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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第6章:食人鬼
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第68話 木崎茜と北大路瑠理華(1)

「キャアアアアアアっ!」

 絹を裂くような少女の悲鳴が、虫の洞窟に響き渡る。

「ちょっと、茜! もうそういうのはいいから、早く援護してよ!」

「だ、だ、だってぇー虫だよ、蟻だよ、無理だよぉーっ!?」

 光の差し込まない暗い洞窟の中に、燃え盛る炎の灯火があった。浮遊する『火精霊イグニス・エレメンタル』が照らし出すのは、白嶺学園のセーラー服を着た少女が二人と、彼女達の前にギチギチと大顎を鳴らせて立ちはだかる、ポーン・アントの群れであった。

「いいから早く撃てーっ!」

「イヤァーっ! 『火炎槍イグニス・クリスサギタ』ぁーっ!」

 涙ながらに、無詠唱で火属性の中級攻撃魔法を、茜と呼ばれた少女は放つ。

 彼女は不運にも突然の異世界召喚に巻き込まれた二年七組の一員、木崎茜きざき あかね

 如何にも年頃の少女らしく、巨大な蟻の魔物を前にイヤイヤと泣き叫んでいるが、スラリとした長身に、バレー部の厳しい練習で鍛えられた体は、あまり小さく儚いといったイメージからは遠い。

 ただ、ボブカットの髪に、大きなタレ目が可愛らしい茜は、身長と恵まれたスタイルの割にはあどけない顔立ちで、彼女のちょっと気弱な性格を表しているようだった。特に、虫全般が苦手な茜である。こんな巨大昆虫という化け物を前にすれば、取り乱すのは火を見るよりは明らかだった。

「熱っつーっ!? バカぁ! 火力強すぎるって!」

「ごめーん、ルリちゃーん!」

 天職『炎魔術士』を持つ木崎茜の援護射撃にケチをつける少女は、その手に鉄の剣を握っていることから、前衛であることは明白。この狭い洞窟内で一気に炎が広がる魔法を後先考えずにぶっ放されては堪らない。

「でも、まぁ、数は減ったからいいか……後は私に任せて!」

「うん、頑張ってルリちゃん! えいっ、『炎熱化イグニス・エンチャント』」

 炎を刃に宿す付加魔法エンチャントの支援を受けたルリは、赤熱化して火の粉を散らす灼熱の剣を携えて、蟻の群れに突撃した。

 勇猛果敢な戦いぶりを見せる、天職『剣士』を持つルリ、本名、北大路瑠璃華きたおおじ るりかもまた、同じく二年七組の一員である。

 バレー部らしい長身の茜よりも、頭一つ分ほど低い背丈。二年七組ではレイナ・A・綾瀬や小鳥遊小鳥と共に、最底辺の身長争いを繰り広げている。

 小柄な体躯に小動物めいた可愛らしい顔立ち。長い黒髪のポニーテールは、凛々しい剣崎明日那に憧れて真似した、という微笑ましいエピソードもある。

 だが、その見た目に反して、剣を手に恐ろしい魔物と戦う彼女の心には、大きな勇気が宿っていた。

「――ふぅ、大したことはなかったわね」

 蟻に対して火が有効だったこと、そして、ルリの武技で難なく甲殻を切り裂けたことで、危なげなく全ての蟻を切り捨てることに成功した。最後にルリは大きく剣を振るって、付加された炎を散らしてから、慣れた手つきで鞘へと刃を収めた。

「こ、こんなところ、早く抜けようよぅ」

「うん、逃げ場もないし、危ないわよね。先を急ごっか」

 二人の少女は、仲良く手を繋いで、洞窟を歩き出す。

 そう、木崎茜と北大路瑠璃華は、親友である。幼い頃から、ずっと一緒だった幼馴染。しかし、今は……

「――やったぁ! 妖精広場だよ、茜!」

「はふぅ、良かった、これで休めるねー」

 幾度か遭遇した蟻の群れと、強敵だったカマキリをどうにか倒し、二人はついに虫の洞窟を抜け、ダンジョンのオアシスたる妖精広場へとたどり着いた。

 涼やかな水音をたてる噴水を前に、ルリは喉が渇いていたのか真っ先に駆け寄り、満ちる冷たい清水をすくって飲んだ。

「はぁー、美味しい」

 もう一口、と水をすくい上げた時、ルリの小さな唇が塞がれた。口の中に入ってくるのは、清涼な冷たい水の代わりに、熱く蠢く肉。艶めかしい舌の感触が、絡みついてきた。

「――ん、んんっ! プハぁ!? もう、いきなり何なのよ、茜!」

「だ、だって……怖かったから……」

 いつの間にやら、茜の胸に抱かれていたルリは、突然のディープキスに怒り心頭……とは、言えない程度には、頬を赤らめ、潤んだ瞳である。見上げると、すぐ上には、自分と同じような、いや、それ以上に赤くなっている茜の顔があった。

