第74話 新生ハーレムパーティ
青く輝く『光精霊』の導きだけを頼りに、俺ははぐれてしまった桜達パーティメンバーを探してダンジョンを突き進んできた。不安と心配ばかりが先に立ち、一刻も早く合流しなければという強迫観念じみた焦りを抱きつつも――俺はついに、彼女達と再会を果たした。
洞窟の縦穴で昆虫型魔物の大軍に襲われているところだったが、多少は使い方を覚えてきた『光の聖剣』の力もあって、間一髪で救助に成功。ああ、良かった、本当に……心から、この勇者の力を授けてくれた女神様に感謝の祈りを捧げたい気分だった。
みんなは無事で、俺は間に合った。ちゃんと、みんなを救うことができたんだ――けれど、それが大きな勘違いであると、すぐに思い知らされた。
「剣崎ぃ、明日那ぁああああああああああああああああああああああああああっ!」
右手に受けた、狂戦士の拳の傷。その強さ、その重さ、今は桜の治癒で傷こそ治っていても、俺の右手には強烈な一撃の感覚が確かに刻み付けられている。これを受けた時の衝撃と、目が覚めるような痛みが、俺に彼女達の現実を教えてくれたんだ。
委員長から、事情は聞いた。
合流した桃川小太郎と双葉芽衣子。鎧熊に襲われ、危ないところを助けたという彼女達の行動は、素直に賞賛される。クラスでは決して目立つ方ではない二人の生徒、友達と呼べるほどの交流はない、けれど、こんな状況下だからこそ、協力して、助け合って……すでに犠牲者が出てしまった以上、全員で、とはもう言えないけれど、出来る限り多くのクラスメイトと共に、このダンジョンを脱出する。
俺は、いや、桜も委員長も、みんなも、そう思って行動し、勇気をもって戦ってきたのだ。
けれど、それがどれだけ難しいことなのか、過酷な現実をまざまざと見せつけられた気分だった。
俺は桜のことは信じているし、委員長を信頼している。明日那の正義感も、小鳥遊さんの優しさも、夏川さんの明るさも、俺はみんなを信じていたし、信じられるだけの絆を結んできたと思っていた。
「俺が……俺がもっと早く、戻っていれば……」
厳しい戦いの連続を強いる、極限のダンジョンサバイバル。それが、清く正しく美しい、彼女達のありようさえ歪ませてしまったのだと、俺は悔やまずにはいられない。
桜と桃川の確執。明日那と双葉さんの決闘。
集ったメンバーの中で、唯一の男子の桃川に、不審が募ってしまったのは仕方のないことかもしれない。双葉さんにとっては、命の恩人である桃川を非難されて、怒り狂うのも当然だろう。
けれど、桜も明日那も、桃川を決定的に疑ってしまう事件というのも、確かにあったわけで。
きっと、誰か一人が悪いワケではなかった。誰も悪くはなかった。そう、誰も悪くなかったはずなのに、軋轢は生じてしまったんだ。
そして、一度走り始めた亀裂を修復できるほど、誰にも、心の余裕はなく――
「俺が、いれば……」
その結果、取り返しがつかない悲劇が招かれ、俺はこうして、無様に頭を抱えて悔やむことしかできなかった。
それでも、俺達に立ち止まることは許されない。
桃川小太郎を転移の魔法陣から突き飛ばしてしまった明日那。怒り狂った双葉芽衣子。それを決死の説得で止めた委員長。
集団としてやっていくには致命的なまでに亀裂の入った最悪の雰囲気だが、このダンジョンを進むには全員の力が必要だ。委員長のお蔭で、どうにか、双葉さんも俺達と行動を共にする意思を示してくれた。
そうして、俺達は再びダンジョンを進み始めた。
幸いにも、これまでと似たような石造りのエリアが続き、強力な魔物も現れなかった。通路でスケルトンの集団とかち合えば蹴散らし、森林ドームで赤犬の群れが襲って来れば返り討ち。
すでに慣れた相手。危機感のない魔物との戦いは順調で、けれど、終始無言。必要最低限の言葉だけを交わし、あとは淡々と目の前の敵を処理していくだけ。
双葉さんは驚くほど強かったし、精神的に不安定なはずの明日那も、魔物との戦いでは技の冴えに陰りはない。桜と委員長の援護は的確だし、夏川さんのフォローも完璧だ。戦えない小鳥遊さんだって、怖いのを頑張って堪えている。勿論、俺だって、もう誰も傷つく姿は見たくないという想いばかりが募って、自分でも抑えきれないほどのパワーで、魔物の群れを薙ぎ払う。
ああ、ダメだ、気持ちばかりが先行して、俺は何もできてはいない。結果として、双葉さん一人を加える形となった、七人のパーティ。一致団結、と呼ぶには程遠い。
