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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第7章:人殺し
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第76話 六芒星の描き方

 幸先の良いスタートだ。ひとまずは魔力の回復を待つついでに、その時はレムと二号の両方を連れて日課となりつつあるバジリスクの観察に出向く。

 今日も三日月毒沼の真ん中でゴロゴロしているバジリスクを、僕もゴロゴロしながら眺める。でも、気分は野生動物の決定的シャッターチャンスを待つカメラマンみたい。

 今日は馬鹿なゴーマがやってくることも、マタンゴがフラっと近づいてくることもなく、バジリスクはマンドラゴラを食べた以外には何の動きも見せずに就寝した。

 けれど、僕は一つの収穫を得た。

「うん、やっぱこれ、バジリスクの皮だ」

 奴が食事をしたマンドラゴラ畑で見つけたのは、白い皮の破片。大きさは三十センチ四方といったところか。コレは決して、僕が無謀にもバジリスクに攻撃を仕掛けた結果、剥がれ落ちたモノではない。

「アイツも脱皮して、成長するんだな」

 自然と剥がれ落ちただけのこと。その出自は不明だが、バジリシクは食事も睡眠も排泄もするしで、魔物という立派な生物だ。成長もするだろうし、そうでなくても、単純に代謝の一環で古い皮膚が剥がれていくだけなのかもしれない。

 ちなみに、畑に落っこちたコイツを回収してきたのは二号である。

「うーん、素材として利用するには……イマイチか」

 この程度のサイズでは、レムに取り込ませても大した効果は出そうもない。せいぜい、体のワンポイントを白皮で覆ってオシャレできるとか。今はファッションにこだわっていられるほど、余裕はない。

「あっ、そうか、コレで試せばいいんだ」

 ピコーン、と電球のアイコンが頭上で点灯したかのように、閃いた。日中、バジリスクと一緒に寝転がっていたお蔭で、魔力もそこそこに回復している。寝る前に多少の呪術は使えそうだ。

「――『腐り沼』」

 血を一滴だけ垂らして、水たまりサイズの小さな毒沼を作り上げる。そこへ、ナイフで切り取ったバリシスクの皮の破片を投入。すると……

「ダメか……いや、溶けてる、ちゃんと溶けてるぞ!」

 僕がこの実験で知りたかったのは、バジリスクに『腐り沼』が通用するかどうか、という点である。

 ゲーム的に考えるなら、猛毒ブレスという技を持つバジリスクは、自分自身も非常に毒に対して高い耐性を持つと予想される。炎を吐くドラゴンに火を放つように、バジリスクに毒の攻撃は効果がないと思われた。

 けれど、奴の巨体を仕留められる可能性があるのは、いまだ僕にとって最大の攻撃法である『腐り沼』だ。もし、これが多少なりとも通用するというのなら、勝機の目も出てくるというものだ。

「これは、イケるんじゃないのか、もしかして」

 毒沼に入れて数秒、何の変化も見せなかったバジリスク皮だったが、そのまま浸し続けると、ブクブクと小さな泡をたてて、徐々に、けれど、確実に溶け始めた。反応を見るに、カマキリの甲殻よりも酸耐性はありそうだが、それでも、完全ではない。これで鎧熊の装甲並みに溶けなかったら、僕はバジリスク討伐をすっぱりと諦められたかもしれない。

 ともかく、これでバジリスクに『腐り沼』が効く可能性は高くなった。まさか、皮を溶かした先の筋肉で防がれる、なんてことはないと思いたい。

「となると、問題はどうやってデカい『腐り沼』を作るか、だな」

 僕が普通に戦闘で使う『腐り沼』は、最大でも四メートルかそこらといったサイズ。それなりに耐性がある上に、五メートル級のバジリスクを仕留めようと思うなら、少なくとも体全体が余裕で収まるくらいの広さは欲しい。十メートルくらいの面積に、深さも奴をドップリ沈められるくらいはないとダメだろう。

 問題となるのは、まず、魔力。次に展開速度。果たして、僕の血液は足りるのか。

 やってやれないことはなさそうだけれど、バジリスクを沼に落とせばそれで即死というワケではない。その後、かなりの長時間にわたって、奴を沼の中に縛り付けておく必要がある。