「だから、ね、いいでしょ、ルリちゃん」

 うっとりしたように目を閉じて、再び迫る茜のふっくらした桜色の唇。

「よ、よくなーい!」

 興奮よりも恥じらいが勝ったか、ルリは叫びながら、その細腕で茜の顔と体を突っ返した。

「そ、そんなっ!? 私、ルリちゃんにフラれた!?」

「フってない! っていうか、いきなりはちょっと……体、洗ってないし……今の私、絶対、汗臭いから……」

 モジモジと恥ずかしげに身をよじるいじらしい様子に、茜の鼻息が荒くなった。

「大丈夫だよ、私、全然気にしてないから! ルリちゃんの匂い、大好きだから!」

 一度突き放されたにも関わらず、めげずに再びルリの小さな体に飛び付く茜。絶対に逃がさない、とばかりに固く両腕でホールド。クラスでは上から数えた方が早い大きな胸の中に、ルリの顔が埋まる。

「わ、私が気にするんだっての!」

「ああっ!?」

 やはり突き放され、茜は「よよよ」と崩れ落ちては、地面にのの字を書く。

「もう……落ち込んでないで、早く立ちなさいよ。どうせ、一緒にするんでしょ、水浴び」

「いいのっ!?」

 ガバリ、と猫のような軽やかな身のこなしで起き上がる茜。

「一人じゃ上手く背中とか洗えないし……だから、手伝ってよね」

 フン、と照れ隠しのお手本のようなそっぽの向き方であった。

「うん! 一緒に洗いっこしよう、ルリちゃん!」

 そうして、二人は互いに互いの制服を脱がせ合う。しばしの間、妖精広場には水を流す音と、乙女のはしゃぐ声が響きわたる。

 けれど、それは徐々に熱を帯びたものに変わってゆき、水辺に踊る白い少女の裸体は、熱く、固く、激しく、絡まり合ってゆく。

 そんな二人の秘密の戯れを覗く者は、噴水の上に鎮座する、愛らしい妖精像しかいなかった。




 汗まみれになった体を洗い清めて、寝間着代わりのジャージを着た茜とルリは寄り添うように並んで、柔らかな芝生の上に寝転んでいた。

「……なんだか、夢みたい」

 ぽつりと、茜がつぶやく。

「うん……戦いにも、ダンジョンにも、慣れてきたけど、やっぱり夢みたいだよね」

 そういう意味で言ったんじゃないんだけどな、とは、口にしなかった。

 木崎茜は、北大路瑠璃華を愛している。子供の頃から、ずっと好きだった。何度か喧嘩もしたけれど、本気で嫌ったこと、憎んだことは一度もないと、自信を持って言える。

 幼い頃の茜は、今よりも輪をかけて気弱で、人見知りで、上手くお喋りのできない子だった。自然、そういう子供は孤立しがちなのだが……彼女には、ルリがいた。

 好奇心旺盛で、勝気で、何事にも物怖じしない元気の塊みたいなルリは、いつも茜の手を強引に引っ張っては、方々を遊び歩いていた。当時のルリからすれば、茜は連れ回すのに都合の良い子分、みたいな感覚だったのかもしれない。

 いつも、どんな時も、姉妹のように一緒にいた。いつの間にか二人は無二の親友となり、振り返り見れば、茜の思い出は、どれもルリの笑顔で彩られた素敵なものとなっていた。

 彼女のお蔭で、こんな自分でも楽しく幸せにやってこれたのだと自覚したのは、中学生になってからだった。特別な何かが、あったわけではない。そう思えたのは、それだけ茜が成長した証といえよう。

 このままではいけない。いつまでもルリに頼っていてはいけない。しっかりしなければ。

 茜がバレー部に入ったのは、そんな思いがあったから。勿論、恥ずかしくてルリには言えない。ただ、身長が高いから上手くできそう、という安直な理由を語ったものだ。

 幸い、茜にバレーの才能はあった。中学生の時点で、すでにクラスメイトより頭一つ大きな彼女は、その身長だけで十分に恵まれた才能があるともいえる。

 勝負には向かない気の弱い性格でも、そこそこの運動神経と、粘り強く諦めない根気を持つ茜は、心身ともに成長した。もう、人見知りもしない。相手の目を見て、はっきり話せるようにもなった。バレー部の部員は、チームメイトであると同時に、みんな大切な友人となっている。

