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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第7章:人殺し
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第77話 バジリスク討伐

 妖精広場と三日月沼まで、僕とレムと二号で荷物を運んで三往復ほど。

「はぁ……はぁ……ごめん、ちょっと休憩」

 勇んで出発したはいいけど、荷物運びだけで思いの外に体力を消耗してしまった。一旦、小休止を経て、現場での準備にとりかかる。

 焦ることはない。どうせバジリスクは今日も明日も明後日も、塒でゴロゴロしているだけ。獲物は逃げない。こっちの好きなタイミングで仕掛けられる、というのはボス戦の唯一のメリットだろう。

「よし……よし、上手く書けた」

 会心の『六芒星の陣』を書き上げる。実験で何度も書いてきたせいか、地面にガリガリ書くのがちょっと上手くなった気がする。

 この魔法陣を刻むのは、悩んだ末に、マンドラゴラ畑の端っこにした。これ以上踏み込めば、餌が来たと感づいてバジリスクが動き出すのでは、というギリギリのラインを攻める。ビビってあんまり遠くに書いたら、縄張りの外だからもういいや、と思って追いかけてこないかもしれないし。

 さて、これでいよいよ準備は整った。覚悟を決めて、作戦開始と行こう。

「それじゃあ、頼んだぞ、レム」

「ガガっ!」

「グギャァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアっ!」

 バジリスクをおびき出す餌役のゴーマをナイフで刺す。即死しないよう、けれどそれなりに出血はするよう、とりあえず脇腹をサクっとやった。けたたましい絶叫を上げるが、手足どころか全身グルグル巻きにされているので、ロクに身じろぎすることもできない。

 こうして血の臭いと叫び声がした方が、バジリスクも喰いつきやすいだろうという配慮である。ついでに、万が一ゴーマが自由を得ても、瀕死の重傷なら何の問題もない。

 そうして、ゴーマは僕の期待通りに素晴らしい苦悶の声を叫びながら、二号に背負われバジリスクの塒目指して進んで行くのであった。

「レムはそこで伏せてて」

「ガっ」

 僕もレムもお手製毒沼仕様ギリースーツを被って、釣りの結果を待つ。

 周辺はこれといった遮蔽物もなく、見通しは非常に良い。堂々とマンドラゴラ畑を進んでゆく二号と、塒でのんびりしているバジリスクの姿が遠目に見える。

「……気づいた」

 畑も半ばまで進んだ辺りで、のっそりとバジリスクは体を起こした。反応するタイミングも、大体、これまで襲ってきた時と同じ感じ。特別に警戒している様子は見られない。

「そこでいい、引き返して」

 バジリシクが動き出すのを待っている必要はない。奴が本気で追いかけてきたら、大して足が速いわけでもない二号はすぐに追いつかれてしまう。まして、ゴーマという荷物も背負っているのだ。

 魔法陣トラップまで誘導するには、スタート距離で合わせるしかない。

「よし、いいぞ、ここだ……来い!」

 さもゴーマがバジリスクの存在に今気づきました、みたいなイメージで引き返し始めた二号。それを、バジリスクがノロノロと塒から抜け出て追いかけはじめる。

 よし、釣れた!

「来い、来い……」

 走る二号。追うバジリスク。奴の動きはお世辞にも機敏とは言えないけれど、妙に静かな足取りで、着実に二号との距離をつめていく。

 これは、どうだ、届くか。いや、離れすぎてるか、いやいや、こんなもんか。どうなんだ。

「――来たっ!」

 ごちゃごちゃ考える暇もなく、気が付けば、バジリシクは所定の位置の一歩手前までやって来た。

「ガ!」

 レムが気合いを入れたような声、というか音を出した瞬間、二号はホームベースに帰還する高校球児のような勢いでダイブ。滑り込んだちょうどその位置は、ピタリと魔法陣の真上。

