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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第1章:白嶺学園二年七組
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第6話 妖精広場

長い、長い螺旋階段を、ひたすら下っていく。まるで、自ら奈落の底へと落ちて行っているような感覚。もっとも、僕の精神状態はとっくにどん底だけど。

「アイツらに追いついたりしないよな……」

 樋口一行が祠に消えてから、少し時間を置いて僕もダンジョンへと入ることにした。待っている間は怒りと悔しさのあまり発狂しそうだったけど、血の臭いに引かれて魔物が寄ってこないかという恐怖心もあって、もう僕の心の中はぐっちゃぐちゃだった。

 少しでも気を紛らわせるのと、今後のために役立つものをと考え、死んでいた高島君の荷物を漁って時間を潰した。野球部なんだから金属バットの一本でも持っていて欲しかったが、彼から獲得した役立ちそうなものといえば、カロリーメイツとポカルスエット、あとはポケットの奥に隠されていたライターくらいだった。勿論、セットでタバコも発見された。嗜まない僕にとっては無用の長物だけど、一応、持っておくことにした。

 ひとしきり目ぼしいものを自分の鞄に詰め込んで、そろそろ突入しようかと立ち上がった時には、少しだけ落ち着きが戻ってきていた。死体から物をはぎ取って冷静になるなんて、もう僕の頭はどこかおかしくなっているかもしれない。

 そうして、僕はダンジョンの入り口と思しき祠へと足を踏み入れたのだ。で、そこにあったのが、今も絶賛降下中の、螺旋階段なのである。他には何もない。階段だけの一本道。

 大人二人が余裕をもってすれ違えるほどに幅は広く、螺旋の内側は柱になっていて吹き抜けてはいない。祠の外壁と同じく石造りだが、組み上げられたブロックは苔も蔦も浸食しておらず、実に綺麗なものだ。

 壁面の一部が点々と、魔法の発光に似た白い輝きをぼんやりと発しているお蔭で、視界はそれなりに確保されている。特に足元なんかは意外としっかり照らされており、上り下りに支障はない。

 そういえば、樋口はどうしてこの階段を上ってきたのだろうか。目的地はダンジョンの奥にあるらしい天送門。ノートのコンパス機能で、道を誤るということもあるまい。わざわざ外に出る意味はないはず。この長い階段を前にすれば、よほど目的がなければ上ってみようとは思わな――いや、そうか、アイツには目的があったんだ。僕が倒した鎧熊、ソイツからとれるコアを手に入れるために。

 無論、鎧熊が倒れるその瞬間を目撃していたはずがない。とすれば、魔物の死体か、あるいはコアを探知する能力があると考えるべきだろう。天職の種類を想像するに……盗賊とか斥候とか、そういうタイプか。少なくとも、戦士や炎魔術師といったイメージではない。

 それじゃあ、あの三人の内の誰かが盗賊――ああ、盗賊か、それは何とも樋口にピッタリじゃないか。正に天職。バタフライナイフを妙に素早く扱っていたのも、盗賊の恩恵ってところだろうか。盗賊といえば、武器はやっぱりナイフだし。

 でも、そういえば奴らは、随分と慣れた感じだったな。僕はこの異世界に放り出されてから、まだ半日も経ってない。にもかかわらず、樋口は平気で人殺しできる精神性を獲得しているし、勝だって鎧熊の腹の中に手を突っ込むのに、さして躊躇はしていなかった。

 こっちに飛ばされて、必要だからと簡単に割り切ってできることじゃない。恐らく、二人はもうソレをやれるだけの経験があるんだ。

「もしかして、転移した時間がズレているのか?」

 そう考えるのが妥当だろう。奴らは何日も前に、このダンジョンでの生活を始めた。そして、僕は今日になってようやく、あの森に落とされた。

 教室から出て行ったのは、不本意ながらも僕が最初だったけど、異世界に出たのは最後なのか。もしかしたら、まだ転移してないクラスメイトもいるかもしれないけど。

 どっちにしろ、僕はあの最悪のクソDQNの樋口に、すでにしてスタートで出遅れたということになる。恐らく、アイツは人を殺しているし、魔物との戦いも経験しているだろう。そして、説明通りに天職の能力も成長しているはず。