今はまだいい。けれど、この先より過酷なエリアが続き、強力なボスが立ち塞がれば、こんな俺達が、果たして乗り越えていけるのだろうか――先行きの不安感が、さらに自分自身の無力を煽り、焦りばかりが膨れ上がっていく。
「悠斗君、随分と思い悩んでいるみたいね」
「あ、委員長……」
あれから二つほど妖精広場を経て、三つ目となる広場で休息をとっている。
ここはいよいよ石造りのエリアも終わりだと告げるように、出た先は久しぶりに見た空と大地が広がっていた。小高い岩山の頂上付近に、この妖精広場を含む建物があって、俺は真っ赤な夕焼け空と、地平線の向こうまで広がる深い密林という、雄大な大自然の景色をぼんやりと一人で眺めていたところだ。
「悩みはするさ……俺は、何もできてない。このままでいいとは思えないのに、どうすればいいか、分からないんだ」
「何かしたくても、どうにもできない時っていうのはあるものよ。今はみんな、落ち着くための時間が必要なの」
「けど」
「私は、少しずつだけど、良くなってきていると思うわ。良くなった、というより、持ち直してきた、といった感じだけれど」
「そ、そうなのか?」
「ええ……双葉さんのお陰でね。一番、私達を恨んでいるはずなのに、彼女は驚くほど協力的でいてくれる」
確かに、双葉さんはもっとみんなに当たり散らしてもいいだけの恨みを抱えている。明日那が桃川を突き飛ばしたのは、擁護しようもないほどの重罪だけれど、結果的に俺達は何の罰も彼女に課してはいない。そんな場合ではない、明日那の力がこの先も必要になる、という理屈なんか抜きにしても、犯人である明日那を許せない気持ちは双葉さんにあって当然だ。
それでも彼女は、そんな気持ちを全く出さないどころか、些細なことに文句一つをつけることなく、ここまで行動を共にしてきている。戦いでは明日那を上回る前衛役として大活躍だし、おまけに、広場での生活ではメンバー全員のために料理までしてくれている。
彼女の作る蛇のかば焼きは絶品だ。今はエビ芋虫とやらが大量にとれたと、喜んで広場の中で調理中である。何故か、アシスタントに指名された夏川さんが、涙目になって手伝わされていたけど。
「正直、一番ホっとしているのは、私よ」
「委員長が一人で責任を負うことはないって」
「それなら、次は悠斗君も私と一緒に説得する側になりなさいよ」
「うっ……ごめん……」
あの時は、事情説明される側だった俺は、ほぼ蚊帳の外だった。委員長の交渉を援護する余裕などとてもなく、とりあえず双葉さんが明日那に手を上げることを物理的に止めるくらいしかできなかった。
「次、なんてないことを祈った方がいいけれどね。もう一度怒らせてしまったら、もう、止められないわよ」
「仲間同士で殺し合うなんて、考えたくもないな……」
「けれど、もし桃川君が死んでいると分かってしまった時、どうするのか……覚悟を決めておいた方がいいわよ」
「っ!? 委員長、それは――」
「あくまで、もしもの話。最悪の場合を想定したってだけ。でも、そうなった時にどうするのか、悠斗君、よく考えておいて」
言うべきことは言ったとばかりに、委員長は踵を返して、背中を向ける。
「あと、みんなの前で、そんな顔はしないでね。空元気でも、悠斗君が明るく振る舞ってくれれば、それだけみんなも希望が持てるんだから」
「……ああ、努力はするよ」
「あと、明日那のことは、しばらくお願いするわ。桜には私から、ちゃんとフォローはしておくから」
最後にそう言い残した委員長の言葉が胸に刺さり、俺はもうしばらく、一人でここに残ることを選んだ。
「兄さん、ご飯ですよ」
結局、桜が呼びに来るまで俺は一人で居続けてしまった。何も答えなどでない、堂々巡りの悩みを深めるばかりだったが――それでも、委員長の言う通り、せめてみんなの前では、いつも通りに元気でいよう。
たとえ表向きだけでも雰囲気が良くなれば、気持ちの方も後からついてくるというものだ。暗い時に暗いままでいると、より気分が滅入るだけ。空元気にだって、意味はある。
「な、なぁ……本当にコレを食べるのか?」
そんな俺の覚悟を嘲笑うかのように、ドーンとデカい芋虫の丸焼きが皿の上に用意されていた。コイツがエビ芋虫なのか。確かに湯気をあげて、白身に薄らと赤い横縞模様はエビに似ているが、外観は完全にカブトムシの幼虫である。
「凄く大きなエビ芋虫ね、美味しそう」
「まだあの水辺に沢山いたから、後でまたとってくるよ」
