第82話 殺意
「あ、あー、久しぶり、小太郎……」
「いいよ、そういうのは。さっさと話して」
今の僕に勝と和解する気はないし、できるだけの余裕もない。意識すべきは勝への対応じゃなくて、説明をコイツに丸投げした樋口の意図だ。
「そ、そうだよな……えっと、ここのボスは、結構デカくて、何て言うか……ゴライアスっぽいヤツだった」
「ゴライアスって、『アンバ』の?」
「そうそう」
なるほど、アイツか。確かに、あのデザインならこの異世界ダンジョンに現れてもそれほど違和感はない。
ゴライアス、ってのはゴリアテの英語発音で、そのゴリアテって奴は旧約聖書に登場する身長三メートルくらいあるバカデカい兵士だ。で、あの世界的に全裸が有名なダビデによって石を投げられ倒されている。ちなみにあのダビデ象は、このゴリアテを石でヘッドショットするために狙いをつけているシーンを再現しているらしい。
まぁ、そんな由緒正しいかませキャラの名前は、色んな作品で使われていて、僕と勝がプレイしていた『アンデッド・バウンティ』、通称『アンバ』と呼ばれるゾンビ撃ちまくる系シューティングゲームにも、ゴライアスという名のボスが登場する。どうやらここのボスは、ソイツに似た外見をしているらしい。
で、このアンバ・ゴライアスというヤツは、デカいゴリラみたいな姿だ。何か色々、角とか棘とか生えてたり、怒ると禍々し赤い文様が全身に浮かんだりするけど、ゴリラはゴリラだ。
「まさか、何の脈絡もなく胸からビームぶっ放したり、何もないところから大岩を取り出して投げつけて来たりはしないよね?」
「いや、流石にソレはねーよ」
良かった、あの謎のビームも投石攻撃も、ハードモードだとどっちも即死級の威力だったからな。そこまで再現されてたら、堪ったもんじゃない。
「でも、俺らもちょっと戦ってすぐ逃げてきたから、何か魔法とか持ってるかも分からん」
「ふーん、どんな感じだったの?」
「フツーに殴ったり、掴みかかったりしてくるだけなんだけど……デカいし、速いし、かなりヤバかった。綾瀬さんの援護がなかったら、多分、逃げられなかったと思う」
なるほど、単純に身体能力に優れるタイプか。参ったな、僕、こういうストレートに強いヤツには弱いんだよ。
けど、気になるのは綾瀬さんの能力か。
「綾瀬さんの天職って何なの?」
「あ、それは……」
チラリ、と勝が樋口に窺うような視線を向けたのを、僕は見逃さなかった。
「レイナちゃんの天職は『精霊術士』っつーレアなヤツだ。火も氷も雷も、何でも使える万能魔法使い。ああ、霊獣っつーペットみてーなヤツを使うから、魔法使いってよりは召喚士みたいな感じ? ゲーム的に言うと」
特に隠し立てする必要はないのか、樋口は自らレイナ・A・綾瀬の天職とその能力を明かした。
「ふーん……」
しかし、本当だとすると、かなり強力な天職に思える。基本的に魔術士系の天職は、一つの属性しか扱えない。委員長は氷だし、西山さんは風。聖女、という特殊な天職の蒼真桜でも、光属性だけだった。
それが、火と氷と雷と三つ、いや、もしかすれば風とか土とか、あるいは光とか闇とか何だかよく分からない謎の属性なんかも、扱えるかもしれない。
それでいて、ただ色んな属性が使えるというだけの器用貧乏ではなく、そこそこ強力な威力で以て行使できるというのは、ゴライアスから撤退する時の援護に役立ったという話で推測が立つ。
それに、もし本当にショボい能力だったら、綾瀬さんもまた樋口の奴隷扱いにされていてもおかしくない。今でも丁重なお姫様扱いをしているのは、つまり、樋口をしてもそう簡単に手出しはできないくらい、強い能力者だということの証明だろう。
