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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第7章:人殺し
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第73話 毒の沼地

「――ふふん、結構な収穫だぞ」

 瀕死のゴーマにトドメを刺して回ってから、まずは奴らの持ち物から漁ることにした。勿論、背後にはレムを立たせて、後方警戒は怠らない。

 さーて、今回の戦利品は。


『欠けたナイフ』:錆びてはいないが、刃こぼれが目立つナイフ。二刀流だったから、二本ある。


『ゴーマの槍』:木の棒に大きな魔物の爪を括り付けた、手作り感溢れるゴーマの短槍。


『錆びた剣』:刃が錆びついた剣。ボロい。


『松明』:長めの柄を持つ松明。すでに火は消えている。


『骨の棍棒』:魔物の骨を加工したと思しき、硬い骨の棍棒。


『石の手斧』:原始人が使ってそうな、磨製石器の刃がついた手斧。


 とりあえず、武器としてはこんなモノ。小鳥遊さんの武器錬成を見ている僕からすると、どれもガラクタレベルのクソ武器ばかり。けれど、こんな産廃でも無いよりはマシ。

「うーん、使えそうなのは、ナイフと剣と……一応、槍、かなぁ」

 松明、棍棒、手斧はポイーで。使えないこともないけど、持ち歩く労力には見合わない。

 個人的には、ゴーマからは武器よりもその他のアイテムの方がありがたい。


『松明の油』:松明を燃やすための油。この油をボロ布につけて、燃やしているようだ。


『ゴーマの麻薬』:例のヤバいクスリ。いざとなったら、僕も使う覚悟はしている。


『ゴーマの酒』:ヒョウタンに入れられた、物凄くアルコール臭い液体。恐らく、酒なんだと思う。まさか消毒用エタノールということはあるまい。ナイフゴーマの遺品。


『岩塩』:ミネラルが豊富、だと思いたい、ダンジョン産の岩塩。蛇にかけてよし、エビ芋虫にかけてよしの、万能調味料。


『アカキノコ』:僕の命を鎧熊から救った恩人キノコ。まさか、ゴーマの奴らも採取しているとは。


『ムラサキノコ』:初めて見る、紫色のキノコ。超ヤバそうな見た目に反して、これ単体では毒性はないようだが……


『ゴーマの革リュック』:ナイフゴーマが背負っていた、革製のリュック。汚いが、奴らの中では一番マシな品質。


『ゴーマの革鞄』:蟻にやられたゴーマが持っていた革製の鞄。かなり汚いけど、奴らの中では二番目にマシな品質。


 以上のラインナップである。

 今すぐ役に立ちそうなのは、レムにも荷物を持たせられるリュックと鞄の存在だ。アカキノコと、お初となるムラサキノコ、としか名づけようのない毒々しい紫色のマイタケみたいなキノコなどなど、これからは今まで以上に素材取集にも力を入れて行きたいところ。僕の学校指定鞄だけでは、容量不足も甚だしい。

「折角だし、レムも強化しておこう」

 ここに、ポーン・アントの死骸が三つあるじゃろ? ゴーマ達が犠牲の上に勝ち取った尊い戦利品であるコレらは、全て残っている。蟻素材はカマキリ素材よりも価値は低いだろうけど、今のレムには色々足りてないから、取り込めば少しはプラスになるかと思う。だからといって、ゴーマまで取り込んでみようとは思わないけど。もう、直感で分かる。ゴーマを取り込んでも何のプラスにもならないというのは。

「混沌より出で、忌まわしき血と結び、穢れし大地に立て――『汚濁の泥人形』」

 さて、蟻三体分の素材をそのまま取り込ませた結果は……

「おお、結構いい感じじゃないか!」

 一度、混沌の沼みたいな魔法陣に蟻素材と共に沈んで、再び戻ってきた時には、レムの姿は目に見えて変化があった。

 メインになっているカマキリ甲殻の鎧はそのままに、各所に空いた隙間を埋めるように、蟻の黒い甲殻が新たに形成されていた。ベースとなる黒スケルトンの骨格が見えるのは、今では頭部のみ。体は立派な全身鎧に包み込まれたかのようだ。