 素材は全て配置済み。中央の供物としては、すでにマタンゴのちょっとしなびた死骸が横たわっている。

 そこに、二号が担いだゴーマを背負い投げで叩きつけるように降ろす。これで、最後の生贄も揃った。

 二号は地面を這うゴキブリのように素早くその場を離脱。次の瞬間――

「ボォオアアアアア!」

 大口を開けたバジリスクが、転がったゴーマに向かって飛びかかっていた。

 今だ。

「朽ち果てる、穢れし赤の水底へ――『腐り沼』っ!」

 変化は劇的にして、一瞬。魔法陣と供物は瞬時に血色の毒沼へと変わり、弾けたように一気に広がる。

 そうだ、もっと広く、もっと深く。猛毒の魔物を酸の水底に沈めるほどに。

「ブボッ、バァアアアアア!」

 バジリシクの体が、半分ほど沈んだ。耳をつんざく象のような鳴き声が上がると共に、僕にとっては聞きなれた、ジュウウ、という溶解音が届く。

 よし、効いてる。やっぱり、奴の皮膚だけで『腐り沼』の酸を防ぎきれないんだ。前脚と後足、そして腹の方までどっぷりと浸かっている。それなり以上に、痛みを感じているだろう。少なくとも僕は、バジリスクがここまで大きく吠えているのを聞いたことはない。

「そのまま腐り殺してやるっ――」

 僕の手に握るのは、敵を刺し殺す刃ではなく、供物。右手には雑魚モンスからちょっとずつ集めたコアの欠片。左手には、ちょっと久しぶりに活用するパワーシード。

 それぞれを毒沼目がけて放り投げた。

「――『黒髪縛り』!」

 そうして毒沼から現れたのは、これまでにないほど太く長い、漆黒の触手。

 魔法陣、ひいては供物の恩恵を得られるのは、何も『腐り沼』だけではない。『黒髪縛り』でもモノによってはちゃんと適応される。手持ちの乏しい素材では、僅かにパワーが上がるパワーシードと、魔力によって純粋に強化されるコアの二つしか選択肢はなかったけれど。

 でも、ないよりはずっとマシ。完全な力勝負となる『黒髪縛り』の拘束にこそ、なけなしのコアを使うに相応しい。

 伸びる極太触手は全部で四本。バジリスクの頭に素早く絡みつき、ブヨブヨの表皮にきつく食い込む。恐ろしい猛毒ブレスを吐き出す大口は、これで完全に閉じられている。

 ワニは口を閉じる力は物凄いけど、開く方はそうでもない、というのを聞いたことがある。コイツも同じような顎の構造であることを切に願いながら、僕はバジリスクの頭を縛り付けるのに、全ての魔力と集中力とを費やした。

「ぐっ、あ、ヤバっ、これ……うぅううううううう!」

 バジリスクは今にも戒めを振り解きそう。分かってはいたけれど、とんでもないパワー、抵抗力を感じる。一瞬でも気を緩めれば、黒髪がバラバラに解けてしまいそうだ。

 だから僕は集中のあまり、暴れるバジリスクの鼻の先で、両手を前に突き出した格好のままピクリとも動けずに固まっている。傍から見れば、とんだ間抜けなパントマイマーだよ。

 でも、少しでも安全な位置に移動とか、僕も武器で攻撃とか、そんな余裕はマジでまったくない。もし、拘束を解かれたら、その時点でバジリスクは沼を脱するために直進し、その気がなくても巨体で以て僕を轢き殺すだろう。