 ただでさえ弱い呪術師を、今から育てて追いつくのか……いや、今は考えるのはやめよう。樋口にも勝にも復讐してやりたい気持ちはあるが、それを今すぐ実行できる力など、僕にはないのだから。

 ひとまず、僕はこの初めて足を踏み入れるダンジョンで、一人で生き抜くことを考えなければ。

「はぁ……やっと下についた」

 とりとめのない思考をしている内に、とうとう螺旋の段差が尽きた。辿り着いたその場所は、階段よりも明るい光に満ちる、開けた場所だった。

「ダンジョンっていうより、庭園みたいだ」

 広さは、近所にある寂れた児童公園と同じくらいか。深緑の葉が生い茂る樹木に、赤青黄色と色とりどりの花々が広がっている。今まで歩いてきた森と違って、整然と等間隔で生え揃っている。流石に花壇まで設置されてはいないが、地面は国立のピッチみたいに綺麗な芝生だ。

 天井は見上げるほどには高く、屋内でありながらそんなに閉塞感もない。螺旋階段に施されていたのと同じ白光が、五メートルは頭上にある天上から部屋を優しく照らし出している。

 そんな中でも最も目を引くのは、部屋の真ん中にどっかりと鎮座する白い石造りの噴水だろう。円形の小さな造りだけど、咲き誇る花々に舞い踊る蝶を表現したレリーフが随所に施され、それなりに凝ったものだと分かる。

 最も特徴的なのは、堂々と中心に立つ妖精の石像。背中から細長い葉っぱのような羽を生やしている、ロングヘアにワンピース姿の幼女。おまけに、顔も超キュート。これはどう見ても妖精だとしか思えないだろう。そんなリアル幼女サイズの妖精像が、水の噴き出し口となっている円柱の上に飾られている。

「うん、ここが『妖精広場』で間違いないな」

 妖精広場とは、僕が勝手な思いつきで命名したわけじゃない。例のノートに、新たに更新されていた情報に記載されていた正式名称だ。

 ノート情報のチェックは、階段を下りる前の祠の中で済ませておいた。僕が鎧熊と死闘を演じている最中に更新されたようで、それは樋口の説明の裏付けとなる内容だった。

 天送門を起動させるには、結構な量のコアを必要とすること。そして、このダンジョンの天送門で脱出できるのは三人まで、という致命的な人数制限があること。

 こんな大事なこと、一番最初の更新で無理やりにでも詰め込んで書いておけよ! とキレかけたが、八つ当たりするモノもなければ癖もないので、憤然とした思いを胸の内に押し込めながら魔法のノートを読み込んだ。

 その中で明らかになったダンジョン情報の一つが、この『妖精広場』である。

 古代遺跡の内部には、妖精像の噴水が設置された部屋が幾つかあって、そこには何故か魔物も近寄らず、ダンジョンにおける唯一の安全地帯だという。

 何千年も前から枯れることなく湧き続けている噴水の水も綺麗な真水らしく、貴重な飲み水の補給も可能。ついでに、ここに生えている木になる実は食料になるし、草花の中は薬草としてそのまま利用できるものもあるらしい。

 至れり尽くせりな休憩場所。正にセーブポイントと呼ぶに相応しい。あの可愛い妖精さんの石像が本当にセーブまでしてるんじゃないかと思えるほど。

 まぁ、一回死んで、ロードできるかどうか試してみる勇気はないけど。

「折角だから、一休みしていこう」

 というより、これからソロでダンジョンに挑むにあたっての準備、と呼ぶべきだろう。モンスターとの戦い以前に、ダンジョンでのサバイバル生活問題もあるのだから。

 というワケで、まずは水の補給から。

「うわ、ホントに綺麗――って冷たっ!?」

 透き通った水面へ、何ともなしに手を突っ込んでみれば、思わず叫んでしまうほどの冷水だった。キンキンに冷えてやがる。

「……美味しい」

 試しにすくって飲んでみれば、自然とそんな感想が漏れる。正直いって、僕はこれまで水に美味いも不味いもないだろう、と思っていた。

 ミネラルウォーターだろうと湧き水だろうと、どれも同じだろ――でも、この水は確かに、美味い。本当に、美味いのだ。何かヤバい薬でも入ってるんじゃないかってほどに。

「もしかしてコレ、魔力とかも回復してるんだろうか……」

 ぷはぁ、と風呂上りにビールを飲んだ父親と同じ反応をしつつ、しみじみとつぶやく。緑色のHPゲージの下に表示されてる、青色のMPゲージがグングンと回復している気分だが、実際にそんな効果があるのかどうかは全くの不明である。自分の体のことなんて、自分でもよく分からん。

