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呪術師は勇者になれない  作者: 菱影代理
第6章:食人鬼
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第65話 ラッシュ

「――それじゃあ、行こうか」

 幸い、魔物の襲撃はなく、休息を終えることができた、無論、あまり疲労の色はとれてはいないし、麻痺も全快というほどではない。

「いい、みんな。この中には恐らくルーク・スパイダーがいるわ。けれど、さっきの縦穴のように、転移の魔法陣があるかどうかは分からない。ボスじゃないのなら、戦う必要はないわ」

「それでは、まずは魔法陣を探して、あるのならば蜘蛛を倒し、なければそのまま通過する、という作戦でいいのですか」

 蒼真桜の問いに、その通りと委員長が頷く。

 何も、待ち構える魔物たちを一本道RPGよろしく馬鹿正直に撃破する必要はないのだ。コアは欲しいけど、今は無理して集めるほどでもない。敵はスルーするに越したことはないだろう。

「じゃあ、私が先頭だね!」

「ええ、頼んだわよ、美波」

 索敵と捜索能力の高い盗賊にまずは魔法陣を探してもらい、素早く確認を済ませる。僕らは同時並行で、出口を探す。

 作戦の最終確認を終えて、いざ、蜘蛛の縦穴へと僕らは足を踏み入れた。

 夏川さんの周囲を飛び交う光精霊が、暗い穴の中を照らし出す。やはり、見た目はさっきの場所とそう違いはない。ど真ん中でまた横道が待ち構えているんじゃないかと思うくらい、変わり映えしない。

「ここ、結構広いね」

「うん、もしかしたら、森林ドームくらいあるのかも」

 実際、ドーム球場くらいの広さはありそうだ。蒼真桜が繰り出す光精霊だけでは、端から端まで照らし出すことはできない。

 とりあえず、蜘蛛や他の虫たちの姿は見えないけれど……

「涼子ちゃん! 魔法陣はないっぽいよー」

 捜索することおよそ五分。夏川さんの可愛らしい声が反響しながら、残念な調査結果が届く。

「分かったわ、美波、戻って」

「しかし、涼子、出口が見つからないぞ」

 剣崎さんの言う通り、困ったことにこちらも道の先となる出口を、いまだに探し出せないでいた。少なくとも、縦穴の壁はぐるっと一周して確かめたのだが、ここに至る入り口は、僕らが入ってきた一つきりしかない。

「……もしかして、行き止まりなのかしら」

「いや、少し上の方にあるのかもしれないよ」

 ここは虫が作り出した穴だ。だとすれば、人間に合わせて一番下の地面に入り口を作らなければいけない道理はない。垂直の壁面だろうと天井だろうと、自由に歩ける虫からすれば、どこでも好きな場所に入り口を作ればいいのだから。

「でも、そうなると、場所によっては登れないかもしれないわね」

「うーん、頑張れば僕の黒髪縛りで、ロープ代わりにできるかも」

 と、漠然と暗い天井を見上げたその時――目があった。

 暗闇に光る、真紅の八つ目。

「ルーク・スパイダーだ、いや……」

 さらに八つの目が光り、合わせて十八の光点。数え終わった瞬間には、赤い点はさらに倍するように増え、三十、四十、五十、とても数えきれない。

 輝く赤い瞳が、星空のように無数に天井を覆っていた。

「撤退だ! 凄い数が来る!」

 小鳥遊さんが縦穴いっぱいに響き渡るほどの悲鳴を上げると同時、奴らは堰を切ったように襲い掛かってきた。

 まず、僕らの立つ地面に降り立ったのは、灰色の外殻を纏った八本脚の巨躯。ルーク・スパイダーだ。

「まずい、出口がっ!?」

 退路を塞がれた。天井から降ってきたルーク・スパイダーは二体もいて、そのルークの名に相応しい威圧感をもって、出口の前に立ちふさがる。

 それだけでなく、膨らんだ大きな腹部から、横道が吐いたのとは比べ物にならないほど大量の蜘蛛糸をドっと噴き出し、出口を塞いだ。蜘蛛の巣というより、粘着質の白い塊となって、完全に封鎖されてしまった。

「罠、だったのか……」

 僕らは、最初から判断を誤っていたんだ。曲がりなりにも、ここまで進み続けてこれた。戦力が消耗したことで、先を急ぎ、焦っていた。無理を押せば突破できると、心のどこかでみんな、思っていたに違いない。

 何て馬鹿な、ゲーム感覚だったのは僕の方だ。

 見ろ、あの虫の数を。奴らは必ずしも、僕らが倒せるだけのちょうどいい数で出現しなければいけないルールなんてものはない。この洞窟に巣食う虫モンスターは、ちょっと本気を出せば簡単に僕ら程度の小勢など押し潰せるほどの頭数が揃っていたんだ。

