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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第7章:人殺し
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第72話 呪術師VSゴーマ

「――いよいよ、旅立ちの時か」

 試行錯誤と厳しい呪術の修行を終えて、僕はいよいよ妖精広場を出発する決意を固める。ここでやれることは全部やった。あとは実戦あるのみ。

「よし、行くぞ、レム!」

「ガガっ!」

 元気よく返事をくれるのは、ナイト・マンティスの素材をふんだんにつぎ込んだ、新生レムである。

 妖精広場の土、僕の血とアレ、それ以外に使用したのは全てカマキリオンリーだから、誕生したレムもかなりその影響を受けているようなデザインだった。

 まず、全体的に緑色が目立つ。基本骨格となる黒いスケルトンはそのままだが、全身鎧のようにカマキリの鮮やかなグリーンの甲殻を身に纏っている。鎧熊素材の時はゴツくて刺々しかったけれど、こちらは緩やかな曲線を描く流線型でスマートな印象。

 けれど、最も特徴的なのは、その右腕。そう、ナイト・マンティスご自慢の大鎌が、その手に備わっているのだ。

 手首のところで、五本指の手と大鎌がそれぞれジョイントされている。普段は肘側に折って鎌を収納し、戦闘の際には前方に展開させて剣のように振るうのだ。ちょっとロボのギミックっぽい。

 僕と同じくらい小柄なレムの体型だから、それに合わせて本物より一回り小さくリサイズされているようだが、それでも、その研ぎ澄まされた鋼の刃のような鋭さはそのまま。ナイト・マンティスの斬撃を、レムは再現してくれることだろう。

 今回のレムは、かなりの自信作だ。カマキリの亡骸を丸ごとつぎこんでいるから、当然、奴が持っているコアも材料に含まれている。カマキリは鎧熊と同等か、やや格下、くらいの強さはあるから、コアの大きさもそれなり以上にあるのは間違いない。

 メイちゃんには及ばなくても、僕が槍をもって戦うよりかは遥かにマシな前衛役として期待している。

 けれど、一番大きいのは孤独感が紛れることだろう。まるで本当に自分の意思があるかのように動き回るレムがいてくれるだけで、僕は一人じゃないんだ、と安心できる。

 やっぱり、人は一人では生きてはいけないんだ。僕だって無人島で一人きりになったら、ボールとだって友達になってしまうだろう。

 ともかく、こうして僕は自信と不安を半々に抱きながら、レムと共に薄暗いダンジョンの通路を歩き出した。

 先頭をレムに歩かせ、すぐ後ろを僕が続く。石造りの遺跡ダンジョンの中だから、灯りがあるのは幸いだ。レッドナイフを松明代わりにする必要はない。けど、僕はいつでもすぐ抜けるよう、左腰に差してある。

「できれば、スケルトンあたりが出てきてくれればいいんだけど」

 木の的を相手に練習はしたけれど、動く相手となればまた勝手は違ってくる。未だに戦闘素人というべき僕としては、新たな攻撃呪術を使った戦いを、ほどよい強さの雑魚モンスター相手に順当に重ねて行きたいところである。もう、ここでナイト・マンティス級の強敵とエンカウントなんてイベントは御免だ。

 いざ歩き始めてみると、段々と自信よりも不安感の方が増してくる。

 もう、それなりの時間歩いてきたような気がする。Gショックで確認したら、出発して一時間は経とうとしていた。それなりに大きな広間を過ぎること二回、円柱の柱が並んだ広い回廊や、森林ドームを抜けてきたが……不思議と、魔物の気配はない。

「もしかして、蒼真君が大体片付けてきたのかな」

 一応、魔法陣のコンパスは行く先を示してくれているけれど、恐らく僕が今通っているルートは蒼真君が歩いてきた道ではないかと思う。彼はここからずっと先にある、ケルベロスのボス部屋から、あの虫の洞窟まで辿り着いたはず。

 ダンジョン内には幾つもルートがあるから、必ずしも転移魔法陣を利用しなくても奥には進んで行けるはずだ。だからコンパスも僕が飛ぶ予定だった虫の洞窟の転移魔法陣の部屋の方向とは、別なルートを指しているんだろう。

 まぁ、ダンジョンが繋がっていたとしても、一体どれだけ長い道のりになるのかと思えば、さらに胸中の不安感は加速するのだけれど。

「ガッ」

 その時、レムが立ち止まる。

「……何かいるのか」

 立ち止まって警戒するけど、周囲から魔物が飛び出してはこない。どうやら、レムはこの先にいるだろう魔物の気配を先んじて察知したようだった。

「ガガ」

「ついて来いってか、いいよ」

 どの道、避けては通れない。今、僕らが歩いているのはゆるやかなカーブを描く大きな通路だ。二車線道路くらいの幅がある上に、両脇にはどこぞの神殿のように太い円柱が等間隔に並んでいる。