 とりあえず、情報通りに飲み水の心配はなさそうだ。最悪、ここへ水を補給しに戻ってくれば良いわけだし。戻って来れるような構造であることを、祈っている。

「この木の実、食べれるのは間違いないけど、味はどうなんだろう……」

 次に僕が手に取ったのは、栄養満点、これと水さえあれば生きていける! と直感薬学で評判の木の実、その名も『妖精胡桃』。名前は、ノート命名の正式名称である。

 並木道みたいに部屋の両脇に林立する木々、その下に胡桃が落っこちている。野球ボールより一回り小さいかな、という大き目なサイズの胡桃は、見事に緑色。これ熟してないだろ!? と慌ててはいけない。この緑の殻を剥くと、中には見慣れたあの茶色い特徴的な胡桃の姿が現れる。

「っていうかコレの葉っぱ、地味に治癒効果がある」

 この胡桃は、妖精の羽を模しているかのように、二対の細い葉っぱがへたにくっついている。この四枚の葉に傷の治りを促進する効果があると、直感薬学が教えてくれた。ニセタンポポと混ぜれば、より効果のある傷薬ができそうだ。

「うーん、味は普通かな」

 傷薬生成プランを練りながら試し食いした妖精胡桃の味は、可もなく不可もなくといったところ。何とも味気ない。

 しかし、味付けしてないのだから当たり前だし、そもそも、渋味がなくそのまま食べられる、というだけで食料としては十分に合格点ではないだろうか。食用部分の見た目も、普通の地球産クルミと変わらない、しわしわした特徴的な形で、忌避感もない。

「でも、これをお腹いっぱい食べるのは、無理かなぁ」

 どこまでも贅沢な現代日本人らしいケチをつけつつ、今後のメインディッシュとなる妖精胡桃をせっせと鞄に拾い集めた。

「よし、ここからが呪術師の本番だ」

 最後に向かうのは、僕を歓迎するかのように咲き誇るお花畑。ノートにしっかり「薬草になる」と明言されていた以上、ここには貴重な薬の原料となる有用な植物があるのだ。

 メール情報では、ここにある薬草が一種類だけ紹介されていた。ナントカいう正式名称が記載されていたけど、長いから忘れた。四葉のクローバーにそっくり、というらしいから、名前はそれでいい。恐らく、他のクラスメイトもそう呼んでいることだろうから。

 ちなみにこの薬草版四葉のクローバーは、発見確率も地球とどっこいのそこそこレアであるらしい。ただし、草の根分けて探して採取するだけの価値に見合った、いや、それ以上に即効性の回復という破格の効果を有する。

 この妖精広場はすでに樋口達が通っているので、目に見える四葉は根こそぎ採取されてしまっているだろう。わざわざおこぼれを探す意味はない。

 だがしかし、呪術師の僕ならば、ご紹介に預かった四葉さん以外の薬草を発見することができる。さらに言えば直感薬学を駆使して、薬草を組み合わせて傷薬も作り出せるかもしれない。

 もしかしたらRPGの消費アイテムが如く、それ単体で使うより他はないかも――と思ったが、どうやらそれは杞憂ですんだ。

「やった、これはいける……いけるぞっ!」

 うおぉーっ! と喜び勇んで花畑にダイブ。眼の前にある花々には、それぞれ異なる薬用効果を秘めていると、僕の脳髄にビリビリと刺激するように訴えかける。

 白百合みたいな花には、妖精胡桃の葉っぱと同じく自然治癒促進のオーソドックスな効果。

 赤いチューリップみたいな花は熱さまし。青いラベンダーは解毒、黄色いのは鎮痛――まるであつらえたかのように、色んな効果の草花が揃っていた。

「いよーし、気合いを入れて、調合だっ!」

 どうやら、僕の幸運も尽きたってわけじゃないようだ。ようやく、希望が見えてきたぞ。

 2016年7月15日

 第二章も毎日更新させていただきます。

 昨日、活動報告を更新しました。感想で寄せられた質問の解答などもあるので、是非、ご一読を。

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