 けれど、ルリへの思いだけは、心の奥に残っていた。

 どんなに友達が増えても、自分がバレー部のエースとして活躍しようとも、ダメなのだ。ルリ、彼女がいないと、自分はダメになる。もう、彼女に頼らなくてもいい、手を引いてもらわなくてもいい。けれど、傍にいてくれないと、寂しくて、苦しくて、どうにかなってしまいそうになる。

 自分にとって北大路瑠璃華という少女が、どうしようもなく特別なのだと心から理解したのは、白嶺学園に入学してから、すぐのことだった。


「――ねぇ、蒼真君って、すっごいカッコよくない?」


 中学の頃のクラスメイトだった男子とは、比べるべくもない美男子であり、明るく、爽やかで、本物の王子様みたいだ。そう、キラキラした顔でルリは話していた。

 嫉妬した。

 それは同時に、性の目覚めでもあった。

 茜は、自分が異性に興味がないことを悟る。かといって、女性に対して性的興奮を覚えることもない。

 ただ、愛した人が、自分と同じ性別であったというだけのこと。

「……はぁ、早く、帰りたいなぁ」

「うん」

 ルリに対する愛に気づいてから、茜は苦しんだ。悩み苦しみ続けてきた。これは、道ならぬ恋であると。

「ねぇ、芽衣子と姫、大丈夫かな」

「きっと大丈夫だよ。私達だって、何とかなっているんだから、二人とも絶対、元気だよ」

 ポツリとルリが漏らす、友人への不安を、茜は優しくフォローする。

 双葉芽衣子と姫野愛莉。この二人と茜とルリの四人が、いつも二年七組で一緒にいた友達グループである。

 料理が苦手だから覚えたい、と高校入学で一念発起したルリが、クラスメイトであり、かなりの腕前を誇る双葉芽衣子と仲良くなったのは、至極当然の流れであった。芽衣子の温和で、やや気弱な性格は昔の茜を思い出させるせいか、ルリはすぐに彼女と打ち解けた。

 芽衣子の縦にも横にも大きな体に抱き着いては、プニプニして戯れる姿は、結構、茜の嫉妬心を燃やしたものだが。

 姫野愛莉は、茜が一年の頃に同じクラスになり、席が近かったから何となく声をかけたら、いつの間にか一緒にいるようになった感じの友人である。自分や芽衣子ほど目立つような大きさはないし、かといってルリほど小さく子供っぽくもない。地味で大人しい、どこにでもいるごく普通の女子生徒だが……茜の気持ちを知る、数少ない理解者の一人であった。

 茜にとっても、ルリにとっても、芽衣子と愛莉の二人は、大切な友達である。他のクラスメイトも心配だが、真っ先に二人の安否を気にしてしまうのは当然のことであろう。

「茜はさ、帰ったら、何がしたい?」

 自分が振った話題だが、その不安を振り払うように、ルリは自らそう切り出した。

「えっ、うーん、遊びに行きたいかな。ルリちゃんと二人で……どこ行こっか」

「それなら、まずはショッピングだよ。くふふ、今なら欲しいモノ、全部買っちゃいそう」

「だよね。それじゃあさ、ディナーもちょっと高いところ行っちゃう?」

「あ、なんだっけ、ほら、あの有名な高いレストラン。駅前のビルに入ってるところ。あそこ行こうよ」

「ねっ、ご飯食べたら、その後は……私、ちょっと、その、ホテル、とか、行ってみたい、かも」

「も、もう……さっきしたばっかなのに、エッチ」

 頬を朱に染めて、そんなことを言うルリが、隣で寝てくれている。ああ、こんなに幸せなことがあるだろうか。

 ダンジョンでのサバイバル、という過酷な環境が、同性にして親友たる茜に、体を許すに至ったのか。それとも、実はルリも自分のことを、同じように愛してくれていたのだろうか。

 木崎茜にとって、最早理由などどうでもよかった。

 自分の愛に、彼女が応えてくれた。ただ、それだけで。

 2017年1月6日

 新年、あけましておめでとうございます。どうぞ今年も『呪術師は勇者になれない』をよろしくお願いいたします。

 新年早々ですが、1月2日の月曜日に予告なく更新をお休みしたことをお詫びします。正月休みだった、ということでどうか一つ・・・


 次回で第6章は完結します。

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