 レムの先導で、円柱に隠れながら、ソロリソロリと足音を殺して慎重に道を進んで行った。それから、僕も敵の存在を聞きつけるのは、すぐのことだった。

「この声は、ゴーマかな」

 カーブの向こう側から、あのやかましい不快なゴーマの鳴き声が響いてくる。奴らの言葉なんて相変わらず分かるはずもないが、それでも酷く興奮しているらしいニュアンスは感じられた。

 仲間内でクスリを巡って喧嘩でもしているのか、それとも、狩りの真っ最中か。

 さらに慎重に声の方向へ進み、答えを得る。

「……なるほど、蟻を狩っていたのか」

 そっと円柱の陰から覗き込み、ゴーマの戦闘の様子を窺う。奴らは十人くらいの群れで、三体のポーン・アントを囲むようにして戦っていた。周囲はすでに血塗れで、引き裂かれたゴーマの死体が三つと、滅多刺しにされた蟻の死骸が一つ転がっている。

 ゴーマも蟻も目の前の敵に夢中で、僕のことには気づいてないようだ。

「雑魚モンス同士も戦うことってあるんだな」

 考えてみれば、それも当たり前のこと。分かっていたつもりではあるけど、いざ目の前にすると、なかなかに驚きである。

 ただのRPGだったら、野生のモンスターも魔王軍の配下も、人類が見習うほど見事な団結力でもって、勇者御一行に襲い掛かって来るもんだ。まぁ、大抵のゲームでは敵同士が潰し合いするような、余計なプログラムなんて組まないからね。ゲームの敵キャラなど、所詮はプレイヤーのために用意された存在でしかない。

 けれど、このリアルなファンタジーワールドでは、魔物は一つの生物である。ゴーマはダンジョンに住んでいるし、ポーン・アントは巣を作っている。互いに異なる種の両者がかち合えば、戦うことだってあるだろう。

 どっちが先に仕掛けてきたのかは分からないが、このゴーマと蟻による血みどろの戦いは、ダンジョンという一つの環境下における立派な生命の営みであるといえよう。

「これは、チャンスだぞ」

 互いに命を賭けて激闘に興じるところを、漁夫の利を狙う第三者がいるというのも、また自然ではよくあることだろう。

 僕にとってゴーマと蟻は、どちらも試しに戦ってみるにはちょうど良い相手。けれど、十体のゴーマと三体の蟻、合計十三もの敵を同時に相手できると考えるほど、僕は思いあがってはいない。

「いいぞ、潰し合え」

 けれど、このまま戦いの行く末を見守り続ければ、勝負のついたその瞬間に奇襲をかけることができる。ゴーマは数で勝っているが、非力で貧弱な武装。一応は蟻対策のつもりなのか、何体かは武器の代わりに柄の長い松明を振るっている。

 一方、蟻は雑魚とはいえ巨大昆虫に相応しいパワーと硬い甲殻を持ち、錆びた刃より強力な爪と大顎という凶器もある。

 戦力は拮抗状態といったところだろう。どちらが勝つにせよ、犠牲と消耗は避けられない。

 そうして、観戦すること十五分。ついに、魔物同士の戦いに決着がつく。

「グゴゴ、ゲブラァアアアっ!」

「ンバ、ンバっ!」

 高らかな勝利の雄たけびをあげるのは、ゴーマだ。流石に十対三の数の不利を覆すことはできず、善戦虚しくポーン・アントは全て討ち取られた。

 しかり、やはりゴーマ側にも犠牲は多い。生き残っているのは六体、その内一体は重傷で虫の息。三体は軽傷、無傷なのは僅か二体のみ。

「ゲバ! ゴーザ、ジュバ!」

 無傷の二体と軽傷の三体は、喜び勇んで倒した蟻に群がる。重症者は完全に放置のようだ。彼らの中では、重傷ゴーマはすでに死んでいることになっているのだろう。

「よし、レム……今だ、行こう」

 死闘を征して獲得した戦利品に夢中になっている、今こそ奇襲する絶好のチャンス。奴らは本当にこのダンジョン内で狩りをして生きている種族なのかと疑問に思えるほど、全員が周囲への警戒を怠り蟻の死体から甲殻を剥ぎ取る作業に熱中し始めている。