 つまり、かなり本気で『黒髪縛り』で拘束し続けないといけない。そして、ソレをするにも結構な魔力を消費するだろう。

 巨大な『腐り沼』を張り、バジリシクが息絶えるまで拘束し続ける、巨大な縄となる『黒髪縛り』。今の僕の保有魔力では……かなり心もとない。

「何かで魔力を補うか、それとも、呪術の魔力消費を抑える方法とか……」

 さて、どうするべきか。うんうんと頭を悩ませながら、僕は就寝した。

 その翌日、僕は一つの決意を固めて、第二の呪術実験に挑むことにした。

「呪術といえば、やっぱり生贄だよね!」

 名付けて『お願いルインヒルデ様、生贄儀式で超強化呪術をぶっ放そう作戦』である。

 実のところ、この生贄というのが本当に呪術に対して有効なのかどうなのか、僕には全く分からない。けれど、分からないからこそ、やるのだ。それに、この異世界の魔法はイメージで結果が左右されることがある。ということは、ソレっぽいことをするだけでも、何かしらの効果を得られる可能性は十分にあるということだ。

 一応、レムの『汚濁の泥人形』では魔物素材を取り込めることから、呪術には様々なモノを材料として取り込む余地があるのではないかと僕は考えている。だから、その呪術に見合った生贄、もとい素材を用意すれば、上手く取り込んでくれるんじゃないかと、まぁ、そんな感じである。

「それじゃあ早速、材料の調達に行こうとしようか、レム」

「ガガガ!」

 いつになくヤル気を見せるレムと二号を従えて、僕は毒沼エリアから引き返し、再び遺跡ダンジョンへと潜った。

「――やっぱり、一人増えるだけで安定感が違うよね。よくやったレム、戦果は上々だよ」

「ガガッ!」

 というワケで、獲ってきました材料の数々。本日の戦果をご紹介しましょう。


『ゴーマの死体』:殺したばかりの新鮮なゴーマの死体。触手で首を絞めて殺したので、出血はなく死体は綺麗な状態。レムと二号に一体ずつ運ばせたので、二体ある。


『マタンゴの死体』:毒沼エリアの妖精広場近くをウロウロしてたのをゲット。触手ナイフの遠距離攻撃コンボに、毒無効なレムと二号がいれば、楽に狩れる。僕にとっては、最も相性のいい相手だろう。


『魔物の鮮血』:ゴーマや赤犬など、生きた魔物から採取した血液。ゴーマの持ち物には、水や酒を入れている皮袋やヒョウタンなどがあるので、ソレに入れている。合わせて二リットルくらいはありそう。


『コアの破片』:コアとも呼べない、小さな結晶の欠片。雑魚モンスからでも、たまにこれくらいのモノは採取できる。レムが摘出してくれました。


 どれも死体なので、生贄というと違うけれど、まぁ、呪術の素材に使えそうな、血生臭いモノを揃えた。

「まずは血だけで試してみるか」

 簡単に集められる素材から使って実験していく。魔力の結晶であるコアは、たとえ破片でも貴重だし、ほぼ確実に効果が期待できるので、こっちは本番まで使わない方針で。

 ゴーマの血を満たした器を、ドバドバと地面にぶちまけてから、血を一滴だけ垂らして『腐り沼』を発動させる。

「多少は大きくなってるけど……劇的な効果はない、か」

 血一滴分の沼のサイズは、昨日バジリスクの脱皮皮を溶かした際に確認済み。それと比較すれば、一回り大きな沼となっているのが分かる。

「でも、ちゃんと効果が出てるってだけで十分だ」

 何となれば、大量の鮮血を集めればいい。僕とレムと二号とで分担して持てば、かなりの量でも運べるし。

「よし、どんどん行こう」

 それ以降は、各素材を順番に試していく。その後は総当たりで組み合わせ。

 魔法陣以外で久しぶりにノートを使ったよ。ペンを握るのさえ懐かしく感じる。僕は集められた素材を一覧表にして、総当たりの効果を記録していく。それが埋まれば、今度は、三種類、四種類、とパターンを増やしていく。