「ガガ!」

 レム本人も満足そうである。

 よし、これでこの場でできることは全て終えた。さっさと先に進んで行こう、と、このまま出発できれば、完璧だった。

「――バウっ!」

 犬のような鳴き声が、通路の向こうから響きわたって来た。

「こ、この声は、もしかして……」

 聞き覚えがある。その正体を明確に思い出すよりも早く、奴らは姿を現した。

「バウ!」

「バウバウ!」

 けたたましい鳴き声を上げるのは、四足歩行の犬ではなく、二足歩行のデカいトカゲ。

「ゴアだっ!?」

 ちょっと久しぶりに見る、恐竜型の魔物だ。

 角ばったデカい頭に、鋭い牙の並んだ大口を開いて威嚇。三体、四体、五体……なんてこった、全部で七体もいる。

「広がれ、『腐り沼』っ!」

 一斉に飛びかかって来られたら、一巻のお終いだ。ほとんど反射的に、僕は壁代わりの毒沼を目いっぱいに広げた。

「バウっ、ゴアァーッ!」

 前もそうだったが、ゴアは鼻が利くのか、毒沼の危険性をすぐに察知して、迂闊に足を踏み入れたりはしない。なんか臭ぇぞコノヤロー、とばかりに苛立った声を水際で上げている。

 そんな奴らが沼を飛び越えようと動き出す前に、先制攻撃だ。

「――『赤髪括り』!」

 沼からそのまま腐り溶かす赤髪触手を呼び出し、近くで吠えてるゴアを叩く。

「ウゴっ、ギャウウンっ!」

 ジュウジュウと石のような灰色がかった甲殻を、絡みついた触手は溶かしているようだが……ゴアが苦痛の叫びと共に激しく身を捩ると、あっけなく『赤髪括り』がブチブチ引きちぎられてしまった。

「あっ、ダメだこれ、撤退だ!」

「ガっ!」

 勝てない。即断し、身を翻して全速力で走り出す。

『赤髪括り』ではゴアに大きなダメージを与えることはできない。石の甲殻に阻まれて、レッドイナイフも同様に、効果は薄いだろう。

 手持ちの戦力でゴアを倒すには、沼に引きずり込んだ上で、しばらくもがくのを頑張って縛り付けていなければいけない。前の時は、そうやってどうにかこうにか、メイちゃんの前衛を突破して僕に迫ってきた一体を倒した。そう、たった一体倒すだけで、そこまで集中しなければいけないのだ。

 七体どころか、二体同時に相手するのも無理である。

「バウバウ!」

 赤髪の攻撃を受けた奴を筆頭に、もう二体ほど僕をターゲットにして、沼を飛び越えようと動き始めていた。他の四体は、そこらで倒れているゴーマの死体漁りを始めて、こちらに注意を向けてはいない。実質、相手は三体か。

「落ちろっ! 『黒髪縛り』!」

 以前と同じように、勢いよく沼を飛び越えてくるゴアに向かって、黒髪触手で沼に引きずり込む。バシャーンとけたたましい音と毒水しぶきを上げて、一体のゴアが沼のど真ん中に叩きつけられる。

 けど、後続の二体まで触手で捕えるほどの余裕はない。

「『蜘蛛の巣絡み』!」

 着地した瞬間を狙って、二体同時に蜘蛛の巣を投げかける。勿論、ゴーマの時と同じように、柱の影から出現させたものだ。

「行くぞ、レム! 走れーっ!」

 僕にできる足止めは、ここまで。ゴアの甲殻を通すほどの火力を持っていれば、上手く行動を封じたチャンスを生かして三体とも仕留められるだろうけど、決め手に欠ける僕には無理な話だ。

 沼に落としたゴアは、あともう少しふんばれば黒髪の戒めを解いて脱して来るだろうし、『蜘蛛の巣絡み』の二体は、さらに早く網を振り払って追跡を始めるだろう。

 僕としては、この僅かな時間でゴアとの距離を開き、完全にまくか、どこか丁度良い逃げ場を探さなくてはならない。

「ああ、チクショウ、やっぱり呪術師の力なんて、こんなものかよ」

 輝かしい勝利の直後に、無様な逃走劇を始める自分が情けないやら悔しいやら。けれど、今はとにかく、生き残るために、頑張って走ろう!