「分かった、それじゃあとりあえず、みんなの能力、どんな感じで戦うのか知りたいから、適当にこの辺の魔物と戦ってみたいんだけど、いい?」
「お、なんだよ桃川、探りを入れようってワケ?」
「みんなの戦い方が分からないと、上手く連携はとれないから」
疑うような問いかけは、冗談なのかマジなのか。
「へへっ、分かってるって。それじゃ、すぐ行くか?」
「ちょっと待って、もう少し休ませて欲しい。僕もボス戦を終えてきたばかりだから、色々、準備もしたいし」
「オーケー相棒」
特に疑うことなく了承した樋口は、これ以上は別に話すことはないとばかりに、妖精胡桃の木の下でゴロンと寝転び昼寝の体勢を決め込んだ。
「あ、なぁ、小太郎、俺、何か手伝うことあるか?」
「ないよ、っていうか、離れてて。裏切り者に手の内を見せるほど、馬鹿じゃないから」
「そ、そうだよな……」
あからさまに傷ついたような表情をしても、僕は罪悪感を抱いたりはしないぞ、勝。
とりあえず、コイツのことなんて放っておいて、今の情報を元に、どうするべきかよく考えてみよう。
それからさらに半日ほどの休息時間を経て、僕の提案の通り、全員の能力確認のために適当な雑魚モンスを狩るべく、妖精広場を出発した。
「うわ、ここって、これまでとはちょっと違う雰囲気だ」
基本的に石造りかコンクリート製か、みたいな灰色ベースだったダンジョンだけれど、ここは随分と白が目立つ。というか、壁がほとんど白塗りで、かなり綺麗だ。心なしか、天井の発光パネルもこれまでよりも明るく見える。
「おう、この辺は生きてるトラップも多いから、気を付けろよ。まぁ、盗賊の俺なら分かるから、安心してついてこいや」
トラップか。幸いにも、これまで僕は全くトラップに遭遇したことがない。せいぜい、メイちゃんから話を聞いたくらい。だから、僕にはダンジョンのトラップに対するノウハウが全くない。
この機会に、トラップ対策のいろはくらいは知っておきたいが……そんなことをしっかり学ぶよりも前に、樋口は始末しておきたい。さっさとしなければ、向こうもまた、僕の能力を見切ってしまう。
「何かここ、病院みたいだ」
「そうかー? 別にそんな気はしねーけど、おっ、そっちの道は入るなよ。何か仕掛けてあっから」
確かに、ベッドの並んだ病室があるとか、消毒液の匂いがするとか、そういうらしさは全然ないけど、綺麗な白塗りの大きな建物といえば、それだけで病院っぽく感じられる。森林ドームの代わりのように点在する、大きな白いドームなんか、ちょっと洒落た病院のエントランスみたいに見えなくもない。
部屋も通路も広間も、自分の位置を見失ってしまいそうなくらい、白一色で変わり映えの無い景色が続くけれど、樋口はトラップの有無がしっかり分かっているようだった。仕掛けてある、と注意を促した通路にしても、今、僕らが歩いている通路と何の変化もないように見える。そりゃあ、トラップなんだから分からないように仕掛けるだろうってのは当然だけど。
「樋口は何でトラップ見つけてんの?」
「勘。まぁ、盗賊以外のヤツには分かんねーわ」
夏川さんも同じようなことを言っていた。やはり、天職『盗賊』には罠を探知する能力が高確率で備わっているようだ。
いや、盗賊には罠だけでなく、敵の気配察知にも優れている。
「スケルトンがいるな。ちょうどいいから、相手してくか?」
ポケットに手を突っ込んだまま悠々と先頭を歩く樋口は、まだスケルトンが曲がり角から姿を現していなくても、その存在を教えてくれる。
「この辺は、スケルトン以外は面倒な魔物ばかりなんだっけ」
「おう、適当に相手すんなら、コイツ以外にはねーな」
「じゃあ、やろう」