 素材は無限ではないし、現地で使うモノは少ないに越したことはない。最も効果的な素材を割り出し、無駄を省く。

 この作業だけで、さらに三日を擁した。実験だけでなく、血と魔力を回復する休息時間に、新たな素材調達の時間もかかる。

「結構、溜まって来たなぁ……そろそろ整理した方がいいかも」

 ゴーマを中心に魔物を狩り続けた結果、拠点にしている毒沼エリアの妖精広場は色々な鹵獲品で雑然としている。流石に死体などの生モノは外に置いてるけど、ゴーマを狩ればその分、奴らの装備や持ち物を奪える。今は奴らが着こむ汚らしいボロキレさえも何かに使えないかと思い、余さず剥ぎ取っている。そして裸の死体は、呪術の実験材料として。

 でも、その甲斐あってか実験も順調だし、細々とした道具なんかも揃い、新たな発見などもあった。

「やっぱり、間違いない……これは、魔法陣だ」

 魔法陣。それは、天職を授かる儀式と、行き先を示すコンパス、イマイチ使えないメール情報などなど、すでに立派な魔法装置として存在していることを僕は知っている。

 今回、発見したのは、呪術にも魔法陣の法則らしきものがある、ということだ。

「素材の配置によって、効果がちょっと違ってくる」

 そう、たったそれだけのことで、目に見えて『腐り沼』の広さと深さは変化するのだ。

「基本は円」

 ノートにある最初の魔法陣も円形だ。きっと、魔法でも呪術でも、魔法陣は円形なのが基本なのだろう。少なくとも、三角や四角よりは確かな効果が出ることが実験によって証明済みだ。

 円は血で描く。できるだけ正確な方が良い。

 真円を描くのは簡単だ。中心点に槍を突き刺し、そこから描きたい半径だけ触手のロープを伸ばして、その先にもう一本、槍を括り付ける。これで、地面を削りながらグルっと一周すれば、綺麗な円が描ける。

 この下書きを元にして、器から血をドボドボすれば、第一段階の鮮血の円陣は出来上がる。

「素材の配置は、六芒星」

 円の中に六芒星を描き、円の接点となる六ヶ所の位置に各素材を配置するのだ。内円に接する正確な六芒星の描き方を思い出すのに、ちょっと悩んでしまったのは内緒だよ。

 まず、適当な円上に槍をぶっ刺す。A点。次に、円を描く時に決めた中点にも槍を刺しておく。中点Oだ。このAとOを結んだ先に交わる円上の交点がB点。これで、ABは円の直径になる。

 AB点を割り出すことができれば、次はA点を中心にして、この円と同じ半径で円弧を描く。当たり前だけど、Aの槍を刺しっぱなしにして、触手で結んだ中点Oに刺した槍の方を動かして描けば、ピッタリの半径で円弧を描ける。で、この描いた円弧と、円の線上で交わる点を、それぞれC点、D点とする。A点を真上として見れば、それぞれ左右にCとDがあることになる。同様にB点を中心にして円弧を描き、それぞれE点、F点を求める。

 これで、AEFを結ぶ正三角形とBCDを結ぶ正三角形を描けば、見事、全ての辺が等しい綺麗な等辺六芒星の完成である。

 この六芒星も円と同じく血で描けば、基礎となる魔法陣は完成する。

 ここから、最後に呪術らしい要素を加えるために、すでに僕の手に刻まれた『呪印』である、目のようなデザインの印をフリーハンドで書いておく。

 あとは、六芒星の六つの頂点に素材を配置していくだけ。

 使う素材は上から時計回りに、『スケルトンの髑髏』、『マンドラゴラ』、『赤犬の鮮血』、『ゾンビの生首』、『ゴーマの酒』、『ムラサキノコ』、である。中心にはマタンゴとゴーマの死体を積み重ねて、中点を示す槍で串刺しにして貼り付けておく。

「完成だ」

 これが、数々の血生臭い実験の果てに僕が割り出した、今使えるモノで最大限の効果を発揮する『腐り沼』の魔法陣である。それにしても、如何にも魔法陣の基本形っぽい六芒星に効果があるとは、地球の呪いもあながち的外れではなかったのか。それとも、術者自身にイメージが沁みついた結果、効果が上昇している個人に依存するものなのか。どちらにせよ、血も魔力も消費せずに、大きな効果を発揮する魔法陣の発見は大きい。