「はぁ……はぁ……た、助かった……」

 幸運にも、僕は人一人がギリギリで通り抜けられるサイズで亀裂の走った石壁を見つけ、そこに転がり込むことで怒れるゴアの追跡を振り切ることに成功した。

 九死に一生を得た気分だが、また、同じような状況にこの先も陥るだろうことは火を見るよりも明らかだ。戦闘スキルよりも、逃走スキルを磨くべきだったか。

「それにしても、ちょっとルートが逸れちゃったよ」

 逃げる時は無我夢中で走るから、当然、魔法陣のコンパスなんて確認していられない。元来た道を戻るのが一番だけど、壁の亀裂を戻ればゴアが待ち構えているかもしれないし、そもそも、どういう道順を辿って走って来たか覚えてもいない。

「ここからでも、上手く戻れるといいんだけど……」

 とりあえず、先に進んでみるしかなさそう。

 広かったり狭かったりする、変わり映えのしない石の通路が、相変わらず続く。

「あっ、スケルトンだ」

 道中、何度かエンカウントもした。けど、スケルトンにゾンビに赤犬などなど、大した魔物ではない。何より、どいつもこいつも二体か三体、多くても四体という少数なのが幸いした。

 これといった問題もなく、僕は『赤髪括り』を中心とした呪術攻撃と、レムの力で乗り切った。そうそう、こういうのでいいんだよ。

 雑魚が相手でも、侮ったりはしない。僕でも倒せるくらい、弱く、数の少ない相手に巡り合えるなんて、この先、何度あるか分からない。戦いの練習相手として、ありがたく倒させてもらおう。

 そんな感じで、ささやかな実戦経験の他には、大した収穫のないままダンジョン探索は続く。

 いくら弱い相手との戦闘とはいえ、戦う度に疲労は蓄積されていく。いや、戦わなくても、歩いているんだから、それだけで疲れてくる。

 そろそろ妖精広場に辿り着ければいいんだけど、なんて思っていると。不意に、変化が訪れた。

「……何だ、ここ、壁が紫っぽいぞ」

 ふと、コンクリートみたいな灰色の石壁が、うっすらと紫がかった色になっていることに気づく。恐らく、ちょっと前から徐々に紫の色味がつき、この辺まで進んできて、ついに色の変化に気づくほど色濃く出た、といった感じだ。

「こ、この方向であってる、んだよな」

 いつの間にやら、コンパスは新たな進行方向を示すように、矢印を僕がゴアから逃げてきたルートとは違う方向を指すようになった。今現在は、この通路の先を真っ直ぐに示している。

 正直、嫌な予感がする。ダンジョンで変化が起こるということは、そこに生息する魔物も変わってくるだろう。きっと、スケルトンよりも魔物が弱くなることはないと思う。

 虫の洞窟のように、カマキリ級の強敵を含めた、新モンスターが跳梁跋扈する恐ろしいエリアになっていることは想像に難くない。

「でも、行くしかないよね……」

 メイちゃんとの合流を果たすには、奥に進むしかない。元より、引き返すという選択肢は存在しないのだから。

 覚悟を決めて、僕は怪しさ満点の紫の石壁となった通路を突き進む。

 更なる変化が起こるのは、そこを抜けてすぐのことだった。

「うわ、これヤバい、絶対ヤバいよここ」

 壁の色は紫がかった、というより、完全にド紫に染まり切っていた。それだけで、かなり毒々しいが、さらに猛毒っぽい雰囲気を醸すのが、何やら紫色の木の根っこみたいのが、グネグネと脈打ちながら石壁を浸食していることだ。


『紫の木の根』:多少の毒性を含んだ根。元は普通の樹木。


 壁の根っこを凝視していると、『直感薬学』がサラっと教えてくれた。

 元は普通の木なのに、毒を持つということは、この木が根付いた土壌そのものが何らかの毒に汚染されているということだろう。

「毒のエリアか……生身で進んで、大丈夫なの?」

 大丈夫じゃないだろう、どう考えても。けど、今更引き返して別のルートを探してみるというのも……うーん、ここまで来たんだ、もう少し進んでみよう。

 けど、少しでも異臭や異変を察知したら、人間には通行不能と諦めて、引き返そう。

「……意外と大丈夫、なのか」

 進むごとに、どんどん壁の根っこが増えて行き、もう石壁の通路というより、木の通路といった風情になってくる。もう足元にはほとんど平坦な床はなくて、うねった木の根をソロリソロリと歩いていく。