 今まで無事だったのは、ただ単に運が良かったに過ぎない。

「ど、どうするのよ、このままじゃ――」

「無理にでも突破するしかない! メイちゃん、蜘蛛を頼む!」

 まんまとモンスターハウストラップにでもかかった間抜けさを、後悔している暇はない。とにかく今は、死にもの狂いで現状を打破するより他はないだろう。

 たとえ、すでに手遅れだとしても、座して死を待てるほど、僕は悟っちゃいない。

「メイちゃんと剣崎さんで蜘蛛を止めて! 蒼真委員長は防御魔法で壁を造りつつ蟻の群れを止めて、夏川さんは抜けた蟻を始末! あと、僕に『レッドナイフ』を貸して! 小鳥遊さんは僕について来て、出口を開くのを手伝って――広がれ、『腐り沼』っ!」

 従ってくれるかどうか怪しいけれど、矢継ぎ早に指示を飛ばして、ついでに足止めの呪術も放つ。

 すでにメイちゃんは雄たけびを上げてルーク・スパイダーの巨躯へ斬りかかっている。降り立った蜘蛛に続くように、縦穴の壁面を伝って、ゾロゾロと蟻の大群が押し寄せる。あまりのんびり考えている暇はない。

「みんな、ここを脱出するわよ! 桃川君が出口を開くまで、何とか耐えるの!」

「じゃあ、頼んだよ、桃川君!」

 委員長が僕の指示を認める発言で、蒼真桜をはじめ、ようやく動き出してくれる。夏川さんは自慢の俊足で僕の前までやって来て、レッドナイフを渡してくれると、すぐにまた戻る。

「小太郎くん、行って!」

 メイちゃんが嵐のような斬撃を見舞って、ルーク・スパイダーを入り口前から押しのける。見れば、剣崎さんも太刀と炎のサーベルの二刀を振るい、同じく道を開けてくれた。よし、行くなら今しかない。

「小鳥遊さん、行くよ!」

「で、でもぉ……」

「どこにも安全な場所なんかない、いいから来い!」

 オロオロする小鳥遊さんの腕を掴んで、僕は走り出す。三十メートルもない距離だけど、前衛組みと大型モンスターが戦う最前線を駆け抜けるのは、正直、生きた心地がしない。

 それでも、転ぶなんて間抜けなことはせず、どうにか無事に走り抜ける。小鳥遊さんも、涙目ながら、何とかついて来れた。

「はぁ……はぁ……くそっ、ベッタリ固めやがって……」

 いざ、出口の前までやってくると、とんでもない量の蜘蛛糸の塊に心が挫けそうになる。このまま突っ込めば、三十センチも進まない内に身動きが取れなくなるのは明白。普通の刃で切っても、すぐに糸がベトついて切れ味を封じるだろう。

 だから、道を切り開くには、炎の刃を持つレッドナイフが必要だった。ビバ、属性武器である。

「これで――うわっ、熱っ!? 熱っつぅ!?」

 目論み通り、蜘蛛糸は炎を発するレッドナイフで簡単に焼き切ることができた。けど、火の粉が飛び散り、炙られた糸は火がついたままドロっと溶け落ちるし、大変、危ない。無理にでも切り進めれば、大火傷だ。

「桃川君、まだなの!? こっちはもう限界――『氷結放射アイズ・ブラスト』!」

 委員長からの催促が厳しい。チラリと振り返れば、氷と光の壁で蟻の進行を防ぎつつ、攻撃魔法を矢継ぎ早に撃ちまくる、激しい迎撃戦の様子が見て取れる。流石、攻撃魔法の火力は優秀だが……蟻共は恐怖という概念など存在しないように、死兵と化してひたすら突撃を続けるのだから、今にも押し切られてしまいそう。夏川さんのフォローだって、限界はある。

 メイちゃんと剣崎さんの方も、厳しい状況だ。別に奴らからすると、二人と蜘蛛がそれぞれ一対一で戦わなければいけない義理はない。そっちの方にも蟻は現れ、二人は器用にも蜘蛛の相手をしつつ、邪魔な蟻を随時始末しているようだった。

 けれど、いくら二人でも全ての蟻を引きつけられるわけでもない。当然、僕らを狙う奴らも出るわけで――

「い、イヤぁあああああっ!? 来ないでぇーっ!」

 真っ直ぐ僕らに向かってくる蟻を前に、小鳥遊さんが悲鳴を上げる――だけじゃない。そう、これはただの悲鳴じゃない。賢者である彼女の言葉には、力が宿る。

『神聖言語「拒絶の言葉」』。賢者のスキルは適切に発動し、小鳥遊さんが「来ないで」と拒絶した通りに、相手の動きは止まる。

 蟻は僕らに向かって飛びかかる直前、思い切り鋭い爪のついた前脚を振り上げた格好のまま、金縛りにあったようにピタリと動きをとめていた。触覚や爪先が、少しピクピク動いているのは、魔法の言葉に対する抵抗の証だろうか。

