あるいは、勝の無念が不可能を可能にしてくれたのかもしれない。そう思ってしまうほど、それは劇的な効果だった。
「――『汚濁の泥人形』っ!」
奈落の底に向かって真っ逆さに落ちている最中、僕は『汚濁の泥人形』を発動させた。
今、ここには僕の血と、ベースとなるレム、そして、新たな『素材』である勝……勝の死体がある。やって、やれないはずがない。
新たな泥人形は即座に完成する。僕がソロでカマキリと戦った時、泥人形レムを『腐り沼』に入れて、速攻で毒沼の肉体に再構築した経験があったから、すでに完成しているレムという素体があれば、一瞬でできる確信はあった。それこそ、落とし穴の底に叩きつけられるまでの、僅かな時間でも。
無駄に高い落とし穴が仇になったな、樋口。これが人の手で掘ったような深さしかなければ、こうも鮮やかに復帰することはできなかったから。
「グ、ゴ、ガガ……」
呻き声のようなモノが聞こえると同時に、レムと勝の体が、いつも見る混沌の影みたいなモノに覆われた。不気味な黒い球体になったけど、次の瞬間には消えてなくなる。
そして、混沌が晴れた時にはもう、そこにはレムのパーツを鎧のように装着した勝がいた。
勝は空中で機敏に身を翻すと、片手で僕を掴み、もう片方の手で落とし穴の壁面へ爪をたてる。レムの骨の手をそのまま合体させたように、鋭い金属質の爪先は、ガリガリと火花を散らして壁を掴む。
「と、止まった」
僕は勝の背中にしがみつき、勝は両手両足を虫みたいに壁にはりつかせて、ようやく落下が止まってから、そうつぶやいた。
下を向けば、ようやく底が薄らと見えた。落ちた者を殺す気満々な、鋭い円錐形の柱がビッシリと並んでいる。本当に、危ないところだった。
「勝じゃなくて、レム、なんだよね」
分かってる、これは死者を蘇らせる奇跡の魔法なんかじゃない。これまで何度も使ってきた、単なる『汚濁の泥人形』。要するに、勝は単なる材料に過ぎないんだから。
「ごめん、勝……でも、僕は呪術師だから、これしかできない」
友人の死体を利用するなんて、非人道的だとか、倫理がどうとか、問題大ありなのは分かっている。けれど、僕は友達だから、勝の気持ちは理解しているつもりだ。
「だから、力を貸してくれ。僕と勝で、樋口を殺すんだ」
復讐せずにはいられない。アイツを殺すまでは、死んでも死にきれない。自分の死体が素材として利用されるくらい、何てことはない。それくらいの恨みがある。
僕が呪術師だからじゃない。この恨みの感情は、人間として当たり前のもの。あんな外道、恨んで当然。この手で殺してやらない限り、勝の無念が晴れることはないんだ。
「ゴォオアアア……」
声をあげるのは、勝の死体を取り込んだ、というより操っているレム。素材と融合して自分の体と一体化させていないところを見ると、不完全なように思えるけど……
「泥人形じゃない。これが、屍霊術か」
死体を操る魔法。なるほど、確かにこれも呪術の一種といえば、それらしい。僕の天職が『屍霊術士』だったら、最初からこういう技が使えたのか。それとも、ネクロマンサーみたいな技も使える、呪術師が上位互換な天職なのか。
僕も今の状態が、『泥人形』の能力なのか、全く別の新呪術に派生したのかは分からない。けど、詳しいことなんか、どうでもいい。
重要なのは、勝が僕の願いに応えてくれるように、落とし穴の落下を壁に張り付いて止まるくらいの、凄まじい運動能力を持った『屍人形』として、動き出してくれたことだ。
「行こう、勝!」
「ガアアアっ!」
そうして、虫の洞窟を駆け抜けるポーン・アントよりもパワフルに、勝の屍人形は落とし穴を這い上って行った。
「樋口ぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ!」
「生きてやがったのか、桃川ぁっ!」
流石に、ここから復帰したのは驚きといったところか。けれど、僕らが現れるのは盗賊の直感で察知していたのだろう、しっかり構えはとっている。
右手には、勝を殺したバタフライナイフ。左手には、かなり質の良さそうな、大振りのナイフを握っている。どちらも逆手で握ったナイフの二刀流は、かなり使い慣れているのだろう、その構えは堂に入っている。
「こんなところで死ねるかよ、僕も、勝も――」
「クソっ、何だってんだよ、ソイツは……斉藤は、確実に殺ったはずだぜ」
ああ、確かに、勝は死んだよ。首を斬られた上に、あれだけザクザク刺されたんだ、死なないはずがない。
けど、そんな死に方すれば、どれだけ人の恨みが溜まるか、今こそ思い知るがいい。
「樋口、お前を殺すまでは、死んでやれない!」
「テメェ、死体を、操ってやがるのか……ちっ、どこまでも舐めた真似しやがって、往生際の悪ぃ奴だ。けどなぁ、そんな斉藤みてぇなクソ雑魚の死体を操ったところで、俺は倒せねぇよ」
「僕と勝、二人でかかれば、お前を殺すには十分だ」
「余裕こいてんじゃねぇぞ、桃川。テメェをぶっ殺す方法なんて、他にいくらでもあるんだからなぁ」
そりゃそうだ。僕を縛ってボス部屋に放り込むだけで十分だしね。『痛み返し』だけでどうにかなると思っているほど、僕は戦いを舐めてはいない。
「覚悟しろ、樋口。お前は苦しんで、死ね」
「はっ、来いよ、桃川。最弱の呪術師の力ってヤツ、見せてみろやっ!」
ああ、見せてやるよ。僕の全身全霊をかけて、お前を呪い殺してみせる。
2017年4月21日
前回は月曜日に更新しましたが、これからの更新は今まで通りに金曜日となります。前回の月曜更新は、呪術師の書籍化の告知のために日時を調整した結果です。
それでは、連載版、書籍版、ともによろしくお願いします。




