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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第7章:人殺し
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第78話 器

「――ハッ!?」

 目が覚めた。まだ暗いお蔭で、目には優しい。

「我が信徒、桃川小太郎」

 ヌっと、恐ろしい髑髏フェイスが目の前に現れた。

「うわぁあああああああっ!?」

 すわ、スケルトンの襲来かと慌てて飛び起きるが、この髑髏は見覚えのある髑髏だ。顔見知りというか、味方というか、信仰すべき神様というか。

「あっ、あ、あの……ルインヒルデ様、僕はやっぱり……その、死んだんでしょうか」

 ここはいつもの神様空間だ。

 目覚めて、寝起きに悪いルインヒルデ様のお顔が気付け代わりとなって、僕ははっきりと記憶を思い出す。

 バジリスクをあと一歩で仕留められるというところまで追いつめたというのに、鰓孔からぶっ放されたブレスに直撃したこと。不幸中の幸いだったのは、全く苦しみもがくことなく逝けたことだろうか。ゴーマは凄まじい絶叫をあげて転げまわっていたから、てっきり地獄の責め苦を味わうと思ってたんだけど。

「よい、そなたは二つの真理に辿り着いた。褒めて遣わす」

「えっ、はぁ、ありがとう、ございます……」

 すみません、今はいつもの意味深な話よりも、早いとこ僕の生死と処遇について教えて欲しいのですが。でも、何か珍しく褒められてるみたいだし、これはちょっと期待してもいいんでしょうかね。

「一つ、そなたの描きし異界の星は、魔法陣とも呼べぬ代物だが、そこに『理』を宿したことも、また事実」

「えっと、『六芒星の眼』のことですか?」

 然り、と鷹揚に髑髏が頷く。六芒星は地球の概念だから、ルインヒルデ様から見ると異界の星という扱いになるのか。

「授けるは今しばらく先になるかと思うたが、予期せぬこともまた一興――受け取るが良い、桃川小太郎」

 ルインヒルデ様が骨の手をかざすと、僕の足元が毒沼のようにボコボコと沸き立ち、真っ黒い泥の塊みたいのが現れる。

「あのー、これは一体」

「混沌の器。無限の可能性と聞かば、人は希望を思うが、所詮はかようなモノに過ぎぬ。善し悪しもない」

「ははぁ、使い方次第ということでしょうか」

 適当な相槌を打ちながら、僕はこの正直貰っても嬉しくない『混沌の器』なるものを観察する。うん、まずは見るだけ。いやだって、こんなドロドロした真っ黒いもん素手で触りたくないよ。

 でもまぁ、確かに鍋のような深みのある丸い器の形状に見えなくもない。

 その鍋底は奈落に続いているかのように真っ黒、それでいて、全てが満たされているかのようにグルグルと混沌が渦を巻く。

 何とも呪術らしいエフェクトだけど、うーん、すでに見覚えが。

「これは……泥人形と同じ」

「使い方にさしたる相違はない。この釜より、そなたの思うがまま、呪いを振り撒くがよい」

 ふむ、小鳥遊小鳥の『錬成陣』みたいに、素材を投入すると色々できるということなのか。やはり、クリエイト系の新呪術みたいだ。

「ありがとうございます」

 できれば、バジリシスクを即死させられるくらいの強力呪術が欲しいです、とは口が裂けても言えない。

 いやしかし、そんなことより……この話の流れだと、僕、生きてるってことになってる?

「二つ、泥人形に魂が宿った」

「あっ、やっぱり、レムには自我が!」

 こっちの話はすぐにピンときたから、思わず乗ってしまう。

「随分と可愛がっておるようだ」

「そりゃあ、可愛いですから」

 見た目はスケルトンベースだけど、僕の言うことは素直に聞くし、何だかんだで活躍してくれている。愛着が湧くには十分すぎる理由だ。

「ふむ、人形遣いの心得をそなたに説く必要はなさそうだ。心のままに、泥人形を扱うがよい」

 珍しく、分かりやすいお話だった。僕は一も二もなく、素直に「はい」と頷いた。

「行け、桃川小太郎。そなたはすでに、可能性の門を開いておる――」




「……ああ、本当に、生きているって素晴らしい」

 しみじみと、僕はそうつぶやく。生きるか死ぬかの戦いを潜り抜けた後は、いつもそう思うけれど、今回はアレだ、初めての鎧熊戦以来の達成感だ。

「やった、バジリスクを倒したんだ」

 僕の目の前には、巨大なトカゲ型の白い骨格が転がっている。すでに『腐り沼』は跡形もなく消えていて、ただの湿った土の地面へと戻っている。けれど、この大きな骨の残骸が、バジリスクの亡骸に違いなかった。