「いいよ小鳥遊さん、そのまま蟻を止めて!」

「ひぇええええ! む、無理だよぉ!」

 無理と言いつつも、蟻の動きは止まったままだから、大丈夫だろう。

 小鳥遊さんを、この場まで連れてきた甲斐があった。こんな凄い能力なのだ。蒼真桜の『聖天結界オラクルフィールド』みたいに、自分の身を守るためだけに使うのでは勿体ない。こういう時くらい、仲間の盾になってくれよ。

「よし、あと半分くらいか……」

 みんなが決死の防戦を演じる一方で、僕は蜘蛛糸の封印を焼き払い続ける。この調子なら、何とか出口をこじ開けて、逃げることができそうだ。

 そんな、僅かな希望を見出した瞬間に、ソレを打ち砕く絶望の羽音が響いた。


――ブゥウウン


 それは、すでに何度か聞いた覚えのある、羽音であった。耳障りな、大きな羽音。こんなに大きな音を立てて飛ぶ虫は、一体、どれだけ大きいのだろうと身の毛のよだつ想像を掻き立てるほどの。

 そして、その存在を僕らはすでに知っている。

「そ、そんな……カマキリまで、出てくるのかよ……」

 縦穴の上から飛来するのは、二振りの鎌を備えた緑の騎士。ナイト・マンティスであった。

「くっ……」

「おのれ、増援か」

「わぁああああっ、こ、こんなのもう、無理だよぉ!?」

 現れたナイト・マンティスは、全部で四匹。蜘蛛との死闘を演じるメイちゃんと剣崎さん、それと、蟻を食い止める夏川さん。前衛組みそれぞれの前に、ダメ押しのように降り立った。

 ウチの前衛は三人。それぞれが一匹ずつ担当するというのなら、最後の四匹目は――

「あ、あ、あぁ……」

 メンバーの中で最も弱い、僕と小鳥遊さんの目の前に、カマキリが降り立つのだった。

「嫌ぁっ!? 来ないで、来ないでぇええええええっ!」

 発せられる拒絶の言葉。カマキリは蟻と同じように動きを止めるが……だ、ダメだ、鎌が少しずつだけど、確かに動いてる!

「いや、いやっ、そんな、いやだよぉ……」

 祈るようにギュっと手を握って、文字通りの泣き言を零す小鳥遊さん。恐らく、これで彼女なりに『神聖言語「拒絶の言葉」』の威力は限界まで発動させているはず。

 それにも関わらず、カマキリは僅かだが、動ける。恐らく、このまま後一歩、小鳥遊さんの拒絶する領域に踏み込めれば……もう、止められないだろう。

「くそ、くそっ……こ、こんなところで……」

 死んでたまるか。

「死んでたまるか!」

 火傷も構わず、無我夢中でレッドナイフを振るう。けれど、焦って振り回すほどに、蜘蛛の糸が上手く焼け落ちてくれない。進みが遅い。いや、早くなってるのかもしれないけど、これでは、手遅れになってしまう早さだ。

 ダメだ、もう僕らが抑えきれる敵の限界量を超えた。次の瞬間にでも、蟻が雪崩れ込んでくるかもしれない。

 もしかして、もう、誰か死んだか?

「く、くそ……」

 嫌だ。怖い。あまりの恐ろしさに、僕は後ろを振り向けない。

「死にたくない……死にたくない……」

 仲間のことは心配だ。特にメイちゃんは。けれど、僕の心は自分の命の心配だけでイッパイになってるし、実際に出来る行動も、無様にもがきながら蜘蛛の糸を振り払うことだけ。

 押しつぶされそうな恐怖のプレッシャー。視界が真っ白になったようで、今にも気絶しそう。すぐ後ろでは必死に拒絶の言葉を叫んでる小鳥遊さんがいるはずなのに、その声さえ、聞こえない。何も見えない。何も、聞こえない。

 けれど何故か、耳に届いた言葉がった。

「助けて、兄さん」

 蒼真桜。ああ、コイツは、最後の最期まで、なんて馬鹿な女なんだろう。

 心の底から軽蔑した、その時だった。

「――『光の聖剣クロスカリバー』ぁあああああああああああああああっ!」

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― 新着の感想 ―
[一言] ハーレム勢の、チート能力と脆弱な精神性の組み合わせが、黒の魔王に登場した使徒達を思い起こしました。
[気になる点] けれど何故か、耳に届いた言葉がった。
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