 いい加減、そろそろ歩行が困難になってくる、というところで、ようやく視界が開けた。

「なるほど、ここは――」

 森林ドームのような広い場所だ。けれど、緑の葉っぱが生い茂らない、白い枯れ木ばかりが立ち並ぶ。森というよりは、林といった風情。地面は泥みたいで、点々と雑草が群生している。

 死んだような枯れ木の林だけれど、ここにはもっと、相応しい名前がある。

「――毒の沼地、なのか」

 そう、毒沼、としか言いようのない、毒々しいまでに濃い紫色に濁り切った水質の沼が目の前に広がっているのだ。ヤバいのは色だけじゃない。どんな化学反応が水底で起こっているのかしらないけれど、マグマみたいにボコボコと水面が湧いている。

 まさか、こんなRPGのステージをそのまま現実化したような光景にお目にかかるとは。これまでのダンジョンも大概ファンタジーだけどさ、でも、わざわざ毒沼ステージまで再現しなくてもいいだろう。

 僕には見える。紫の髑髏マークが点灯しては、ジリジリとHPゲージが削れていく幻影が。

 いや、とりあえず、毒の継続ダメージをくらっているような感覚はしない。どこか痛いところもないし、咳の一つも出ない。体に異常は感じられないから、ひとまず、この辺を散策するくらいは問題なさそう。

 正直、この毒一色なエリアにいると、たとえ害はなくても気分は滅入りそうだし、やっぱり何か害はありそうだしで、今すぐ引き返したい気持ちになってくる。

 けれど、ちょっと歩いてみると、僕は見つけてしまった。

「うわっ、妖精広場だ。こんなところでもあるのかよ」

 それはまるで、森に建てられた小屋のように、四角い石壁で仕切られた一つの建物と化していた。扉はない。けど、中を覗くと、そこは確かにいつも通りの綺麗で清浄なセーフゾーンの、妖精広場であった。

「うーん、ひとまずは、ここを拠点にして探索してみようかな」

 今までの感じからすると、恐らく、このエリアはただの通過点じゃない。そう、ここにはきっと、ボスがいる。

 大抵のボスに僕は勝てないだろうけど、でも、今ならあの大カエルくらいなら何とかなりそうな気もする。倒せそうなボスなら、できれば倒しておきたい。ひょっとしたら、どこかしらでボスを倒して転移しなければ、奥地には接近できない構造になっているのかもしれないし。

 もしダンジョン全体がそういう構造なのだとすれば、コンパスは道を示しているのではなく、各階層にあるボス、もしくはそれに守られている転移魔法陣を探知しているのかも。

 まぁ、検証できないことを考えても仕方ない。まずは折角見つけた妖精広場で休息をとってから、それからこの毒沼エリアの探索といこう。

「……よし、そろそろ行こうかな」

 一眠りして、それから解毒作用のある青花を入念に集めて、さらにややしばらくダラダラしてから、いよいよ毒沼探索に出発する決心がつく。レムなんかは入り口のところで門番みたいに直立不動で立っており、ヤル気満々だ。

 広場を出ると、薄らと霧がかかっていた。吸い込むと激しく咳き込む毒霧、ってこともないし、進行方向を見失うほど濃くもないから、そのまま行くことに。大丈夫だとは思うけど、毒沼の雰囲気をさらに怪しいものにしてくれる程度の演出効果はあった。

 いつもの如くおっかなびっくり散策していると、最初に見つけたのは毒沼に住む新モンスター、ではなかった。

「あっ、これマンドラゴラだ!」

 ちょっと久しぶりに発見した、秘薬の原料にもなるらしい人型植物である。コイツを使った薬のレシピなんて全く知らない僕にとっては、今のところマンドラゴラはレムの素材につぎ込む以外に使い道はない。薬を作るといっても、ただ混ぜればいいってもんでもないし。傷薬Aや解毒薬と見比べてみても、『直感薬学』は何の反応も示さないから、やはりマンドラゴラをこれらに加えたところで効果は得られないのだろう。