委員長と双葉さんが笑顔で会話しながら、箸で丸々と太った芋虫の姿焼きをつついている。
「見て見て! 小鳥の魔法でついに、醤油とマヨネーズが完成だよ!」
「複製魔法は凄いですね。本当に全く同じモノができるなんて」
ついこの間、小鳥遊さんが新たに習得したという『小型複製陣』によって、彼女の弁当箱とセットで眠っていた小さな醤油とマヨネーズをコピーして増やしたらしい。
『複製陣』は何でもコピーできる夢の複製魔法を使えるようになる……のだが、『小型複製陣』ではごく小さなモノしか複製することはできなかった。また、モノによっては発動の魔力の他に、何かしらの素材が要求されることもあるらしい。
凄い能力なのは確かだけれど、今すぐ戦闘で役立つような使い道は思いつかなかったが、なるほど、調味料を増やすとは冴えている。醤油もマヨネーズも、恐らくはこの異世界で手に入れることはできないだろうから。
小鳥遊さんはニコニコ笑顔で芋虫めがけてドバドバとマヨネーズをかけ、桜はそっと醤油を垂らしていた。やはりこの二人にも、エビ芋虫を食べることへの躊躇は微塵も感じない。
「うん、美味い。やっぱり、調味料があると味が全然違うな」
挙句の果てに、最も気遣わねばならないはずの明日那さえ、穏やかな微笑みと共に芋虫に齧りついていた。
「……みんな、何で平気なんだ」
あまりに平然と芋虫を食べている女性陣に、俺だけがついていけてない。勿論、みんなが昆虫も平気で食べられるゲテモノ喰いなんてことはなく、桜も人並みには虫が苦手だったし、小鳥遊さんなんかはちょっと大きな虫が現れただけで悲鳴を上げて逃げ回るようなレベルだったはず。
そして俺は、素手でゴキブリの相手ができるほどには虫相手にも怯まないし、爺さんとの山籠もりの経験もあって、蛇とか普通じゃ食べないようなモノもある程度はイケる。そこらの男子よりは、サバイバルに強いという多少なりとも自負はあったのだが……
「蒼真くぅーん、なんでエビ芋虫食べてないのー」
「うわっ、夏川さん!?」
戦々恐々と女性陣の和やかな食事風景を眺めるばかりで硬直していた俺に、やけに恨みがましいジト目の夏川さんが、盗賊特有の気配殺しで急速接近されていた。
「こ、これから食べようと思ってたところなんだ」
「ふぅーん」
「っていうか、なんでそんなに睨んでるのさ?」
「だって、私があんなに苦労して剥いたエビ芋虫食べたくないのかなーって」
「そんなことないって、ありがたくいただくよ」
そして視線を下ろすと、そこにはやはり、巨大なカブトムシの幼虫としか思えない姿が。
い、いかん、意識してしまうと、箸が止まってしまう。
「蒼真くーん」
「食べるよ! 今、食べるから!」
だから、もう少し心の準備というものを……
「みんなー、蒼真君がエビ芋虫食べるのに抵抗あるみたいだから、ちょっと協力して欲しいなー」
「えっ!?」
俺の硬直に業を煮やしたのか、煮えるのが早すぎる気もするけど、突如として夏川さんがそんな余計なお世話ってレベルじゃない協力を呼び掛けてしまった。
「ああ、そういえば、エビ芋虫食べるのって、悠斗君は初めてだったかしら」
「確かに、見た目は大きな芋虫のようですが、味はほとんどエビですので安心してください、兄さん」
「ちょっ、委員長、桜、何で俺の腕を抑えてんの?」
訳知り顔で語りながら、俺の右腕を桜、左腕を委員長が、ガッシリと捕らえてくる。何故ここで腕を抑える、離してくれ、一人でちゃんと食べられる!
「蒼真くん、エビ芋虫美味しいよ! マヨネーズかけるともっと美味しいよ!」
「クルミ以外の貴重な食事だ、食える時にしっかりと食っておけ」
「食べるから! 食べるから抑えるのはやめて!」
さらに小鳥遊さんと明日那が、エビ芋虫を強くオススメしながら、俺の肩を掴んで抑え込みに入る。
「はい、最初はシンプルに塩で食べて欲しいかな」
「それじゃあ蒼真君、いくよ、あーん!」
穏やかな微笑みと共に双葉さんが差し出した丸々とした芋虫焼きを、夏川さんが邪悪な笑顔で箸で掴んで俺へと差し出す。湯気の上がる熱々の丸焼きは匂いこそ食欲をそそるが、太った白身がプルプル揺れているのを見ると、ああ、コイツ、芋虫なんだなぁと、強く実感してしまう。
あ、やっぱりダメだコレ。コイツにかぶりつく勇気が出ない。俺、勇者なのに。
「ま、待ってくれ、まだ心の準備が!」
「にはは、私の苦しみを味わうがいい、あぁーんっ!」
「心の準備がっ――あぁああああーっ!?」