 それだけゴーマがバカなのか、奴らが飛びぬけてバカなのか。どちらにせよ、いいカモだ。

「逃げ足を絡め取る、髪を結え――」

 意識を集中。すでに、奇襲の手順はシミュレート済み。相手は隙を見せているとはいえ、五体。下手を打てば、返り討ちにされてもおかしくない数の差がある。

 静かに、素早く、そして確実に、仕留めるのだ。

「穢れし赤の水面から、血肉を侵す髪を編め――」

 呪文を二つ、繋げて詠唱。同時行使だけど、同じ系統の呪術だからそれほど難しいワケでもない。

 右手にはお馴染みの黒髪触手で飛ばすためのメインウエポン、レッドナイフを握る。

 左手には、新たな攻撃呪術のために選び抜いた、石コロを持つ。

「――『黒髪縛り』『赤髪括り』」

 どちらも掌の呪印から生えるように、一本の三つ編みとなって――いや、これはもうすでに、完全に一本のロープ状となり、編み方そのものが進歩している。

『黒髪縛り』の編み方については、実は前々から改良したかったところだ。三つ編みでも縛ったり絡んだり、十分な性能はあったけれど、ロープにした方が多少なりとも頑丈になるだろうと思って。

 小さな改善点の割に、僕自身がイチからロープの編み込み構造を理解しないといけないなど、地味に手間がかかるから後回しにしていた。他のメンバーがいる状態では、幾らでも休憩時間がとれるわけでもないし。

 だから、ソロとなった今こそゆっくりじっくり『黒髪縛り』を試行錯誤する時間が生まれたのだ。手元に本物の縄はないけれど、そこは靴紐やゴーマから奪った戦利品などから、それらしいものを見本品として利用した。これが中々、チマチマと手間のかかる作業で、思った以上に時間がかかったりもした。

 ともかく、地味なロープ研究の結果、この新生『黒髪縛り』は見事な縄状となって、炎の刃を振るう触手と化す。

 このロープ編みになっているのは『赤髪括り』も同様だ。

『腐り沼』の強い酸性毒液を宿すコイツは、沼を張る以外にも、そもそも毒沼の源泉となる僕の血『黒き血脈』を直接取り込める呪印からなら、即座に呼び出すことが可能だ。

 毒性があるから、『黒髪縛り』のように武器を持たせることはできない。柄が溶けて、すぐにボロボロになっちゃうし、握る先端だけ黒髪にする、なんて器用なことも、少なくとも今はまだできなかった。

 赤髪はそれそのものが毒としての攻撃力を持つから、そのまま飛ばすだけでも十分ではあるけれど……僕としては、先端に何か握らせておく方が、武器として扱い易い気がした。

 だから、毒沼でも溶けない石コロを握らせた。イメージはヨーヨー。そういえば小学生の時、ヨーヨーが大流行した時期があって、僕もブームにのっかり遊んだことがあった。実はアレ、結構得意だったんだよね。

 幼き頃に習得したハイパーなヨーヨースキルが生かされるとは、夢にも思うまい。この『黒髪縛り』と『赤髪括り』の二刀流は、ヨーヨーを二つ持ってループしまくってたあの頃を思い出させる使い心地である。

 かくして、片方は刃、もう片方は石を持ち、それぞれ隙だらけなゴーマの背中へと飛んで行く。狙うのは、一番元気な無傷のゴーマだ。ここは欲張らず、一体だけに狙いを絞る。

「ギッ!?」

 命中。レッドナイフは深々と背中のど真ん中に突き刺さり、赤髪は綺麗に首元に絡みついた。どちらの触手も手から生やしているお蔭か、はっきりと手ごたえを感じる。

「ゲァアアアアアアアアアアアアっ!」

 刺さったレッドナイフは濛々と火の粉を吹き、発火能力を解放。肉を焼きつつ、僕は力を籠めてさらに刃を奥へとねじ込む。

 同時進行で、赤髪への締め付けを強める。細めに編んだ血色の触手はそこに宿す毒性を遺憾なく発揮して、細いゴーマの首を腐り溶かしてゆく。ズブズブと少しずつ、けれど、確実にゴーマの首の肉に食い込んで行くのを感じた。

「ガブラ!」

「ゼブっ、ダゴーバ!」

 すぐ隣のお仲間が絶叫を上げれば、当然、即座に他のゴーマも異常事態を察知する。味方を襲う触手の根元を追えば、僕の姿を見つけるのもすぐのこと。

 この辺が限界か。いや、すでに十分なダメージは与えたので、わざわざトドメにこだわる必要性もないだろう。

 ゴーマは今にも武器を振るって、絡む触手を切り裂きそう。素早く引いて、一旦、二本を手元に戻す。攻撃を受けたゴーマは、その場に倒れてピクピク痙攣するように動くだけで、立ち上がる様子はない。