「あー、良かった、コアもちゃんと残ってる」

 あばら骨の下にあった、真っ赤に輝くコアはすぐに見つけられる。どうやら『腐り沼』は、僕が気絶した後も残り続け、そのままバジリシクの全身を溶かし切ったようだ。魔力の結晶であるコアは酸で溶けないということなのか、それとも『腐り沼』が空気を読んでくれたのかは知らないけれど、ともかく、最も大事な部位が残っていて本当に助かった。コレがなければ、苦労してバジリシクを倒した意味がないからね。

「あっ、そうだ、レムも、よくやってくれた」

「ガガ!」

 相変わらず僕の傍らで、直立不動で待機状態を維持していたレムは、どこか嬉しそうに首を縦に振って応えた。ついでに、隣に立たせている二号の首も連動していた。

「あそこでバジリスクに飛びかかってなかったら、多分、抑えきれなかったよ。ありがとね」

 思わず頭をなでなで。ただでさえ髑髏のうえに昆虫系装甲を纏ったレムの頭は、触り心地がいいとか悪いとかいう以前に、下手に触れば指を切りそうなくらい刺々しい……でも、撫でてやりたくなるだけの圧倒的感謝である。

 きっと、鰓孔からブレスをぶっ放したのは、バジリスクとしても普通なら絶対にやらないような無茶な攻撃手段だったのだろう。レムの乗り攻撃によって、拘束と沼から脱するだけの体力がないと悟ったからこそ。イタチの最後っ屁、みたいなものか。

「それにしても、何であのブレスが直撃しても無事でいられたんだろ」

 とりあえず、体のどこにも以上は感じられない。事前の観察結果で分かっていたことだけど、学ランをはじめ僕の装備品にも、やはり痛んでいるなどの影響もない。

「うーん、ルインヒルデ様がサービスしてくれたんだろうか……」

 何て、適当な解答を思い浮かべていると、それを否定するように一つのイメージが急激に脳裏を過った。


『蠱毒の器』:百毒に耐える混沌の臓腑。呪を以て毒を征さば、致死と苦痛の理を得ん。


「え、なに、臓腑ってことは……勝手に変な内蔵ができてるってこと!?」

 それ禁忌の人体改造じゃないですか、ルインヒルデ様ぁーっ! と、叫びたい気持ちを抑え込みつつ、僕は自分の体をペタペタ触って確かめる。

 当たり前だけど、体の中にあるモノの存在など、外から触って分かるはずない。少なくとも、心臓のようにドックンドックンと脈動している怪しい部位は感じられない。

 けれど、ルインヒルデ様が見せてくれたアレみたいに、混沌渦巻く怪しい器官が僕の体のどこかに存在するということなのだろう。

「いや、待て、落ち着け、減るならともかく、増えているなら大丈夫だろう」

 別に腎臓が一個摘出された代わりに、ぶち込みました、ということでもなさそうだし。コイツの存在を精一杯好意的に解釈するならば、毒無効化のパッシブスキル、といったところだ。

「バジリシクのブレスもきかないなら、かなりの毒耐性があるってことになるな」

 しかしながら、アカキノコでも食って本当に耐えられるかどうか、試してみる勇気はない。

 うーん、相変わらず不親切なフレーバーテキストオンリーのせいで、効果がイマイチ分からない。でもまぁ、コレのお蔭で助かったというのなら、もうそれだけで十分だろう。今後、もしまた毒攻撃を喰らうような時がくれば、『蠱毒の器』が無効化してくれるかもしれない。

「でも、蠱毒といえば、毒虫をバトルロイヤルさせて生き残った一匹が最強の毒として使われる、みたいな呪術だけど……」

 いやいや、こっちこそ試すワケにはいかないだろう。『蠱毒の器』に毒虫を投入するってことは、僕が口から丸飲みするってことになってしまう。そんなのはマジで御免、虫喰うくらいだったら、アカキノコの方がまだマシだよ。

