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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第7章:人殺し
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第75話 バジリスク観察記

 バジリスク攻略を目指し、僕はその準備と観察を始めることにした。

「まぁ、こんなもんかなぁ」

 僕が最初に作成したのは、身を隠すための装備。いわゆる一つのギリースーツである。

 ベースはゴーマを倒して奪った衣服を、黒髪縛りで適当に繋ぎ合わせたボロ布のマント。ジャブジャブと毒沼に浸すと、あっという間に紫色に染まって、いい感じだ。後は適当に雑草とキノコを黒髪で括りつけて、完成。

 まぁ、バジリスクは視覚に頼らない魔物っぽいから、ギリースーツとか全く無意味かもしれないけれど、一応、念のために。もしかしたら何かしらの隠蔽効果があるのかもしれないし、これを作ったお蔭で『黒髪縛り』を縫い糸として活用するという新たな使い道も発見できた。糸くらいの細さだと、影や体から分離しても結構な時間、そのまま保持できる。

 これも練習次第では、より太く長い触手でも、切り離した状態を維持し続けることができそうだ。

 それと『黒髪縛り』の使い道についてはもう一つ、今回初めて、木に登るのに使用してみた。すでに僕の触手は当初の貧弱な性能から大きな成長を遂げ、暴れるゴアを抑えつけるくらいのパワーを持つ。そりゃあ、体重50キロにも満たない僕の体を、吊るして支えられないはずもない。

 もっとも、調子に乗ってターザンロープみたいにビュンビュン木から木へとスタイリッシュに飛び映る機動なんて、とてもじゃないけど無理だけど。とりあえずは、高い木に登って、周囲を見渡す時にしか使わない。

 ギリースーツ製作と木登りの練習だけで、ほぼ一日費やしてしまった。

 さて、そんなこんなで毒沼地のボス、バジリスクの観察を始めたワケだ。

 まず、僕がこうして観察結果を語れているという時点で、観察そのものは成功しているこということ。バジリスクは全く付近をウロウロしている僕に対して注意を向けることはない。無視しているのか、それとも本当に気づいてないのか。まだ、それを確認してみるのは怖いから、遠巻きに見ているだけに留めている。

 ひとまず、一日観察して分かったことは三つ。

 一つ目。バジリスクの主食はマンドラゴラ。

 昼前になると、奴は塒からのっそり体を起こして、ノロノロと三日月毒沼の周囲にあるマンドラゴラ畑へと出てくる。前脚についた短いけれど太い爪でザクザク地面を掘って、マンドラゴラを食べる。ボリボリ食べる。そんなに美味しいのか、と僕も釣られて食べたくなってしまうほど、豪快な食べっぷりだった。

 それにしても、こんな勢いで食べてたら、あっという間にマンドラゴラ畑は全滅じゃないのかと思うが……翌日、昨日食べて更地になった場所に、早くも点々と生え始めているのを見て、僕は理解した。どうやらここは、異常なほどマンドラゴラの生育に適した特殊な環境なのだと。もしかしたら、ボスモンスターであるバジリスクを養うために、ダンジョンそのものに設定された何らかの魔法設備なのかもしれない。

 とりあえず、ボスが飢えて弱まるのを待つ戦術は無理そうだ。

 二つ目。主食はマンドラゴラだけど、他の魔物も食う。

 これは、ゴロゴロしているバジリシクを観察していて、僕もウトウト眠くなってきた時のことだった。

 マタンゴを追って、ゴーマの群れが現れたのだ。この時、ギリースーツを着ていて良かったと心底思った。奴らがキノコを獲りに来るってことは、普通にこのエリアは徘徊ルートの一部ということ。僕を見つければ、喜び勇んで襲い掛かってくることだろう。

 視覚的にも隠れ潜んでいる体勢だった僕には全く気付かずに、ゴーマ御一行様は相変わらずギャーギャーやかましく声をたてながら、マタンゴを追いかけ回していた。

 やはりマタンゴがまき散らす胞子には毒があるのか、ゴーマは近づこうとはせず、石や松明を投げたり、弓を撃ったりして、遠距離攻撃のみに徹していた。そのせいか、大して素早くもないマタンゴを仕留めるのに苦労している模様。だから、奴らはウッカリ、バジリスクの縄張りである三日月毒沼までやってきてしまったのだ。

 マンドラゴラ畑の辺りに奴らが足を踏み入れるなり、バジリスクは動き出す。大きな体で動きは緩慢、だが、驚くほど静かに奴は動く。水音一つ立てずに毒沼に入ると、ワニのようにスイスイ進み、そして――

「ボォアアアアア!」

 水辺で顔を出し、騒いでいるゴーマ達へ猛毒ブレスを噴く。グワっと開かれた大口から、あくびの際に漏れるものよりさらに濃密な、黒に近い紫色の煙が嵐のように噴き付けられる。

