第79話 樋口恭弥(1)
「……ちっ、『盗賊』とか、舐めやがって」
思わず、悪態をつく。恥ずかしながら、ちょっと期待していた。何かスゲー能力が当たるんじゃねーのかと。
「やっぱ、中学の頃にやりすぎたからか」
万引きの最盛期だったからな。盗める物は何でも盗んだ。別に欲しくもないのに盗ってたし。あの頃は、盗むこと、そのものが目的であって、遊びだった。
まぁ、馬鹿な奴は調子に乗りすぎてお叱りを受けるわけだが、俺は違う。中坊ながらも、「あっ、そろそろヤベーな」と思った。勘みたいなもんだ。
俺が手を引いて一ヶ月ほどしてから、万引き仲間の一人がカードショップからバカ高い値段の超絶レアカードを盗ろうとして御用となり、そこから芋づる式に仲間が炙り出されて一網打尽にされた。たった一ヶ月ではあるが、すでに万引きを止め、盗った品物も手元に一切残さず捌き切った後だったから、俺を告発するには弱い状況だったろう。けど、万引きしてました、ってことは流石にバレたから、ちょっと親に叱られたが。
「まぁ、お前ぐらいの歳のガキは、みんなヤンチャするもんだ、ガハハ!」
そんなことを散々ぶん殴ってから言う親父だった。この親にして、この子あり。その言葉の意味を、俺は中学生ながら理解したもんだ。
そんな経験もあったから、俺の天職が『盗賊』になったのも、すぐに納得したっつーか、諦めたっつーか。
で、不思議なことに、自分が『盗賊』であることを認めたら、急に頭の中に思い浮かんだ。
『スロウダガー』:ナイフ投げは盗賊の基本だぜ。
『サーチ・ハイセンス』:一番大事なのは勘だ。お宝を探す勘、ヤバイのに気づく勘。お前は結構、良い勘してるぜ。
『アンロック』:鍵を開けるのは盗賊のお仕事ってね。とにかく数こなせ、日々精進。まっ、たまには勘で開くこともあるがな。
なるほど、コレがスキルってヤツか。
しかし、この頭の軽そうな説明文はなんなんだよ。神様が言ってんのか。やっぱ盗賊の神になるだけあって、ロクな奴じゃなさそうだ。
しかし、魔物との戦いに役立ちそうなのは『スロウダガー』だけか。それも、ナイフがなけりゃ使い物にならない。
まぁ、一本だけなら、持ってるんだけどな。護身用ってヤツだ。一昔前に流行ったバタフライナイフを、俺は中学の頃からの癖で、高校生になった今でも持ち歩いている。実際、コイツのお陰で黒高ヤンキーどもに絡まれた時も、切り抜けることができたワケだ。
ナイフを使うコツは、刺すんじゃなくて、相手の手先をちょっとだけ切ること。流石に人殺しはヤバい。使い慣れれば、ナイフは脅しのための道具としては最高だ。空手だ、柔道だ、ボクシングだ、と粋がるヤローも、刃物の前には無力。手の甲でもサクっと切ってやれば、ビビって手を出せなくなる。
「けど、ここじゃあ殺しができねぇと、ダメってことか――っとっ!?」
唐突に脳裡に駆け抜ける危険信号。ゾクリと背筋が震える。
いきなり、何だってンだよ、クソ。
思うが、ソレが『サーチ・ハイセンス』が教えてくれる勘であると、すぐに気づく。俺がいる、石造りの何もない部屋。そこの扉から外を覗くと、ソイツがいた。
「おいおいおい、マジかよ、アレが魔物ってやつか。マジモノのバケモンじゃねぇかよ」
チビの人型だが、人間ではない。ゴキブリみてぇな汚らしい黒い肌と、気持ちの悪ぃ魚面。手には錆びた剣を持っている。
フゴフゴと鼻息荒く、薄暗い通路をウロウロしていた。
あっ、ヤベぇ、こっち来るぞ、アイツ。
「……やるしかねぇか」
覚悟は、すぐに決まる。落ち着け、ヤツは一人だ。周囲に仲間がいても、今は一人だ。殺るなら、今しかねぇ。
ブルリと一度、身震いする。けれど、それだけで震えはすぐに収まった。握ったバタフライナイフは、今まで以上に、手に馴染む感覚がする。
「死ねよ、バケモンが」
そうして、俺、樋口恭弥のダンジョン探索が始まった。
「――げっ、樋口」