 この魔法陣を『六芒星の眼』と名付けた。

 とりあえず、六芒星は僕のオリジナルでも何でもないので、そのまま名付けておかないと。本家はリスペクトしないと、パクりになるし。

 僕のオリジナル要素は、ルインヒルデ様の呪印である目玉マークだけだしね。

「イケる……これなら、バジリスクを落とせる」

 ようやく勝機が見えた。

 やろう。バジリスクを倒そう。僕はついに、一人でボスに挑む覚悟を固めた。

 それから、さらに二日ほどかけてバジリシク討伐に向けての本格的な準備を始めた。まぁ、やることはダンジョンでゴーマを中心に狩りつつ、装備や素材を集めるという何とも変わり映えの無いものだが。

 でも、僕の心には静かな緊張感がくすぶる。鎧熊のような遭遇戦でもなく、メイちゃんという仲間に頼ることもなく、この最弱天職『呪術師』の僕が自分の意思で強大な敵に戦いを挑もうというのだ。命を賭けた戦いに自ら臨む、なんてことは初めて。緊張しないはずがない。

「いいか、レム、作戦を説明するぞ」

「ガガ」

 素直に頷くレムに向かって、全ての準備を完了させた僕は確認の意味も込めて、あえて口に出して説明する。

「まずは、二号がゴーマを背負ってバジリシクをおびき出す」

 ゴーマなどの魔物が畑付近に近づけば、それだけでバジリスクは積極的に捕食しようと動く。長きにわたる観察結果で、間違いない。

 けれど、より確実性を得るために、ゴーマの死体ではなく生きた奴を使う。すでに妖精広場の外には、二号を見張りに立てた上で、縄で縛りあげたゴーマが用意してある。今の僕らなら、ゴーマ一体を生け捕りにするくらいはできる。

「あらかじめ用意した『六芒星の眼』まで誘い込む。もし、途中で二号が食われれば、その時点で作戦中止、すぐに撤退する」

 一つでも上手くいかなければ、どこかで必ず無理が生じる。それに、この時点ならまだまだやり直しがきく。相手は魔物だ、こちらの罠を一度や二度で気づけるほどの知能はない、と思いたい。

「バジリスクが陣まで来たら、『腐り沼』を発動させて落とす」

 戦いは、ここからが本番だ。

「すぐに、僕が『黒髪縛り』で奴の動きを封じる。縛る箇所は頭のみ」

 ブレスを一発でも撃たれれば、そこで終了。バジリスクの口を塞いでおくのは、最優先。

「体全てを縛るほどの余裕はない。だから、体の方はレムと二号で攻撃して、少しでもいいからダメージを与える」

 出血を強いれば、それだけ消耗も早い。最悪、毒沼を脱しても瀕死の重傷を負っていれば、そのまま追撃して討ち果たすことだってできる。

「かなり暴れるだろう。あの巨体に当たれば無事じゃ済まないから、遠距離攻撃に徹する」

 そのための装備も用意した。


『レッドナイフの槍』:ゴーマの槍にレッドナイフを括り付けたもの。バジリスクの巨体を刺すなら、リーチは長い方が安全だろう。


『松明の油』:ゴーマが松明を燃やすのに使う油。可能な限り収集し、全部で二リットルほどある。


「二号は油をかける役。レムはレッドナイフで刺しつつ、着火。奴を火達磨にしてやる」

 バジリスクの巨体をチンケな刃でチクチクと刺してもさして効果はないだろう。現状で大ダメージを与えられそうなのは、この油を利用して火を点けるより他はない。

「燃やすのは下半身だ。頭の方まで火が回ったら僕の触手も焼き切れるから、注意して」

「ガガ」

 実際、何処まで上手く拘束しつつ燃やせるかは、実際にやらないと分からない。けど、心がけてはいて欲しい。

「油が尽きたら、あとはもうひたすら刺して。槍も斧もナイフも、できるだけ集めた。全部、バジリスクにくれてやれ」

「ガガっ!」

 勇ましくレムが頷く。刺さったり切れたりしそうな、刃のついたゴーマ製武器は全てつぎ込む。

「あとは、僕がどこまで奴を抑えていられるかが勝負だ」

 最大の不安点である。僕が触手でバジリスクを抑え込むことができなければ、全ての作戦は瓦解する。責任重大。どうせソロなのだから、責任は全て僕のものなのは当たり前だけど。

 不安はある。恐ろしくて仕方がない。それでも、挑まなければ先には進めない。

「それじゃあ、行こう――」

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