「で、どう?」

「ガガ?」

 とりあえず、とれたての新鮮なマンドラゴラをその場でレムに与えてみた。外観には、これといって変化は見られない。カマキリと蟻の複合鎧のまま。

「うーん、動きはちょっとよくなった、かも?」

 何となくの勘でだけど。でも、こうしてとり込めたということは、何かしらのプラス効果はあるということだ。どんな些細なモノでも、あるに越したことはない。

「お、コイツはムラサキノコじゃないか」

 次に発見したのは、ゴーマが持っていたのと同じ、紫色のキノコである。枯れ木の根元には、そこそこの確率でコレが生えているのを見つけることができた。

「アカキノコもあるし……アイツら、ここで採取したのか」

 ムラサキノコとアカキノコ、どちらも同じようにちょっと探せばすぐに見つかる程度には群生しているようだ。ここを拠点にする限り、キノコの補充には事欠かないが、今のところ有効な使い道がない。

 僕としては、鎧熊さえ殺せるアカキノコの毒性を生かした毒薬を作りたいところだけれど、良い方法はいまだに見つからない。経口摂取しなければ効果が得られないし。そもそも、触れるだけでダメージを与えるなら、すでに『腐り沼』とその派生である『赤髪括り』もあるし。

「うーん、レムみたいに何でも吸収できれば楽なんだけど――」

 横道のスキルイーターが羨ましい、何てしょうもないことを考えたその時、僕の目は妙なモノを見つけてしまった。

「なんだ、デカいムラサキノコ?」

 一言で表現するなら、そうとしか言いようがない。デカいキノコだ。具体的には、僕と同じ程度には背が高い。キノコってこんなにハッキリと大きくなるもんだっけ?

「クゥ、クェエエ……」

 ついでに、不気味な鳴き声とかも出したっけ?

「うおおっ、モンスターかよ!?」

 慌てて一歩後ずさると同時に、枯れ木に寄りかかっていたように、巨大ムラサキノコがのっそりと起き上がる。クエ、クエ、と鳥とも虫ともいえない甲高い呻き声のようなものを発しながら、ソイツは確かに、二本の足で立っていた。

 人型、というよりは、出来の悪いキノコのゆるキャラ着ぐるみみたいな姿だ。足は短いし、手なんだかヒレなんだかよく分からない形状。胴体のキノコ部分だけやけに太く大きい。

 名前をつけるなら、マタンゴ、といったところか。

 身じろぎする度に、頭部にあたる鮮やかな紫色のマイタケみたいな形状のヒダから、バッサバッサとヤバそうな粉が舞い散る。胞子だろう。アレを吸ったら泡を吹いてぶっ倒れるか、ハッピーな幻覚でも見てしまいそうだ。

「ええい、植物系モンスならどうせ火が弱点だろ!」

 ゲーム脳全開で、僕は迷いなくレッドナイフを抜き放ち、黒髪触手で振るう。

「ケッ、クェエエエエッ!」

 火を吹く刃を突き刺し、間髪入れずに左右へ薙ぎ払う。ゴアのような甲殻を持たない、柔らかい菌糸の体など、この鋭い上に炎を纏うレッドナイフの刃なら難なく切り裂ける。

 あっという間にマタンゴの体は炎に包まれ、轟々と巨大な焼きキノコと化す。

 毒と思しき胞子の外から、強力な火属性武器で一方的に攻撃できれば、楽に倒せる相手のようだ。

「うわっ、ちょっ、来るな! 燃える!」

 強いていえば、火達磨になってからもややしばらくもがき苦しんで動き回るから、接近されないよう注意が必要というくらいか。

「よ、良かった、大したモンスじゃなくて……」

 すっかり灰になったマタンゴの残骸を見ながら、ホっと一息つく。残念だが、何かしら回収できる素材はないみたい。

 しかしながら、やはりここには新たな魔物が出現するようだ。

 未知の魔物に対して警戒しつつ、さらに探索を進める。基本的には、変わり映えのない風景が続くだけ。点々と大小様々な毒沼があり、枯れ木とキノコとマンドラゴラが生えて、時折、フラフラしているマタンゴと出くわす。