 毒煙に撒かれたゴーマは、皆すぐに苦しみ出し、口から大量の血を吐いてぶっ倒れる。黒い肌は瞬間的に沸騰したかのようにブスブスと泡立ち、真っ赤に爛れて、溶け落ちた。

 ゴーマの食人とはまた違った意味で、背筋が凍る凄惨な死に様である。

 けれど、そこそこ人死を見てきた僕には、無残な死に方に呆然とすることなく、細かいところまで観察できるだけの冷静さが残されていた。

「……服は溶けないのか」

 ゴーマの死体は二目とみられない、まぁ、元からキモい外見だけど、それでも明らかにヤバい肉塊と化しているのだが、身に纏う服や武器はそっくりそのまま残っている。僕の『腐り沼』なら、こうはいかない。ということは、無機物には作用しない、腐食性や強い酸性を持つモノではないということ。身体機能にのみ異常をきたす類の毒物、あるいは生物を殺すことに特化した猛毒の魔法そのものなのかもしれない。

 それにしても、恐ろしく強力な毒性だ。ゴーマは一呼吸置くくらいで即座にぶっ倒れたし、おまけに、よく見たらマタンゴも苦しみもがいて死んでいる。こっちは吐き出す血はない代わりに、シオシオに枯れるといった死に様だけれど。

「あんなの、当たったら即死だよ」

 呼吸だけでなく、皮膚に触れるだけでもヤバいだろう。何だか、昔見たハリウッド映画でテロリストが使う毒ガスみたいな超絶性能だ。VXガス、だっけ。

 そんな超強力な猛毒ブレスで仕留めた獲物を、沼から上がったバジリスクは残さず喰らった。

 三つ目は、生活サイクル。

 ここは曲がりなりにもダンジョンの中だから昼夜の区別はなく常に一定の明るさが保たれている。けれど、僕が左手にはめている平野君の遺品である時計のお蔭で、正確な時刻を把握することが可能。時間を基準に、バジリスクの生活サイクルを確認できるというわけだ。

 主食のマンドラゴラは午前中に食べる。一回だけだ。けど、魔物が現れたら、眠っていなければ捕食しに動く。もっとも、今のところ確認できたのは、ゴーマのマタンゴ狩りと、あとはマタンゴが単体で毒沼をウロウロ歩いていた時に食べられたのを目撃した、二回だけ。

 夜は睡眠時間のようだ。ちょうど日暮れから日の出あたりの時刻までは、ジっと動かずに寝転がっている。昼間の時は同じように寝そべってはいるが、よくゴロゴロ動いたり、頭をもたげてキョロキョロしたりしているので、起きているのは間違いない。夜はその動作が全く見られないから、眠っているとみていいだろう。

 と、以上の情報を、僕は三日かけて得ることができた。ニートのようにほとんど寝床から動かないバジリスクを観察し続けるのは退屈この上ないが、睡眠確認のための徹夜観察も含め、僕はやり遂げた。

 より正確な生態を把握するには、もっと長期間の観察を擁するのだろうけど、あいにくとそんな時間はない。一応、これでバジリスクのおおよその行動は掴むことができた。

 さて、その上で持ち上がってくる問題点がある。

「うん、やっぱり火力が足りない」

 バジリスクを殺すに足る攻撃手段の不足だ。

 堂々と夜は寝込んでいることから、寝こみを襲うことはできそう。けれど、一度目覚めれば、もう真正面から戦ってどうこうなる相手じゃない。ブレスを一発撃たれればお終いだし、寝返りを打った拍子に下敷きになっても僕は死ぬ。

 あんな巨大な生物を一撃で葬り去るとなれば、ダイナマイトでも用意しなければ難しい。無論、そんなノーベル賞モノの素晴らしい火力など、僕は持ち合わせてはいない。せめてメイちゃんがいれば、脳天を一撃で叩き割ってくれそうな気がするけど、今となってはない物ねだりもいいところである。

「寝こみの一撃必殺がダメなら……うーん、罠にかける、とか」

 気分はさながら、マンモス狩りに挑む原始人である。真っ向から立ち向かえばあっけなく踏みつぶされてしまう巨大な相手でも、罠にかけて動きを封じ、その隙に総攻撃をしかけ、ついには打ち倒す。歴史の資料集の最初に紹介される、マンモスを落とし穴にかけて、みんなで槍を投げつけているイラストみたいなイメージだ。

「ダメだな、あんな大勢いないし、そもそも、どうやって落とし穴を掘るんだよ」

 使える人員は僕一人。レムを含めても二人。たった二人で、ゴーマから奪った槍をポイポイ投げつけても、バジリスクはいつまでたっても殺せないだろう。

 落とし穴を用意するのも現実的ではない。人間の手は大穴を掘れるだけの機能性はないし、シャベルを持っていても、5メートル級の体躯を誇るバジリスクを落とす穴を掘り切れるとは思えない。

 たとえ、気合と根性で巨大な落とし穴ができたとしよう。そして、まんまとバジリスクが落ちたとしよう。けれど、アイツの体を見るに、どうにも垂直の穴くらいなら、よじ登って来そうな気がする。壁を這うイモリのように。