「おいおい、助けてやったってのに、随分な挨拶じゃねーかよ」
ゴーマとかいう気持ち悪ぃチビどもを相手に、そこそこ『盗賊』の戦いに慣れた俺は、ある時、女の子の悲鳴を聞いて、すぐに駆けつけた。
すでに『疾駆』とかいう足が速くなるスキルを習得していたから、マジで素早く駆けつけられた。飛び込んだ先は、森になってるドーム。そこで、一人の女子がゴーマの群れに囲まれていた。
その女子は小柄で、ショートヘアの黒髪。まさか、有希子か。そう思って、速攻で助けに入った。これで横道みたいな奴だったら、勿論見殺しにする。
そして、いざ助けてみれば、別人だったとさ。
「何よ、アンタだって、長江さんだと思ったんでしょ」
「ああ? 別に」
「付き合ってるって噂、マジだったんだ」
「うるせーな、どうでもいいだろ」
根掘り葉掘り聞きたそうにしているコイツは、密かに付き合っている俺の彼女『長江有希子』と背格好がよく似た、篠原恵美という女子だ。あくまで、似ているのは髪型と体型だけで、顔は全然違う。有希子は地味だが整った可愛い顔してるけど、この女は中の下といったところ。有希子が75点なら、篠原は45点。ついでに、ダサい黒縁眼鏡をかけてることを加味すれば、さらにマイナス5点といったところか。
俺と篠原は、これといってクラス内で絡みはない。コイツは女子の中でもオタクグループ、みたいな派閥に属している。けど、その中のトップだから、目立つことは目立つ。
確かに、こうして俺に対して平然とタメ口きいてくるあたり、度胸はある。まぁ、自分は女だから殴られない、とか馬鹿みたいに信じ込んでる勘違い女だけなのかもしれないが。
「おい、篠原一人かよ?」
「こっちが聞きたいわよ。ねぇ、蒼真君とか天道君とか、いないの?」
テメーコノヤロウ、助けてもらった矢先に別の男の話かよ。
まぁ、いいけどな。篠原は蒼真と天道のホモカップルを妄想して楽しんでいる、腐ったタイプの奴らしい。
「お前、天職は?」
「『水魔術士』だけど」
「何ソレ、使えんの?」
「使えるわよ!」
「ゴーマにヤラれそうになってたじゃねーか」
「い、いきなり出てきたんだから、しょうがないでしょ!」
何がしょうがねぇんだよ。殺し合いにズルいもクソもねーだろが。頭数を揃えて、奇襲を仕掛けたゴーマが正しい。
「はぁ……最初に会ったのが樋口なんて、最悪」
「おい、聞こえてんぞ」
「早く行くわよ。またゾロゾロ出てきたらどうすんの」
「ついて来る前提かよ」
「当たり前でしょ、しっかり女子を守りなさいよね、男子」
うるせぇ、今の世の中は男女平等だぜ。テメーの身はテメーで守りやがれ。
そうは思いつつも、結局、何となく流れで、俺は篠原と二人でダンジョンを進むことになった。
「……何か、誰もいないわね」
「まだそんな進んでねーだろ」
「結構進んでるわよ! 何なのよ、何で誰とも会えないのよ……」
篠原と合流してから、まぁ、確かに色々とイベントはあった。ゴーマをはじめ、他の魔物とも何度か戦ったし、いよいよ俺の盗賊スキルの本領発揮とばかりに、宝箱を見つけたりもした。
中身はポーションとやらで、魔法の力で傷を癒す凄い薬らしい。胡散臭いが、魔法陣の情報で説明されていたから、まぁ、間違いはないのだろう。
学園生活とは程遠い、リアルRPGみてーな濃密な時間を過ごしたが、実のところ、まだ大して日にちは経ってない。
「おい、いいから黙って進めよ」
このダンジョンに来てから、日数はまだ二日くらい。進んだ距離は二キロか三キロか、そんなもんだ。これも盗賊の勘なのか、俺にはおおよその時間と距離の感覚が分かる。さらに言えば、このダンジョンって場所が、まだまだ奥深くまで続くとんでもなく巨大だってことも。
クラスの連中がバラバラに飛ばされたってんなら、そう簡単に出会えないのは当然だ。
「うるさい! ああ、もう、何で私がこんな奴と二人きりに……」