 なんてこった。予定では、もうちょっと安全に立ち回れるはずだったのに。

「ゴッ! ウゴゴゴゴ!」

 閉じられた口から、大きな呻き声が漏れ出す。レムが攻撃に転じたのだ。

 背中の方から、モクモクと黒い煙が登るのが見える。どうやら、上手く火を点けることに成功したようだ。

 バジリスクも文字通りに尻に火がついた状況となり、必死に呻きながら暴れ回る。野太い脚が毒沼の水面を叩き、首から下の体は大きく左右に揺れ動く。

「くそっ……まだ、まだなのかよ……早く、死んでくれぇ……」

 思ったよりも『腐り沼』のダメージが弱い。いや、単純に僕の体感時間が長いだけで、素晴らしいほどの大ダメージがちゃんとバジリスクには通っているのかもしれない。

 でも、現実として僕の方はもう限界で、バジリスクはまだまだ元気いっぱいにケツを振っているしで、進退窮まりつつある。

 もう油も使い果たしたか、レムと二号は手当たり次第に持ち込んできた武器を投げつけている。刺さったり、弾かれたり。あまり効果があるようには見えない。

 決定打に欠ける。ダメだ、ヤバい。もうヤバい。死ぬ。助けてメイちゃん。

「う、ぐぅうううう……」

 いいや、それでも僕は絶対に言わないぞ。まだ力が残っているのに、できることがあるのに、全てを諦めて、ただ助けを祈ることなんて。


「助けて、兄さん」


 そうつぶやいた蒼真桜の姿が、目に焼き付いて離れない。

 あの時は、本当に助かった。兄が、勇者が、蒼真悠斗が、救世主として現れた。なるほど、これなら信じる。信じ切って、甘えてしまってもおかしくない。

 でも、僕は信じない。人の助けを信じられない。

 他人を信用していないワケじゃあない。メイちゃんはきっと、今でも僕を探してダンジョンを進んでいるだろう。

 信じられないのは、つまるところ、運だ。僕は幸運の星の元に生まれているとは思っていない。でも、特別に不運ってこともない。誰かの助けが入ったことで命拾いしたのは、このダンジョンに来てからもう何度もあるし、呪術師の僕が生き残っている時点でかなりの幸運だ。

 けれど、絶望的な相手を前にした時、絶体絶命のピンチになった時。そんな時、助けを求めれば必ず誰かが助けてくれる。そんな100%の確信なんて、得られない。

 当たり前だろう。人間にはできることとできないことがある。現実はどこまでも現実。ヒーローはいない。いたとしても、常に現れるとは限らない。大抵の場合、現れないし、間に合わないものだ。

 そんな当然のことを、蒼真桜は忘れているように、いや、全く知りもしないかのように思えてならないのだ。彼女は心の底から信じている。兄、蒼真悠斗を。

 つまりアイツは、自分は絶対に救われる人間だ、と信じているということだ。

 僕にはとても、そんな馬鹿にはなりきれない。

「ぐ、あ、あぁあああああああああああああああ!」

 だから、僕は諦めない。最後の最後まで、あがいてみせる。

「ガガーっ!」

 その時、暴れるバジリスクの背に、レムが飛び乗っていくのが見えた。

 武器投げ攻撃がイマイチだから、業を煮やして直接攻撃に打って出たのか。いや、でも、そんな命令は、僕は出していない。

 まさか、レムが『自分で考えて』やったというのだろうか。

「ガ! ガっ!」

 左手に握ったレッドナイフを背に突き刺して支えとし、右腕のカマキリブレードを何度も叩きつけている。

 やめろ、危ない、振り落とされたらお終いだぞ。

「ガガァアアアアアアアっ!」

 僕の心配などよそに、レムは刺して、切って、大暴れ。

 何度も体勢を崩しては落ちそうになるけれど、その度に踏ん張り、刃を繰り出し、バジリスクに縋りつく。

「――オォオオオ、ボォオオ」

 そうして、ついにバジリスクの抵抗が弱まり始めた。

「や、やった……」

 まだ動いてはいる。触手の拘束も緩めたりはしない。けれど、確かにバジリスクの力が弱くなっているのを感じる。

 イケる。勝てる。大丈夫、僕の魔力も集中力も、限界近いけど何とかなりそう。このまま大人しく沈ませていれば、あとはそのまま『腐り沼』が殺し切ってくれる。

「は、はははっ……よくやった、レム!」

 油断はしてなかった。手も緩めてはいなかった。

 だからそれは、単純にバジリスクが僕の想像を上回っていただけのこと。

「ブォオオオオオオオオオオっ!」

 それは一瞬にして、僕の視界を紫一色に染め上げた。

「えっ」

 何だコレ。ブレス? ブレスなのか。バジリスクの猛毒ブレス。

 何で、どうして。口はまだ、しっかりと閉じているはずなのに。

「あ、あっ……」

 そうか、あの顔についたヤツメウナギみたいな鰓孔。そこから噴き出したんだ。一瞬、だけど、僕は確かに見ていた。あの気色の悪い穴から、ジェット噴射でもするかのように、凄まじい勢いで毒々しい紫煙が吐き出されたのを。

 ち、ちくしょう、そこからも出せるなんて、聞いてないぞコノヤロウ……

 そんなケチをつける反面、僕はどうしようもなく理解してしまう。

 ああ、僕、死んだのか。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 小太郎の現実に立ち向かおうとする強い意志が、物語の主人公そのものでした。 また、蒼真桜が自分は特別助かる人間だという思い上がりを軽蔑していることに対して、共感を持てました。
[良い点] シリアスもあって、真剣で、深い。そして、所々でパロディと、ラブコメ要素も入っていて読んでて飽きない。 [気になる点] でも、文字と主人公の台詞だけでなく説明文まで、三位一体化している為、目…
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