そうして、平野西山カップルの時と同じように、僕らはスケルトンを相手にそれぞれの戦い方を見せる。
「――っと、まぁ、こんなもんだ。天職が『盗賊』だからな、派手な必殺技とかはねーんだよな」
「いや、十分強いと思うよ」
現れたスケルトンは、僕がまだ委員長パーティで装備を整えるためにスケルトン小隊を狩りまくった時と同じような数と武装であった。あの時点でも危なげなく倒すことはできていたけれど、樋口はほとんど一人で何体ものスケルトンを圧倒して見せた。
武器はゴーマから奪ったと思しきナイフが一本きり。『一閃』などの武技を使った感じはなかった。けど、ただナイフをそのまま振るうだけで、スケルトンの手も脚も、背骨さえも一息で両断してみせ、挙句の果てにはただのキックで頭蓋骨を粉々に粉砕していた。
単純な身体能力が、人間離れしている。もしかすると、夏川さんや剣崎明日那よりも、素の能力は高いかもしれない。
そして勿論、樋口の本当の実力はこんなもんじゃない。習得した武技も一つや二つじゃ済まないだろうし、あの素早い動きで『疾駆』なんか使われたりしたら、目で追えないかもしれない。それに、普通の攻撃技の他にも、『盗賊』固有の特殊能力なんか持っていたりすると……やはり、樋口は強い。
ちなみに、勝の戦いぶりも少しだけど見ることができた。単独で突っ込んだ樋口を無視して、二体のスケルトンが真っ直ぐこっちに向かってきた。ソイツらを迎え撃ったのが勝だった。
天職『戦士』らしいけど……お世辞にも、上手な戦いぶりとはいえない動きだ。まぁ、メイちゃんに夏川さんに剣崎明日那と、優秀な前衛戦士ばかりを見てきたワケだけど、勝の戦い方は彼女達とは比べ物にならないほど危なっかしいモノだった。というか、二体相手にギリギリの攻防を経て、武技を使ってようやく一体倒して活路を開くなんて、余裕がないにもほどがある。
いやでも、天職の力があっても、コレが普通なんだろう。恐らく、僕が『剣士』や『戦士』だったとしても、勝と同じような、素人丸出しの立ち回りしかできなかっただろう。
それにしても、勝の弱さを見ると、樋口の奴隷としてこき使われながらでも付き従っているのは、このダンジョンを生き抜く上では正解だったということだ。あんな程度の戦闘能力でソロやってたら、最初のボスにすら辿り着けない。
「この次の広間には、必ずスケルトンが湧いている。次は桃川がやれよな」
「うん、いいよ」
「ヤバくなったら言えよ。ほら、今の俺らは、仲間じゃん?」
白々しい台詞に頷きながら、僕の順番が回ってくる。
先の戦闘でそれなりの歩兵装備を整えたスケルトンから戦利品を回収している。レムは剣と棍棒の二刀流。まだパワーに劣る二号は打撃重視で棍棒一本のみ。そして僕は、定番の鉄の槍を手に入れた。
「行くぞ、レム。無茶はしなくていいから」
僕はレムと二号を前衛として、スケルトン小隊に挑む。スケルトンはバジリシク攻略の時に、素材調達のために何度も戦った相手だ。装備はこちらの方が充実しているが、さっきの戦闘を見た限り、スペックに大きな違いはない。
僕は黒髪縛りの触手で、ハンマー代わりに石を振り回して打撃攻撃に専念。槍の出番はない。レムと二号が身を挺して動きを止めてくれれば、僕だってスケルトンの頭蓋骨を叩き割ることができる。
もっとも、僕が狙うよりも先に、レムと二号が棍棒でボコボコ叩いてスケルトンを崩す方が早いんだけど。結局、半分以上は泥人形コンビがスケルトンを片付けてくれた。
「まぁ、こんな感じ」
「……へぇ、結構やるじゃん、桃川」
「いや、これで精一杯だよ」
とりあえず、僕の呪術能力を隠すことはできた。黒髪触手も、石ハンマー用の一本しか行使してないし、『腐り沼』と『赤髪括り』は全く出していない。火属性武器であるレッドナイフだって、隠し持ったままだ。