 他にあったことといえば、美味しそうな蛇を一匹捕まえたことと、大カエルの湖で見た巨大ヒルに足を噛まれてパニクったことくらい。マタンゴは弱いし、群れることもないし、鈍感だ。毒さえ気を付ければ、スケルトンよりも弱い。

 思ったほど、この沼地は危険で満ちているわけではないのだろうか。いや、油断は禁物。本番はここから。そう、僕はこれから、ボスがいると思しき中心地を目指すのだ。

「うわ、何か地面も紫っぽくなってる」

 あからさまな変化が見える。泥の地面が毒の水だけを吸い込んだかのように紫色に染まっている。踏み込めばダメージ床みたいになるのかと思いきや、とりあえず大丈夫ではあるようだ。

「っつーか、何だここ、やけにマンドラゴラが多い」

 この紫の地面はよほどマンドラゴラの栽培に適しているのか、そこらじゅうに埋まっている。誰かが意図的に集めて、畑を作っているとしか思えないほどの密集具合だ。

 そんな毒々しいマンドラゴラ畑の先に、これまで見た中で一際に大きな毒沼が見えた。

 視界いっぱいに広がるパープルの水面は、三日月のような形状。その猛毒の水辺にグルリと囲われた中心地に、ソレは堂々と横たわっていた。

「間違いない、アイツがボスだ」

 デカいトカゲ、いや、あの妙に丸みを帯びた形状は、オオサンショウウオにそっくりだ。かの有名な天然記念物を生で見たことはないが、あの特徴的な姿は知っている。

 本物のオオサンショウウオと決定的に違う点は、オルトロスよりも大きな五メートル級の巨躯を誇ること、あと、色が不気味なほどに真っ白いことだ。

 元々そういう種なのか、アルビノなのか。赤い目は見えないけど……というか、目そのものがない。

 丸い頭部はどんなによく注視しても、目が見つからない。目をつぶっている、ということもなさそう。代わりにあるのは、ヤツメウナギの鰓孔みたいに、横一列に七つ並んだ穴だけ。

 何というか、非常に不気味な姿だ。

「シロサンショウウオ……いや、あえて言おう『バジリスク』と」

 あくびでもしたのか、クワアっ! と大きく口を開くと、そこからモヤモヤと濃い紫色の煙が立ち上る。何故か反応した『直感薬学』が教えてくれる。アレは、『腐り沼』を超えるほどの劇毒であると。

 アイツはまず間違いなく、猛毒のブレス攻撃を持っている。

「ぼ、僕一人でどうにかなる相手じゃなさそうだなぁ……」

 とりあえず試しに戦ってみる、なんて馬鹿な真似はしない。僕はこうして、遠巻きに太い枯れ木の幹から顔を覗かせて、寝そべるバジリスクを観察するので精一杯。

 これ以上接近して気づかれたらお終いだ。もしかしたら、奴は僕の存在にとっくに気づいているかもしれない。本当に目がない、つまり、視覚が存在しないのだとすれば、別な感覚器官で周囲を認識しているということ。

 例えば嗅覚が発達したタイプだったら、こうして姿を隠しているのは全くの無意味だし。

 ならば、奴が動きを見せない隙に、さっさと撤退すべきかと思うのだが……

「あれ、間違いなく転移魔法陣だ」

 僕は気付いてしまった。どっかりと寝転ぶバジリスクの体の下にある、石版みたいな床に円形の模様があることに。コンパスも、アレこそが目的地だぜと断言するように、ピタリとバジリスクの方向を示している。

 あれで転移できれば、先に進める。

 僕はこれまで、結構な距離を歩いてきた。ゴアの縄張りも突っ切って来た。それを、ここであっさり諦めて戻るのかと言われると……

「もう少し、観察してみよう」

 まずは情報収集だ。幸いにも、ここはオルトロスのボス部屋みたいに閉鎖空間ではない、自然のオープンフィールドだ。野生動物の決定的瞬間を追うカメラマンみたいに、遠くから奴の動きを観察することは十分に可能。

 バジリスクについて知り、その上で、打てる手はないかと考えよう。戦うか、引き返すか、決めるのはそれからでも遅くはない。

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