 まぁ、あんなザックリ刺された上に、首を半ばまで溶かされているのだ。すでに戦う力など残ってはいない。

 虫の息の奴に構っている暇はない。僕はまだあと四体はいるゴーマに対応しなければいけないのだ。奴らは僕を見つけてギャーギャー喚いていて、すぐにでも全員突撃してきそうな気配。でも、そうはさせない。まだ、奇襲を仕掛けたこちら側に戦いの流れがある。

「広がれ、『腐り沼』」

 右手にレッドナイフが戻ってくると同時、左手の『赤髪括り』には僕のちょっと手前に落として、そこを起点に『腐り沼』を展開させた。

 元々、石コロに血を付けて投げても沼を張ることができたのだ。赤髪が掴んだ石コロからでも、『腐り沼』を発動させるのは十分可能。勿論、前もって実験済み。

 頑張って沼を広い通路の両端まで広げ、完全に封鎖。とりあえず、これを壁代わりとして使う。

「次は、お前だっ!」

 左手に赤髪を戻すのと同時に、レッドナイフの黒髪を放つ。狙いは、僅かに先頭を走るゴーマ。近い奴から、順番に。

「ダムンっ!」

「弾かれたっ!?」

 何の捻りもなく真っ直ぐ飛ばしたせいで、軌道を読まれたのか。ゴーマは手にしたナイフを一振りし、レッドナイフを弾いて見せた。

 おのれ、ガードするとはゴーマのくせに生意気な。

 悪態をついている場合じゃない。防がれたせいで、僕の攻撃プランにワンテンポの遅れが生じる。このままだと、他の奴にギリギリで迫られてしまう。ゴーマといえども、根性で駆け抜ければ毒沼を突破できるかもしれない。

「ちいっ」

 レッドナイフをその場で適当に二度三度振るって、ナイフ持ちのゴーマを牽制。奴が足を止めている間に、他の三体が追い抜き接近してくる。

 まずい、もうそんなに距離がない。くそ、近い。いや、落ち着け、焦るな。まだ大丈夫、猶予はあるし、打つ手もある。

 僕は手元に戻った『赤髪括り』を撃ち出す前に、別な呪術を繰り出した。

「捕えろ、『蜘蛛の巣絡み』」

 これは待望の新呪術、ではなく、僕が編み出した『黒髪縛り』の派生技だ。効果は単純、黒髪触手のロープを蜘蛛の巣みたいに編んで、大きな網となって敵に飛ばして絡め取る。

 そもそもヒモ状の技を持っているなら、網を編まなきゃ嘘だろう。これも当たり前に思いついて然るべき発想だったが、横道に蜘蛛糸を吐きかけられて、ようやく気付いたというのは内緒だ。

 そういうわけで、ロープ編みの開発を終えると、次にこの網も作れるようにしておいた。一応、瞬時に出せるように練習はしたけれど、より複雑な構造となるせいか、三発も四発も同時に出すことは難しかった。今は網を二発撃つのが限度。発射速度も、せいぜい僕が力いっぱいに投げつけた程度で、お世辞にも早いとは言えない。

 けれど、こっちは『黒髪縛り』が元だから、僕の手元だけでなく、視界に入る影なら、どこからでも射出できるのが利点だ。

「ンバっ!?」

 立ち並ぶ円柱が作り出す影から、僕は『蜘蛛の巣絡み』を放つ。横合いの視覚から不意打ちのように飛んできたせいで、ゴーマは対応できずにあえなく黒髪の投網に囚われる。

 狙ったのは、槍を持ったゴーマだ。他の二体はそれぞれ松明と錆びた剣を装備していた。下手すればすぐに網を切られると思って、一度捕まったら対応しづらい長柄武器の槍持ちを意図的に狙った。

 思い通り、槍ゴーマは体に絡みつく黒髪の網を解こうと必死にゴロゴロと転がるだけ。バカめ、素手ではそう簡単に網から脱することはできない。

 これで槍ゴーマは一時的に無力化に成功。残るは、順調に距離を詰めつつある松明ゴーマと錆びた剣ゴーマ。それと、ナイフゴーマも再び走りだし、二人に追いつこうとしていた。