まぁ、今の戦闘能力が僕の全力であると、樋口は頭から信じ込んではいないだろうけど。
奴がどこまで僕の能力を見切っているか、そして、僕が明確な殺意を抱いていることに感づいているのか。嫌な緊張感と不安感を抱えたまま、僕は樋口と表向きは適当な雑談を交わしつつ、ダンジョンを進んだ。
「――っと、ここだ。この広間の先がボス部屋になってんだよ」
ひとまずの目的地へと到着する。これまで見てきたのと似たような円形の白いホール。けれど、向こう側にあるこれみよがしに大きな門と、中央にある墓石みたいな真っ白いオブジェが、はっきり他の広間との違いを示している。
「あの白い石版は何なの?」
「セーブポイントじゃね?」
なるほど、ご丁寧にボス部屋の手前にセーブポイントを用意してくれる系のダンジョンということか。
「要するに、わかんないってこと」
「なんだよ桃川、折角、お前に合わせたギャグだったのに」
「妖精広場を見た時に、同じこと思った。二番煎じだよ」
「なるほど、流石は本物のオタク、目の付け所が違うってヤツ?」
バカにしてんのか、ナチュラルで煽ってるのか。どっちにしても、不快なことに変わりはない。やはり樋口のような純正DQNとは反りが合わないな。
「うーん、こんなあからさまに設置されると、何か意味がある気がするんだけど……ねぇ、これってコアを近づけても反応しない?」
「ソレはもうやった。何も起こりはしねーよ。ついでに、俺の勘もコイツはトラップの類じゃねぇって感じるぜ」
僕は無遠慮に謎の白い石版をペタペタ触って調べてみるが、何も怪しいところはみられない。樋口から適当なコアを借りて、あちこち当ててみたりもしたけれど、やはり、反応はない。
「転送装置じゃあないのか」
そうだったとしても、これじゃあ起動方法が分からない。スイッチがあったり、燃料になるコアの投入口みたいなものもない。
これはアレだろうか、蒼真悠斗みたいな選ばれし者が触れなければ動かない、みたいなイベント用オブジェクトだろうか。
「よう、気は済んだか?」
「うん、やっぱり、ただのオブジェみたいだ」
コアを返却し、僕はもう一度、グルリと広間を見渡してから、踵を返した。
「ボス部屋は覗いていかないのか?」
「もう少し、装備を整えてからにしたい。ここのスケルトンは、割といいモノ持ってるし」
「悠長だなぁ、おい」
「命がかかってるんだ、しっかり準備は整えないと」
「はぁ、面倒くせぇ……けど、一理あるよな」
ひとまず納得したのか、樋口は僕に背を向けて元来た道を戻ろうとしている。
今だ。
完全にただの直感だけれど、そう思った。樋口の背中は今、無防備だ。ズボンのポケットに両手を突っ込んでダラダラと歩く後姿。黙って僕が後ろをついてくると信じ切っている。
しっかり準備は整えないと。僕はそう言ったばかりだ。でも、一番大事なのは機を逃さないこと。
だから、今だ。今しかない。これ以上、樋口と一緒に居続けると、恐らく、行動の主導権は奴に握られてしまうだろう。事実、アイツは僕よりも強い。その力関係を樋口が確信した時、僕は勝と同じく奴隷の仲間入りだ。
よし、やろう。今ここで、樋口を殺す。
「逃げ足を絡め取る、髪を結え」
そう、心の中で詠唱。奴は盗賊だ。小さな囁きみたいな詠唱でも、聞き取る可能性がある。僅かでも気取られる要素はなくす。
それと、勝と綾瀬さんは……よし、二人は広間の外で、見張っている。すぐに近づけるような距離にはない。
落ち着け、大丈夫。僕には今、無防備な人間くらいなら、一瞬で殺せるだけの技と武器がある。できる。やれる。僕は人を、殺せるんだ。
「――『黒髪縛り』っ!」