しっかし、俺にとって問題なのは、篠原のヒスがスゲームカつくところだ。このクソ女、黙ってきいてりゃグチグチと文句ばっか垂れやがって。戦闘でもビビって大した役にたたねーくせに。
こういう状況だから、正気を保てずイカれちまうのも分かるけどよ、いい加減、こっちにも限度ってもんがある。そろそろ、一発ぶん殴って立場ってもんを分からせてやらないといけねぇか……
「くそっ、落ち着け……そういうのは、まずいんだっての」
分かってる、こんな状況だからこそ、キレてやらかすのはまずい。
天職の力を持っているのは、俺だけじゃない。クラス全員、何かしらの能力を授かっていると考えるべきだろう。能力次第じゃあ、か弱い女子でも俺を楽に殺せるスゲー魔法の力を持っていたって、おかしくない。クラス全員、平等に凶器を持っているということだ。
このままダンジョンを進み続ければ、遠からず誰かしらと合流できるだろう。その時に、恨みをかっていれば……とにかく、クラスの和を乱さない、というのは今の俺らにとっては最上の生存戦略ってことだ。こんな俺でも、多少の我慢はしなきゃいけねぇ。
「――は? 脱出できるのは、三人……とか、おい、マジかよ……」
しかし、その前提が崩れたら、どうなるよ。
何度目かの妖精広場に辿り着いた時、定期的に届く魔法陣の情報で、俺はその衝撃的な事実を知った。
ダンジョンの最奥にある転移魔法陣で脱出できるのは、三人まで。そう書かれていた。
嘘かもしれない。嘘だ。そう信じたいのはやまやまだが……クソがっ、俺の盗賊の勘が告げている。コレは「マジだ」と。
「はぁ!? ちょ、ちょっと、何よコレ、嘘でしょ、三人だけって……」
「おい、落ち着けよ、篠原。これがマジだと決まったワケじゃねぇし、他にも脱出手段はあるかもしれねぇ。それによぉ、天職を持った蒼真や天道、クラスの連中が全員集まれば、何とかなるだろ」
俺はすかさず、心にもないフォローを言った。
脱出人数は三人。これは間違いない。少なくとも、俺はそう確信している。
なら、ここから先は、方針変更だ。
俺がクラスの連中の半分くらいからは嫌われている、というか、恨まれてる、ってのは知っているっつーか自覚あるっつーか。まぁ、恨んでる奴の大半は、必要以上に不良生徒、いわゆるヤンキー、DQNとか呼んで恐れる根暗やオタクの底辺共だ。普通ならそういう雑魚カス共のことなんて気にもならねぇが、天職という凶器を持つ現状では、危険な敵となる。
僅か三人の脱出枠を奪い合うなら、恨みのある奴は真っ先に排除していくだろう。要は、俺みてぇな奴は罪悪感もなく殺しやすいってこった。
さらに困ったことに、自分と、それ以外にあと二人だけ助けられるというなら、自然、その二人ってのはかなり親密な奴に限定される。
例えば、蒼真兄妹。他にも、天道委員長コンビ、剣崎小鳥遊コンビ。あとは、桜井雛菊のバカップル、木崎北大路のガチレズカップル、大山杉野のガチホモカップル。この辺の奴らは、本気で命を賭けて互いが互いを庇い合い、助け合うだろう。それは同時に、他の奴を犠牲にしてでも、という覚悟も抱かせるに違いない。
そして、俺にそういう相手は……命まで賭けられるかどうかは分からねぇが、有希子くらいは、何とか助けてやりたいと思う。何だかんだで、彼女だしな。有希子自身がどう思ってるかは、正直ちょっと分からねェが。
まぁ、要するにだ。俺は、俺と有希子の二人は絶対に助かりたいと思っている。もう一人はまだ決まっちゃいないが……少なくとも、篠原をこの大事な大事な脱出枠に座らせてやろうとは、思わないね。
「とりあえず、先に進もうぜ。他の奴らと合流できりゃあ、何かいい解決策も出るかもしれねぇからな」
「そ、そうよね……」
だから篠原、悪いけどお前、どっか適当なところで、死んでくれや。
そんな風に割り切れたお蔭か、俺の心は、急に軽くなったような気がした。