「何もかも足りない。そもそも、僕にあるものって……」

 やはり、呪術しかない。大した特技もなく、屈強な肉体も、天才的な頭脳も持たない、平々凡々なオタク高校生の文芸部員の僕にある、特別な力はルインヒルデ様から授かった呪術しかないのだ。

 ならば、もっと、もっと呪術を活用できるよう考えて、努力するしかない。

「うーん、しばらく実験が必要だな」




 というワケで、僕の新たな可能性を模索するために、呪術の実験をすることに。この際、試せることは何でも試そう。

「よし、まずは『泥人形』だな」

「ガガ?」

 いや、レムお前じゃない。

 今回は二体目にチャレンジしようと思っている。そういえば、オルトロスがいるエリアで実験した時は、初の魔力切れを経験して、中途半端なまま終わってしまっていた。これまでの感覚からいって、普通に二体目も行けそうな気がするけれど、とりあえず限界点は探っておきたい。

 マンティス装備のレムには及ばなくても、槍を持って振り回せるパワーのある奴を作ることができれば、貴重な戦力となるだろう。

「とりあえず、材料はこんなもんで」

 まずは基本となる泥は、この毒沼エリアで現地調達。骨格は信頼と実績のスケルトンで、他には目ぼしい魔物の素材は入手できなかった。あとは、ここで採れるマンドラゴラを一株。

 ひとまず、素材としては十分だろう。

「いざ――」

 呪印から血を垂らし、呪文をフル詠唱。果たして、その結果は……

「――ハっ!?」

 ふと、目が覚める。開いた眼に飛び込んでくるのは、今やすっかり見慣れた妖精広場の白い天井。

「もしかして僕、気絶してた?」

「ガッ」

 枕元に立つようなポジションにいたレムが、大きく頷く。うん、やっぱり、もしかしなくても倒れていた。

 原因は明確。魔力切れである。

「ちぇっ、ダメだったかぁ」

 今の僕ならイケると思ったんだけど、どうやら自分で思っているほど成長していないということか。ちょっと期待していただけに、この情けない体たらくに我がことながらガッカリというか何というか。

「ガ、ガッ」

「なんだよレム、慰めなんていらないよ」

 空気を読んだのか、レムが僕の肩をポンポンとしてくる。慣れない気遣いなんてしなくていい、と思ったところで、気づいた。

 レムがもう一体いる。

 いや、今のレムは緑のカマキリ仕様だ。二体目の方は、ちょっと懐かしい小柄な黒いスケルトンの姿をしていた。

「や、やった! 成功だっ!」

 ぶっ倒れるほどの魔力を消費した甲斐もあってか、見事、二体目の『汚濁の泥人形』爆誕である。

「よーし、お前の名前は――」

 張り切ってネーミングを考え始めると、すぐに気づいた。いや、気づいたというか、最初から知っていたというか、何というか。いつもの、呪術に対する謎の理解力が働いた。

「――もしかして、コイツもレムなのか?」

「ガガ」

 レムも二体目も、同時に頷いた。コンビネーションばっちり、ではなく、単純に二体ともレムが一人で操っているのだ。

 そもそもレムを一個の人格としてみるのは違うかもしれないけど、肉体を操る頭脳、いわばAIの機能があるというのは間違いない。だから、僕はてっきり二体目を作れば、自動的に新たなAIがその体を操って動くのだと思い込んでいた。

 けれど、どうやら二体目の体もレムが動かしているようだ。一つの意思で二つの体を動かす、というのは人間の僕には全くピンと来ない感覚だけれど、呪術で生まれたレムなら出来て当たり前のことなのかもしれない。

「えーと、どんな感じ? ちゃんと動ける?」

「ガガーッ!」

 任せろ、と言わんばかりにレムは自分と二体目とで、素振りを始める。レム本体はカマキリブレードを振るい、二体目のスケルトン型はそのままボクシングのシャドーみたいに素早く拳を繰り出す。あっ、今キックもした。

「なるほど、どっちも制御できてるんだね」

「ガ!」

 何の不足もありません、と強くアピールしているように感じるのは、僕の気のせいだろうか。

 ともかく、性能の方は申し分なさそうだ。別にレムが一人で二つの体を操っても、どっちもちゃんと動けるのなら問題はない。どうやら右手と左手を同時に動かすくらいには、難しいことではなさそうだった。

 しかしこれは、連携という以前に、二人とも自分という究極のコンビネーションで行動できるということではないだろうか。

「これでさらにレムの性能が上がれば……」

 何体もの泥人形全てが、レムという一つの意思で統率された、完璧なチームワークを実現するだろう。おお、僕の最強サーヴァント軍団も、夢じゃないかも!?

「よーし、何だか希望が見えてきたぞ」

 とりあえず、二体目の方は二号と呼ぼう。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 以前頭に生やした黒髪を振り回しても、頭に荷重が掛からないという描写があったと思います。 私はそれを読んで、相手に掴まれて引っ張られたり、ターザンみたいに使うのは無理なのだろうと思った…
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