 でも実際、上手くいけば取り込んだ毒を使えそうな雰囲気の漂う文章だから、無効化だけでなく、何かしらの効果があるとみて間違いないだろう。

「ダメだ、やっぱりこの呪術は効果の検証ができないな」

 やはり、ここは毒耐性のパッシブスキルをゲットできたということで、大人しく満足しよう。いや別に、残念とか思ってないですよ、ルインヒルデ様。『蠱毒の器』があっても今すぐ僕の火力向上にはクソの役にも立たないという厳然たる事実を、僕はありのままに認める次第でございます。

「つ、次に期待しよう」

 という僕の不敬にイラっときたかのように、さらなるイメージが湧き出る。


『魔女の釜』:魔女の持つ釜は、ただ煮炊きするものに非ず。魔法と呪いと薬毒とを生み出す混沌の器。


「えっ、もしかして呪術二つ授かってる?」

 いや、もしかしなくても、授かってるだろう、コレは。

 説明文を見るに、なるほど、こちらの方がイメージに近い。恐らく、この呪術を使うと、ルインヒルデ様が見せた『混沌の器』みたいなモノが現れて、ソレを釜として使えるのだろう。

 もし本当に『錬成陣』並みの性能があるならば、戦力の拡充に大いに役立ってくれる。何せ今の僕には、ゴーマや赤犬などの雑魚モンス程度なら、ほぼ確実に仕留められるだけの力がある。最低限の素材集めは十分に可能ということ。モノさえあれば、後は作るのみ。

「これを使えば、より効果の高い傷薬が作れそうだ。いや、毒薬も作ったり……あ、毒薬があるなら、毒付き武器とかも作れるようになるかも」

 夢は広がる一方だが、今すぐ試すのは止めておこう。小鳥遊小鳥は『錬成陣』で武器を作ったりすると、それなりに魔力を消費していた。

 現在の僕のコンディションとしては、神様空間に導かれて一眠りできた結果として、普通に立って歩くくらいは問題ないけど、呪術を行使するにはかなり不安な魔力量しか回復できていない。

「さっさと転移して、妖精広場で休息だな」

 ボスを倒して消耗しているところを襲われては堪ったものではない。僕はそそくさと、持てるだけのバジリスクの骨を拾い集め、速やかに撤収準備にとりかかる。

 最近の拠点と化していたこのエリアの妖精広場には、持ち込み切れなかった武器などが多少残ってはいるけれど、わざわざ取りに行くほど価値あるものはない。使える武器はバジリスク戦で全て消費し尽くしてしまった。

 まぁ、レムがしっかりレッドナイフだけは無事に持ち続けてくれただけで万々歳だ。腐り沼に落っことしていたら、貴重な魔法の武器を失うところだった。

「それじゃあ、行こう――」

 僕とレムと二号は、堂々とバジリシクの腹の下に敷かれ続けていた転移魔法陣に立つ。

 コアを持って魔法陣の上に立てば、あとは自動的に転移が発動する。今度こそ、僕を後ろから突き飛ばすような不届き者はいない。

「――んっ」

 真っ白い光に包まれて、僕は無事に転移を果たした。

「ああ、良かった、ちゃんと妖精広場に来てる」

 目を開ければ、すでにして実家のような安心感のある妖精広場の平和な風景が広がっている。やはり、転移先は必ず妖精広場に出るように設定されているんだろう。大カエルの時も、オルトロスの時もそうだったし。

「あぁー、疲れた!」

 何よりもまず、休息。僕は腕一杯に抱えたバジリシクの大きな骨をその辺に放り投げては、すぐに柔らかな芝生のベッドに身を投げ出す。

 瞼を閉じれば、すぐにでも睡魔がやってきて、僕を安寧なる眠りの世界へと誘ってくれ――

「――おいおい、マジかよ、桃川、テメーまだ生きてたのか」

 その声が耳に届いた瞬間、僕の眠気は全て吹き飛び、文字通りに、飛び起きていた。

「スゲーな、あのクソ天職で、よくここまで来れたよお前」

 目に映る、その人を舐めた薄ら笑い。茶髪とピアスと、お手本のようなチャラいファッション。けれど、その軽薄な見た目の内には、確かな悪意が秘められていることを、僕はすでに知っている。

「よう、久しぶりだな、桃川。感動の再会ってヤツ?」

 忘れもしない、この異世界に来て最初にして最大の屈辱をくれやがった怨敵の名を、僕は苦々しく口にした。

「樋口、恭弥……」

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