「今度こそっ!」

 僕はレッドナイフが戻るのを待ってから、次こそ確実に仕留められるよう、最初と同じように黒赤両方の触手二連撃を放つ。

 狙いは、ついに『腐り沼』のところまで辿り着いた剣ゴーマ。奴は明らかにヤバい雰囲気を漂わせている毒沼を前に、どうするべきか迷っているようだった。それが、絶好の隙となる。

「グギャァアアアアアアアアっ!」

 首尾よく、レッドナイフは胴に刺さり、赤髪も体中に巻きつき、全身の肉を酸で焼いた。

 一、二、三、この辺が限界だ。

 三つ数えてから、剣ゴーマを解放。刺さりが浅かったのと、首に絡まなかったこと、そのお蔭で剣ゴーマは痛みにのたうちまわる程度の元気が残っていた。さらにあと三秒攻撃をかけ続ければ致命傷まで至れたかもしれないけど、今は無力化させただけで十分。トドメは後回し。

「次はっ――」

 松明ゴーマは剣ゴーマがやられている隙に、助走をつけて沼を飛び越えようとしていた。

「ソレはもう対策済みだ――『黒髪縛り』!」

 毒沼のど真ん中から、待ち構えていたようにドっと黒髪触手が飛び出し、間抜けなゴーマを捕える。

「ンゴォオオオっ!?」

 飛んでる最中に足首を掴まれ、そのまま毒沼に真っ逆さま。猛毒の水面に頭から叩きつけられ、強打と酸の痛みによって、苦悶の絶叫を上げた。もっとも、『腐り沼』にどっぷり全身を浸せば、すぐに叫ぶ元気もなくなり沈黙するだろうけど。

「ウゴォオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 と、気合の入った叫びが耳をつんざくと、僕は気付いた。

「まさか、味方を踏み台に!?」

 遅れてやってきたナイフゴーマが、毒沼に沈む仲間の背中を情け容赦なく踏みつけて、『腐り沼』を華麗に飛び越えてきたのだった。

「ガル、ダゴヴァ!」

 僕と奴との距離は、もう三メートルもない。軽やかに着地を決めたナイフゴーマは、さらに腰からもう一本のナイフを引き抜き、二刀流で構えた。

 対して、僕の両手にもレッドナイフと赤髪がすでに戻ってきている。

「同じ二刀流同士、サシで勝負か……」

 その瞬間、僕はコミュニケーション不可能な野蛮な魔族と、心が通じた気がした。ニヤリ、とナイフゴーマが自信気に笑う。

 だから、僕も笑った。

「プギャー」

 と、指を差して嘲笑ってやる。だってそうだろう。自信満々にナイフを構えて、格好よく勝負を付けに来たその瞬間、後ろからバッサリ斬られるんだから。

「ブギャァアアアアアアアっ!?」

 絶叫と共に、ナイフゴーマの背中からドっと血飛沫が舞う。「え、マジで? なにこれ、ドッキリ?」とでも言いたげな、間抜けな表情でゴーマは前のめりに倒れ込んでいった。

「よくやった、レム」

「ガっ!」

 ナイフゴーマを襲ったのは、勿論、ナイト・マンティスの鎌を装備したレムである。僕のすぐ脇に建つ円柱に隠れてもらっていたのだ。

 前衛といっても、最初から敵の前に姿を現しておく必要もないだろう。もし『腐り沼』を飛び越えて、僕に迫る奴が現れたら、もう敵は目前だと頭がいっぱいになるはず。そこを、横合いから斬りつけて、確実に始末する。

 僕の最初の攻撃も奇襲なら、レムの初撃も奇襲である。計算上では、これで確実に二体は殺せる。問題は、残り三体を上手く殺し切れるかどうかだった。だから、松明ゴーマが沼に落ちた時点で、勝負は決していた。

「ふぅ、上手くいって良かったぁ……」

 ホっと一息つく。

 一通り、僕の予定通りに戦いは進んで、首尾よく全滅させることができた。大成功といってもいい。

「けど、反省点は色々あるな」

 これだけ上手くいっても、戦闘中、僕は内心、気が気じゃなかった。特に、ナイフゴーマにレッドナイフを弾かれた辺りとか。

 あと、ほんのちょっとでも冷静さを欠いていれば、あっけなく負けていたかもしれない。あるいは、レムを犠牲に無様な敗走を選んでいたかも。

「やっぱ、ソロで戦闘は大変だ……」

 いや、前向きに考えよう。どうせ一人での戦いは避けられないのだから、せめて、この鮮やかな勝利を喜び、次の戦いに自信を持って挑めるようにしよう。

「よーし、それじゃあ早速、戦利品を回収だ!」

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[良い点] 主人公が強くなったことです。
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